246話 秋皇学園浄化作戦 その1

「——痛っ!? おい!」


 校内を歩いていた教頭が前からやってきた二人の女子生徒に正面からぶつかる。

 走っていたらしく、その衝撃に教頭は後ろに転びそうになりながらもなんとか耐えた。


「あ、ごめんなさい!」

「お前ら……」


 女子生徒たちは平謝りしたが、教頭の顔が優れないので両サイドから近づいた。


「これで許して?」

「お、おい。何を……」


 教頭の両腕をがっちりと掴み、怒りを鎮めるように女子生徒が胸を当てる。

 若い女子に距離を詰められ、まんざらでもない様子の教頭は少しだけ鼻の下が伸びていた。


「これはお詫びの飴! あげるー」

「私もあげる〜」

「お前ら、バカにするのも大概に……!」


 女子生徒は教頭の着ているジャケットのポケットと内ポケットに手を伸ばし、その中に飴を入れた。

 ただ、このままの状態はよくないと感じたのか、腕を振り払うようにして女子の拘束を外す。


「あん、いけず〜」

「そういうのはいいから。もう走るなよ」

「はーい」


 教頭から離れた二人の女子生徒は軽く謝ってからそのまま廊下を歩いてゆく。

 その後ろ姿を見送った教頭も反対方向へと歩いていった。


 この日、秋皇学園からマスターキーの一つが紛失した。




 ◇ ◇ ◇




「これでいいわけ?」

「ああ。上出来だ」


 教頭とぶつかった女子生徒の一人が空き教室で桜庭托真に奪ったマスターキーを渡していた。

 その場にはもう一人の女子生徒と臼田怜央、そして沢田真央もすぐ側に立っていた。


「あんたらに関わりたくないんだから、もう喋りかけないで!」

「そうよ。なんで私たちがこんなことしなくちゃいけないのよ! 犯罪だよ?」


 しかし彼女らは鍵を渡したは良いがそれは自分の意思でしたことではないような言い方。

 逆に桜庭に嫌悪感を持っているようにも見える。


「わかってるって。これっきりだ。もう話しかけないからよ」

「ほんとかよ……私らの名前を出すなよ」

「私たち知らないからね!」


 二人の女子生徒はそう言い残すと、すぐに空き教室から出ていった。


「これで準備完了だね」

「ああ、マスターキーさえあれば、どこにだって入れるからな」

「…………」


 臼田が机の上に腰掛けながら、桜庭を見やる。

 その桜庭は受け取った鍵を掲げてニヤリと微笑んだ。

 一方の沢田は顔を伏せていて、陰鬱な表情をしていた。


「今日は長い一日になりそうだね」

「ああ、これから警備員の目を掻い潜らなきゃならねえからな」


 彼らの計画はマスターキーを使い夜の学校に潜むことから始まる。

 来馬空我のためにも、必ず九藤光流と退学に追い込まなくてはいけない。次は失敗するわけにはいかない。

 だから自分たちで動き、リスク承知でやるしかなかった。


「——じゃあ、行動開始だ」


 桜庭の言葉にそれぞれが頷いた。




 ◇ ◇ ◇




「皆さんおはようございます。——こんなことを皆さんに話すのは心苦しいのですが」


 朝のホームルーム。

 担任の揺木ほのか先生がいつものようにはち切れそうな胸を支えながら教室に入ってきたかと思えば、最初に発したのは思いも寄らない言葉だった。

 まだ本題に入っていないが、揺木先生の言葉に教室がざわつき始める。


「昨日、職員室にあった集金袋が盗まれました。犯人はまだわかっていません。ですが、理事長からの指示により今から手荷物検査を始めます」


 その言葉で教室がさらにざわつき始める。

 秋皇学園は全校生徒の数は約九百人だ。その生徒全員の持ち物検査をするということになるだろう。


「ロッカーも調べることになるので、その場で動かないように」

「えっ、そこまで……?」

「ロッカーなんて、誰でも開けられるのにね」


 持ってきているカバンだけではなく、ロッカーまで徹底的に調べる事態に千彩都や真空も驚く。

 個人的にはこの教室だけではなく、部室やその他の教室まで調べないとだめになるのではないかと感じた。

 けど、あまりにも広い学校全てを調べることなんて、現実的ではないとも思う。


 そうして、俺たちは持ってきたカバンを揺木先生の前で一人ひとり開けていき、その中を見てもらうことになった。

 結果、誰一人として集金袋を持っているなんてことはなかった。


 自分ではなくとも、教室の中に犯人がいるなんて思いたくないものだ。


 次はロッカーだった。

 施錠されないタイプの扉をついてある簡易的なロッカーが約四十個。

 揺木先生がその中を一つ一つ調べていった。


 ロッカーを調べられることに皆ドキドキしていたのか、自分のロッカーの順番が過ぎるとそれぞれ胸をなでおろしていた。

 そして俺のロッカーの順番が回ってきた。


 全員が自分の席に座る中、視線は後方にあるロッカーに注がれていた。


「…………あれ、九藤くん。これは……」

「え?」


 そう言われた瞬間、心臓の鼓動が早くなったのを感じた。

 揺木先生が俺のロッカーから持ち上げたのは紺色の袋だった。


 そうして、その中身を確認すると——、


「——ああ、体育用のシューズですね」


 俺はホッと胸をなでおろした。

 他の皆の気持ちがよく理解できた。


 ロッカーの検査も全員分終了し、揺木先生は教壇へと戻って行った。


「自分のクラスの生徒は疑いたくないですけど、もし、何かこのことに心当たりがいる人は、あとでこっそり先生に教えて下さい。お金というのは本当に大事なものです。ほとんどの人は親から受け取ったお金を渡していたはずです。そのお金がなくなったということは、あなたたちの親が必死に働いて稼いだお金がなくなったということになりますから」


 そう聞かされると、確かに大切なものを奪われてしまったのだと感じてしまう。

 すると揺木先生はパンっと両手で手を叩いた。


「暗い話になってしまいましたが、今日も元気に一日頑張りましょう〜!」


 同時にぱっと表情を明るくすると、揺木先生はすぐに気持ちを切り替えた。

 生徒たちからも人気があるし、何と言っても美人だ。特に男子生徒からは胸目当てでよく近づかれているのを見かける。

 そんな揺木先生だからこそ、彼女の言葉をよく聞いている。


 俺たちのホームルームは何事もなく終了した。



 が、俺はどこかに引っ掛かりを覚えた。

 これは本当にただ集金袋を盗まれただけなのだろうか、と。



 少し眉を寄せていると、スマホのバイブ音がしたため、タップしてみると冬矢からメッセージが入っていた。


『心配すんな』


 短いメッセージだった。

 それを見てから顔を上げると、冬矢が親指を立てていた。


 俺は息を吐いて、彼に笑顔を送った。




 ◇ ◇ ◇




「い、意味がわからなねえ……どんなトリックだよ」


 一年E組。光流たちのクラス同様に手荷物とロッカーの検査が行われていた。

 担任の男性教師が手荷物の検査したあと、最後にロッカーの検査が行われたのだが、桜庭托真のロッカーから集金袋が出てきたのだ。


 中を確認するともちろんお金も入っていて——、


「……桜庭。ホームルームが終わったら進路指導室に来い」

「先生! 俺はやってない! だって、だって……やれるわけがねえ!」


 あり得なかった。

 どう考えても自分のロッカーに集金袋が入っているなんて、あり得ないのだ。


 桜庭は臼田の顔を見る。同じく驚愕の表情をしており、彼の仕業ではないことが見て取れた。

 そしてもう一人の共犯者である沢田を見た。彼の表情も同じだった。そもそも小心者の沢田にはそんなことはできないと桜庭は最初から知っていた。


 なら、誰が……。


 桜庭たちは昨夜、警備員の目を盗み、職員室へと侵入した。

 何か重要なものはないかと手分けして探し、その中で見つけたのはなんと集金袋だった。


 通常なら金庫に入れているはずの集金袋は、ある教師が鍵をかけないままデスクワゴンに入れていたのだ。

 それを盗み出すと、目的の教室である一年C組へと向かった。


 臼田と沢田には教室外で見張りを頼み、その間に九藤光流のロッカーへ集金袋を置いた。


 前回の沢田の失敗を繰り返さないよう、交代交代で一年E組に誰かやってこないか確認したのだ。

 ただ、沢田だけは親に心配された結果、親から問い詰められ桜庭や臼田の名前が出るのを避けたかったため前日のうちに帰ることを許した。


 そして朝まで残った桜庭と臼田が生徒たちが登校してくる時間ギリギリまで見張りをし、そのあとで空き教室に向かった。

 その後、皆と同じく自分の教室へと登校したのだ。

 だから、集金袋は九藤光流のロッカーに入っているはずだった。なのに、今現在なぜか桜庭のロッカーの中にそれがあったのだ。


「良い訳はあとから聞こう。お前が犯人でも犯人じゃなくても、話を聞かなければいけないからな」

「くっ……どうなってやがんだよ……」


 計画の失敗を悟った桜庭は、歯を食いしばり教室全体を見渡した。

 全員から集まる視線は、彼を犯罪者として見下す視線だった。


「て、てめえら見てんじゃねぇ!!」


 桜庭と臼田はクラスの中でも近づきたくない人として、十分に認識されていた。

 それは沢田をパシリとして扱うようになった結果、明らかにヤバいやつだと思われたからだ。


 内心ざまあみろと思っていたクラスメイトもいただろう。

 だからこそ、その雰囲気を感じ取り、桜庭は激昂した。


 ホームルーム後、桜庭は担任教師と共に進路指導室へと向かった。




 ◇ ◇ ◇




「ひとまず、これで一人は撃退できましたね〜」

「でも、ロッカーにあったというだけじゃ証拠にならないだろ」


 トイレ横の階段の踊り場。

 そこで二人の男女がコソコソと会話をしていた。


「もちろんですよ。でも、証拠はぜーんぶ揃ってますから」

「それでもう一人も撃退できないのかよ」

「うーん。音声だけじゃどうでしょうね〜。一応防犯カメラの死角を狙って動いてたみたいですし」


 そんな会話をしている一人はつい先日、ある男子生徒と協力関係を結んだ守谷千影。

 彼女はスマホを確認しながら、状況の更新を逐一確認していた。


 そしてもう一人は千影に協力関係を持ち出した池橋冬矢だ。


 二人は桜庭たち同様に昨夜学校に潜んでいた。

 潜んでいたと言っても、それは警備員とも繋がっていたため、見つかっても追い出されることはない潜伏だった。


 桜庭たちの行動をずっと尾行観察し、彼らが行動に出てからC組から離れるまでを見続けた。


 彼ら自身は交代交代で見張っているつもりだった。

 しかし、桜庭と臼田はこういった行動は初めてだった。つまりボロだって出てしまう。


 そのボロというのがトイレに行く時間だった。

 見張り中、どうしてもトイレに行きたくなった臼田が、C組の近くから離れた時、千影がC組に侵入し集金袋を回収した。


 本当であれば、職員室に侵入した時、警備員に突入させていれば良かった。

 しかしその場合、パシリをさせられていた沢田も犯人扱いとなる。


 沢田への脅しは千影も把握済みだった。

 だから、沢田を犯人にしないためにも彼がいないところで行動したかったのだ。


 トイレから戻ってきた臼田は集金袋が回収されたことには気づかない。

 その後交代した桜庭もわざわざもう一度、九藤光流のロッカーを確認することなく朝まで過ごした。


「彼らは来馬からの指示で、絶対に動かなければいけません。だから臼田も桜庭がいなくなったとしても何かしてきますよ」

「そうか……なら、まだ安心はできないってことだな」

「はい。あともう一つ心配ごとはありますが、その時になったらまた言いますね」

「ああ」


 話が終わると千影と冬矢は教室へと戻っていった。




 ◇ ◇ ◇




 その日、桜庭は集金袋を盗んだことをほぼ確定とされ、そのまま調査が終わるまで停学処分となった。

 いくつかの証拠を提出された時、桜庭は目を大きく開いて驚いたが、それでもやっていないと否定はした。


 翌日、桜庭の名前と噂は校内に響き渡ることとなる。


「おい沢田。桜庭がいないからっていい気になるなよ」

「そ、そんなことは……」


 放課後、教室に残った臼田と沢田。

 桜庭の荷物を回収され、帰宅した事実を知らない臼田たちは帰りのホームルーム後まで彼を待ち続けていたが、結局下校時間まで戻らないとわかると、次の行動に出た。


「沢田、お前が九藤光流を呼び出すんだ」

「え……呼び出す……?」


 臼田が何か思いついたのか、沢田に命令する。


「明日だ。あいつが一人になったところで『放課後、校舎裏の森で待ってる』と伝えろ。誰が待っているとは言うな。勝手に想像し、勝手にやってくるはずだ」

「う、うん……わかったよ」

「一応、托真に連絡しておくか」


 沢田に命令したあと、臼田はスマホを取り出し、連絡がない桜庭に向けてメッセージを送った。

 その後、教室の天井を見上げて、臼田は呟く。


「はぁ……次で決めねえと」


 もう間接的なやり方は通用しない。誰かが自分たちの邪魔をしているのだ。

 今回の出来事もそうだが、前回のことも含め邪魔者がいるとしか思えなかった。


 だから臼田は、九藤光流が退学ではなく、物理的に学校へ来れないようにしようと考えていた。

 それは、冤罪を押し付けるという軽いものではない。


 暴力的な行為によって、九藤光流を入院させるレベルで通えなくするということだった。




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