257話 体育祭 その1

 週が明け、遂にやってきた『体育祭』。

 ラウちゃんの家族問題もどうにかしたいと思いつつも、勉強にギターに衣装作りと、あっという間に時間は過ぎてゆく。


 秋皇学園の体育祭は全校生徒、約九百人が一同に介すこの一大イベント。人数が人数なので、二日に分けて行われる。


 一日目は一般的な陸上競技。100m走などの短距離走から長距離走にリレー競技、高跳びや幅跳びなどの競技が行われ、二日目は騎馬戦や借り物競争、二人三脚などの遊び要素のある競技が行われる予定だ。


 俺が出場するのは、100m走に100m✕4人のリレー。さらに借り物競争だ。


 俺たちは現在、広いグラウンドに全校生徒が集まり、校長の話を聞いている。

 やはりこういう場に出ると、普段関わり合いのない生徒の顔がこれだけ多いのかと思い知らされる。


 ただ、なんというか。俺のクラスは特に注目されているように感じた。

 それはもちろんクラスメイトの女子たちの影響が大きい。


 ルーシーや真空、しずは、焔村さん、ラウちゃんに深月だっている。全体的に美少女が多いというのは、他の組からしても事実らしく、注目の的になっていた。


 一学年A組からG組まであるこの学校では、紅組と白組のように分けるのではなく、それぞれクラスごとに色違いのハチマキを渡され、頭に巻くことになっている。

 それぞれ、A組から順番に赤、青、緑、黄、紫、橙、黄緑と分けられ、俺のC組は緑のハチマキだった。ちなみに色は同じ組の上級生と被ることになる。


「うおおおおお! なんで女子ってハチマキ巻くだけで可愛く見えるんだよ!」


 校長先生の話等が終わり、最初の競技が始まる前、鼻を膨らませてそう言ったのは坊主頭にハチマキが似合いすぎている野球部の家永潤太だ。


 彼の言葉には俺も同意だ。女子のハチマキの巻き方は人それぞれで、カチューシャのように髪の上に巻いている人も入れば、リボンのようにしている人もいて、たった一つのアイテムでもお洒落に見せられるのはさすがだと思う。


 男子と言えば、ほぼ全員が同じ巻き方。唯一違うのは美少女男子であるやまときゅんこと金剛大和だ。

 サラサラの長い髪を持つ彼は、カチューシャのような巻き方やリボンのような巻き方をさせられたり、女子に囲まれて色々な巻き方を試されていた。

 結局、「自分でやる!」と言って、一般的な巻き方になって、男子のほうへ逃げてきていた。


「100m走はまだ先だな。ちょっくらクラスメイトの応援にでも行くか」

「そうだね。何もしてないのは暇だしね」


 俺と冬矢は自分の組の待機場所から立ち上がり、それぞれの競技を見て回ることにした。

 ルーシーたちはもうそこにはおらず、真空たちとどこかに観戦しに行ったらしい。




 ◇ ◇ ◇




「やあ光流くん、冬矢くん」


 ちょうど、運営本部のテント前を通った時だった。そこには生徒会メンバーがいて、ジュードさんが声をかけてきてくれた。

 隣には、目付きが鋭い副会長の竜胆真琴先輩がおり、さらにその横に座っていた庶務の白戸美麗さんがひらひらと手を振ってくれた。一度しか会っていないはずだけど、俺のことは覚えているらしい。


「こんにちは」

「どーも」


 冬矢はまだルーシーの兄二人が苦手らしく、あまり積極的には話さない。


「どうだい? 出場する競技には自信はあるかい?」

「他のクラスの実力が未知数なので、なんとも言えませんけど、多少はあります」

「そうか……それなら期待しても良いかな」

「え、何のことですか?」


 すると、ジュードさんが一枚の紙を取り出し、机の前へと差し出してくる。


「あれ、先生から聞いてないかい? 実は今回から競技の内容が追加されてね。リレー競技においては、同学年での上位二クラスが、二日目に決勝戦として二年生と三年生の上位二クラスと競争することになったんだ」

「ええっ」


 担任である揺木ほのか先生はそんな説明をしていなかった。でも、あの先生なら「忘れてました〜っ」なんてことを言いそうだ。

 でも、ジュードさんが言うように、差し出された紙にリレー競技の対戦表が記載されていた。


「もし、光流くんたちのクラスが上位に入れば、僕と戦うことができるかもね」

「ジュードさんはもう上位が決まってると言いたいみたいだけど、そんなに自信があるんですか?」


 冬矢が挑発するようにそう言う。


「昨年はうちのクラスが一位だったからね。今年ももちろん一位をもらうよ。でも、張り合いがなくてね。だから他のクラスと戦うことが楽しみなんだ」

「なら、俺たちが上に上がったら、どっちが早いか勝負ですね」

「やる気になったかい?」

「さあな。でも、俺もカッコつけなきゃいけない時はあるんでね」

「若林さんのことかい?」

「——っ。どこまで知って……」


 冬矢と深月の関係。どこまで知っているのかわからないが、ジュードさんは俺たちの身の回りの情報は、恋愛に関することまで把握済みなようだった。マジで、どこ情報なんだ。


「僕に知らないことなんてないからね」

「はんっ。ルーシーちゃんと違って、ほんと裏のある兄だぜ」


 ジュードさんとの話を終えると、俺たちがやってきたのは、高跳びのエリア。そこでは、チア部の秋山亜希音あきやまあきねさんがいた。

 千彩都のように髪をポニーテールにまとめていた彼女。チア部ともあって、飛ぶことが得意なのかもしれない。


 すると秋山さんが走り込み、ジャンプすると軽々と棒を超えてマットへと着地。まだまだ余裕がありそうだった。


「あ、九藤くんに池橋くん。見にきてくれたの?」

「うん。自分たちの競技までまだ時間あるから、どこか見て回ろうって」

「おう、まだまだ行けそーだな」


 秋山さんとはほとんど会話したことはないが、彼女は明るくて人当たりが良いため、友達だったかのように話しかけてくる。


「あと十五センチは行けるね」

「それは言い過ぎだろ」


 秋山さんの身長は見た感じ百六十はいっていないように思える。そして今のバーは百四十センチ。十五センチも上げたら彼女の身長と同じくらいの高さになる。


「ふふふ。チア部舐めないでよね。どれだけ毎日ジャンプしてきたと思ってるの?」

「やっぱりジャンプ力鍛えられるんだね」

「と言っても、バスケ部やバレー部の子もいるから、私が跳べたとしてももっと上がいるからね」


 自信満々に言ってはいたが、自分なりに相手の分析はできているようだった。


 その後、しばらく見ていると、秋山さんはギリギリ百五十五センチを跳ぶことができた。

 これって相当凄いのではないだろうか。


 が、しかし。先程秋山さんが言っていた通り、バスケ部の身長の高い子がそれを超えていき、最終的に二位になってしまった。


「ああーん……もうちょっとだったのに」

「惜しかったね」

「てか、私のことはどうでも良いでしょ。宝条さんのところ行かなくていいの?」


 悔しがっていた秋山さんが、急にルーシーの名前を出す。


「な、なんで?」

「なんでって……付き合ってるとか付き合ってないとかはわからないけど、見てたらわかるでしょ」

「あ〜、はは……」


 俺とほぼ関わりのない秋山さんにも色々気取られているらしい。


「ほら、二人とも行った行った!」


 すると、秋山さんが俺と冬矢の背中を押してここから去るように言う。


「池橋くんも他の女の子のお尻ばっか見てちゃだめだよ!」

「なんだよ!」

「ほら、見るなら若林さんのお尻だけにしないと!」

「別に女子と話すくらいは良いだろ」

「い・い・か・ら!」


 ジュードさん同様に冬矢と深月のことについても多少なり知っている様子。女子のネットワークは恐ろしい。変なことはできないだろう。

 そうして俺たちは高跳びの場所から離れ、次の競技の場所へと向かった。


「なんか、色々知られてるんだね」

「そりゃな。いつもつるんでる連中見ればわかるだろ。——ほら、あのメイリンちゃんだって、そうだ。あの子、佐久間のこと多分好きだぜ」

「どこ情報だよ……」


 冬矢の情報網はどこまで広がっているのか。たまにクラスメイトの女子や男子とも連絡先を交換しているのを見るし、色々把握していてもおかしくない。

 

 周美鈴シュウメイリン。彼女は中国出身のツインテールの子。日本に来て三年らしく日本語を流暢に話すことができる。

 彼女はちょうど幅跳びをしている最中だった。

 その周さんは、なんと同じくクラスメイトの佐久間有悟さくまゆうごのことが好きらしい。


 佐久間有悟と言えば、冬矢よりもイケメンでモデルのように顔が小さい男子だ。

 ただ、どこか儚げで何か内に秘めているものを最初の自己紹介から感じていた。


 イケメンであるが故に女子からも人気で、いつも話しかけられているが、冬矢のようにハツラツとした笑顔はなく、苦笑い気味の笑顔が気になっている。


「まあ、クラスのことを把握しておくのは色々大事だろ」

「深月に怒られないようにね」

「別に女子と連絡取ってるからって、好きになるわけじゃねえ」


 冬矢ならそういう線引はしっかりしていると思うので、あまり心配はしていないが、ただその行動だけで深月の嫉妬を生んでいるとは感じる。


「ん……」

「どうした? ——千歳あせびか。あの子の連絡先知らないんだよな」


 視線の先にいたのは、砲丸投げをしている千歳あせびさん。前期は昼休みの間など、一緒に同じ図書委員として行動を共にすることもある彼女。中学時代も図書委員をしていて、本が好きだと聞いた。

 彼女は重めの前髪を作っており、目がほとんど見えないのだが、図書室の受付業務をしていた時のトラブルで彼女を押し倒してしまった時、隠れていた瞳が見えたことがあった。


 ぱっちり二重でまつ毛が長く、素敵な瞳を持っていた。なのに、彼女はせっかくのものを持っているのにいつも隠しているのだ。


 砲丸投げをしている彼女。ほとんど前には飛ばず、そのまま目の前の地面に落としていた。

 たしかに細身で非力には見えるが、それにしても飛んでいなかった。


「ううん、なんでもないよ」


 冬矢でも彼女の魅力に気づいていないのだろう。

 千歳さんが目を隠している理由はわからないが、多分前髪を上げた途端、クラスの男子の目の色が変わると思う。




 ◇ ◇ ◇




 私たちは光流を置いて、自分たちの出番がやってくるまで他の競技を見て回ることになった。

 真空が強引に連れ出した結果だ。


 隣にはしずはと深月ちゃんもいて、少しだけ賑やか。


「体育祭も球技大会も運動できるやつだけでやれば良いのに。全員参加は体育の授業だけにしてほしい」


 そう呟いたのは深月ちゃん。運動がそれほど得意ではないのか、この体育祭は楽しみではない様子。


「でも深月ちゃんは借り物競走あるじゃんっ。あれは足の速さとか関係ないよね」


 運動が得意な真空の発言。


「人前で運動すること自体嫌なんだけど……」

「人前でピアノは弾くのに?」

「得意不得意はあるでしょ。嫌いなことで人前に出て喜ぶ人がどこにいるのよ」


 得意なものなら人前でやってもいいが、得意でないものを人前で……というのは、私だって気が引ける。

 深月ちゃんの言う通りだった。


 私たちはしばらくクラスメイトの競技を見て回り、声を出して応援しつつ、自分たちの競技時間になるまで待った。

 そうしてクラスの待機場所へと戻ろうとした時だった。


「そこの君たち!」


 男の人の声だった。


「ん?」


 反応したのは真空。

 私たち四人が振り返ると、そこには一人の男子生徒が立っていた。


「僕は君塚来人きみづからいと。同じ一年でF組だ」


 初めて見る人だった。高校一年生にしては身長が高めですらっとした体型。

 光流より髪は短めで、トレードマークとも言えそうな爽やかな笑顔。全身から明るいオーラが漂っていた。


 左右に顔を振って真空たちの顔色を伺うも反応が悪い。誰かの知り合いということではなさそうだった。


「そうなんだ。で、私たちになにか用かな?」


 真空が率先して話してくれる。こういう時とっても助かる。


「君だ……宝条・ルーシー・凛奈さん」

「わ、わたしっ!?」


 突然の指名。驚いて一歩後退してしまった。


「ああ、君だ。…………ずっと君に話しかけたかった。でも、なかなか決心がつかなくて。でも、この体育祭という機会を期に声をかけてみたんだ」

「そ、そうだったんですね……」


 しずはがため息をつき、深月ちゃんは睨んでいた。

 男子から話しかけられるのがそこまで嫌なのだろうか。


 ただ私には、この人からはそこまで負のオーラは感じず、あの社交界で詰め寄ってきた男性たちとは違う何かを感じた。


「君に一目惚れしたんだ! 突然だけど、僕と連絡先を交換してくれないか!」

「はい〜っ!?」


 突然のことに心臓が跳ね上がり、頬が紅潮するのを感じる。

 ふいに真空にしがみついて助けを求めてしまった。


「君塚くん、だったね。ルーシーはこんな感じです。帰った帰った」

「…………す、すまない。さすがに初対面からいきなりすぎたね」


 真空の言葉を聞いて、君塚くんは頭を軽く掻き、失敗だったと反省。


「ただ、僕もそんなヤワな決意で話しかけたわけじゃない。友達からで良いんだ、お願いできないだろうか?」


 ——誠実。そんな印象を感じた。


 今まで出会ってきた男性の中で、こんなにまっすぐな人は光流以外では見たことがなかった。

 この人は光流とはまた違ったタイプだけど、私に対しての態度はどこまでも誠実に見えた。


「ご、ごめんなさい……私、そういう対象には見れなくて……」


 でも、答えは決まってる。

 この先何があろうとも、光流しか見えないから。


「そうか……。——九藤、光流くん……だったかい?」

「えっ!?」


 光流の名前が出て、また驚かされた。

 そして、その言葉に一番反応したのはしずはだった。先程までため息をしていたのに今度は深月ちゃんと同じく眉を寄せていた。


「……君がよく一緒にいる男子生徒と仲が良さそうだという噂があって、その人物というのが同じクラスの九藤光流くんだと聞いたんだ」

「ふーん。ルーシーだけじゃなく、光流くんまで有名だとは……ルーシー効果かな?」

「ちなみに他のクラスでは、君たち四人とも噂だよ。他にも焔村火恋さんや樋口ラウラさん……可愛い子が一番多いクラスだと話題だよ」

「へ、へ〜〜っ! 私たちもなんだ!」


 真空が動揺しはじめた。最近はあまり男子に褒められていないこともあり、嬉しいのだろうか。

 アメリカにいた時はかなりモテていたけど、日本に来てからはまだクラス内でしか男子とは交流はない。

 多分いつも誰かと一緒に行動しているため、話しかけづらいというのはあるのかもしれないけど、アメリカではそんなこと関係なく、ガンガン話しかけられていた。


「九藤光流くん……リレーに出るそうじゃないか。もし、そこで僕が勝てたなら、連絡先を交換してくれないだろうか?」

「えっ……光流と……?」


 でも、そんな勝負持ちかけられても。


「もちろんクラス対抗だから、差は出るかもしれない。だから、もし僕のクラスが先行していたらC組が来るまで待つ。もちろん仲間には了承済みだ。そしてもしC組が先行しているならそのまま勝負だ」


 既に舞台は整えている、そんな発言だった。

 わざわざ光流と勝負するために、ここまで。いや、私と連絡先を交換するために……か。


「————いいじゃん! やろうよ!」

「真空っ!? だってこの話、光流には……」

「光流は負けない」

「しずはまでっ!?」


 でも、今の話だと、君塚くんは光流に勝負で勝てると言っているも同然の発言。

 彼は自分の走りに自信があるんだ。だからこういった勝負を持ちかけている。


 この人がどれくらい速いかわからない。でも、光流だって、このクラスでは上位の速さだとは聞いている。

 光流に勝ってほしい。勝って、他の男子を寄せ付けないでほしい。


 こんな勝手な願い……わがままだよね?

 でも——、


「——わかった。その勝負、受ける」

「ほんとかい!? ありがとう! じゃあ、九藤光流くんにもよろしく言っておいてくれ! 本当にありがとう!!」


 君塚くんは私のYESを聞くと、すぐにその場から立ち去ってくれた。

 あまり時間を取られないように配慮してくれたのかもしれない。


「うーーーーん」

「真空、どうしたの?」


 走っていく君塚くんの背中を見つめながら唸っていた。


「爽やかイケメンの塊」

「確かにそうかもしれないけど……」

「これで、光流くんが負けちゃったらどうする? 本当に連絡先交換する?」

「…………悪い人ではなさそうだけど……それでも私、嫌だな……」


 恋愛的な好意を持たれる相手は一人で良い。光流以外の誰もいらない。

 例え、とっても良い人であっても、それだけは譲れないから。


「まー、乗せちゃった私が言うのもなんだけどね! ——それにしてもしずはちゃん。光流くんってそんなに速いの?」


 真空が先程のしずはの言動が気になったのか質問する。


「中学の時はいっつも一位だった。でも、相手が相手だった時もあるからわからない。でも、サッカー全盛期の冬矢には勝ててなかった」

「結局やってみなきゃわからないってことか」


 信じるしかない。勝手だけど、信じるしかできない。

 この話をしたら、光流はどう思うだろうか。私のために頑張ってくれるだろうか。

 また、あの社交界の時のように、王子様になってくれるだろうか。


「ルーシーがあいつとくっついたら、光流は私がもらうから」

「絶対くっつかないもん!」

「それを考えたら、私はあいつを応援した方が良い気がしてきた」

「しずはの裏切り者ーっ!!」


 しずはは真面目な顔をしながら、冗談を言う。

 彼女だってもちろん光流に勝ってもらってほしいはずだから。


 たとえ、私が君塚くんとどうなろうと、好きな光流には勝ってほしい。

 それが、純粋な乙女の恋心のはず。


「さあ、もうちょっとで時間だし戻ろっか!」


 真空の掛け声で、私たちは自分のクラスの待機場所へと戻った。




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