264話 コスプレ撮影会 その1

「——かる……光流……光流?」


 心地の良い誰かの声が聞こえる。


「光流ー!」


 続いて、聞き覚えのある別の誰かの声が聞こえる。


「光流くーん!」


 これもまた聞き覚えのある声だ。


「ねえ、光流。誰にするの?」


 体を揺らされ、目を覚ますと、目の前にいたのは三人の女性。

 全員見知っている人物だ。


 ただ、いつもの姿とはあまりにも違う。

 そして、俺の名前を呼びながら選択を迫ってくるのだ。


「やっぱりこっちでしょ? だってほら、こうすればすぐに見えちゃうよ?」

「ううん。光流はこっちの方が絶対に好き。だってこうやって穴が空いてるのが良いんだもんね?」

「いーや、むっつりスケベの光流くんなら、こっちだよ。なんていったってひらひらして風で見えちゃいそうになるのが良いんだよ」


 強調されるそれぞれの胸部。

 動く度に揺れて、俺の視線がその場所へと奪われる。


「九藤、実が小さい方が好きなのか?」

「ひ、光流は私くらいの方がちょうどいいのよっ」

「…………見たら殺す……っ!」


 すると今度は別の三人が登場し、薄い胸を強調させる。

 ただ一人だけは、おかしな服装なのに胸を頑なに隠していた。


「私の魔乳が良いよね!?」

「いや、微乳の方が良いはず」

「魔乳!」

「微乳」


 大きな胸と小さな胸が交互に押し寄せる。


「「どのおっぱいにするの!?」」


 強くそう言われ、頭の中がぐるぐると混乱する。

 しかし、止まらない勢いに俺はついには地面に倒れてしまう。


「い、いや……そんなこと言われても——」


 視界全てが胸で埋め尽くされ、俺はそれに呑み込まれるようにして押しつぶされた。


「——うわああああああっ!?」




 …………




「…………ハッ!?」



 見えたのは薄暗い空間。カーテンの隙間から漏れる外の光が、朝を知らせてくれていた。


「……………ゆ、夢か……」


 とんでもない夢を見てしまった。


 ルーシーたちが『魔乳天使と微乳悪魔のリリィハート』の衣装を着て、なぜかあの部分を見せつけるように迫ってきて……。

 俺もどうかしてる。あんな夢を見るなんて、変態みたいじゃないか。


 今日の撮影は大丈夫だろうか。

 変なことが起きないといいけど……。




 ◇ ◇ ◇




 七月に入り、一週目の週末。

 俺たちはとある古い廃ビルに来ていた。


 皆の協力もありなんとかコスプレ衣装作りが全て終了。

 そうして時間を合わせてやってきたのがこの場所だ。


 ラウラ・ヴェロニカ・ダ・シルヴァ・樋口ことラウちゃんが撮影場所を決めたそうで、わざわざビルを管理している会社に連絡して許可を取ったというのだから、凄いとしか言いようがない。こういうことに関してだけ彼女は本来の行動力を発揮する。


「すごーい。こんな広い場所使えるんだね〜」


 そう言ったのはルーシー。

 廃ビルともあり、どこか雰囲気がある。


 一面灰色でボロボロになっているコンクリートの壁や割れている窓ガラス。

 この朽ち果てている感じが作品のシーンにはちょうど良いのだとか。


「じゃあ、着替えとメイクするからこっちに来て」


 ラウちゃんが皆に指示をしてまだドアが立て付けてある空間へと誘う。


 今日この場に来ているのは、ルーシー、真空、しずは、深月、ラウちゃん、焔村さん。

 そこに俺だけ男子として参加している。深月によれば絶対に冬矢は誘うなという話だった。確かにあのヤバい衣装を考えれば冬矢には見せたくないだろうなとは思うけど……俺なら良いのだろうか。

 

 ちなみに俺はしばらくは待機だ。女子の着替えを見るわけにはいかない。

 役割としてはカメラマンだが、俺は一眼レフの扱い方などは全く知らない。ラウちゃんによればもう一人呼んでいるという話をついさっき聞いてはいたのだが——、


「——樋口さん、少し遅れちゃった! ごめんなさいね……って、皆さんどうしてここに!?」


 少し汗をかき、キャリーバッグという大荷物を持ってやってきた俺たちよりも一回り年上の存在。


「揺木ほのか先生っ!?」


 なんとそこに現れたのはうちのクラスの担任教師である揺木ほのか先生だった。


「ん。先生大丈夫。着替えとメイクは今からやる。準備お願い」

「樋口さん……それは良いんだけれど、説明を……」

「皆でコスプレして写真を撮る。それだけ」

「き、聞いてないわよ!? 私、二人くらいで合わせるのかなって思ってたから……まさかこんなに大勢なんて……っ」


 ラウちゃんは揺木先生には詳細は話していなかったようだ。

 恐らく、俺たちがいるということを言ったら参加しない可能性を危惧してわざと言わなかったのだろうと思う。


 それにしても——、


「先生ってコスプレが趣味だったんですね〜! 確かにその乳はコスプレ向きですもんね〜」


 俺が聞きたかったことを真空が聞いてくれた。


「ああ……私の平穏な教師生活が……っ」


 コスプレ趣味がバレたことで、その場に崩れ落ちる揺木先生。

 当初からどこか抜けてはいるのだが、その見た目と大人っぽい雰囲気。さらには真空以上の大きすぎる胸を持つこともあり、クラスでも人気の先生だ。


「自己紹介の時、聞き逃さなかった。『趣味はコス……』って言ってたし、そうじゃなくてもハンドメイドでアクセサリー作りできるだけでも相当器用」


 そんなこと言ってたっけ? と思うような内容を覚えていたラウちゃん。

 自分が興味あることだけは、そういうセンサーが発動するようだ。


「先生は何をするの? 一緒にコスプレするってこと?」

「ええ……一応私もコスプレだけど、あとはカメラも一応……」

「私たちがやるキャラ以外のキャラなんていたっけ?」


 真空が言う通りだ。

 確かに俺がラウちゃんから見せられた『魔乳天使と微乳悪魔のリリィハート』の登場キャラは魔乳天使三人と微乳悪魔三人の六人だけだったはず。


「ん。魔乳天使側には一緒に暮らす大人の管理人が存在する。それが先生がやるキャラ」


 知られざるキャラがいるということか。


「そうなんだ! じゃあ一緒に写真撮れるんだね! 私先生と一緒にそういうことできるの嬉しいな〜!」

「あ、私も! なんだか学校って生徒と先生の距離が離れてるからこういうの嬉しいです!」


 真空にルーシーが先生と一緒に撮影できて嬉しいのか、嬉しそうにそう話す。

 日本に馴染みのない彼女たちだからこそ、こういったことも嬉しいのだろう。


「時間がもったいない。早く着替える」

「はあ……やるしかないのね、ほのか……!」


 いつもの如くローテンションのラウちゃんが急かす。

 それに対して独り言を呟く揺木先生は軽く息を吐いてから覚悟を決めたように立ち上がった。


 そうして着替えとメイクが始まった。




 ◇ ◇ ◇




 それから約一時間ほど経過しただろうか。

 俺は皆への差し入れをコンビニなどで買ってきたりして、時間を潰しながら過ごした。


「九藤……入っていいぞ」


 すると、後方のドアが開きラウちゃんが俺を呼び寄せた。


 地面に座っていた俺は立ち上がり、差し入れを持って中へと足を踏み入れた。



「————っ!?」



 入った瞬間、呆気にとられてしまった。


 それは、衣装がとんでもなくエロいのはもちろん、そのコスプレの完成度に言葉を奪われた。


 よく観察しても誰が誰なのかわからないようなメイクになっており、カツラを被っているのか髪色まで全員違った。

 判別できるのは胸の大きさだけ。それでも普段より盛られている様子が伺えた。


「や、やっぱり恥ずかしいっ!」


 ルーシーの声だった。胸の部分を両手で隠しながら俺にそう言った。


 今の彼女は美しい金髪ではなく、なんとピンク色の髪。

 待っている間にそれぞれのキャラの特徴を調べたのだが、ルーシーは主人公キャラで桃百合のリリィと呼ばれているようだ。胸の部分にはぐるぐるの渦巻きがあり、催眠術を使うらしい。それで相手を操ったりするんだとか。


「ルーシー大丈夫だって、見えてるわけじゃないんだから」


 そう、真空は言っているものの、明らかに全員がブラをしていない。衣装の胸の部分がひらひらしており、風が吹けば見えてしまうようなデザインになっている。


 そんな真空は主人公の友人で青髪のツンデレキャラで清純のプリムラと言うらしい。真空とは全然違う性格なのだが、なんだかそこが新鮮というか。清楚なキャラとして通っているらしいが作中では一番酷い目に遭うらしい。酷い目というのはそっちの意味でのことだ。


「これ……本当に大丈夫? 見えちゃわない?」


 衣装の心配をしたのはしずは。

 正直しずはのこういった肌面積が多い服装を見たのは去年の夏の水着以来。確かあの時は黒い大人っぽい水着を着ていたが、中学生にしては結構な大きさだった。


 そして今回のしずははなんと黄色に近い金髪の髪で、普段の彼女からは想像もできない色合いだった。さらに胸の部分はハートマーク型の穴が空いており、谷間が強調されるようになっていた。天真爛漫な性格で太陽のマーガレットと呼ばれているそうだ。


 ピンク、青、黄色が魔乳天使側の三人の頭には天使という言葉の通りに頭に天使の輪っかのようなものがあった。

 そしてその敵役となっているのが微乳悪魔の三人だ。


「なんだか、すっごいムカついてきた……」


 そう言ったのは深月だ。

 彼女の衣装は布面積が少ないぴっちりとしたスク水のような衣装で色は全身黒。頭に角があり腕や足にはゴツい攻撃用のパーツをつけている。

 髪も漆黒のカツラを被っており、肌の部分以外は本当に頭から足先まで真っ黒。微乳悪魔側のリーダーらしく、深淵のクロユリという名前だそうだ。


 深月がムカついてきたと言ったのは、恐らく魔乳側三人と自分の胸を比較してのことのようだ。

 正直そこまで小さくはないと俺は思っているのだが、魔乳側の三人と比べると小さい。


「ひ、光流! あんまり見ないでね!?」


 焔村さんもルーシーに近い反応で胸を両手で隠す。ただ、微乳悪魔側は下半身が結構際どい。

 深月はハイレグっぽい感じになっているが、焔村さんも同様。そして彼女はボンテージスーツな上に胸の部分がマイクロビキニのようになっている。

 全身赤で髪はその赤より少し濃いダークレッド。血染めのラナンキュラスと呼ばれているそうだ。


「皆似合ってる。やっぱり私の目は正しかった……」


 そして微乳悪魔最後の一人がラウちゃん。正直六人の中で一番完成度が高かったのは彼女だ。

 長い紫の髪にキョンシーっぽい衣装。細部までデザインにこだわっており、ラウちゃん自身が裁縫したのだとわかる。


 ただ、通常のキョンシーであればスカートがあると思うのだが、なぜかラウちゃんのキョンシーのスカート丈が短すぎて見せパンがガッツリと見えている。式神のアヤメと呼ばれているキャラだそうだ。

 

「はい。ってことは皆それぞれこれ持ってね〜」

「うおっ!?」


 するとキャリーバッグから六人分の武器を取り出した揺木先生。

 バラバラになっていたそれを組み上げると皆に渡していく。


 そんな揺木先生は白髪の白衣姿。しかし、その下はただ布面積が少ないマイクロビキニを着ているだけといったヤバい格好だった。


「く、九藤くん……あまり見ないでもらえると……」


 先生の大きすぎる胸がダイレクトに見えていて、俺はそこに釘付けになってしまっていた。


「あ……すいません……」

「ひーかーる〜……」


 するとルーシーがこちらにジト目を向けてくる。

 あれは見ちゃうだろ、と思いつつもそんなことは言わない。しかもここから撮影に入るとか、本当に俺の心は持つのだろうか。全員が美少女で、そして全員が際どい衣装を着ている。メイクをしているので、本来の彼女たちの顔とはかけ離れていることが救いだった。


 そうして、全員に武器が手渡されると、撮影が始まっていく。




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