第十二話 旅の衣装
防水生地に覆われたそのベッド。
教会に置かれた信者のお子さん用のオムツ替えの台は、ルミナのような十代後半が使うことを想定していない。
足を乗せるスペースがなく、腰に負担がかかる。
「さ、寝転んでください」
「いや……です……」
もちろんルミナは断る。
前の街に居られなくなったのは、一般信者が普通に出入りする礼拝堂で堂々とオムツ替えをしたからである。
その中央か端かの差しかない場所で、オムツ替えなどされたくはない。
「いや?
あんなすごい格好でいらしたのにですか?」
すごい格好とは、飽和したオムツによってスカートが足に張り付いた、あの状態である。
何故か頭から抜け落ちるオムツ事情によって、私はこの状態で街を進み、この教会まで着たのだ。
当然大注目を浴び、住人を大勢引き連れ、シスターに保護され一日経過して現在に至る。
「早いこと済ませたほうがいいですよ。
信者さんがいらしたら、もっと恥ずかしいことになりますし」
ここは、最前線の街から、大聖堂の有るニルベルグへ行く途中にある街……というよりは、中継地点と言った場所である。
宗教施設である教会も、本当に一応程度の規模で、先程の街の物より小さい。
駐在もこのシスター一人で、新米らしい。
だが気が強く、ルミナは主導権を完全に奪われている。
「だから……自分で替えますから、その……」
「勇者様を恥ずかしい目に遇わせてたいわけじゃないんですよ。
でもサイズ合わせはしないといけないんです。
ここから次の街までは更に長いんですよ?
困るのは勇者様なのです」
そう、今からやるのは、ただの交換だけではなく、サイズ合わせなのだ。
このシスター、裁縫が出来るらしく……なんでもオムツの補助金周りのことも委託されやっているらしい。
「でも、どうしてそんな格好をしなきゃいけないの……
そんな……赤ちゃんみたいな格好を」
懇願するようにルミナは言った。
十枚対応では足りないと判断されたおむつカバーの、さらなる大容量対応のおむつカバー。
そしてもう一つ、淡い緑と白の生地でできた衣類をシスターは作り上げていた。
「ダメですよ、下手したら戦闘中に足が滑るかスカートに足取られるかして死んじゃいますよ?
それに昨日だけでも数え切れないほどオモラシしてるじゃないですか。
日に一度とか二度くらいならお洋服を脱がせてもいいけど、一時間も保たずにおむつを汚しちゃうような子なんですから、ここまで来るのも大変でしたでしょ」
「けど、それは聖水がないから……」
「から、なんですか?」
このシスター、聖水の生成が出来ないのである。
というより、出来る者をすべての村に配置など出来るほど、教団も人材豊かではないのだ。
更に言うと、必要になる事態もそこまで頻繁には発生しない。呪われる現象なんて稀だ。
だからこのシスターが劣っているとかではなく、むしろ普通。
お陰で、無処置状態が継続しており未だオモラシが全く認識できないままになっている。
下手に出るしか無いのは、手持ちとこの村で本来売り物となるはずだった布おむつも含め、そのほとんどをこの一晩で使いきり、洗濯もさせてしまったことにある。
教会の物干しスペースは当然、周辺の民家にまでルミナのオムツが翻っている。
「聞いてるんですよ、あちらの街でもオムツ溢れさせて、宿に水漏れさせたって」
そう、堂々とスカートを張り付けオムツを強調して町中を歩いたから、というだけではない。
私がオモラシで旅足が大きく遅れたことで、私が来る前から「勇者がオムツ」という噂はすでに広がっていたのだった。
「でもなんでそんな……お、おむつだけでも恥ずかしいのに……そんな、そんな赤ちゃんが着るような服なんて……」
ルミナは言葉に詰まった。
シスターが、昨日の今日で作り上げた衣類に抵抗があるのである。
シスターが両手で広げ持った衣類は、ロンパースだった。
緑と白の生地でできたそのダルマロンパースの裾と肩紐のまわりにはレースのフリルがあしらわれ、とても可愛らしく仕上がっていた。
ロンパースというのは、早い話幼児用の衣類である。
遊び着として使うのもいいし、お腹が出ないから、お昼寝の時にも寝冷えをすることがないようにパジャマ代わりにも使える、何かと重宝なベビー服だ。
上下がつながっているため、おむつを取り替える時にいちいち脱がさなければいけないのが面倒だと思われるかもしれないが、股の部分がボタンになっていて、ボタンを外せば、お尻からお腹のあたりまで大きく開くようになっている。
だから、おむつを取り替える時にも脱がせる必要はない。
しかし、そのロンパースはお尻周りがあまりにも大きく作られていた。
着用するのが17歳のルミナだから、というだけではない。
20枚対応のおむつカバーを包み込む前提のロンパースである。
ちなみに、頻繁に変える用と溜め込む用で、2段階の厚さ対応のため8ボタンである。
「これならスカートと違って動きの邪魔になりませんし、オムツ替えも楽だからです。
きっと旅が楽になりますよ」
「でも、それじゃオムツが……」
「大丈夫です。
ちゃんと包めます」
違う、そういう問題じゃない。
ルミナは、たじたじしてしまう。
着る前から、明らかに異様なほどにお尻が大きく作られていると一目瞭然だ。
問題なのは、この服がオムツを隠せないどころか、むしろ強調する点だ。
オムツに膨らんだ股間のシルエットが、そのまま丸見えになってしまう。
「当たり前でしょう? オムツをしている子のためにあるんだから。
はっきり言いますが……もう知れ渡ってます。
開き直って、早く治すことを優先されたほうがいいかと」
「う、ううう……」
確かに楽になるだろう……
だが、問題なのは恥ずかしすぎる点なのだ。
一般的に幼児が屋内で着ることを想定している服だ。
屋外に行くにしても近所止まりの服である。
だが私は、17歳の身でロンパースで旅をしろと言われているのだ。
まだニルベルグまで、街をいくつか経由する必要がある。
その中には大きな交易都市だって存在する。
しかもニルベルグで治るという保証はない。
その場合は治らなければ、王城まで行くのだ。
頷けるわけがない。
「オムツに、手を入れてみてください」
反射的にルミナが身を固くするのと、シスターの手が伸びてくるのとが同時だった。
人前でそんな事出来ずにいると、シスターがスカートを手早く捲り上げてしまった。
ルミナは慌ててスカートの前の方を両手で押えるも、大きなおむつカバーはもう完全に露出している。
両手でスカートを抑えた拍子に、オムツが絞られ、オシッコが染み出してくる。
「ほら……さっき替えたばかりなのに、もうこんな状態です。
早くしましょう?」
そう言われて、自分のオモラシを自覚する。
と言っても、今漏らしているのではない。
本当に、自分でもいつしたのかがわからないおもらしだ。
途端、動きが鈍る。
シスターに導かれるまま、意志に反しおそるおそるベッドにお尻をおろしたルミナは、両手で上半身を支えるようにしてゆっくり体を倒していった。
頭がかろうじてベッドの中に入るような位置に体を置くと膝の下からむこうがはみ出してしまうものの、ここで眠るわけでもないから、それで充分だった。
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