第九話 オムツ替え
敷かれたバスタオルが二枚、二人それぞれに同じ格好で横になる……いや、させられる。
どちらもおむつを当てているが、その二人の年齢は、一回り以上違う。
その二人の前に、一人づつ女性が立っている。
「あら……すでにおむつ当てていらしたのですか?」
思わず手で顔を覆い目をそらす。
だがその先に居る、同じく横になった赤ん坊に微笑まれ、即座に反対側を向く。
「この方はちょっと病気で急遽必要になってしまいまして……おむつカバーはこれが初めてなんです」
「そんな病気聞いたこと無いけど……ま、そういうことにしといてあげる。
さ、自分でも替えられるようにするんでしょ? こっち向きなさい」
そう言って、無理やり前見させられる。
眼の前には、自分と同年代の女性が二人……うち片方はシスターで、私に娘のおむつと自分のスカートを貸してくれた人であった。
「えぇと、その……よろしくお願いします」
隣は赤ん坊二人目で熟練のお母さんらしいが、このシスターは初産……オムツ替えは習ったらしいがいまいち上手く出来ず、習い直したかった……ということにして、私のおむつを当てる担当になってくれている。
「ではまずオムツを取り外します」
と言ってから、赤ん坊のおむつを外す。
それを見ながら、シスターも同じように……私のオムツの前側をゆっくりと剥していく。
「……あぁ……やだ……やっぱり、止めて」
誰かにおむつを替えられるだけでも耐え難いのに、隣に本当の赤ん坊が居て、一緒に替えられる。
しかもそれを、事情を知らない一般人に見られながら……もとい教えられながらというのは、耐え難い恥ずかしさがあった。
「だめよ。病気なんでしょう?
治るまでの辛抱よ」
隣の赤ん坊のオムツカバーの横羽根が剥がされた。
合わせてシスターも、私のオムツの前当てを股間から取る。
「ビショビショですね。
これでスッキリしますからね」
「それでは、おねがいします」
と言うと、赤ん坊の両足と同時に私の両足も上げられた。
当然、上がる高さはまるで違う。
股当ての布おむつの端を持ち上げ、両脚の間を通して、おヘソのすぐ下にまわした。
「……っ!」
お尻の下からしか伝わってこなかった布おむつの柔らかな肌触りが股間から下腹部いっぱいに包み込むように広がる。
「その次は横当てね。
股当ての上にしっかり重ねればいいのよ」
股当てに続いて横当てのおむつの端を持ち上げたものの、少しばかり戸惑う様子をみせるシスターに向かって、横の赤ん坊の母親は落ち着いた声で言った。
言われるままは横当てのおむつを股当てに重ねた後、おむつカバーの左右の横羽根を持ち上げて、横当てのおむつの上で互いの端を重ね合わせ、大きなボタンでしっかり留めた。
「股からウエストまでホックが四つ並んでいるしょう?
それを、おむつがずれないよう下から順に留めていくの。
最後にウエストの紐を結わえれば」
魔王と戦うために鍛え上げたルミナの下腹部は、動物柄の布おむつと、沢山のフリルやリボンで飾られたピンクでおむつカバーにぴっちり包まれてしまう。
最後の仕上げに、おむつカバーの股ぐりからはみ出ている布おむつをおむつカバーの中に丁寧に押し込み、股のフリルだけ丁寧に取り出す。
「はい、あとは肩紐通して終りね」
先程までと比べ、とても大きく、丸く膨らんだおむつカバーの上からのお尻をぽんと叩いた。
ピン留めと違い、長旅想定の10枚当て。
5倍の枚数が当てられたのた。
おとなしく、当てられてしまった。
他人の手で。
それも、本物の赤ん坊の隣で。
「はい、じゃあおむつ当て講座を終了します。
なにか質問はありますか?」
「いえ……とてもわかりやすかったです。
ゆう……ルミナさんはどうですか?」
多分……大丈夫である。
見た。見てしまった。
自分が、おむつを当てられるところを。
隣で、同じような格好をしている子がいる。
恐る恐る、横を見た。
そこで、思わず釘付けになってしまった。
クマのおむつではなくなっていた。
ルミナと、全く同じデザインのおむつカバーが当てられているのだ。
自分が、生まれて間もない赤ん坊と同じようにおむつを当てられた事を、改めて思い起こされ、限りない羞恥の念をおぼえる。
と同時に、羞恥とは別の感情がじわりと湧上がってくるのをルミナは感じた。
一緒におむつを当てられることも屈辱であったが、それだけではなかった。
それは、羨望だった。
自分と同じおむつを当てた子が、母親を求め無邪気に手を伸ばしている。
そのような光景を目にして、ルミナは、遠い記憶を探った。
自分に、誰かに甘える記憶はない。早くより、勇者としての訓練をつけられていた。
おむつ自体も、ほんの数年前まで当てており、それは自分で替えていたのだ。
甘える思い出がほしい。
だが思い出すのは、勇者としての期待の言葉と、おむつが外れないことへの叱責ばかり。
どうして自分はこんなふうにしてもらえなかったんだろう。
ルミナは目の前の子に羨望を覚えた。
羨望のみならず、それに倍する妬み嫉妬さえ。
「勇者様?」
「あ、いや違う……」
手が伸びていた。
隣の赤ん坊が母親にしたように、自分もシスターに対して伸ばしてしまっていた。
赤ん坊との違いは、四肢の長さがまるで違う為に、シスターの顔に手が届くことだ。
「ふふっいいのですよ……」
行き場を失い空中をさまよっていた手を、シスターが両手で優しく包み込んだ。
「神の愛に包まれ、幸福な日々が貴女に訪れますように」
「……ぁ」
それは、生まれたばかりの赤ん坊への、祝福の言葉。
先程、隣の赤ん坊にも施された祝福であった。
おくるみと、布おむつという違いこそあるものの、同じラインに立てた。
そんな気がした。
「……勇者様?」
「……あれ、勇者様なのか?」
ハッと、声のする方を見る。
そこには、何人かが信じがたいを物見る目で、こちらを見ていた。
ここは、一般の礼拝堂。
そんなところで、オムツ替えをしていたのだ。
シスターも「しまった」というような顔をしている。
騒ぎが大きくなるにつれて、だんだん人が集まってきた。
ルミナもシスターも、どうすれば良いのか分からず、何も出来ないでいる。
――パンパン
甲高く、手を叩く音。
その方向を見ると、席を外していた神父が戻ってきていた。
「皆さん、静粛に。
神聖な儀式ですよ」
儀式……儀式?
そうわけも分からずに居ると神父は、ルミナに歩み寄り、手を握った。
「我らが神々よ、この小さな命をお見守りください。
この者が成長し、愛と勇気に満ち溢れ、世界に希望と調和をもたらしますように」
神父の口から出てきた言葉は、赤ん坊を祝福する物。
今日この教会に来た際に、隣の赤ん坊に施したその祝福であった。
17歳の自分が赤ん坊が受ける儀式をされている。
屈辱感と恥ずかしさに満ちながらも、この大勢の一般信者の見る前ではどうにも出来ず、静かに耐える決意を固めていた。
聖水で……流石に体は洗われず、コップを口に運ばれ、飲み干す。
「この小さな命よ、大地に愛と調和をもたらせ。
神聖な力に導かれ、成長し、未来を彩ってゆくがよい」
儀式が進む中で、ルミナは複雑な感情に揺れ動かされていた。
一瞬前まで羨ましいと思っていた儀式が、自分に向けられることで屈辱を感じつつも、何か特別なものを得たような内なる満足感も抱えていた。
神父の言葉と手つきが、それを儀式として昇華させ、心の奥底に新たな感慨を残していた。
「神の愛に包まれ、幸福な日々が貴女に訪れますように」
教会の中に響く祝福と、神聖な雰囲気とともに、女勇者ルミナの心には複雑な感情が渦巻いていた。
儀式をされた。 されてしまった。
0歳から、遅くとも2歳までに受けるような儀式を、17歳の私がだ。
色々言いたい、聞きたいことも有るが……この大衆に囲まれた状態で、オムツ替えの姿勢のまま動けないでいる私は、どうすれば良いのだろう。
その大衆も、信じがたい光景に驚きの表情を浮かべて見つめていた。
彼らの目には、まるで夢の中にいるような錯覚が広がり、口を開くことなくただ見入るしかなかった。
――パチ……パチ……パチ……
その時、神父が拍手をし始めた。
それにつられ、まばらに大衆も拍手をし始め、やがては大きな波となった。
シスターに立たされる。
初めておむつカバーで立った。
股間が閉じない……がに股がとても気になる。
だがそんなおしりがピンクのまま、私は教会の奥へ導かれる。
先程の聖水が効力を発揮したのは、今だった。
気になるオムツから、不快感も強く感じ始める。
すぐさま横にされた。
――――グジュぅウウ
私は、先程替えられたばかりのオムツから、おしっこが体重によって押し出されるのを自覚した。
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