第四話 勇者の帰還と、おむつの始まり

「よ、ようやくついた……」

 

 幸いにも、魔物とも人間とも一切出会わなかった。



 自覚できないオモラシは、あれからも回数を重ねた。

 数時間に一度……いや、漏らしてそのまま気付かなかったこともあったので、実際はもっと間隔は短いかもしれない。


 そうして何度も何度も濡らしたために、もはや手持ちのズボンとパンツは全て惨めなシミが出来ている。


 だからといって、どこで誰と会うかもわからない以上は下半身裸でいるわけにも行かない。

 魔王の領地だったこともあり、洗えるような河川もなく、私のズボンは股間から靴にかけて、枝分かれした水跡が残っている。

 履いているズボンが乾いていられる時間は、履き替えて数十分程度しかないのだ。


 そうした惨めな帰りの旅は、魔物と戦いながらである行きの、約1.5倍ほどの時間を掛けてようやくの到着。

 しかも夕方であった。





 

 だが、街の中でもそんなのんびり歩くわけにも行かない。

 なんせ、いつ漏らすのかもわからないし、漏らしていない時であっても、主張するシミがあまりにも目立つ。


 全力疾走で教会を目指す。夕方なのでやや暗く、目立たない……はず。

 行きで最後の祈りをしたのだ。場所はわかっている。











 が


「何、呪いが解けない!?」


「ルミナ殿、落ち着いて下さい!」

 

 突きつけられた事実に目を丸くさせたルミナが神父に詰め寄る。

 

「す、すまない。

 ……でも、これは病気ではなく、呪いということは間違いないのですね?」


「はい、間違いなく呪いによるものです。

 この教会で行えるあらゆる解呪の儀式を試してみました。

 ですが……」


 シスターが掃除をする現場に目を向けられ、思わず顔をそらしてしまう。

 ……解呪の最中にも、やってしまっていた。 


「あらゆる手段を持って調べてみましたが、このようなものは聞いた事がなく、誠に申し訳ない……」


「あっ、いえ、そんな折角調べていただいたのに、頭を上げて下さい」

 

 申し訳なさから神父やシスターは揃って頭を下げる。

 

「ただ、次善策は提供できます」

 

「それは本当なのか、神父殿!」

 

「ええ、まずは聖水です。

 先程、症状の緩和と思われる効果を確認できました」

 

「聖水……ですか?」

 

「こまめに沢山飲んでいただければ、尿意を自覚し、我慢もできるようになるでしょう」

 

「……それですと」

 

「はい。

 一応、聖水は水ですので、トイレに行く頻度は上がってしまうでしょう」

 

 ここまでの道中、オモラシを恐れ水は本当に最小限しか飲まなかった。


 それでも、オモラシは一時間に一回というペース。

 それも気付くことが出来た範囲でという但し書き付き。


 もちろん、何回も何回も漏らす為に一回あたりの量は少ない。

 が、尿意が促進されているのか、喉が乾くペースもあまりにも早く、街に付く頃には手持ちの水はもはや無かった。

 先程解呪の実験で飲まされた聖水は、そのあまりの乾きに思わずごくごく飲んでしまった。


 ここでやってしまったのは、その飲んでいる最中の話であった。

 漏らしていることに気づいたのも指摘を受けたからである


「ですが、それで先程トイレに行くことが出来たではないですか」


「…………」


 それでも下半身は、借りたバスタオルであるという点が複雑である。

 その最初に漏らした時も借りたバスタオルだったので、今巻いているのは二枚目だ。


 ちなみにパンツとズボンは全て、シスターたちが洗ってくれている。


「それと……これを」


 そういうと、神父は沢山の布を手渡す。


「これは……」


「おむつです」


 この話の間、終始顔が真っ赤だった自覚があったが、このときはさらに赤みが増した、と思う。


「気持ちはお察しします。

 ……しかしその、まだその呪いは未知の部分が多く……先程の聖水も仮説でしかないですので……

 それに、おむつをしていたほうが……何かあった時に恥をかかずにすみますし……

 ……お貸しするスカートも、シスターたちの私物ですので……その」


 今日はもう遅い……だが、この教会に泊まるわけではないのだ。

 まっすぐこの教会に着たということは、宿はこれから探すところから始めるのである。


 ズボンもパンツも、全てが今洗濯したてのびしょ濡れであり、バスタオルで出歩くわけにも行かない。

 

「ルミナ殿は……おむつの当て方は、わかりますか?」


「……大丈夫だ。

 ちょっと、トイレを貸してもらう」

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