255話 衣装作り開始
昼休みにラウちゃんことラウラ・ヴェロニカ・ダ・シルヴァ・樋口から、母に衣装を捨てられたと聞いた。
元々皆にコスプレをすることをお願いしていたこともあり、このままラウちゃんのやりたいことを終わらせることはしたくないと思った。
確かに彼女はいつも寝不足で無気力で、勉強ができないと思っていたら予想よりもできていて、掴みどころのない人だけど、あんなに悲しい顔を見せるなんて思いもしなかった。
だから俺はラウちゃんに協力したいと思っていた。でも、どう考えても時間が足りない。
そこで、皆にコスプレ衣装を作る協力をお願いするため、話を聞いてもらおうと集まってもらった。
「な、なんか。男の子の匂いがする……」
「意外と綺麗にしてるんだぁ」
そう言ったのは、若手女優として活躍している焔村さんこと焔村火恋。今日は仕事は休みらしい。
続いたのは麻悠こと氷室麻悠。氷室さんの孫であり俺たちのバンドの新メンバーだ。
実は今日、話をするべく集まったのは俺の家だった。
なんでわざわざ移動したのかと言われれば、真空が「なら今日は部活お休みにして、光流くんのお家に遊びに行こー!」なんて言い出したからである。
みるみるうちに話が進み、結局、俺の家でこれからのことを話すことになった。
「ははぁ〜。意外と狭いんですね〜」
そう話したのは守谷千影さんだ。ちょうどラウちゃんがうなだれている現場を見ていたことと、皆と仲良くしたいという発言もあったので、俺が誘ったのだ。
「さすがにこの大人数じゃあな。中三のあの時以来か?」
「そうかもね」
この部屋にいる唯一の男子である冬矢が言う。
あの時以来、というのはおそらく文化祭前のリハーサルで失敗した時、皆に慰めてもらった時のことだ。
バンドメンバーに加えて、理沙たちも来てくれていた。
今日、俺の部屋に来たメンバーは、ルーシー、真空、ラウちゃん、焔村さん、守谷さん、深月、冬矢、麻悠だ。
麻悠についてもコスプレには関係ないが、部活がなくなったので一緒に来てもらった。
ちなみにしずはについては、ピアノの練習は外せないとのことで来られなかった。
それぞれ適当に座ると本題に入る。
「——ラウちゃんの話の概要はもう話したとは思うけど、強制的ではないことを最初に言っておくね」
集まってもらったはいいが、今からするのはあくまでお願い。だから衣装作りを手伝わなくなって問題ない。
協力してもらえれば嬉しいけど、裁縫ができないという人もいるだろう。俺もその一人だ。
「じゃあ、ラウちゃん。話せるところまで話してもらえる?」
お昼休みのあの時まで、目が虚ろだったラウちゃん。
俺が衣装を作り直そうと話をしたところからは、少しだけ元気を取り戻していた。
「ん。コスプレ衣装は、全部で、六つ必要……。でも、色々あって、残り五つ作り直さなきゃ、いけなくなった……」
彼女らしく、ゆっくり話しだす。
俺は事前にプライベートなことは言わなくても良いと言った。だから『母に衣装を捨てられた』ということは言わなかったようだ。
「期限は七月の一週目。あと二週間くらいまでに、全部作りたい……助けてほしい。お願いします」
ラウちゃんは最後に頭を下げた。
細く滑らかなダークブロンドの髪がさらっと垂れ下がる。
「うんっ。協力するよ! というか衣装作るの楽しそう!」
「私もー! 裁縫やった経験ないけどいける? ラウラちゃん教えてね!」
早速反応したのはルーシーと真空。好奇心旺盛な二人は、やったことのないことに対しては貪欲だ。
何でも楽しめるという性格は、長く日本にいなかった彼女たちの欲求に現れているのだろう。
「私はどちらかと言えば着る方専門だけど、光流が言うなら……」
「私はお手伝いしますよ〜」
「少しなら大丈夫」
焔村さん、守谷さん、麻悠もとりあえずは手伝ってくれるらしい。
「深月はやるだろ?」
「はっ!? なんであんたが決めんのよ……てか、この状況で断れるわけないでしょ」
同調圧力で断りにくい状況ではある。
でもな、俺は一番期待してるのは深月、君なんだぞ。深月の器用さは軍を抜いている。それはお菓子作りでも十分に理解している。なら、この中でラウちゃん以外で裁縫スキルがあるとするなら、それは深月だろう。
「冬矢は役に立つかわからないけど、一応手伝うとして……空いてる時間で良いから皆手伝うってことでいいね?」
俺がまとめると、それぞれに頷いた。深月だけは眉を寄せていたが、それは冬矢のせいだろう。
「なら衣装作りする場所だけど、どうしよう。先輩たちが使っていない時なら、部室使ってもいいと思うけど、使えない時もあるからね」
ラウちゃんの指示がなければ、衣装を作ることはできないだろうから、場所を確保しなければいけない。
しかもこの人数だ。教室一つくらいは確保したい。でも、自分たちの教室だと他の人もいるから、変に目立つ可能性もある。
誰も使わない教室が良いと思っている。
「なら、ジュード兄に聞いて見よっか?」
「きたー! 権力!」
「そういや宝条のお兄さんって、生徒会長なんだもんね」
ルーシーの提案に真空は盛り上がる。それに返したのは焔村さんだった。
宝条という名字や髪色から生徒会長とは兄妹だとたどり着くには想像に難しくない。既にクラスメイトの全員は兄妹だと理解しているだろう。
「ありがとう。なら、そこはルーシーに一旦任せて、一応他の候補も探しておくね」
ルーシーにアイコンタクトをすると、彼女は軽く笑顔で頷き返してくれた。
「じゃあ今日はそんなところだね…………てかこの話、俺の家でする必要あった? もう話し合いはないんだけど」
再度掘り返す話。
本当にわざわざ俺の家に移動してまですることもなかったのに。
「ゲーム大会っ!!」
真空が手を上げて提案する。
「いやいや、時間だってそんなにないのに」
「生地がないから、何もできない」
「あ、そっか」
結局、生地や裁縫道具が揃わないと、どこにいても何もできないのか。
「だから今日は遊んでもいい」
ラウちゃんが言うなら問題ないか。
「なら、まあいいか……」
と俺が呟いた時だった。
「じゃじゃーん! 光流の姉とうじょーう!」
突然バタンと扉が開いたと思ったら、そこには姉の灯莉がいた。
手に持ったトレイには飲み物やお菓子が乗せてあった。
「うひょー! ここ良い匂いしかしない……!」
確かにそうだ。この狭い空間に女の子が七人もいるとなれば、それはもう良い匂いしかしないのだ。
「ええと、姉です……」
姉と初対面だった人たちは少しポカンとしていたが、ズカズカとテーブルまでやってきて、コップなどを置きはじめた。
「…………って、えええええ! 焔村火恋じゃん! なんで!?」
「焔村さんは同級生だよ」
姉は焔村さんの顔を見るなり、驚きを見せた。
「あんたの知り合いどうなってるのよ……あ、握手お願いします!」
「え、あ……私なんかでよければ」
姉は手を差し出したと思ったら焔村さんと握手を交した。
結構なミーハーである。
「てか、皆冷静過ぎない? 火恋ちゃんってSNSのフォロワー結構えげつないと思うんだけど」
「そうなんだ。俺そういうのあんまりわからないから」
「バカー! 有名人だよ!」
「私はまだまだ若手ですけどね」
俺が思ってる以上に有名ということだろうか。彼女が出ているテレビを見たことがないので、あまり実感が湧かないのだ。
「ん……んん?」
「今度はどうしたの?」
焔村さんに驚いた姉だったが、次はラウちゃんの顔を凝視し始めて——、
「ひ、樋口ラウラー!?」
姉は顎が外れんばかりに口を開いて驚く。
「ラウちゃんのこと知ってるんだ」
「ラウちゃん呼び!? てか、え? もしかして知らないの!?」
なぜ、姉が知っているのだろうか。
「超有名読者モデルじゃん! 読モ界隈というか、ファッション雑誌よく見てる人なら絶対知ってるよ! こんなクール美人で大人っぽい女子高生、この子しかいないもん!」
今まで誰からも話題に出なかった話だった。
皆以外とファッション雑誌を見ていないということだろうか。お洒落に敏感そうなルーシーも日本に来たばかりだし、確かに知らないのかもしれない。
俺はラウちゃんに視線を送った。すると何を聞きたいのかを察したのか答えてくれた。
「コスプレの衣装代、稼ぐのにやってる」
「マジなのか……」
どうやら読モをやってるのは本当らしい。なぜ今まで言わなかったのかとも思うが、彼女は自らそういった情報をひけらかすような人物ではないだろう。
それに、今思えば身長も高いし顔もスタイルも良い。どこかでスカウトされていてもおかしくなかった。
「握手ー!!」
「ん……」
姉はラウちゃんの手をとり、ぶんぶんを振り回すように握手をした。
「てか姉ちゃんそろそろうるさいから自分の部屋に戻ってよ。さすがにもう人入らないって」
「なんだよー! 私も美少女と遊ばせろー! 私ここの席〜っ」
「あ……っ」
すると、姉は無理やりルーシーと真空の間に挟まるようにして座った。
「若くて美少女って最高……。今私ハーレム作品の主人公になった気分……」
「何を言って……姉ちゃんだってまだ若いだろ」
「高校の制服着れない! 今着たらただのコスプレ!」
「あ〜〜〜」
「納得されるとムカつく!」
確かに高校の制服を着るという行為は、卒業しても着れる。しかし現役で着れるのは三年間しかないのだ。
「ふふふふふっ」
すると、俺と姉のやりとりを見てか、その場にいた複数人が笑いはじめた。
この後結局、真空が提案したゲームをやることはなく、姉からの質問コーナーが始まってしまった。
始めて見る顔がたくさんいたせいか、姉も興味津々だったようだ。
姉は年々明るくなっているような気がする。
それは良いことなのだが、そこにウザさも加わっている気はするのは俺だけだろうか。
姉は楽しそうだし、まあいいか。
◇ ◇ ◇
翌日、ラウちゃんが登校してきたのはお昼休みだった。
朝、登校してこなかったことを心配していたのだが、彼女が両手に持ってきた大きな袋を見てすぐに理解した。
ラウちゃんは午前中を使って衣装作りに必要な生地や裁縫道具を買い集めていたのだと。
衣装作りに使う部屋だが、ルーシーがジュードさんに聞いてくれたところ、去年廃部になった部室があるとのことで、そこを使わせてもらうことになった。
放課後になると協力できる全員で部室棟に向かい、衣装作りが始まった。
ちなみに衣装作りは話を聞きつけた千彩都も加わることになった。
ラウちゃんのことを千彩都に聞いてみたのだが、モデルをしていたことは知らなかったようだ。
ただ、「どこかで見たことがあるとは思ってたんだよなあ」とは言っていた。
つまり俺の姉は流行に対する情報収集能力は相当なものだということがわかった。
そうして俺たちはラウちゃんに指示してもらいながら衣装作りを進めていった。
…………
一時間が経過した頃。ちょうど、俺が休憩するために廊下へと出た時のことだ。
「九藤……」
そこにはラウちゃんがいて、手には飲み物を持っていた。
「え……くれるの?」
「ん」
もらうとそれは缶で『甘さ十倍キャラメルコーヒー』と書かれていた。
プルタブを開け、一口飲んでみる。
「あんんんんまっ」
俺は顔のパーツを中心に寄せて、甘すぎることを表現した。
「そう? 普通だと思うけど」
「いやいや……マジ?」
ラウちゃんは俺以上の甘党のようだ。甘党というか、もう味覚障害レベルだろこれ。
「——ありがとう。助けてくれて」
二人して廊下の窓際の壁に寄りかかっていると、ラウちゃんが改めて感謝を告げてきた。
「ううん。俺がそうしたかったから」
「九藤がいなかったら、何もできなかった」
「そんなこと……」
「コスプレのお願いも、衣装作りも……九藤のおかげ」
表情ではあまりわからないが、今のラウちゃんは優しい顔をしていた気がする。
「それで、九藤に……もう一つだけお願いがある」
するとラウちゃんは少しかしこまってそう呟いた。
「俺にできることなら」
「ん。……週末、うちに来て欲しい」
突然のお誘いだった。
「え?」
「うちに来て欲しい」
「そ、それはわかるんだけど……!」
少し動揺した俺だったが、その前に知りたいことがあった。
なぜ来て欲しいのか、どういった理由なんだろうと思ったのだ。
「ん。ただ、来てくれるだけでいい」
「……………わかった」
ラウちゃんはその理由は語らなかったが、俺は彼女のお願いを断らなかった。
何か理由はあるのだと、知ってほしい何かがあるのだとは感じたから。
今はラウちゃんの気持ちを優先したかった。
「一人で寂しいなら、宝条だけなら、連れてきてもいい」
「え、ルーシー?」
「ん」
「わかった。なら、ルーシーにも声をかけてみるね」
俺がルーシーと仲が良いとわかっているからだろうか。
どんな理由にせよ、ルーシーと一緒ならなんとかなりそうだと感じた。
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