第十六話 思い出せない

 扉が開いており、その先が見える。

 天井が高く、柱がいくつも立っている広い空間だった。きらびやかな装飾からすれば、どこかの聖堂のようだ。

 あれは見覚えがある。


 確か、魔王討伐の旅の、行きの途中で立ち寄った大聖堂だ。


 だがこの部屋は入らなかった。

 ベッドがたくさんあるが、その柄が大人用ではないことがわかるので、行きで見なかったのも当然だろう。




 起き上がったことで、ふと自分の姿に気付く。

 それは寝間着ではなく、旅の装束でもない。


 まず真っ先に目に入ってきたのは、大きく書かれた「Baby」という字。



「いやぁ!!!」




 即座に、布団に潜る。





(な、なんでこんな格好を……)



 そうだ、魔王を倒した後に呪いを受けて、ニルベルクへの中継の村でロンパースを着せられた事を思い出す。


 オムツは異常に分厚く当てられ、本当に幼児のように変身していた。

 だが、こんなあからさまな生地のは無かったはず。



「あら、目が覚めたのですね」


 布団に身を隠しながら、部屋に入ってきた人物に目を向ける。

 シスターのようだが、最初にロンパースを私に着せた人ではない。


 シスターは、まっすぐルミナに寄ってくると、自分とルミナの額にそれぞれ手を当てた。


「……うん、熱も下がったようですね。

 良かった」



「な、なんですかあなたは……

 私はなぜこの格好……」


 オムツとロンパースまでは、遺憾ながら身に覚えはある。

 だが前の教会で着せられたロンパースは、いずれも単色の無地だったはずなのだ。



 今ルミナが着ているロンパースは、白地に二頭身にデフォルメされた、動物がたくさん描かれた半袖の物だ。

 哺乳瓶を持ったクマ、風船を持ったネコ、積み木で遊ぶウサギ。

 隙間にもテディベアやクレヨンと言った、幼児が喜びそうなものが所狭しと散りばめられている。


 加え、「Baby」と書かれた、白のフリル付き涎掛け。



 最初の緑のでも、本当に辛かった。

 だからゴネにゴネぬいて、スカートも別に付けてもらっている。


 このような柄に加え涎掛けなんて格好になるはずがないのだ。






「覚えていらっしゃらないのですか? ……あぁ、正気に戻られたのですね。

 私はこの聖堂のシスターの、代表みたいな者です。

 勇者様は夢遊病のような状態で、街の衛兵に運び込まれたのです。

 そしてロンパースは、勇者様が自ら選ばれた物ですよ?」


「え……?」



 まったく、本当にまったく記憶にない。

 辛いと覚悟していた部分が、ごっそり無いまま、目的地についてしまったようだ。


「……では、それまで着ていたものは?」


「一応残してありますが、ご覧になりますか?」



 頷くと、シスターは近くのタンスを開き、取り出した。


「……っ!!」


 そのシスターが、ルミナがここに到着時に着ていたと言う服を見て、唖然としてしまった。



 記憶にある緑の物ではない。

 ピンク地に白の水玉が散りばめられ、そこに大きくイチゴが貼り付けられている。

 そんな、自分が着ていたと認めたくもないようなロンパースが、股間から胸近くまで黄色く染まっているのだ。


「本当に……それを着て……私……」


「はい。

 いくら洗っても染みが落ちないので処分しようと思ったのですが、勇者様が泣いて嫌がりましたので……」


「……」


 愕然とする情報が多すぎて、頭が追いつかない。



 整理しよう。

 最後に記憶にある村の、始めて着せられた緑のロンパースではない、ということはだ。


 どこかの村で、このイチゴのロンパースに着替えたということ。

 大聖堂のあるニルベルクまで、いくつかある村。



 そのどこでかはわからない。わからないが……

 これに至るまでに、どれだけの村を周ったのか。

 それまでも、どんな格好をしたのか。


 そしてこのイチゴのロンパースから推測するに、それまで着ていたものもこのような状態になったからこそ、違うロンパースになったと考えるのが自然……



「じゃ、じゃあ……このロンパースを私が選んだというのは……」


「言葉通りです。

 涎掛けも自分でほしいとおっしゃられたのですよ?

 結果としてそれは助かりましたが」


「それはどういう……」


「だって哺乳瓶で飲まれるのが、失礼ですがだいぶお下手なようですし」


「ほ……哺乳瓶!?」


「はい、最初は普通のお食事を出していたのですが、お姉ちゃんに飲ませて欲しいとおっしゃられたので。

 聖水もそうやってお飲みいただいておりました」


「お姉ちゃん……姉とは……」



 先程から新たな、衝撃的な話しか出て来ず、その全てが嫌な予感がする単語でしか無い。

 お姉さんとは何だ……哺乳瓶もそうだが、自分に姉は居ないし、このシスターの血縁上の姉という意味でもないのだろうこともわかる。



「はい……そろそろ帰ってこられるのではないかと……

 あ、ちょうど帰ってきましたね」


 すると扉が開き、大勢の子供の集団が入ってきた。


「シスター! ルミナちゃん! ただいまー」

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おお、女勇者よ! オムツにお漏らしとは なさけない……! 紅鎌 @youmis

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