256話 ラウちゃんの家

 週末、俺とルーシーはラウちゃんの家に訪れていた。

 焔村さんほどではないが、ある程度高そうな集合マンションだった。


 玄関のインターホンで自動ドアを開けてもらい、指定された階まで上がると、ラウちゃんの家の玄関までたどり着く。

 再度インターホンを鳴らすと、しばらくしてガチャリとドアが開いた。


「ん。いらっしゃい」

「ラ、ラウちゃん!?」

「ラウラちゃん!?」


 出迎えてくれたのはもちろんラウちゃんだったのだが、服装が問題だった。

 服は着てはいたのだが、ゆるゆるの大きいタンクトップに下はそのタンクトップに隠れてズボンが見えずにいた。


 下着だけは履いていてほしいとは思うが、気になったのは上だった。俺にはブラをつけてはいないように見えた。


「ちょっと光流! 見ちゃダメ!」

「見てもいいよ?」

「ラウラちゃんが良くてもダメなの!」


 俺はルーシーに手で目隠しされた。


「ん…………どこか変?」

「薄着過ぎるよね!?」

「これでも厚着」

「えっ」

「いつも裸だから」

「えええええっ!?」


 ルーシーは驚いたあと、ため息を吐いた。

 とりあえず中に入れてもらうと、ルーシーが上着を着てと言ったので、ラウちゃんは渋々パーカーを上に羽織ってきた。


 今日、なぜラウちゃんに呼ばれたのかはまだわからない。

 まずはリビングに通され、ソファに座らせてもらった。


 ラウちゃんがキッチンへと向かうと、ペットボトルの水を用意してくれた。

 お茶やコーヒーなど手の込んだものではないが、彼女らしい歓迎だった。

 そもそも俺は何か出されることを期待していなかった分、驚いたまである。


「————ぁ」


 すると、壁際の棚の上に置かれていたフォトフレームが目に入った。

 そこには小さい頃のラウちゃんと両親と思われる人物が写っていた。


「それ、お父さんとお母さん」

「勝手に見てごめん。そうだったんだね。それにしても随分と昔の写真だね」


 普通ならもっと今に近い写真を置いておくのではないか。置かれているのはこの写真だけだし、少し不思議に思った。


「ん。お父さんが生きてた頃の写真」

「——っ。ごめん」

「ん……大丈夫」


 ラウちゃんは無表情のままで何を考えているのかわからなかった。

 ただ、少し寂しそうな雰囲気を纏っているように感じた。


 俺は隣に座るルーシーの顔を覗いた。少しだけ眉を寄せて何かを考えていたようだった。


「そういやラウラちゃん、モデルさんやってるんだよね?」

「ん。一応」

「写真とか、そういうのないの?」

「ある」


 ルーシーがラウちゃんがしている仕事について聞いた。俺もちょうど知りたいところだった。

 するとラウちゃんが立ち上がり、戻って来ると手にはファッション誌を持っていた。しかもその雑誌は俺ですら名前を知っている有名雑誌だった。

 読者モデルって、有名雑誌の専属契約じゃないと思うけど、どういう立ち位置なんだろう。


「ん、これ……」

「ありがとうっ」


 ラウちゃんがルーシーに雑誌を渡すと、俺はルーシーに少し近づいて、雑誌を覗き込んだ。

 ぱらぱらと捲っていく。なのに、ラウちゃんはなかなか見つからなかった。


「あれ……?」


 どこにも見つからないラウちゃんのモデル姿に俺もルーシーも困惑した。


「もう過ぎた。もっと前」

「えっ……」

「もっと、もっと前……」


 もうほとんどページがなくなっていった。

 そうしてラウちゃんが指定されたページをやっと見つけることができた。


「も……もしかして、これっ!?」

「ん。それ……」

「ええええええっ!?」


 裸族だったことに次いで俺とルーシーは驚きの声を上げてしまった。


 そのページとは、雑誌を開いて一番最初に特集されていた見開きページ。

 しかも六ページに渡って特集されていた。


 最初は大きなアップされたラウちゃんの顔に、そのあとは色々な服を着こなすラウちゃん。

 あまりにもかっこよくて、オーラが凄くて、とてもじゃないがいつも見るラウちゃんと同一人物だとは思えなかった。


「す、すごい……」

「確かにこれはカリスマモデルだ……」


 こんなの、有名になるのは目に見えている。それくらい引き込まれるものだった。

 姉が言う事は正しかったらしい。


「お金もらえるから、撮影の時だけは真面目にやってる」

「ははは……」


 俺とルーシーは乾いた笑いを送った。



「ただいまーって……お客さん?」


 そんな時だった。玄関のほうから、誰か女性の声が聞こえた。


「お母さん帰ってきた」


 そういえば、この家に上がってからラウちゃん以外誰もいなかった。

 買い物にでも行っていたのだろうか。


「……まさか、オトモダチ!?」


 リビングに入ってきたラウちゃんの母。買い物袋をダイニングテーブルに置くと俺とルーシーが立ち上がったところで近づいてきた。


「クラスメイト」

「オラ! 来てくれてアリガト!」

「わっ」「わわっ」


 するとラウちゃんの母が俺とルーシーにハグをして歓迎してくれた。

 外国風の挨拶なのだろうか。それに「オラ」とは、どこかで聞いたことのある挨拶だ。


 ラウちゃんの母はカタコトに近い日本語を話す明るめの髪にモデルのようにスラッとした人だった。

 彼女のスタイルは母譲りなのかもしれない。


「お邪魔してます。九藤光流です」

「初めまして。宝条・ルーシー・凛奈です」


 遅れて俺たちは挨拶をした。


「それにしてもあなた、トッテモ美人! モデルになら絶対にウレル!」

「あはは……」


 ルーシーはラウちゃんの母にそう言われ苦笑いをした。

 ビジュアル以前に、もう歌で有名なんですけどね。


「私の部屋、行こう」

「二人とも、ユックリしていってね」


 ラウちゃんが俺たち二人を自室へと誘導した。

 すると彼女の母がニッコリと笑顔をくれた。




 ◇ ◇ ◇




 そうして、ラウちゃんの部屋に入ったのだが、これまた驚いた。

 えっちな作品のポスターやグッズなどがこれでもかと並んでいたのだ。


「こ、こ、これ……大丈夫なの!?」

「何がだ? 大丈夫だよ」


 ルーシーの赤くなった顔に逆に大丈夫じゃない理由を知りたい、そんなラウちゃんの返しだった。


「なんかほぼ裸の女の子の絵に囲まれてると、なんだかソワソワする……」

「まあ、確かにね。でも——」


 視線を移動し、壁に貼ってあった一つのポスターを見つめる。

 えっちなポスターが多いなか、そのポスターだけは他とは違って。


「あれは……モデルやる時の顔、忘れないために置いてる」


 俺と同じく視線を動かして説明してくれたラウちゃん。

 それはモデルをしている彼女のクールで大人っぽい表情をしている姿が映ったポスターだった。

 ちゃんと仕事には真剣らしい。やはり学校生活だけあんな感じなんだろうか。


「あの人が衣装を捨てたなんて、思えないな……」


 気になっていた事を口に出す。

 この件はラウちゃんに許可をもらい事前にルーシーにだけは話していた。

 なぜ、衣装作りを再度やらなければいけないようになった理由のことをだ。


 そして、先ほど会ったラウちゃんの母。

 明るくて優しくて、とてもじゃないが衣装を捨てるような人には思えなかったのだ。


「お父さんが関わると、怒る」

「え————」


 つまりラウちゃんはその父という地雷をどこかで踏んで、母に衣装を捨てられたということだろうか。


「お父さん、ファッションデザイナーだった」

「すご……」


 どこか遠くを見つめながら、ラウちゃんは父のことを話しはじめた。


「服が作るのが好きで……でも、うまくいかないことも多くて、それで悩んで、自分に怒ってた時もあった」


 俺とかがギターの練習でうまくいかなくて悩むのとかとは、少し違うのかもしれない。

 生活もかかってるだろうし。


「お父さん、たまに私の服も作ってくれた。小さい時の服は、お父さんが作ってくれた服が多かった。私もお母さんも、お父さんに元気になってほしくて。それで、小さい時に見たアニメのキャラの服を二人で作って、着て見せた」


 それが、ラウちゃんのコスプレの原点……ということだろうか。


「私が作ったって話したら、お父さん、喜んでくれた」


 娘が自分を元気づけるために、難しいはずの服を作って見せてきてくれた。

 父にとってはどれだけ嬉しいことなのだろうか。


「だから落ち込んでる時は、頑張って服を作って、見せて、元気づけた」


 父のこと、好きだったのだろう。

 話を聞いていてよくわかる。


「————でも、突然死んじゃった。くも膜下出血って、いうらしい」

「……………」


 聞いたことのある病名だ。詳しくはわからないけど、突然死んでしまう可能性のある病気だと聞いたことがある。


「それから、私もお母さんも、服を作らなくなった…………でも、一年前から、もう一度服を作りはじめた」


 そうして語られたのはラウちゃんの母が、なぜ衣装を捨てることになったのかの理由だった。


「お母さんは、お父さんとの思い出、思い出すのが辛いらしい。だから、私が服を作ってるのを知って……辛くて、捨てた」

「ぁ…………」


 俺は、安心したような、でも悲しいような。そんな二つが入り混じった感情が内から込み上げてきた。

 一つ言えることはだ。ラウちゃんの母は理不尽に衣装を捨てたのではないということ。ただ、父がいた頃のことを思い出して辛くなるということだった。


 多分、こういうのは、二種類の人間がいるのだろう。

 大切にしていた人のモノを見て、その時の気持ちを思い出し、温かくなる人。一方、ラウちゃんの母のように、思い出して辛くなるため、思い出のモノを見たくはないということだ。


 ファッションデザイナーをしていたなら、モデルをしているその仕事は大丈夫なのだろうかとも思った。

 けど、どこに反応するかは人それぞれだ。ラウちゃんの母は、コスプレがそれだっただけのこと。


「う……うぅ……」


 ルーシーは話を聞いて泣いていた。

 つい最近、少し前に祖母が亡くなったばかりの彼女は、よりラウちゃんの話に感情移入してしまったのかもしれない。


「私はお母さんと逆で、コスプレして、お父さんとの思い出を忘れないようにしたい」


 そこに、認識の違いがあったのか……。

 理解したとはいえ、とても難しい問題だった。どうにかしてあげたい気持ちはあるのだが、今回は亡くなった人のことについてのことだ。

 あまりにもデリケートば問題。他者が介入してはいけないようなことに、俺は何ができるのだろうか。


「それが、お父さんに送る——私なりの、鎮魂歌レクイエム


 その表現については意味がわからなかったが、父のためにコスプレをしているということだけは伝わった。

 娘がえっちなコスプレをしていて、喜ぶかは置いておいて……だけど。


「私、協力する! 私にできることなら何でも言って!」

「ん。十分、協力してもらってる。多分、誰かに話だけでも、聞いて欲しかった」


 ラウちゃんの性格上、友達が多いようには思えない。……勝手な予想だけど。

 だから、このことを吐き出せる相手はいなかったのだろう。

 尚更、この件をどうにかしたいと思った。


 その後、ラウちゃんの身の上話を色々と聞いた。

 母はポルトガル人で父はドイツと日本のハーフらしい。だからその関係で日本にいるんだとか。

 つまり樋口の姓は父親の姓。ラウちゃんの外国人顔も、日本の血が四分の一しか入っていないからだろう。


「——今日は、ありがとう」

「うん……またね」


 こうして俺たちはラウちゃんの家を後にした。


 ちなみに、休日も学校の空き部屋を借りて、衣装作りをすることになっている。

 大勢が協力してくれているため、今日は休みとしたが、明日の日曜は学校で衣装作りをすることになっている。




 ◇ ◇ ◇




 ラウちゃんのマンションから出て、二人で歩いている時のこと。


「どうすれば良いんだろう……」

「俺も同じ気持ち」


 ふと、ルーシーが呟く。

 デリケートな問題の上に、しかも相手は母親。可能なら、隠れてコスプレをせずにできるようラウちゃんの母を説得したいが、いくら娘の友達だからと言って、頭を突っ込んでいい話とそうでない話がある。


「俺たちだけじゃ、考えられることは少ない。ラウちゃんのことだとは言わず、内容もぼかして、誰かに相談してみよう」

「…………うん、そうだね。私もお母さんとかに聞いてみる」


 父親のためだけにコスプレを好きになったわけではないと思う。

 だって、あれだけポスターやフィギュアとかも揃えてるんだ。アニメや漫画が好きだからコスプレをやってるんだ。


「お邪魔します……」


 ルーシーは俺の腕に自分の腕を絡めながら歩きだす。


「と、とりあえずは、衣装作りだね!」

「うんっ。光流は裁縫下手くそだから、あんまり役に立ってないけどねっ」


 なんだか久しぶりにくっついたような気がして、少しだけ恥ずかしい気持ちになってしまった。


 するとルーシーが俺の顔を見上げながら不器用さを指摘してくる。

 そういう彼女は、ラウちゃんに教えてもらっているうちにどんどん衣装作りが上達していった。


「たくさんの人に協力してもらえて良かったよ。じゃないとこんなスピードでやれてないはずだから」

「それは光流の人望でしょ? 光流が言ったから、皆協力してくれてるんだよ。光流の仕事は人を集めた時点で十分だと思うけどな」


 役に立ってないと言いながら、今度は褒める。

 飴と鞭の使い方がうまくなっているな、ルーシー……。


 それにしても、皆本当にわかっているのだろうか。

 自分たちが作っている衣装はえっちな衣装だということを。パーツごとに作っているため、その完成形がまだ見えていない。


 それを組み合わせて実際に着た時、恥ずかしくなる様子が想像できる。

 そのことはもう勉強合宿でどんなコスプレをすると知った時の皆の反応で既に知っているけど。


 入学してからの三ヶ月。毎日毎日、濃厚な日々で。

 友達も増えて、慌ただしくも幸せな日々。

 次はラウちゃん。彼女の学校生活がもっと楽しくなるように、なんとかしてあげたい。


「もうすぐ体育祭——陸上競技大会だね! 自信はある?」

「走りだけはある程度……。ルーシーのこと応援してるからね」

「うんっ。私もいっぱい光流のこと応援する!」


 恥ずかしいから適度に応援してほしいとは思うが、あまり彼女のやることを制限したくないとも思う。


 ただ、この時の俺は、秋皇学園の陸上競技大会のことをよく知らなかった。

 まあ良いかと思いながら、短距離走とリレーの他に、色物枠である『借り物競争』にもエントリーしてしまっていたことを——。




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