第十五話 一番手強い敵

 子供ということも有り小柄さを活かし、動き回る戦い方をしていたルミナであるが、ある日を境に待ちの、動きを最小限にするカウンター重視の剣に切り替わった。



 曰く

・数で不利になる魔王との戦いに置いて、これでは体力的に不利になる

・旅立つときは子供ではなくなっている


とのこと。



 それが正しかったことは実際に魔王討伐の旅に出て、為したことで証明されたが、もちろん結果としてそうだっただけ。

 実際の理由は当然別にあった。


「失礼します。

 勇者様、そろそろお時間ですよね」


「……すいません、ちょっと離れます」


 またこのメイドだ。

 決まった時間になると、必ず訪れ勇者を何処かに連れて行ってしまう。





 ルミナはしぶしぶメイドに従い、城の奥へと向かった。

 今は勇者と一部のメイドのみが頻繁に向かう、本当にごく一部の者以外立入禁止のよくわからない部屋。







 後に"おむつ替えの間"と呼ばれる部屋である。







「じゃあ、おむつ替えを致しますね」



 メイドのエマが言った。

 彼女は子が三人おり、一番上の子はルミナの幼馴染であった。

 もちろん、とっくの昔におむつを卒業している。



「勇者様、いつまでもこの様子じゃ魔王に侮られますよ」


 エマが言い放った。

 勇者の誕生の話は知られているはずなのだが、未だに魔王側からのアクションは何一つ行動は無い。


 オムツに関してはトップシークレット。

 だが漏れている可能性も否定できなかった。



「ジョアンナでさえ、先月におむつを外しているんですから」


「……っ!」



 ジョアンナとは、エマの一番下の娘である。

 1歳のはずなのだが、そんな幼い子にすら追い抜かれたという事実に、焦燥を覚える。



「勇者様、これを見てごらんなさい」


 エマが一着の服を取り出した。

 それは小さく、自分が着られないことは一目でわかる。


 今は拒絶するが、数年後から毎日着用することになる服であった。



「えっと……ロンパースですよね?

 なんでそんな赤ちゃん用の服を...?」


 ルミナは当初、幼児用のロンパースを見せられた理由が分からなかった。

 なぜ自分に赤ちゃん用の服を見せるのか、全くピンと来なかったのだ。


「ジョアンナが最近まで着ていた服ですよ」


「……それを、なんで見せるんですか?」


「勇者様、これ着ませんか?

 もちろんサイズは勇者様に合わせたものを、です」




 これが、人生で二回目のロンパースとの出会いである。

 もちろん、このときは出会っただけである。





「これを下に着れば、多少は動きやすくなりますし、おむつ替えも私共がお手伝いしやすくなりますよ」


 エマ以外のメイドたちも、勇者様がロンパースを着用することを望んでいた。


「で、でも……」


 ルミナは言葉に詰まった。

 今でも耐え難い屈辱なのに、それの嵩増しを要求されているのだ。


「おむつが外れたら良いのですが、勇者様の場合はまだかかりそうですし、難しそうですね」


 エマは優しく説得を続けた。


「私共がおむつ替えをお手伝いすれば、ロンパースならずっと楽になります。

 丸見えも防げますし、いつか外れる日が来るまでの対症療法です」






 このように、時折勧められていたのだった。

 結局このときは無用に終わっている。


 この状態では魔王を倒せまい。

 オムツをしたまま剣を振るうなんて、ばかげている。でもなぜか、オモラシが治らないのだ。


 オムツがあてがわれ、ルミナは鏡を見つめた。

 戦士の体つきからはほど遠い有り様だった。



(このままでは魔王に勝てない)






 オムツを外す。

 その努力は、剣の成長とは正反対に本当に……本当に長引き、12年の歳月をかけようやく実を結ぶ。



 15歳。


 それは、やっと完全なおむつ外れに至った、と"思っていた"年齢であった。

 

 








 

(そう、私はオムツが……あれ?)



 頭が重い。

 この感覚は、規則正しい生活を強制され、更には旅立ってからはまず感じなかった。


 いや、病気で数日寝込んだ時はあったか……このような、平時にはまず無かった状態。



 そう、寝過ぎた時の感覚。


 目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。





 手を股間に伸ばす。

 ゴワゴワとした、ものすごく分厚い感触。



(夢……か)




 ルミナの、二番目のオムツ時代の記憶から覚めた。


 あの頃の恥ずかしい思い出が、現実のように蘇ってきたのだ。




 自分は魔王を倒した。

 にも関わらず、魔王を倒す前提で自分も世間も動いているのだから、気づいても良さそうなものだが……


(オムツは……魔王よりも強敵だとでも言うの?) 




 実際、17年の人生のウチ、14年はオムツを当てていた。

 二度目の卒業からの2年も、再びオムツに頼ることはかなり恐れ、時折夢に見ていた。







 そして今、その恐れていた事態にある。

 ルミナは三度目のオムツ時代を迎えてしまった。











 13歳でオモラシしなくなり、15歳でオネショもしなくなった。

 同年代の子に、十年ほど遅れて追いついたはずだったのだ。


 17歳になって、オモラシに気付くことすらできなくなってしまい、人生で一番分厚くおむつを当てている。

 ロンパースに至っては、2番目では着用すらしていない。

 最初の、本当の赤ちゃん時代に置いてはそもそも存在すらしていなかったので、本来なら着用の選択肢も派生しないはずだったのだ。


 頻繁すぎるオモラシに、オムツを隠し通すことが困難になった。

 二番目のオムツ時代では隠し通せたそれが、自分で晒し回っている。






(ん? あれ?

 オムツを意識出来る……)



 なぜこんなにも分厚くオムツを当てるのか。

 それは、オモラシに気付けなくなっていたからである。



 今、自然な流れで、オムツを意識し、手を伸ばせた。




 当たり前のそれが、なぜかできなくなっていたはずであった。







 ようやく、現実を意識し始めた。



「ここは……どこ?」


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