220話 社交界 その3
アーサーと倉菱さんの出会いは四歳の時だったそうだ。
つまり、私が倉菱さんと社交界で会っていたとされる時期。
その社交界で同じくアーサーと倉菱さんは出会ったらしい。
ただ、もちろんそんな小さい時に恋愛感情なんてものはあるはずもなかった。
私が五歳になった時、病気になったことで社交界へ参加しなくなった。
ただ、アーサーやジュードはいつも通りに参加していたそうだ。
まさかここで私が関係してくるとは思わなかったけど、アーサーは私をどうにか元気づけようと頑張っていたらしい。
あの時の私は全てを遮断していたから、アーサーの気持ちなんて考える余裕もなかったけれど。
そうしてアーサーが十二歳の小学六年生で、倉菱さんはまだ七歳の小学生になったばかりの時。
社交界に参加したアーサーは元気がなく、悩んでいたんだとか。
それは私の病気が治らないことや元気にする方法がわからなかったからだそう。
そんなアーサーに声をかけたのが倉菱さんだったとか。
倉菱さんはアーサーを見知ってはいたが、これまでにそれほど交流はなかったそう。
ただ、一人で塞ぎ込んでいたアーサーが気になって声をかけたそうだ。
そこで、倉菱さんは少し前に私と話していたみたいに高飛車な感じで話しかけ、励ましの言葉とは思えないような言葉で励ましたんだとか。
私が社交界に参加しなくなった理由は話さなかったそうだが、アーサーはそれで少しだけ気持ちが和らいだんだとか。
そんな二人を見た倉菱さんの父親が、冗談混じりで結婚を勧めたら、二人ともまんざらでもない感じになったそうだ。
だから、ここまでは素敵な馴れ初めの話だ。
なのに、今は二人共うまく話せないような関係性になっている。
ジュードの話は続いた。
アーサーは大きくなるに連れて、イケメンかつ文武両道でどんどん人気者になっていった。
そんなある時、私と光流が出会い、事故が起きてアメリカへ療養に向かうと病気が治りはじめた。
それがアーサーが十五歳で、倉菱さんが十歳の時だ。
私の回復と同時に完全に元気を取り戻したアーサーは、前々から言われていた倉菱さんとの婚約をこの時に決めたんだとか。
年齢は離れていたしまだ互いに若かったが倉菱さんの父親の押しもあり、そうなったらしい。
アーサーも昔慰めてくれた倉菱さんのことを覚えており、少なからず好意は持っていたそうでだからOKをした。
この時、大企業同士の子供の婚約であったために、政略結婚と言われたそうだ。
実際に政略結婚と言われてもおかしくないほど、互いの企業にメリットしかない婚約だったので、結局は政略結婚という共通認識になった。
ただ、そこからが問題だった。
結論を言うと、アーサーが凄くなりすぎたのだ。
小さい頃からその片鱗を見せていたアーサーだったが、中学生になるとそれが顕著に現れだした。
勉強もスポーツも何でもできてしまい生徒会長だってこなしたアーサー。
そんなアーサーの成長を見ていた倉菱さんは昔は高飛車な態度を取っていたのに、徐々に尊敬する態度となり、アーサーが高校生になる頃にはファンのように心酔するほどになってしまったとか。
アーサーの身の回りには普段からそんな女子たちは数え切れないほどいた。
だからアーサーにとってはそれが良くなかった。
何でもできてしまうアーサーは退屈していた。だから普通は嫌いだった。
アーサーに意見してくる相手なんてほとんどいないし、何か言えばそれが強引なことであってもまかり通ってしまう。
昔、アーサーに強く出ていた倉菱さんはもういなくなってしまっていた。
だから、アーサーは倉菱さんへの興味をどんどん失ってしまい、自然と冷たい態度を取るようになってしまったそうだ。
それがここ数年続いているらしい。
大企業同士の婚約だ。
簡単に取り消せるようなものではなく、ズルズルと時間だけが過ぎていった。
「それは、アーサー兄が悪い……っ」
思わず、私はそう言い切ってしまった。
ただ、私のせいで悩んでいたアーサーには申し訳ない気持ちがある。でも、それと倉菱さんのことは別の話だ。
悩んでいたアーサーのことを倉菱さんは励まし慰めてくれていた。
そんな優しい相手にすべき態度ではないのだ。
倉菱さんの態度が変わってしまったのはしょうがない。
でも、ただただその変化を見過ごし、寄り添わなかったのはアーサーの方ではないのだろうか。
その他大勢の女子と違う人になってほしいなら、ちゃんとそう言ったのだろうか。
倉菱さんの様子を見る限り、私はアーサーがちゃんと真正面から向き合ったとは考えられなかった。
「ルーシー、その気持ちもわかるよ。でも最近、前向きに捉えられる出来事があったんだ」
「そうなの?」
「うん。これが面白いんだけどね。光流くんが家に来た時に姉の灯莉さんが兄さんと同じ大学だって話をしてただろ?」
「そう言えばそうだったかも……」
「それで兄さんが早速、灯莉さんに面白半分で接触したみたいで。そこで玲亜さんのことについてビシッと言われたらしい」
「灯莉さんが……っ」
ここで灯莉さんの名前が出てきて、なんだか無性に嬉しくなった。
光流の姉というだけで素敵な人だとわかりきっているのにアーサーにまで気を遣ってくれた。
絶対に迷惑したはずなのに……。
「灯莉さんはね、相手が面白くないのは自分が面白くないから。なら、相手が面白いと思える人に変えられるよう自分も何か努力してみろって言ったそうだよ。それで兄さんは衝撃を受けたらしい」
「ふふ、ふふふふっ。いい気味だね。本当に灯莉さんの言う通りだよ」
アーサーにこんなことを言える人は家族以外では本当に少ないだろう。
やっぱり光流の家族なんだ。私の知らないところでアーサーにも影響を与えているなんて。
「それでさ灯莉さんの話を聞いて、兄さんも玲亜さんにちゃんと向き合おうって今朝決めてたみたいなんだよ。でも実際に対面してみたら……」
「ああ見えて不器用なところもあるもんね。でも、ちゃんと向き合わないとだめだよ。――私、連れ戻してくるっ!」
その話を聞いて、居ても立っても居られなくなった私は椅子から立ち上がり、アーサーを探してこようとした。
しかしジュードが手を出して移動を遮られてしまった。
「それはルーシーの役目じゃない。どちらかと言えばルーシーには玲亜さんと話してほしい」
「倉菱さん?」
「うん。元々ルーシーは玲亜さんと話したかったはずだし、ついでに兄さんのことも彼女から聞いてほしい。僕も玲亜さんとはなかなか話す機会がないから」
「……わかった、やってみる。ジュード兄、お話聞かせてくれてありがとう」
「良いんだよ。これは皆にとって大事なことだから。将来的にルーシーの姉妹になるかもしれない相手なんだから」
「――あ! そっか。そうなるんだ! ……そう聞いたらなんだか嬉しくなってきた!」
まだ少ししか話していないけど、倉菱さんは絶対に良い子だ。
私の頭のセンサーがそう言っている。
元の倉菱さんは相当に面白いと私は感じている。
なら、素の自分を見せられるように誘導するのが私の仕事だ。
「真空っ、手伝ってくれる?」
「ルーシー…………あったりまえでしょ! こんなに面白い話、燃えるに決まってる!」
恋愛話が大好きな真空。
食いつくことは目に見えていた。
なら、まずは倉菱さんを探さなくては。
「ジュード兄。じゃあ私と真空はちょっと移動するね」
「うん、ルーシー任せたよ。兄さんの方は僕に任せておいて」
「わかった!」
――アーサーと倉菱さんの仲を取り戻す婚約大作戦が始まった。
◇ ◇ ◇
「――見つけた!」
倉菱さんは会場を歩き回っても全く見つからなかった。
なので、ジュードと話しているうちに会場の外に出たのかもしれないと思い、会場の外に出て共通フロアを歩いてみた。
すると、ラウンジのような休憩スペースのソファに倉菱さんと剣持さんと鳳さんが座っていたのだ。
「あら……ルーシー、ではありませんの……」
私に気づいた倉菱さんは見るからに暗い顔をしていてそこには重苦しい空気が流れていた。
「ちょっと失礼するね」
「あっ……」
私と真空は倉菱さんの近くのソファに腰を下ろし、ちゃんと顔を見て話せるように同じ視線になった。
よく見ると彼女の目元が少し赤くなっているように見えた。
「さっき初めて聞いたの。倉菱さんがアーサー兄の婚約者だってことを」
「そう、ですの……。私のことを覚えていないんですもの、そのことを知らなくても当然ですわね……」
好きな人にあんな態度を取られたら誰だって悲しい。
しかも婚約者であれば尚更悲しいだろう。
私が倉菱さんの気持ちになれるわけがない。
どれだけの想いを持ってアーサーの傍に居続けてきたのかわからない。
けど、多分。私と光流よりも長く想ってきたはずだ。
なら、その苦しみだって……
私は彼女の力になりたい。
「今日は私の記憶のために倉菱さんを呼んだんだ。勝手なお願いだったけど、あなたとお話したら昔のことを思い出せるかもって」
「そういうことでしたの。……というか敬語ではなくなりましたわね」
「うん。その方が私らしいんでしょ?」
「まだまだあなたらしくはないですけれど……」
私と話すことができたからか、少しずつ表情が明るくなってきたような気がする。
でも、まだまだこんなのは倉菱さんではない。
二回しか会っていないが、倉菱さんは高飛車で明るくて少しポンコツな一面を持った子だ。
元気な彼女に戻ってほしい。
「倉菱さんは……アーサー兄のこと、本当に好きなんだね」
「…………そう、ですわね」
「アーサー兄、かっこいいもんね。何でもできるし、ちょっと古いけどガキ大将みたいな感じで」
「ガキ大将……? あまりそのようなイメージはありませんけど」
アーサーも倉菱さんの前では仮面を被っていたのだろうか。
イタズラ好きな面はアーサーの特徴だというのに。
確認は済んだ。
なら、彼女を元気づけることからだ。
「倉菱さんのお誕生日っていつ?」
「私の誕生日は九月ですけれど……これはどういった確認でしょうか」
「――なら、私の玲亜お姉様だね」
「お姉様っ!?」
突然の私の言動に動揺の色を見せる倉菱さん。
教室の前で話した時、『玲亜様と呼んでもよくってよ』なんて冗談で言っていた。
だから、そのままではないが、義理の姉妹になるならそう呼んでもおかしくないはずだ。
「だって私の誕生日は十月だから。アーサー兄と結婚したら私の姉妹になるんだもん。おかしくないよね?」
「そ、そうかもしれませんけど……あなたにお姉様……良い響きですわね……」
「でもやっぱり昔みたいに下僕って呼んだ方が良い?」
「下僕っ!? なぜそれをっ!? んっ……」
こんな発言をするのは失礼かとも思ったが彼女のため。
しかし、なぜか過去に私がそんな発言をしていたみたいな反応だ。
ついでに顔も赤らめている。
「なんでそんなに興奮してるの……?」
私は気になってそう聞いてみた。
「玲亜様お気を確かに。あの頃の記憶がフラッシュバックしましたか?」
「そうだよぉ。自分がドMだからって下僕扱いされただけで感じちゃだめでしょ〜」
「……ハッ!? 今、私は何を……?」
剣持さんと鳳さんが倉菱さんの体を振って正気に戻す。
鳳さんの言動が気になったが、ひとまずは元の倉菱さんに戻っただろうか。
「ふふ。倉菱さんはやっぱり、今みたいにしてる方が面白いよ」
「ポンコツっぽいよね」
「ポ、ポンコツですって!?」
私が言わなかったことを真空が言ってしまった。
自覚はなかったのだろうか。
「ねえ、玲亜ちゃん……って呼んでも良い? いや、今からそう呼ぶね」
「お姉様、ではないんですのね」
「文句があるなら下僕にしようかな」
「ん……っ」
「なんで!?」
この子は……ポンコツに加えて少し変態も入っているみたいだ。
真空が横で笑っている。
「……呼び方は良いとして、アーサー兄とはちゃんとお話できてないんでしょ?」
「しばらくは……会っても会話が続かなくて……」
「うん。それでさアーサー兄がなんで玲亜ちゃんと婚約を決めたのかは知ってる?」
「いえ、はっきりとは……でも最初の頃は私とも明るく話してくれていたので、普通に好きになってくれたんだと思っていましたわ」
「アーサー兄はちゃんと好きだったと思うよ。うちの家は政略結婚なんて望んでいるようなお家じゃないと思うから、二人の様子を見て、お父さんもお母さんも婚約を了承したと思うんだ」
まだ両親には話を聞いていないけどこれには確信を持っている。
だって好き同士で結婚したんだから、子供にもそうさせたいと思うに決まっている。
「私、変に気を遣うのは苦手みたいだからズバッと言っちゃうけど、玲亜ちゃんはさ、アーサー兄といる時と今みたいに私たちといる時とでは、全然態度は違うよね?」
「あ……え……そう、かもしれませんわね」
「玲亜様、全く持って違いますよ」
「気づいてなかったんですかぁ〜?」
まずはその自覚からだ。
昔の自分と今の自分の違いを知り、どうすればアーサーが興味を示すかを理解してもらう。
「さっきもアーサー様って呼んでたよね? あれって昔からあんな感じで呼んでたの?」
「いえ、小さい頃は……アーサー、と呼び捨てで呼んでいたような……」
「じゃあ今からアーサー兄のことはアーサーって呼ぶこと。いい?」
「えっ!? そんなことワタクシには恐れ多くて……っ」
「じゃないとお尻ペンペンするよ!」
「お尻っ!?」
「子供のしつけかっ」
やはり呼び方すら変わっていたようだ。
五歳も年下から呼び捨てされればアーサーだって見て見ぬふりはできないだろう。
「呼び方の次は話し方! アーサー兄には遠慮しないで私とかいつも皆に接してるようにすること!」
「え……でも、それって……」
「アーサー兄は変態なの! 罵られた方が興奮するの! だから昔の玲亜ちゃんが好きだったの!」
「ほぇ……?」
嘘を言ってしまった。
なぜかスラスラと口から嘘が出てしまったのだ。
真空がまたしても隣で笑っている。
でも、もう引き返せない。
「玲亜ちゃんもドMかもしれないけど、アーサー兄もドMなの! だからいつも振り回してあげて!」
「ワタクシはドMではありませんわ!」
「この下僕!」
「はぅんっ…………あ」
玲亜ちゃんは無自覚に反応してしまっていた。
MとMでは相性が合うのかとかよくわからないが、真空からの知識では通常はSとMが合うらしい。
でも、M同士でも良いじゃないか。玲亜ちゃんだって表面的にはSっぽいんだし。
というかアーサーって本当にMなのかな。
自分で嘘を言っているうちに本当にMなのかと思ってきた。
……って私何関係ないこと考えてるの!
今は玲亜ちゃんのこと。
「ほら、自分でもわからない反応してる。アーサー兄だって何か抑えているかもしれないでしょ?」
「そうかもしれませんわね……」
「だから、いつもの玲亜ちゃんでいいの。物怖じしない玲亜ちゃんがいいの」
「いつものワタクシ……」
やっと理解が追いついてくれたようだ。
でも、いざ目の前にするといつもと同じ状態ではいられないかもしれない。
「妹の私が許す。アーサー兄に今まで想ってたことぶつけてみて? 昔みたいな言い方で良い。それで良いから」
「でも、ワタクシにはそんな……」
私は立ち上がり、玲亜ちゃんのいるソファの近くまで移動し、しゃがんでから彼女の手を取った。
そうして、目を真っ直ぐに見て――、
「できる。玲亜ちゃんならできる。――だって、私の最初の友達だったんでしょ?」
「――――っ」
そう言った瞬間、玲亜ちゃんの体がぶるっと震え、瞳が揺れた。
そして、何かを決意したような眼差しになった。
「……ワタクシ、やりますわっ」
「玲亜様……」
力強い玲亜ちゃんの言葉に剣持さんと鳳さんが感動したかのように名前を呟いた。
「本当は言いたいことたくさんありますの。アーサー様……いいえ、アーサーはお紅茶を淹れることに関しては完璧だと思っていらっしゃるようですが、お紅茶を飲む時はたまに左手で飲みますの。基本的なマナーとしては常に右手だというのにそういうところの詰めが甘いのですわ」
「そこっ!?」
玲亜ちゃんの言いたいことは私が思っていたこととは全然違ったが、彼女にとっては許しがたいことだったのだろう。
でも、今まではアーサーに心酔し過ぎてそういうことは見えないようにしていたのだろう。
「そうですのよ! 他にもたくさんありますわっ」
「ふふ。なら、それを全部アーサー兄に言ってあげて? 今の玲亜ちゃんならできるよね……ほら、ちょうど」
すると、通路の奥からジュードが連れてきたと思われるアーサーがいた。
アーサーの顔はどこかまだ複雑な表情をしていたが、ジュードが話してくれたのだろう、先ほどまでの暗い雰囲気ではなくなっていた。
「じゃあ、私たちは会場に戻ろう。玲亜ちゃん、頑張って。応援してるから」
「ルーシー……感謝いたしますわ」
「ううん。私もさっき無理やり挨拶させられて、アーサー兄に怒ってるの。だから私の怒りも玲亜ちゃんに託すから」
「ふふ。あなたも大変なようですわね」
そう言葉を交わすと、玲亜ちゃん一人を残して、私たち四人はソファから離れた。
すると、入れ替わりでアーサーが玲亜ちゃんが座るソファの隣に腰を下ろしたのが見えた。
「ルーシー様、玲亜様のことありがとうございます」
「私からも。ルーシーちゃん本当に変わったね、いい意味で」
会場に戻る途中、剣持さんと鳳さんが私にそんな言葉をくれた。
二人は玲亜ちゃんといつから一緒にいるのかわからないが、私のことを知っているので同じく四歳くらいの時には既に一緒にいたのだろう。
「ううん。私も見過ごせなかったから。……どう変わったかな?」
「気を遣えるようになったというか、優しくなったというか」
「そう……色々あってその時の記憶がないんだけど、でも、私がこうなれたのは私だけの力じゃないから……」
「玲亜様が木偶の坊と言ってた人の影響?」
「鳳さん、よく見てるね……って光流は木偶の坊じゃないもん!」
「ふふ。私のことは妃咲でいいよ、ルーシーちゃん」
「私のこともです。舞羅とお呼びください。ルーシー様」
すると会話の中で名前呼びをするように言われた。
これは仲良くなったということで良いだろうか。
舞羅ちゃんだけはずっとこの口調だけど、多分これが彼女の居心地の良い話し方なのだろう。
「わかった。妃咲ちゃん、舞羅ちゃん。これからもよろしくね」
「じゃあ、私たちはここで玲亜様が戻ってくるのを待ってるから」
「お先に会場へお戻りください」
「うん、わかった……」
二人にそう言われ、私と真空は会場へと足を進めた。
ふと、後ろを振り返ったみた。
すると、玲亜ちゃんが怒っているような顔でアーサーに迫っていた。
と、思えば次の瞬間には涙を流していて、それでも口は止まっていなかった。
それだけ、アーサーに対する想いが詰まっていたのだろう。
そんな玲亜ちゃんの頭をアーサーが優しく撫でていた。
もう二人は大丈夫だろう。
私は前を向き、会場の扉へと再び歩き出す。
「ルーシー。うまくやったみたいだね」
「ジュード兄、そっちこそ」
すると扉に手をかける前にジュードから話しかけられた。
「うん、玲亜ちゃんはもう大丈夫だと思う。私が色々許したから」
「はは。ルーシーの許可証が出たならこれから兄さんも大変だね」
「そうだね。玲亜ちゃんは絶対面白い子なんだから。これでやっとアーサー兄もわかったと思う」
なんだか本当に良いことをした気がする。
アーサーのイタズラとかは嫌いだけど、家族としては大好きだ。
そのアーサーが幸せになってくれるなら私も本望。
玲亜ちゃんだって、これから本当のアーサーを知っていくはずだ。
「じゃあ、ここからはルーシーも大変になるよ」
「え?」
突然、そんなことを言い始めるジュード。
私は何のことかわからなかった。
顔を見るといつものように何を考えているかわからない笑顔だ。
「歓談の時間ももうすぐ終わりだと思う。ここからはダンスの時間だよ」
「あ……ダンス」
「アーサーが挨拶させたものだから注目されると思う。この意味、わかるね……?」
「で、でも、アーサー兄やジュード兄が踊ってくれるって……須崎だって」
「うん。できる限りそうしたいと思うけど、僕も女性たちに誘われると思うから」
「あ、そっか。ジュード兄は何度もこういう会に来てるんだもんね」
「ジュードさん、私のことも忘れないでくださいね? 変な男と踊る気ありませんから!」
「はは。わかってるよ。でも二人共、本当に嫌ならちゃんと断ること。わかった?」
「うん」
「はい」
これからの心配は尽きないが、何とかしてここを乗り越えるしかない。
私と真空は顔を見合わせて頭を縦に振って頷いた。
そうして、会場への扉を開いた。
◇ ◇ ◇
会場に戻ると、まだ歓談は続いていた。
もうすぐ社交ダンスが始まるとのことだったが、少しだけ時間があるようだった。
さっきまでは玲亜ちゃんとアーサーの件もありまだ食べたりなかった。なのでもう料理を食べようと考えた。
そうして真空と共に料理が並んでいるテーブルへ向かおうとしたのだが……そんな時だった。
「――皆様、歓談中失礼いたします」
マイクで会場全体に声がかかった。
私と真空はその声に耳を傾けるべく、お皿を持つ手前で話者のほうへと注目した。
会場の参加者も会話や手を止めて視線を同じ方向へと向けた。
「そろそろ会場も温まって来たと思います。ですので毎回の事ながら、これからダンスの時間とさせていただきます」
まだお腹は満足していないしデザートも食べてはいないが、ダンスの時間が来てしまった。
真空の顔を見ると、恐らく私と同じ少し緊張したような顔をしていた。
「ただ、本日は少しばかりいつもとは違います。通常であればスピーカーからBGMを流しているところですが、本日は宝条家からのご厚意で特別にピアニストとヴァイオリニストを呼んでいただいております」
つまり、生演奏の中でダンスができるということだろう。
というか、宝条家ってうちなんですけど。母が呼んだのだろうか。
と、思い母を探してみると、私がちょうど挨拶の時に母と一緒にいた女性と男性がまだ近くにいた。
ただ、男性の手にはヴァイオリンがあった。
あの二人は母に呼ばれた奏者だったのだと今気づいた。
すると母が隣にいた二人に「花ちゃん、創司くんよろしくね」と小さく呟いたのが聞こえた。
よく見ると人気女優のような綺麗な女性と眼鏡をかけた少し眠そうな男性だった。
二人が軽く一礼をすると女性は用意されていたグランドピアノに。男性はそのピアノの近くに立った。
「――では、五分の時間を取らせていただきます。ダンスパートナーがいない方はぜひお誘いしたい方にお声をかけてみてください。では今から準備の時間をスタートさせていただきます」
そう司会をした人が告げると、若い男性たちが一斉に動き出した。
ダンスは基本的に若者が中心となって踊らなければいけないような感じらしいが、実際は強制的ではないらしい。
年齢関係なく踊るのは問題はないが、いつもは若者ばかりのダンスとなるそうだ。
まあ、私と真空は最初から踊るように言われていたので、昨日の夜もダンスを教えてもらった。
これからどうなるのか、少し恐い。
「あの! 宝条さん!」
「えっ」
「僕と踊ってくれませんか!? 先程まではどこかに行かれていて、お話しようにもできなくて……いきなりのお誘いですが、どうでしょうか?」
礼儀正しくて誠実そうな男性が私のところまで駆け足でやってきて声をかけてきた。
母やジュードからは言われてはいたが、いきなりのことに驚いてしまった。
「あ、あの。私……」
「宝条さん! 俺と踊ってくれ! 俺の親の会社は君の父親の会社とも友好な関係を築いている。俺とも友好な関係を築いてくれないだろうか!」
断ろうとした瞬間、次の男性からお誘いが来てしまった。
この男性は少し強引そうな感じで、なぜか親の話を持ち出してきた。その点がよくわからなかったがアーサーが戻るまでは断り続けるしかない。今はまだ玲亜ちゃんと話しているはずだから……。
「いや、俺の親の方がこいつの会社よりも良い関係だぜ? 仲良くなるなら俺にしておいたほうがいい」
「そんなこと言われても……」
なぜだか本人ではなく親の会社の自慢話のような形になっている。
そんなことアピールされても私は……。
あれ、そういえばしばらく須崎と牧野さんの姿を見ていない。
どこにいるんだろう。須崎がいるなら私と踊れるのに……。
そう思っているとすぐ隣も騒がしくなっていた。
「あの! お名前わかりませんが会場に来た時から素敵だと思っていました! 僕と踊ってくれませんか!?」
真空が誘われ始めていた。
しかも複数人が取り囲んでおり、そのせいで私と真空の距離が離れてしまった。
「いやぁ……あはは……」
「いえ、先にあなたのことを綺麗だと思っていたのは私の方です! ぜひ私と!」
「いきなりそう言われても私はあなたたちのこと知らないし……」
そう、真空は拒否はしていたのだが、複数人から一斉に褒められたせいか、少し顔が緩んでいるように見えた。
まんざらでもないのだろうか。
「宝条さん! 聞いていますか!? 僕を見てください!」
「いや、俺だ! 一番最初に踊るのは俺だ!」
「こんな奴らのことなんて放っておいて私はどうですか?」
「抜け駆けするな!」
私は少し怖くなっていた。
男の人たちの声が大きいし喧嘩みたいになり始めている。
「宝条さん! 結局誰にするんだ!」
「……っ」
選択を迫られるように大声を出され、私は硬直してしまった。
もう、隣の真空の姿が見えない。
それほど男の人に囲まれてしまっていて、私は今にも襲われるのではないかという感覚になりはじめていた。
アーサー、ジュード、須崎……。
まだ私を誘ってくれないの?
もしかして、これって私から誘うものだったの?
でも、そんなこと聞いていなかったし。
「答えないなら、まずは俺が……」
一番前にいた男の人が私に手を伸ばしはじめた。
いや……やめて。私に触れないで。
光流。
光流、光流……っ。
心の中で一番来て欲しい、私をダンスに誘って欲しい人の名前を呟く。
でも、彼は東京にいるどころか、遠く離れた北海道にいる。
会いたい……会いたいよ、光流。
私、嫌だよ。
このまま、家族でもない、光流でもない人と踊るだなんて考えられないよ。
触れられたくない。
他の男の人に……手を取らせないで。
お願い光流。
私を助けて。
私の手をとって……っ!!
「――ルーシーっ!!」
そんな時だった。
突然、入口の扉がバタンと強く開かれる音がした。
それと同時に、誰かが大声で私の名前を呼んだ。
「え……」
この声。
嘘だ。
だって、来れるわけがない。
今日は……今日は、北海道にいるはずなんだから。
北海道から戻って来るのは明日だったはず。
だから絶対に来れるわけがないんだ。
でも……でも。
私が彼の声を聞き間違えるわけがない。
「――見つけた」
私の、私だけの王子様の声が聞こえた。
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