第2話 その意味を理解する

 木枯らしが吹き始めた肌寒い秋。

 あの日から月日は過ぎて、中学生になった。結局、あの日をさかいに僕とマリナの関係は続いていた。はじめは気まずさが残っていたが、それは時間が解決してくれた。とはいえ、完全に腐れ縁という形で落ち着いてしまった。

 そういえば、驚くべき事実だが、マリナと僕は同い年で同じ小学校に通っていたのだ。クラスが違うだけで、きっと僕と彼女はどこかで出会ったことがあったのかもしれない。だからあの日の出会いはきっと奇跡などではなかった。偶然が生んだ必然だったに違いない。


 そして、僕たちは学校で再会を果たし、中学に至るまでの縁を結び続けた。


「おはよ、ナギくん」

「……ん」


 腐れ縁が結びつき、家の特定まで済まされた僕は毎朝マリナのお迎えがやってくるようになっていた。そのことについて、嬉しさ半分恥ずかしさ半分の感情に振り回されて、曖昧あいまいな返事しかできなくてもどかしさを覚えた。

 僕の気持ちを知っているのか。いいやマリナのことだから知る必要すらないのかもしれないが、彼女は僕の手をひいて学校へと歩き始める。この行為自体に恥ずかしさを感じているのに、おそらく彼女は厄介なことに意も介さないのだろう。どうせ何を言っても彼女の理論で押し切られるだけだと、これまでの経験から行動の一切を起こすことなくやられるがまま引きずられるように進んでいく。

 小学校から変わったことといえば僕の両親が離婚して母親が出ていき、父親が家を空けることが多くなったこと。それともう1つ。


「最近寒いね~」

「まだ秋だけどね」

「もう秋だよ~。うぅ~さむぅ」

「大げさな……。そんなに寒いならもう少し厚着すればいいじゃないか」

「大げさって……えいっ!」


 僕の発言にムスッとしたマリナが、学校に行くまでの寒さで少し赤くなった両手を僕の両頬を挟むように押し付ける。なるほど相当に寒いのだろう。ひんやりとした両手は僕の体の芯を冷やすほどには冷たかった。

 冷たいといえば、僕とマリナを囲む視線がひんやりとしていた。こんなに仲睦まじいところを見せつけられて冷たい視線を浴びせてきているものだとはじめの頃は思い込んでいた。だが、真実はもっと凄惨なものだった。

 神崎マリナ。彼女には姉が居た。


 神崎家はこの街を長年無償で守り続けてきた。マリナはその家の次女にして、この街の宝と呼ばれていた姉を殺したみ子だった。それが真実かなんてのはわからない。

 けれど、街の連中は真実かどうかなど関係ないのだ。街の宝である少女を失った事実しか見えず、失った理由にマリナをあてがったにすぎない。たったそれだけ、されど彼女にとってどうしようもない理不尽を強いられた。

 それが小学校5年の夏。僕とマリナが出会った日から数日後の事実。そして、この街が彼女を排除しようとした始まりの日でもある。


「本当にこの街は……」

「もう何を言っても変わらないよ。事実は事実。それが正しかろうと、偽りだろうと、他人には関係がないことだもん」

「でも……マリナは悪くないじゃないか。詳しくは知らないけど、マリナが間違ったことをするはずが――」

「ナギくんは優しいね。でも、ナギくんに私の何がわかるの?」

「それは……」


 知るはずがない。知る由もない。君がそんなにも悲しそうに笑う理由なんて、知るわけがないじゃないか。

 マリナは強い。精神的にも、肉体的にも誰も比肩ひけんできない強さを持っている。だけれど、日常的に不特定多数から陰口や冷たい視線を浴びせられ続ける状況に耐えられる人間が果たしているだろうか。

 だからって僕になにかできるはずもない。少なくともマリナに引っ張り回されるだけの僕では、彼女の助けになどなろうはずないのだから。ゆえに僕は何もしない。何もしないことが正しいことだと――僕にしかできないことだと信じているから。


「いいよ。ナギくんはずっとそのままでいてね。付かず離れず、私をちゃんと見てくれるナギくんのままで……」

「僕はそんなにお人好しじゃないよ。いつかはマリナと喧嘩をするかもしれないし、それで僕が君に呆れないとも限らないでしょ?」

「確かに! それは全然考えてなかったよ! そっかそっか、私とナギくんが喧嘩か~…………するのかな?」

「……」


 開いた口が閉じなかった。

 よもやこの女は僕と喧嘩をすることすら思い至らなかったようだ。いいや、喧嘩にすらならないと思っているに違いない。本当に腹立たしいやつだ。でも、怒りで煮えくり返りそうなのにどうしてだろう。僕はマリナを嫌いになれない。憎むことができないのだ。僕が彼女を見捨てたら彼女が完全に孤立してしまうからだろうか。それとも僕が彼女に対して言葉にならない感情を抱いているからか。

 可愛らしく、儚げで、周囲の評価に動じず悪態あくたいをつかず、突飛な行動が多くて僕だけを困らせる。そんな僕だけの天災のようなマリナをどうして僕は嫌いになれないのだろう。


「ああ」

「?」


 理由など必要ないのか。中学生の僕にはわかるはずもない感情なのだから。

 僕の手を引くマリナを失いたくないと思う僕のこの感情に、正しい言葉が与えられるのはもっと先のことなのだ。だから、今はこのまま――彼女に惹かれていこう。彼女の思うままに、流されていこう。

 それが僕にできる唯一のことだと勘違いしていたのだから。


「しないさ。僕とマリナとじゃ喧嘩が成立しない。そうだろ? だって、喧嘩っていうのは同レベルのやつらでやることなんだから」

「あー! 今、私のことをバカにしたでしょ!? ナギくん!?」

「してないよ、全く……。早く行こう。遅刻はしたくないだろ?」

「ちょっと待ってよ~! さっきの話すっごい気になるんだけど!? ねぇってば!」

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