230話 勉強合宿 その3

 俺は満を持して、女子部屋へと突入した。


 畳ではないが、フローリングの床には大きなカーペットが敷かれており、既に人数分の敷布団も敷かれてあった。ちなみに構造は男子がいる部屋と一緒だ。


 そして足を一歩踏み入れた瞬間、女の子特有のとんでもなく良い匂いが部屋からふわっと俺の鼻へと吸い込まれた。

 お風呂上がりだからか、どの人も顔が少し火照っており、乾かしたとはいえ髪も少し濡れていた。

 すっぴんではあるが、風呂上がりの女子ほどドキっとするものはないだろう。


 しかも皆、旅館にあるような浴衣とその上に茶羽織を羽織っていた。

 恐らくお風呂好きだというオリヴィアさんが用意したものだろう。

 浴衣姿が似合いすぎてやばい。前傾姿勢になるだけで、ゆるい胸元が見えてしまう。目のやり場に困る。


「あ、光流。浴衣似合うね」

「ありがとう。ルーシーたちも皆似合ってるね」


 もちろん俺たち男子も浴衣を着ている。

 とても着心地がよく今まで泊まったことのある旅館のものと比べても一番良い生地が使われている気がした。


「それでさ、ちょっと話を聞いてほしいんだ。正確に言うとルーシー、真空、しずは、深月、焔村さんに」

「え、私もなの?」


 俺が誰に話したいのか名前を言うと深月が反応した。

 確かに今まで深月に俺からお願いをした記憶はあまりない。そう思うのもしょうがないだろう。


「それで、その話っていうのが、ラウちゃんからのお願いなんだ」

「ラウラちゃんの?」


 ルーシーが不思議な顔をした。

 そもそもなぜ俺が協力しているのかも不思議だろう。俺だってなぜ協力しているのか、もうわかっていないからな。


 入口近くの床に腰を下ろすと、ラウちゃんを呼んだ。


「ほら、ちょっとこっちきて」

「ん……」


 だらだらと立ち上がり、ラウちゃんが俺の隣にきて座る。

 この子、ちゃんと説明する気ある……?

 まあ……良い。


 俺はため息をつきながらも皆に向き直る。


「皆わかってると思うけど、ラウちゃんってこういう子でしょ。だから俺が代わりに……というか一緒に話をするんだ」


 ラウちゃんは無気力でほとんど会話もしない。

 ただ、あのコスプレの話をした時だけは、流暢に話していた。

 皆はそのことをまだ知らない。


「今日もさ、今の時間まで別の部屋に行ってたでしょ? そこでラウちゃんは衣装を作ってたんだ」

「衣装……?」


 今度はしずはが不思議そうな顔をこちらに向けた。


「その衣装っていうのが――コスプレ衣装なんだ」

「コスプレって、あのコスプレだよね? アニメとか漫画の」


 漫画好きの真空が反応した。主に少女漫画の方が好きらしいが、他の漫画も読んでいるらしいので、コスプレにイメージがつきやすいのかもしれない。


「そうそう。それで皆にお願いなのが、ラウちゃんが作ったコスプレを着てもらって、写真を撮ることなんだ」

「えっ、私たちが!?」


 焔村さんが驚くような声で反応した。


「うん。ラウちゃんが言うにはメイクして、誰かわからないようになるから大丈夫って話らしい」

「ふ〜ん」


 恐らくやるとしても焔村さんの懸念は、その写真が出回ることで女優だとバレること。

 事務所に確認しないとできないことだろう。しかし濃いメイクでバレないとするなら、事務所を通さなくてもいいかもしれない。


「だからそこはあんまり心配しないでほしい」


 焔村さんだけではなく、これは他の人にも関わることだ。


「それで、ラウちゃんがやりたいことがそのコスプレを着てROMっていう写真集を作って夏コミで販売することなんだよ」

「は、発売っ!? 無理無理っ!」


 すると深月が一番に否定の声を挙げた。

 まあ、ここが一番問題だよな。


 SNSでぱっと写真をアップするのとはわけが違う。

 発売するともなれば、また違った意味に聞こえる。


「深月、さっきも言ったけど、アニメキャラのメイクをするから絶対にバレない。そうだよね、ラウちゃん」

「安心して……バレない。私が皆にメイクする。バレるわけない」

「それでも……」


 一旦、皆にやれそうかどうか意見を聞いてみようか。それで何がダメなのか聞くところから……。

 と、そう思った時だった。


「はいはーい! ちょっと良いかな?」


 すると今回はコスプレには参加しない遠藤さんが手を上げた。

 まず彼女の意見を聞くことに。


「じゃあ、遠藤さんどうぞ」

「ありがとっ! ええとね。参加しない私が言うのもなんだけど、すっごい楽しそうじゃない? そもそも女子ってさ、服とか着るの大好きでしょ? それでコスプレしてアニメキャラみたいのになるのってすっごい楽しそうじゃん!」


 彼女の持論ではあるが、その話は俺とラウちゃんのお願いを肯定する内容だった。


「メイクで顔はわからないっていうし、協力してあげたらどうかな? 多分やったらやったで楽しいよ? 学園祭でももしかしたらバニーメイドカフェなんてものやったりするかもしれないし、いい練習じゃんっ」


 バニーメイドカフェってなんだよ。

 めちゃめちゃ見たいんだが。


 いや、メイドは既に少し前にルーシーと真空のを見ている。

 他のコスプレも見てみたい……。


「遠藤さんありがとう。とりあえず今の皆の意思を聞きたいんだけど、どうかな?」


 俺は皆に現状どう思っているか聞くことにした。


「私は良いんだけど……ラウラちゃんから、ちゃんとお話聞きたいかな。光流じゃなくて、ラウラちゃんが今回の発案者なんでしょ?」


 ルーシーからの意見だった。皆が何か聞く前に必要なことだった。

 少し順番を間違えたのかもしれない。


「そうだね……ラウちゃん、君からお願いしたほうが良いみたいだ」

「ん、わかった」


 ラウちゃんはそう応えると、その場で立ち上がった。

 立ち上がるとわかる。その大きな身長。この中の誰よりも大きい。


「コスプレ、皆がやってくれたら嬉しい。コスプレは、私にとってすごく大切なもの。でも、一人じゃ限界がある。皆がいたら、それができる。やってくれたら、何でもする。だから……お願いします」


 丁寧に頭を下げた。

 ラウちゃんはコスプレの話をするならいつでも流暢に会話できるものだと思っていたが、何か少し違ったようだ。

 俺とあの時話したように早口にならないし、どちらかと言えば普段通りのラウちゃんだ。


 そして、俺が思った以上にラウちゃんにとって、コスプレとは大事なものなようだ。

 その証拠に、今彼女は両手を握り込んでいた。


「皆、どうかな? 俺もラウちゃんの話聞いて協力したいなって思ったんだ。協力してくれたら、俺も何か皆にお礼するからさ」

「……言ったね!?」

「え」


 ついラウちゃんの為にと思って口走ってしまったが、また変な約束をしてしまった。

 すぐに食いついたのはしずはだった。


「あ、いや……やっぱなしで」

「じゃあ樋口さんに協力するのもなし」

「しずはぁっ!?」


 もう協力する条件が決まってしまった。

 コスプレをするには俺が何かお礼をするという条件だ。ああ、前にもこんなことがあったような……。


「別に私はあんたにお礼なんて……」

「いいじゃん。深月もコスプレしたことないでしょ? せっかくの機会だし、冬矢にも見せてあげたら?」

「はっ!? はぁ〜〜!? なんであいつに見せないといけないのよ! 逆に絶対見せたくない!」

「はいはい。じゃあ深月はやるってことで決まりね」

「やるって言ってない!」


 つまり、これでしずはと深月がOKということで良いのだろうか。

 深月はしずはの押しにはめっぽう弱い。しずはな強引な誘いで断ったのを見たことがない。


「他は……どうかな?」

「ラウラちゃんのお話も聞けたし私は良いよ!」

「私もー! コスプレとか絶対楽しいじゃんっ」


 ルーシーと真空も問題ないようだった。

 そして最後の人だ。


「焔村さんはどうかな……?」


 女優である彼女が一番気にするであろう内容だ。


「光流が何でもするのよね……?」

「何でもとは言ってないんですけど……」


 俺はお礼と言っただけだ。何でもとは全然意味が違ってくる。

 お礼というのも、何か決まったことではないけど、何でもとは全然違うはずだ。


「何でもするなら……考えても、いい……」

「ん〜〜、あ〜〜。はあ……わかったよ。何でもするから、ラウちゃんに協力してあげて」

「じゃあ、私も参加で良いよっ」


 大変な約束をしてしまったが、ほっと胸をなでおろした。

 ただ、ルーシーの視線が少し痛い。もう焔村さんと俺の関係について知ったのだろうか。

 知らなくても焔村さんが俺を光流呼びしていることから、何かは察するだろう。


「ラウちゃん、良かったね」

「ん。ありがとう……九藤も、何でもして良いよ? とりあえず、前みたいに胸揉んどく?」


 ラウちゃんの言葉で、一瞬にしてその場の空気が凍った。

 ほぼ全員の強い視線が俺に向けられていたのだ。ただ一人真空だけは、面白がっていたが……。


「ちょっと光流、前みたいにってどういうこと!?」

「今のは聞き捨てならない!」

「へ、変態っ!」


 ルーシー、しずは、焔村さんが叫ぶようにしてツッコんだ。

 さらに座っていたはずなのに三人とも立ち上がり、こちらへと迫ってきたのだ。


 怒涛の怒りに俺は後退りする。


「わ〜、光流くん所構わずだね〜」

「九藤くん、それはさすがに……」

「ホント……不潔ね」


 真空が笑いながら指摘し、遠藤さんが引いた目で俺を見てきた。

 深月と言えばこの中で一番鋭い眼差しだった。汚物を見るような目だ。


「違う! 今のは違うって!」

「小さいけど柔らかいって言ってた」

「絶対言ってないよ!?」


 マジでもう喋らないでくれっ。

 どこで記憶が改竄されたんだ。


「光流〜〜〜っ!!」

「なんでラウちゃんの方を信じるの!?」

「女の敵だ! 捕まえろ〜っ!!」


 ルーシーが発狂すると、真空がそれに乗って捕まえろなんて言ってきた。

 だめだ、もうこの場にはいられない。


「じゃ、じゃあね! また明日っ!!」

「光流〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


 俺は部屋から出るとドアを閉めてすぐに男子部屋へと戻った。




 ◇ ◇ ◇




「――おい九藤、どうしてたんだ? なんだか女子部屋の方が騒がしかったみたいだけど」


 バタンと男子部屋の扉を開けて、そのまま扉を背にしてずり落ちるように座り込んだ。

 少し荒くなった息を整え、深呼吸する。


 落ち着いてから家永からの質問に答えた。


「あはは……。ちょっと女子の部屋に用事があってね。それが終わったから戻ってきたんだよ」

「用事だと!? あの楽園にか!? 絶対良い匂いしただろ!」

「確かにしたかもしれない……」

「うわ〜マジかよ。俺も女子部屋に行ってみたい……」


 したかもしれないどころではなかった。かなり良い匂いがしていた。

 家永が羨ましがりながら悔しがる。


「お前ってほんとに修学旅行気分だな」

「実際修学旅行みたいなもんだろ!」


 堀川が家永にツッコミを入れる。

 女子に免疫がなさすぎる家永からすれば、とても楽しいものなのだろう。

 俺だって、皆とご飯食べたりして結構楽しかった。


 明日も勉強だ。今日は集中して疲れたし、早く寝よう。



 ――そう、思ったのに。



「たのもーうっ!」



 バタンと扉が開いた。


「まさか……っ」


 俺は恐る恐る開いた扉の方を見た。

 するとそこには真空がいたのだ。


「光流〜〜〜っ」


 さらにその後ろにはルーシーをはじめ女性陣が全員いて、俺を睨みつけながらこの男子部屋に続々と入ってきた。


「ちょっと何勝手に入ってきてるの!」

「光流に言う権利あると思ってるの?」

「さ、さっきのこととこれは関係ないじゃん!」


 俺が少し怒るとしずはが謎理論で反論してきた。

 男子が女子部屋にノックもせずいきなり入ったら絶対怒るのに、逆はほとんどない。だから俺が怒ったのに。


「神イベントだ……」


 そして案の定、家永は鼻の下を伸ばしており、怒るどころか嬉しさで興奮していた。


「まあまあ、さっきの話はもう良いから。トランプしよっ!」

「いや、後ろの方々はそんな目をしてないんですけど……」

「小さいことは気にしないっ」


 そう言いながら女子たちは部屋の中心に置かれたローテーブルを囲んで腰を下ろした。

 真空はトランプをテーブルの上に置くと、さらにお菓子やジュースなどの飲み物にコップまで持ってきたようで、どんどん置いていった。


「深月……なんかお前色っぽいな」

「は、はあ!? キモいっ! このおっぱい星人!」

「いだぁ!? なんで!?」


 冬矢が褒めているのかセクハラなのか微妙な発言をしたと思えば、恥ずかしさなのか深月は顔を赤くして冬矢の頭をぶっ叩いた。

 しかもおっぱい星人と言いながら怒ったのだが、絶対さっきの俺のせいだろ。

 冬矢は全然その話に関係ないのに、さすがにあれはとばっちりだ。冬矢……少しだけごめん。


「友希ちゃん、浴衣すっごい似合ってる」

「やまときゅんだって! てか私より似合ってない?」


 遠藤さんの言う通りで、やまときゅんはめちゃめちゃ浴衣が似合っているのだ。

 華奢な体にツヤのあるストレートな髪。女子ような色気を放っていた。


「ほらほら、皆集まって。やるよ」


 真空の声かけで、しょうがないと思いながら俺たちもテーブルの前へと集まった。

 ただ、総勢十二人だ。やるトランプの内容だって大体決まってくるだろう。


「ババ抜きやりまーす! これなら皆ルールわかるでしょ!」


 それが妥当だ。大富豪やポーカーなどわからない人はわからない。


 こうして俺たちはババ抜きをすることになった。




 …………



「っ!? なんでわかるの!?」


 ババではないカードを引かれ、家永が驚きの表情で叫んだ。

 引いたのはラウちゃんだ。そして最後の一人だったので、そのまま上がることとなった。


「家永、すぐ顔に出る。わかりやすい」

「そんなに!?」


 俺たちは一同に頷いた。

 家永はこの空間によるものなのか常にテンパった様子だった。だからか、カードに触れるとそのまま表情に出てしまうようでかなりわかりやすかった。


「まじかよ……」


 とは言ったものの、家永はとても嬉しそうだった。

 十二人中、七人が女子なのだ。やまときゅんも入れれば八人だ。

 割合的にも女子が多いし、しかも全員が美人だ。


 目の保養どころではなく、普通の男子からすれば夢のような空間なのだ。

 しかもババ抜きの性質上、隣との距離が近い、めちゃめちゃ良い匂いしていた。


「じゃあ家永は一つ秘密を言ってくださーい!」 


 真空からの声。

 そう、このババ抜きには罰ゲームがあったのだ。負けることで何か一つ秘密を言わなくてはいけないという罰だ。


「俺って全然秘密とかないんだよな……強いて言うなら太ももにホクロがあるとか? ほら」


 すると家永は立ち上がり、浴衣を少し開いて太ももの内側にあるホクロを見せた。

 しかしその行為がよくなかった。


「汚いパンツ見せるな〜っ!!」

「あだぁっ!?」


 ばちこーんと真空にグーでお腹を殴打された。

 さすがに女子の前でパンツを見せるなど最悪すぎる。

 わざと見せたわけではないが、浴衣は帯で留めているだけなので、はだけやすいのだ。


「私も胸にホクロある。ほら」

「ラウラちゃん!?」

「お前ら見るな〜っ!!」


 すると家永に感化されたのか、ラウちゃんがわざわざ胸元を開いてブラチラしながらホクロを見せてきたのだ。

 瞬間的に真空がラウちゃんを隠し、俺たちはほとんど見ることは叶わなかったが、少しは見えてしまった。

 胸は小さいとはいえ、胸は胸なのだ。軽々しく男子に見せるべきではない。



 その後、何度かトランプをしたあと雑談の時間となった。


「――そういやラウラちゃん、何のコスプレするの?」


 その真空の言葉で、一番重要なことを話すのを忘れていたことに気がついた。


「『魔乳天使と微乳悪魔のリリィハート』……」

「なんて?」


 とんでもないキーワードが聞こえたからか、真空が聞き返した。


「これ。『魔乳天使と微乳悪魔のリリィハート』」


 すると、ラウちゃんがその場でスマホ検索し画像を見せた。


「…………ええと。光流くん? これを私たちにやらせようとしていたわけ?」


 やばい。

 あの乗り気だった真空ですら、引いたような目を向けてきた。


 違う。それは俺がやらせようとしたわけじゃないぞ。ラウちゃんがやらせたいだけだ。

 俺はそこに関与していない。


「ちょっと真空さん? 変な勘違いしてるようだけど、俺がやらせたいわけじゃないからね? ラウちゃんの代わりに話しただけなんだから」

「へえ〜〜〜」

「なんで疑ってるの!?」

「九藤、画像見せた時、食いつくように見てた。おっぱいアニメだしな。食いつくのはしょうがない」

「ラウちゃん黙って!?」


 確かに画像を見た時はとんでもない衣装で動揺したが、その言い方だと俺がおっぱい好きだから皆にやらせたいって受け取られてしまうじゃないか。


「これは言い逃れできないね」

「だから俺がやらせたいわけじゃないって言ってるよ!?」

「よし、皆光流くんを捕まえろ〜〜っ!!」

「なんでそうなる〜〜〜っ!?」


 何を言っても聞かない真空の凶行が始まった。

 俺はラウちゃんと深月以外のメンバーに同時に襲いかかられ、床に組み伏せられた。


 現在俺は四肢は完全に抑え込まれている。

 いつぞやの謎ダンスガールズに取り押さえられた時のようだ。


「ふふふふ。ちゃんと罰を与えないと。ね、ルーシー?」

「光流。今日だけは……擁護できない……」

「いやいや、だからなんで!? 俺悪くない!」

「ラウラちゃんのおっぱい触ったでしょ!」

「九藤お前! 樋口さんの胸を!? それは許されねえぞ!」


 女子が俺を押さえつける中、その凶行に恐れをなした男子陣が遠くからみていた。

 そしてラウちゃんの胸の件がバレてしまい、家永が怒り出す。


 それにしても真空は普通に俺のお腹の上に乗っている。

 彼女の柔らかいお尻の感触が浴衣の薄い布越しに体温と共に感じてしまう。

 真空は気にしていないのだろうか。


「ちょっと動かないでね〜」

「お前……何を……」


 真空が俺の浴衣の帯を緩めていき、さらに耳元で囁く。


「私の裸見られたこと、まだ許してないんだから、ちゃんとお仕置きできる時にしないとね」

「……いや、あの時は……不可抗力だったじゃないかっ」


 翌日なんてメイド服姿で奉仕してくれたくせに、今更あの時の事を掘り起こすなんてズルい。

 ズルいぞ真空!


 ちなみに右腕がルーシー、左腕はしずは、右足は焔村さん、左足を遠藤さんが抑えている。


「おい、嘘だろ……」


 そして俺は上半身が完全にはだけさせられてしまった。

 多分、パンツも一部見ていると思う……。


「ほんとに筋肉があるのね……」

「光流、また前より増えた?」


 焔村さんが恥ずかしそうな声で呟き、しずはが中学の頃に見たプールが最後だったからか筋肉量について呟いた。


「じゃーん。ここに筆がありまーす!」

「なんであるんだよ!」

「知らないよ。あったんだもん」


 この別荘はどうなってるんだよ。

 でも、この後の展開が予想できて恐い。


「ちなみに人数分あります」

「意味がわからねえ!」


 すると自分の他に五人に筆を配りはじめた。

 それぞれの手に筆が渡る。


「光流くん、覚悟して!」

「やめろっ! やめろ〜〜〜っ!」


 俺への拷問が始まった。


「あはははははっ!?」


 一斉に俺の体を筆が襲い、彼女たちの怒りが筆先の動きに伝わっていく。


「マジでダメっ! 許して! 俺悪いことしてないけど許して!?」

「悪いことしたでしょ! ちゃんと謝って!」

「してないっ! もう……だめっ! 止めてぇっ!?」


 手足から胴体まで、合計五本の筆が俺の体をなぞり、耐え難いくすぐったさが俺を悶絶させた。


「く、九藤……それは羨ましいぞ」

「い、いえながっ! 助けてっ! はやくっ!」

「そんなこと俺にできるわけないだろ……」


 女子の中に飛び込むなんて家永にはできないようで、俺へのくすぐりは続いた。


「なんか、楽しそう……」

「あ、ラウラちゃんもやる? 私のどうぞ」


 すると遠藤さんとラウちゃんが交代した。


「あはははははっ!? もう許して! 死ぬって! 今日はさすがに死ぬ! もう死んだ俺!」


 何を言ってるのかわからなくなり、ただただもがいていた。


「はあ……はあ……はあっ」


 ルーシーとしずはと焔村さんの顔が恐い。

 真空はただ面白がっているのだが、その三人は顔を紅潮させ、興奮した様子で息を荒くさせていた。



 数分俺。

 俺の体をしばらく蹂躙したあと、やっと解放された。


 遠い目をして、完全に事後のように魂が抜けた屍のようになっていた。


「じゃあ戻ろっか」

「皆おやすみ〜〜!」


 はだけたまま俺は放置され、女子たちはテーブルの上を片付けてから部屋を出ていった。


「……光流、お疲れ様」

「…………」


 俺が襲われている間、大笑いしていた冬矢からのねぎらいの言葉。

 返事をする余裕は今の俺にはなかった。




 ◇ ◇ ◇




「あ〜、楽しかった」


 女子の部屋に戻ってくると、真空が伸びをしながら先ほどまでしていた光流への仕打ちについてのことなのか、感想を述べた。

 今思えば、真空に乗せられてあんなことをしてしまったけど、イケナイ何かが目覚めそうだった。


 抵抗できない光流がされるがままにくすぐりを受けていて、涙目になりながら笑っていて……。

 今思い出してもゾクゾクしてしまう。


 私たちはその後、歯磨きなどを済ませて、寝ることにした。

 そして、女子部屋で一番待っていた時間がやってきた。


 恋バナ大会である。


「それで、火恋ちゃんと光流くんのお話聞かせてよ」


 聞きにくいことを真空はいつも聞いてくれる。

 多分私だけじゃなくて、しずはも気にしているだろうこと。


「それ、本当に言わなきゃだめ?」

「ダメ。じゃないと光流くんにしたことと同じことする」

「うそでしょ……?」

「ほんと」


 真空は恋バナが大好きだ。自分自身の恋はまだやってきていないようだが、他人の恋バナは彼女の栄養源なのだ。

 どうやっても火恋ちゃんから話を聞こうとしている。


「はあ……わかったわよ。簡単に言うから、あんまり突っ込んでこないでよね」

「わくわく、わくわく」


 天井の明かりは既に豆電球のみ。

 薄暗い視界のなか、布団を寄せ顔を近づけて話を聞くことになった。


「―最初私ね、あなたたちのこと嫌いだったのよ。今はそういうのはなくなったけど……」


 嫌い? どういうことだろう。私たちはほとんど話したことがない。

 嫌いになるような出来事だって、なかったはずなのに。


「私、女優って職業してるでしょ。だから将来は有名な女優になりたいと思ってるの。だからそうするためにはクラスで一番の人気者にならなきゃって思ってたわけ」


「そしたらさ、このクラスったら美人ばっかりで。中学の時なんてちやほやしかされなかったのに、あんたたちときたら何? 私なんてちっぽけな存在よ」


 だんだん話が見えてきた。

 確かにこのクラスはとっても可愛い子が多い。火恋ちゃんだってとっても可愛いのに、一番だとか重要なのだろうか。

 でも、火恋ちゃんは素敵な女優になるためにはそうする必要があるって思ったんだろう。


「ふーん。それで私たちを排除しようとしたわけか」

「まあ、そういうこと」


 真空はすぐに合点がいったようだった。

 私はまだよくわかっていなかった。排除とはどういった意味だろうか。


「一番になるなら、私が上に行けなくても邪魔なやつらのカーストを下げれば良いってこと。何かトラブルとか良くないことが起きたり、変な噂が流ればそれが叶う」

「うわお。火恋ちゃん、性格わるーい」


 真空は軽そうに言ったが、もし、本当にそれが行われていたのなら、どうなっていたのだろうか。

 そう考えると、少し火恋ちゃんのことがこわくなった。


 あれ、でも。

 それが現実に起こっていない。ということは……。


「宝条さん、あなた光流と特別な関係なんでしょ? 体育館で光流が倒れた時に察した。わざわざ男子のエリアまで行って……普通じゃないもの」

「あ……うん。そうだよね。あの時は私も少し動揺してて……」


 多分。今の火恋ちゃんなら信用できる。少しだけ話しても良いのではないだろうか。

 光流に許諾はとっていないけど、今日一緒にいるメンバーなら、多分大丈夫。


「火恋ちゃんがこうやって話してくれてるから、私も光流との関係、少しだけ話すね」

「……うん」

「五年ほど前。私はその時まで顔の難病にかかってて、長い間顔に包帯を巻いてたんだ。その影響で小学校ではいじめられてたんだけどね」

「…………」


 皆が息を呑んでいるのがわかる。

 ちょっと重い話だからしょうがないけど。


「それでさ、なんで私だけこんな目に遭うのって絶望してたの。家族には迷惑かけたくないから、このことはあんまり言わなかったし、転校したって同じこと繰り返されるだけだからと思って、転校もしなかった」

「……壮絶じゃない」

「ふふ、そうだね。でも、その五年前にたまたま光流が私に声をかけてくれたんだ。そこで友達になったの――」


 私は話せる限りのことを皆に話した。

 光流との出会い、車の中で事故に遭ったこと、光流が腎臓を一つくれたこと、アメリカに行った経緯、難病が完治したことなど。


「そんなの……運命じゃない。私が話すことなんて宝条さんに比べたらちっぽけなことよ」

「でもさ、光流って凄いんだよ。そうやって助けたのって、私一人だけじゃなかったんだ。そういう相手がどんどん増えていくみたいなの」

「そう、なの……?」

「きっと、火恋ちゃんだって、そうだったんでしょ?」

「あ……」


 まだ、火恋ちゃんからの話を聞いていない。

 でもわかる。光流に好意を持っているということは、恐らく彼女を助けたから。


「はあ……じゃあ改めて話すね。最初に宝条さんと光流のただならぬ関係を感じたから、光流をどうにかしようと考えたの。それで体育倉庫で一緒に後片付けしてる時に、わざと自分を押し倒すようにさせて、それを写真に撮った。それを脅しの材料に使おうと思ったのよ」

「そんなことが裏で起きてたの? てか自分の体を使うなんて覚悟決まりすぎじゃない?」

「それだけ私にとっては、他の何より女優が大事ってこと。……まあやり方はよくなかったとは思ってるけど」


 火恋ちゃんから反省している様子が話し方から伺えた。

 すごい女優になるためだからって、そんなことをして良い訳がない。

 でも、それだけ火恋ちゃんは本気だったんだ。


「光流、すごい怒ってた。写真を消せって、私から力ずくでスマホを取り上げようとして。色々あって、結局その写真は消されたんだけど……」


「それから……あの日は本当にたまたまだったわ。いつもなら車だったのに、マスクもせずに徒歩で移動したことが良くなかった。たまたま私を知ってるファン……いや、ファンじゃないわね。強引なナンパよ」

「ナンパ……」


 その話に反応したのはしずはだった。

 正月の日、ナンパというより、もう連れ去りだった。実体験したしずはにとってもこの話は聞き入ってしまうのだろう。


「仕事場にも行かなきゃいけなかったのに、どうしても行かせてくれなかったの。しかも相手は男三人」

「それはちょっとつらいね」

「そうしたらさ、突然光流が現れて、私のマネージャーだとか嘘を言い出して。それでも相手が話を聞かなかったから、光流が私を……お、お姫様抱っこして、逃げてくれたの」

「お姫様抱っこ!?」


 思わず声を出してしまった。光流、何してるの?

 お姫様抱っこって、あのお姫様抱っこだよね? 男の人が女の子を両手で抱える、あの……。


「多分私が逃げるよりもそうしたほうが早く逃げられたからだと思うんだけど。……そのあとカフェに連れて行かれて……そしたらあの池橋もいるじゃない」

「冬矢がそこにいたの?」

「ちょっと待って。それってFOREST BEANS COFFEEってお店じゃなかった?」

「え? うーん、確かそんな名前だったような……」

「冬矢がいたってことは、その少し前、多分私とルーシーもそこにいたと思う」

「私も!?」


 しずはの推理が始まった。

 でも、しずはの今の言葉で大体わかった。

 真空の曲の話のあと、冬矢くんが光流に何か話があるようだったから、私としずはが先に帰ったあの日だよね。


「あの日は、真空の誕生日の曲の話をしててね、その打ち合わせだったはず」

「えっ!? 私の誕生日の! なんか色々重なってて凄いんだけど……あ、話続けて」


 その場にいなかった私やしずは、真空までも名前が出てくる日のこと。

 あのあとに火恋ちゃんがきたなんて……凄い偶然だ。


「あのあと、ママが迎えに来るまで一緒にいて、それでママが連絡先交換しなさいっていうからしょうがなく交換したの。それでお礼しなさいって言うから光流にメッセージ送ったんだけど、よくわからない内に、なぜかデートに誘ったみたいになって……」

「光流、そんなこと一言も……」

「それは、宝条さんに心配かけさせたくないからでしょ。だって、私まだその時、光流をどうにかしてやろうと思ってたもの」


 ああ、そうか。私の知らないところで、光流が……。

 でも、デート……。


「一応助けてくれたお礼ってことで誘ったんだけど、デートだって考えただけで、なんか私空回りしちゃって……」

「おいおい、火恋ちゃん。可愛いところあるじゃないか」


 真空がおじさんぽい声で反応した。

 確かにちょっと可愛い反応ではある。


「それで、俯いたまま横断歩道を渡っちゃって……そしたら光流がグイって私を引っ張って助けてくれたの。……私、交通事故でおじいちゃん亡くしててね。その時のことがトラウマになってたみたい。その場から動けなくなって、光流に支えられて近くの公園のベンチに行ったの……」


 私同様、その部分は重い話だった。

 しかも祖父が亡くなってしまったという話だ。比べることではないかもしれないけど、私よりも酷い過去なのかもしれない。


「光流はそこで今日は帰ろうって言ってくれたんだけど、私、怖くて一人になりたくなかったの。だから、予定してた商業施設のカフェに無理やり連れていってもらって。そこで……光流がずっと暗い顔してた私を笑わせてくれて……」

「あ〜、そこで光流くんにズッキュンされちゃったわけか……」


 凄い……。

 光流はやっぱり凄い。


 女の子たらしなのかもしれないけど、知らないところで誰かを救って……。


「そこからはもう、なんだか私が私じゃないみたいだった。無理やり服屋に連れて行って服を買ってあげたり、プリクラに連れ込んだり……最後なんてママが迎えにきちゃって、家にまで招待しちゃって……」

「ちょーっと! いやいやいやいや。怒涛過ぎない? 展開が」


 真空が静止してくれたが、その通りだった。

 濃厚過ぎる一日なのだ。


 正直、こんなに距離が縮まれば、好きになってしまうのは当たり前だ。

 それに、恐らく火恋ちゃんの母にも光流は好かれている。

 本当に光流は……。


 てか服って!? プリクラも!?

 超デートじゃんこれ!


「ふーん。そういうことだったの。それ、私と冬矢がバッチリ見てたよ」

「えっ!?」

「深月なにそれどういうこと?」


 突然、深月ちゃんがとんでもないことを言い出したので焔村さんが驚いた。

 しずはも知らなかったようで、そのことを問い詰めた。


「その商業施設のカフェでたまたま焔村と光流を見つけたの。だからあいつ、尾行するとか言い出して……まあ、今の話を聞く限り、色々あったあとでそうなったのね。……服屋さんに行く時までは手は繋いでたけど」

「手ぇ〜〜〜〜っ!?」


 いやいやいやいや!

 光流〜〜〜!?


 これは……これは、ダメなんじゃ!?

 でも、私彼女じゃないし、そんなこと言う権利は……。いや、でも……。


「……見られちゃってたのか。でも安心して。あれは私が無理やり繋いだから。私より理解してるでしょ? 光流って結構押しに弱いと思うよ。だからあんまり責めないであげて」

「彼氏に理解を示す彼女のような発言……ルーシーさん、今の心境は?」

「う、うわきだぁ〜〜〜!!」


 私は言いたくないことを口に出していた。

 彼女じゃないのに、彼女気取りとは、本当に私は……。


「では、しずはさん。今の心境は?」

「なんで私にも聞くのよ! そんなの浮気どころか犯罪よ! 嫌なら断れば良いのに、断らないんだもん!」

「なんだか、自分自身に言い聞かせているような発言ですね!」

「う、うるさいっ!」


 真空は楽しそうに質問を続けた。

 しずはは本当に心当たりがありそうだ。


「それはそれとして、深月さん。でもその場にいたってことは、冬矢さんとデートしていたってことでいいですよね?」

「あ…………いや、してない! あ、あれはあんたの誕生日の曲を作るのに手伝うことになったから、そのお礼ってことで言われて……」

「またそこで私の誕生日の話題!? しかもあの曲、深月ちゃんも手伝ってくれてたの!? ちょっと待って、嬉しすぎるんですけど! てか、火恋ちゃんの話でここまで繋がるぅ!?」


 次第に火恋ちゃんの話から、深月ちゃんと冬矢くんの話へと話題が移っていった。

 確かにそちらの話もとても気になる。


「じゃあ次は深月ちゃんの話を聞こうっ! ほらほら、話して! その日、尾行した後はどうしたの!?」

「絶対言わない! 死んでも言わない! 寝る! あんたらも早く寝ろ!」


 深月ちゃんは頑固だった。頑なに話さず、結局最後まで、その日の冬矢くんとのデートの話を聞くことはできなかった。




 ◇ ◇ ◇

 



「もう遅いのに、女子の方はまだ盛り上がってるみたいだぞ」


 既に電気は消し、視界は暗い。

 寝る準備万端の俺たち。


 そんな中、布団に入っている家永が呟いた。


「まーた、光流の話か?」

「ま、まさか……」


 冬矢が不穏なことを言う。

 頼むから、俺の話題じゃないことを祈る……。


 会話もそこそこに、俺たちはそれぞれ就寝した。




 …………




 夜中。

 二時を過ぎた辺りだ。尿意を催すとともに目覚めるとちょうどブルルとスマホが鳴っていた。


『光流、起きてる? 夜中だし寝てるかな。でも、もし起きてたら一階のテラスに来て。あ、怒ってないから安心して』


 ルーシーからメッセージが入っていた。

 寝られなかったのだろうか。それとも俺と同じように寝てから一度起きたのだろうか。

 俺はトイレを先に済ませてから一階のテラスへと向かった。






 ★―★―★


※修正

1階にあるのはバルコニーではなくテラスらしいので、バルコニーの言葉をテラスへと修正しました。

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