第八話 祝福される赤ん坊と、初めてのおむつカバー
この街に着くまでも大変であった。
いくら最前線の街とはいえ、魔王城までの距離は徒歩で一日二日ではない。
体力は一般人の何倍もある自信はあるが、寝ないで歩けるはずもない。
だから討伐後一日目の朝は寒さで目覚めた。
ズボンのみならず、上着も外套も、何もかも全てがびしょ濡れ。
それほどの規模の水たまりを作っていたのである。
本当に……ここまでの道中で風邪を引かなくて、本当に本当に良かった。
もちろん、魔物が居なくなったとはいえ、普通は地面に直に横になるなんてことはしない。
普通は。
このときも、寝落ちである。
これ以来、極力体力に余裕を持って野営準備に入り、なるべく椅子や木の上に陣取るようになっていた。
もちろんオモラシはしているわけだが、全身に濡れが行き渡るなんてことにはならない。
こういう理由もあって、行き以上に時間を掛けて戻ってきたのである。
そう、わかっていた。
わかっていたはずなのだが、久々のベッドで横になれるという欲望に負け、そしてやってしまったのである。
「……」
顔が真っ赤なまま、俯いて教会へ向かう。
聖水は飲んだ。
おむつも当て直した。
教会のシスターに、なんと言えば良いのだろう。
おむつしていたにも関わらず、溢れさせて濡らしてしまいました……などと言えば良いのだろうか。
そう悩みながらも、教会に到達した。
オモラシという制限がある以上、のんびりしていられない……
「我らが神々よ、この小さな命をお見守りください。
この者が成長し、愛と勇気に満ち溢れ、世界に希望と調和をもたらしますように」
到着すると、赤ん坊の祝福が執り行われていた。
この世界、生まれて一ヶ月ほど経過した赤ん坊は、このように教会で祝福を受ける決まりがあった。
赤ん坊は白い布に包まれていた。
教会内には神聖な空気が張り詰め、この赤ん坊の親と思われる者が祈りを捧げていた。
神父は聖水を用いて赤ん坊を儀式的に洗い、また布に包み直された。
「この小さな命よ、大地に愛と調和をもたらせ。
神聖な力に導かれ、成長し、未来を彩ってゆくがよい」
「神の愛に包まれ、幸福な日々が貴女に訪れますように」
教会の中に響く祝福の言葉と共に、喜び讃えた。
神聖な儀式が終わり、祝福が教会に満ちる中、ルミナは教会の入り口辺りからその様子を見守っていた。
いや……瞳は困惑と、嫉妬に満ちていた。
わからない、なぜこんな感情を、見ず知らずの赤ん坊に持つのか。
儀式が終わり、笑い声と祝福の言葉が教会に満ちる中、神父がルミナの存在に気がついた。
「ルミナ殿、お待たせしました」
「い……いや、遅れてすまない……」
本来、午前中の朝一番で来るはずだったのが、昼過ぎである。
遅刻した理由といえば、朝の隠蔽処理だったわけだが、それすらも結局宿の店員にやらせてしまっている。
先程の訳わからない感情に、おむつも合わさり情けなくなってしまう。
「……その様子ですと、聖水はその場しのぎにもならなかったのですかな?」
情けなさから一転、羞恥に心が染まり直される。
「……申し訳有りませんが、やはりこの教会では力不足のようです」
この教会では治らない。
その事実に、わかってはいたものの、落胆は大きい。
「大聖堂への紹介状を認めておきました。
これをもって、そちらを訪ねてみてください。
大聖堂の場所は、ご存じですかな?」
「……あぁ。
解る」
大聖堂。 ニルベルグという街に、存在している。
この世界の、宗教上の中心。
それは、文字通り世界の中心で……ここからまぁまぁ遠い場所にある。
「出発の予定はいつ頃で?」
「もう一日か二日程滞在し、次の街に行こうと思っている」
「では、聖水と、追加のおむつも用意してありますので、持って行ってください」
おむつ……そう、このおむつの購入時のことを聞かねばならない……
だが、その前に。
「ところで……その、なぜそのような柄に」
「最近はこのような儀式が集中しておりまして、無地が人気な分このような柄ばかり残るようになってしまいまして……」
つまり、なにやらベビーブームのような事が起こっており、無地が何故か流行りだしたとのこと。
で、柄物が売れ残る傾向にあるらしい。
先日当てていたものは何だったのかというと、借り物。
シスターの中に最近子が生まれた者がおり、その赤ん坊の物だったらしい。
一つ、問題は解決した。私の名前で、おむつの購入申請はされていなかった。
だがそれは昨日の話であり……
「旅の途中では、聖水は次の街まで保つような量は持てないでしょう。
おむつは、そのため沢山必要だと思いますので、どうしても柄物が中心に……」
「……」
私の前に用意されたそれは、白地に青でリボンやらデフォルメされた動物やらと、多種多様な赤ん坊向けの可愛らしい柄。
それが用意……購入されていた。
今度は旅立つ、返す必要のない私のもの……つまり、名義も何もかも申請されたおむつである。
「それと、今はこのようなものがございます」
そう言って神父が取り出した袋を受け取る。
「……なんですか?
これは」
「おむつカバーと言いまして、ここ最近発明された物になります。
布おむつを上から包むにように当て、肩紐で固定する物です。
一度にたくさん当てられますし、防水性のある素材なので……隠すのに良いと思います」
私がおむつを現役で使っていた時……と言っても二三年前なのだが……このようなものはなかった。
どうしていたのかと言うと、布おむつ用のピンがあり、それで固定しているのだ。
枚数も一枚か二枚が一般的であり、一度漏らしたら替える。
旅の道中でおむつを変える場所があるとも限らず、この心配が一つ薄らいだ。
「……ありがとう、助かる」
そうして、始めてのおむつカバーというものを取り出してみる……のだが。
「……あの、ご好意はありがたいのだが……
デザインはなんとかならなかったのだろうか」
二つ用意されたおむつカバーというもの。
それは全面ピンク地であり、光沢があった。
お尻側に段々状のフリル。
前側には、巨大なリボンと名前欄がある。
そこに……私の名前と年齢、性別が記載されてしまっていた。
足が出る部分も、沢山のフリルで飾られている。
「その……補助金で作られるものなので、国の指定した型から外れる物が作れないそうでして……
一番大人しい、すぐ用意できるものがこれだったのです……大人用ですので……」
知ってる。
私も3年前まで恥ずかしい思いをしながら当てた。
でもこれを身につけると思うと……
これには私の名前が書かれてしまっている……年齢までもが。
道中、洗うにはどうすれば……
「ちょうど、あの子がオムツ替えするようですが……あちらのデザインも見てみますか?」
神父が指し示す先にいるのは、先程まで儀式を受けていた子だ。
どうやら漏らしてしまい、オムツ替えをさせてもらうらしい。
覗いてみたら、名前欄は同じだが水色の空と緑の地面が描かれ、そこに哺乳瓶を持った可愛らしいクマが貼り付けられたおむつカバーを当てていた。
だが絵柄を重視する関係からか、フリルは無い。
確かに、これと比べればピンク一色はだいぶマシなデザインだったのだろう。
いや、巨大リボンのフリル山盛りと比べてどうなのだ?
比較する一方で、あのおむつカバーに対し、不思議な感覚を覚えている。
最初に祝福を受けているときにもそうだったが、これは何なのだろう。
と、その時。
この子の母親が突如叫ぶ。
「あなたちょっと!?」
「え……あ、いやぁ!?」
突如名前を呼ばれ、視線を追った先は、自分の股間であった。
そう、漏らしていたのだ。
全然気付かなかった。
昨日洗ってもらったズボンが、また染まり、水たまりを形成していく。
手で抑えるが、そこまでしてようやく、出している感覚が股間と手……そしておしっこが流れる足に宿る。
「いやぁ……いやぁ……」
座り込むが、止まる気配は無い。
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