245話 協力者

 放課後。

 元気で明るい自分を見せられたことにより、まずは一段落した。


 俺たちは部室棟に向かい、個人練習をするために荷物を置いた。

 それから楽器を持ちそれぞれの練習場所へと分かれていった。


「へいへい光流〜」


 一人で廊下を歩いていると、後ろから聞き慣れた軽い声が聞こえてきた。

 ズボンのポケットに両手をツッコミながらチャラそうに長髪を揺らすのは、腐れ縁なんてことは嘘でも言えない親友——池橋冬矢だった。


「冬矢、ベースは?」


 これから個人練習だというのに彼の手には何も持っていなかった。

 その理由はすぐに判明する。


「ああ、お前と二人きりになりたかったからな」


 そんなセリフを恥ずかしげもなく話すが、もちろん女性をときめかせるセリフではない。

 こういう時は俺を心配している、という彼の優しさがそうさせている。


「そっか、どうしたの?」

「どうしたの、か……俺にわからないとでも思ってんのか?」

「うーん。どうだろう。まあ、冬矢にだけは見抜かれると思ってたけど」

「さあな……俺以外にも実は気づいてる人がいるかもしれないぜ」

「それは、困ったな……はは」


 核心的なことは言わずとも、何の話なのかすぐに理解した。

 冬矢は今日俺が遅れた理由について、嘘だとわかっているのだ。


「じゃ、ちょっと座って話そうぜ」


 そう言って、冬矢が俺を追い越し先導するように歩き出す。

 到着した先は、部室棟の最上階——階段を登りきった先にある屋上だ。

 校舎同様に解放されている屋上は誰もおらず、野球部やサッカー部などが練習している音が耳に入ってくる。


 ベンチなどは置かれていないため、俺たちは設置されている柵の近くまで向かい、立ち話をすることになった。


「ほら、全部吐いて教えろ」

「わかったよ」


 俺は軽くため息を吐きながら、今日の朝何が起きたのかを全て説明した。




 …………




「——まずは一言。よく戻ったな、お疲れ様」


 俺の話を一通り聞いて、冬矢から出た最初の言葉はねぎらいの言葉だった。


「ありがとう。でも何がなんだかよくわからなくて」

「だろうな。俺もよくわかんねー……けど、何かの力が働いていたのは確かだな」


 一度駅員室に入ってから、犯罪の有無もわからないままなぜか解放されたこと。

 どう考えでもおかしい。あの先輩駅員は誰かと電話していたようだけど、その相手は誰だったのだろう。


「それに、廣井るりかに横里那実か……」

「うん。冬矢はこの学校にいるの知ってたの?」

「まぁな。俺がこの学校に入って最初にしたことは人の把握だからな」

「うそでしょ?」


 嘘のような冬矢ならやりかねない行動。

 でも、裏で動向を気にしていたのだろう。彼女らはルーシーの小学校時代の同級生。

 八人いると聞いていた中の二人だった。


「ちなみにな、あの時連絡先交換したルーシーちゃんのクラスメイト覚えてる?」

「ん……そういえば、そうだったかも。俺はあれから一度も連絡取ってないけど」

「まあ五年も前のことだしな。——実はこの学校にいるんだぜ。三人とも」

「えっ……」


 それも驚きだった。

 俺の知らないことを沢山知っている。


 その三人とは、いじめの主犯を教えてくれた三人の女子生徒。

 ルーシーの小学校に潜入した時、クラスにたまたまいた三人でやりたくないいじめに巻き込まれた側でもあるのだ。


「何かあった時に協力してもらおうと思ってな」

「抜け目ないな……」

「あっちもルーシーちゃんの存在はもう知ってるみたいでな。でも、自分たちからは近づかないほうが良いって思ってるみたいだ」


 それは俺個人としても良い判断だと思う。

 彼女たちはいじめをしたくないと思っていても、ルーシーにとっては味方ではなかった。

 もし、顔を合わせて、あの時の出来事がフラッシュバックすることになれば、ルーシーも不安定になってしまうかもしれない。


「まあ、ともかくだ。お前はあんまり気にするな」

「なんでだよ。これからどう立ち回ろうかとも考えなくちゃいけないのに」

「あー、それなんだが。——さっき聞いた話、廣井るりかは横里那実は退学したらしい」

「は?」


 いきなりの話に理解が追いつかなかった。

 彼女らは痴漢冤罪をしたとしても、警察に捕まったわけではない。

 だから、俺の後から普通に登校してくると思っていた。なのに——、


「心当たりはあるんだけどな……」

「心当たりって?」

「今は言えない……不確定要素でお前に変な気回されても困るしな」

「俺当事者なんだから予想だったとしても知りたいんだけど」

「だめだ……なんでかわからないか?」


 冬矢に質問されてしまった。

 なんでかわからないかと言われても、すぐに答えは思いつかなかった。


「お前がこのあと余計なことに首を突っ込んで、事態が悪化したらどうなる? ルーシーちゃんはお前が悩んでたり、苦しむ様子を望むわけないだろ。お前はもうルーシーちゃんの生活の一部なんだよ」

「いや……でも、それって……俺、ルーシーの為に何かしてあげたいのに」


 なら、俺はこれからどうすれば良いというのか。

 何もせずにただ、傍観していろというのか。


「お前さ、一見冷静に見られるけど、結構感情的なんだよな。五年前に主犯を教えてくれた三人と話した時も怖がらせてたじゃねーか。こんなことに頭ツッコミ過ぎてると、冷静になれなくなるぞ」

「だからといって冬矢にだけ任せるなんて……。それって冬矢が傷つくことにならない?」

「まさか。俺一人でやるわけねーだろ。なんの為の俺のコミュ力だと思ってんだ?」

「じゃあ、誰と」

「それは秘密だ」


 つまり冬矢が言いたいことはこうだ。

 俺は、いつも通りルーシーと仲良く過ごし、彼女のトラウマを呼び起こすような行動はせず、関わった人ともできるだけ距離を置く。

 そしてその処理は冬矢と冬矢の知り合いに任せる。


「…………うーん」

「ルーシーちゃんのためだと思って、お前はそのままでいろ」

「俺は冬矢がどうにかならないか心配なんだよ」

「そうならないために、協力者が必要ってことだろ」


 多分俺が何を言っても冬矢の気は変わらない。

 それなら、もう彼のことを信用して、任せるよりほかはない。


「……わかったよ。ひとまずそうする。でも、無理はしないで。俺は冬矢にも傷ついてほしくないから」

「はは。お互い様だな。俺はお前のためなら喜んで傷つくぜ」

「だから……!」

「嘘だって。——まあ、安心しとけ」


 冗談を交えた冬矢の笑みに、少し心を救われた。

 冬矢はいつだって俺の味方だ。今回のことだって多分、今までで一番関わってはいけない話なんだと思う。

 でも、彼は自らそこに頭を突っ込み、どうにかしてくれようとしている。


 なぜ冬矢はここまでしてくれるのか、本当にわからない。

 俺が覚えている限り、俺から冬矢に何かしてあげたことなんて、本当に少ないはずなのに。


 俺たちは会話を終えると、それぞれの個人練習場所へと向かった。




 ◇ ◇ ◇




「ふぅ……」


 光流との会話を終え、一息ついた冬矢。

 部室へと戻り、自分のベースを持って練習場所へと向かう前、複数の机を合体させてある場所へと座った。


「ちょっと。そこにいると練習できないんですけどー」


 一息——はつけそうにもなく、話しかけてきたのは今まさにドラムの練習をしようとしていた真空だった。


「別に俺がいても練習すればいいじゃねーか」

「冬矢に見られるのなんか嫌!」

「お前な……っ」


 今思えば、真空は初対面の時から冬矢に嫌悪感を持っていた。

 本当に嫌いということではないが、冬矢が元々持つ軽そうな雰囲気が原因だった。

 深月同様に会話すれば喧嘩になることは多いコンビだ。


「——それで、光流くんと何話してたの?」

「お前にゃ話さねー」

「むぅっ……冬矢のくせに。どーせ、朝遅れたことに関係あるんでしょ?」


 仲が悪いというのは言い得て妙で、似ているということでもある。

 だから真空も冬矢と同じく、光流の様子がおかしいことに気づいていた。


「あったとしても教えねーよ」

「ならルーシーにチクってやる」

「はんっ。それはお前が一番望まねーことだろ。俺が光流をそう思っているようにな」

「ほんっとうに冬矢のくせに……」


 冬矢が光流の幸せを願いたいなら、真空はルーシーの幸せを願っている。

 今日の話が、もしルーシーにとって良くない方向性の話なら、真空はもちろん黙っている。

 そして、その内容がどんなものだったのか検討もつかないが、冬矢の雰囲気で大体は察する。


「ま、私にできることはないってことね」

「ああ。お前はルーシーちゃんと仲良くしてればそれでいい」

「はいはい——というか早く出ていってくれない?」

「わかったって」


 もう少し一人で考えたかったが、真空に急かされ、仕方なくベースと椅子を持ち部室から出ていく。


 冬矢が向かった先は、先程まで光流と会話していた屋上——ではなく、屋上へ続く扉の前の踊り場だ。

 階段の中でもこの場所だけは少し広くなっていたので、冬矢はここを気に入っている。


 冬矢はベースを壁に立てかける。

 すぐに練習を始める——というわけではないらしく、スマホをしばらくいじっていた。


 すると、ぱたぱたと誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。

 冬矢はスマホをポケットにしまうと、階段を上がってきた人物と目を合わせる。


「こうやって二人きりで話すのは初めてだよな?」

「そうですね〜まさかこうやって誘われるとは思ってもいませんでしたよ」


 肩まで伸ばしたウルフカット。

 もう熱くなりはじめたというのに、まだ夏服には変えずブレザー姿。

 クラスの中でも特に仲の良い人物は作らず、少しだけ浮いている存在。


「でも、呼ばれた理由はわかってるだろ? ——守谷さん」

「さあ? 私、告白でもされるんでしょうか?」


 そこにいたのは、守谷家三兄妹の中でも末妹である守谷千影だった。


「はは。これは心に決めたやつがもういるんでな」

「あらあら。それはそれはお熱い。いつか私もそんな恋してみたいですよ〜」


 冬矢の暴露にも千影は動じず、上辺だけの返事を続ける。

 そして彼女は裏でルーシーや光流の平穏を守る任務に就いているが、それは誰も知らない——はずだった。


「今日遅れて学校に来たこと。俺たち——いや、光流の周りをうろちょろしてること。あの焔村火恋のことだってそうだ。俺は光流のことだけはよく見てるからな。だから光流の周りのことには敏感なんだ」

「へえ……」


 つらつらと千影の行動遍歴を語る冬矢。

 全て千影が関係していることだが、全てが知られているわけではないと彼女も思っていた。


「俺は守谷さんのことを光流にチクらないし、秘密は守るほうだ。だから持ってる情報を教えてくれ。——そして俺も協力させてくれ」

「ふぅむ……」


 冬矢の言葉に息を吐く千影。少し悩む様子を見せると、軽く右耳に触れる。


「うん。わかったよ偵次兄ちゃん」


 そう、独り言を呟いてから、何かを決めたように話しだした。


「良いでしょう。ちょうど私も協力者が欲しかったところですし……」

「だろうな。もし使える協力者がいたなら、今日は光流が学校に遅れてくることもなかったんじゃないか?」

「…………その様子からだと、九藤くんから何があったのか、全部聞いてるみたいですね〜」

「もちろんだ」


 冬矢からの指摘に奥歯を噛み締めた千影。

 千影は本当なら痴漢冤罪が起きる前にできれば止めたかった。しかし一人ではやりようがなかったのだ。

 だからその悔しさを見せないようにしたのだ。


「なら、情報交換と行きましょうか。私たちが知らないことはほとんどないですけどね〜」

「ああ、そうしよう」


 互いに笑みを見せ、協力関係となった二人。

 そうして冬矢と千影は持っている情報を交換した。

 




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