254話 捨てられた
六月も中旬が過ぎた頃。
私と真空が部活を終えて家に帰宅すると、玄関の近くに見覚えるのある人物がいた。
それは、大柄な黒人で、アメリカにいた時にいつも一緒にいた人物。
「あれ!? スミスじゃんっ!」
「え……ほんとだ! なんでここに!?」
「オヒサシブリデスネ、オジョウサマ。ソレニ——マソラ」
スミス——この人物は、私がアメリカにいる間、ずっとボディガードをしてくれていた人物。
父が日本にもついて来て欲しいと誘っていたのだが、アメリカ生まれのスミスは故郷から離れることをずっと拒否していた。
しかし、今ここにいるということは、やっと交渉が成立したということだ。
それに日本語も以前よりは話せるようになっている気がした。
日本に来るために勉強したのだろうか。
「えー! すごい! 日本に来ちゃうなんて!」
「コレカラ、マタヨロシク」
「うん、よろしくねっ!」
軽く挨拶をして別れたが、約三ヶ月振りの再会に私は胸を躍らせた。
知っている人が増えるというのは喜ばしいことだ。
そんな今日は、実は二曲目が完成した日でもあった。
冬矢くんと深月ちゃんが協力して作ってくれた曲で、光流も少し手伝ったらしい曲。
『一瞬の刹那でも煌めけ』。これからまた練習で忙しくなる。
そして、最後の三曲目の歌詞作りもある。
これは皆の意見を聞いて作るつもりだ。
披露するのは学園祭。だから、見てくれるお客さんも楽しんでもらえる曲にしたいと思っていた。
皆と一緒に歌えるような、あの社交界のように誰かと一緒に踊れるような、そして、皆の心が一つになるような楽しい曲をだ。
また新たな気持ちを胸に、部活をスタートさせることになる。
◇ ◇ ◇
なんとなく、身の回りの事が、一区切りついたような気がする。
俺の知らないところで動いてくれていた冬矢の動きが収まったことも感じ、父の不倫疑惑もすぐに解決。
スッキリとした気分だった。
もう来週には学園内の体育祭である陸上競技大会が開催され、生徒たちの動きも活発になってきていた中、俺もそのことにワクワクしていた。
100mリレーなんて特に今から楽しみだ。今の予定では、俺と冬矢と野球部の家永潤太、そしてサッカー部の今原修の四人が選ばれていた。文化部である軽音部の二人が名を連ねているのは珍しいことだと思うが、俺も冬矢も元々足が速かったほうだ。
冬矢は足を怪我してサッカーは辞めたが体育の授業を見ていると、今は思いっきり走っていても全く問題なく、動きは機敏だ。問題ないだろう。
ちなみに女子のリレーでは、ルーシーと真空、それに陸上部の遠藤友希さん、そして委員長の的場史緒里さんだ。聞く話によれば、真空はかなり速いらしい。俺は女子のリレーは良い結果が出るのではないかと思った。
そして今日の五時間目の体育の授業は、俺と守谷さんが陸上競技の練習に使う道具を昼休みに準備する当番だった。
外に設置されてある体育倉庫にバトンなどを取りに向かうのだ。
「——九藤くん、今度私もお昼ご一緒しても良いですか〜?」
「えっ」
その途中、突然守谷さんがそんな提案してきたのだ。
思ってもいなかった質問に俺は驚いて持ったバトンを落としてしまう。
「あ、あぁ。多分大丈夫だと思う。ルーシーたちは皆優しいから」
「そうですか〜。なら良かったです」
いきなりどうしたんだろうと思いながらも、俺は「なんで?」とは聞けなかった。
しかし、彼女からその理由を話してくれた。
「私、池橋くんとたまにメッセージのやりとりしてるんですけど、勉強合宿の話とか聞きまして〜。とっても楽しそうだなと。私も勉強はそこまで得意ではないですし、皆さんと仲良くなれたら、楽しさと同時に頭もよくなるかな〜って思いまして」
冬矢のやつ、どこまで話してるのやら。いつの間にか守谷さんと仲良くなって、しかも勉強合宿の話まで。
まあ、冬矢は今のところ深月以外には興味はないから大丈夫だと思うけど。
「そうなんだ。バーベキューとかすっごい楽しかったよ。俺もあんなふうに泊まりで遊んだり勉強したりは初めてだったからさ」
「良いですね〜。私なんて一度も経験ないですよ〜。兄たちは堅物ばかりなので、つまらないですし〜」
「あ、そうだ。気になってたんだけど、D組の守谷真護くんって、兄弟だよね?」
「気づいちゃいましたか〜。私の身長が全部真護兄ちゃんと偵次兄ちゃんに取られちゃいましてね〜」
やっぱりか、と思いつつ。守谷さんの言葉を頭で反芻する。
偵次兄ちゃん?
「え、二人もお兄ちゃんいるってこと?」
「はい〜。長男が真護兄ちゃんでD組、次男が偵次兄ちゃんでF組です。こう見えて三つ子なんですよ〜」
「うそぉぉぉぉ!?」
偵次兄ちゃんという人の顔は見たことはないが、守谷真護は見たことがある。
日本人とは思えない身長と屈強な体格の持ち主で、バスケやバレーをしようものなら、彼がいるチームには絶対に勝てない。
妹の千影とは似ても似つかないのだ。そのはずなのに三つ子とは、どんな摩訶不思議だろう。
「ですよね〜、全然似てないですよね〜。生まれたての頃は似てたらしいんですけど、大きくなるにつれて、兄妹とは思えないくらいになっちゃいました〜」
「そんなことってあるんだ……」
「親に聞いたら三卵性らしくて、受精卵が皆別だったらしいです。だから似てないんだとか〜」
「なにそれ初めて聞いた」
「ですよね〜。双子の二卵性とか一卵性は聞きますけど、三つ子の三卵性なんて聞きませんもんね〜」
世の中には本当に不思議な子供が存在するものだ。
守谷さんには少し驚かされた。
そうして、俺たちはグラウンドに次の体育の道具を準備し終わると、一度教室へと戻って、体操着を取り更衣室へ向かう——。
と、そんな行動をとろうとした時だった。
いつかの時と同じような場所——水道近くの場所に壁に寄りかかって座り込んでいる女子生徒がいた。
ラウちゃんことラウラ・ヴェロニカ・ダ・シルヴァ・樋口。俺の右隣の席のクラスメイトだ。
「え、どうしたの? また水分不足?」
気温が上がり、外で運動するには水分を取らないと干上がってしまう季節になってきた。
以前彼女はご飯と水を求めてきた。だから俺は赤ちゃんを扱うように彼女にクッキーを与え、水を飲ませたのだ。
「あ……ぁぅ…………」
しかし、なんとなくお腹を空かせているとか、水を飲みたいとか、そんな表情には見えなかった。
どこか悲しそうで、辛そうで。でも、涙は流れていなくて。
「樋口さん、どうしたんでしょ〜?」
「うん……ごめん。先に教室戻っててもらってもいい?」
「九藤くんにしかできないことがあるということですね〜」
「なにそれ」
「ふふ。池橋くんによれば女誑しらしいですからね、九藤くんは」
「なんだそれ!?」
「じゃあ樋口さんのことはお任せしますね〜」
あいつ、また余計なことを吹き込みやがって……。
俺は一つ息を吐いたあと、しゃがみ込んでラウちゃんと同じ目線になった。
「良かったら、何があったのか、教えて?」
多分、こういう状況にしないと話してくれない。
そんな気がしたから、二人きりになった。
「————られた……」
「え?」
声が小さすぎて聞こえなかった。
俺は彼女の顔近づき、耳を向けてみる。
「——衣装、ほとんど、捨てられた……」
「………………え?」
衣装って、あれだよな。夏コミに向けてロムというやつを作るためにルーシーたちに着せようとしていたコスプレ衣装の。
それが捨てられた?
「ど、どういうこと?」
「お母さんに、捨てられた……」
その言葉を聞いた瞬間、きゅっと心が痛くなった。
コスプレとは、どこか彼女にとって、特別なもの。
あの勉強合宿の日のラウちゃんを見て、ただコスプレが好きなだけでやっているようには思えなかった。
それが母に捨てられたということは、コスプレを認められていなくて、隠れて衣装を作っていたということになる。
コスプレの写真撮影は七月には行うと話を聞いていた。
だからそれまでにはルーシーたちに承諾をとって、衣装を着てもらう約束を取り付けると。
せっかくその約束までしたのに、ここに来て、最悪の事態に陥っていた。
残り、どれくらいの時間があるのかわからない。
でも、わかるのは、今から全員分の衣装を作るとなると、とてもじゃないが、一人では無理だということだった。
助けたい。ラウちゃんを助けたい。
まだ、二言しか聞けていない、彼女からの言葉。
でも、それだけで、何をしなければいけないのか、大体わかった。
それなら俺は勉強合宿にも一緒に行った、仲良くなりつつあるクラスメイトのために、何かしてあげたいと思った。
「ラウちゃん! 衣装作り直そう! 俺が皆に声かける! 皆でできるところまで作ろう!」
「————ぁ」
その言葉を聞いたラウちゃんは顔を上げた。
そして、先程まで陰しかなかった瞳に光が加わり、ふるふると揺れるのが見えた。
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