218話 社交界 その1
「――えっ、ダンス!?」
「そうよ。社交界にダンスは付きものだもの。ただ相手は基本的には男性になるわ」
真空のドレスを急いで見繕うために車で移動しようとしていた時、母にそんなことを言われた。
なんと今回参加する社交界にはダンスをするような場があるのだとか。
そのダンスも基本的には若い人しか踊ることはなく、その場で互いに誘うことでダンスが成立するそう。
だから私がそこに参加するということは――、
「光流以外の人と踊らないといけないってこと……?」
「簡単に言うとそうなるわね」
「え…………」
ちょっと動揺しすぎて頭がうまく回らなかった。
アメリカの卒業式では真空とは踊ったりしたけど、男の子とは踊ったりすることはなかった。
あの場のダンスはクラブのように一人で踊ったりするものだから、今回の社交界とは全く違う。
ダンスと言えば、手を取り合って密着して腰に手を回して……だよね。
「私……ダメかも……」
「まあね、私もそう言うと思ったわよ。だから今回はアーサーやジュードに踊るように言ってあるから」
「ほんとっ!?」
「ええ、ただ……」
「ただ……?」
「アーサーもジュードもその間、他の誰かと踊っている可能性があるわ。だからもしルーシーにその時相手がいなければ、その場の男性からたくさん誘いがあるかもしれない」
「――っ」
どうしよう。記憶は取り戻したいけど光流以外の男の人に触れるなんて絶対に嫌だ。
でも、今更……。
倉菱さんだって私が来て欲しいと言ったから父が呼んでくれた。
なら、私が参加しなくてどうするのだ。
「最悪、須崎にでも踊らせようかしら?」
「それでいい! ずっと近くにいてほしい!」
須崎なら問題ない。
ずっと私のことを見てきてくれたし、他の男性に代わって踊ってくれるなら嬉しい。
「それと、夜には牧野にダンスを少し教えてもらいなさい。あなたは運動ができると思うからすぐに覚えられると思うわ」
「牧野さん……? ダンスもできるんだ。やっぱり凄いね」
「ええ、ルーシーも知ってるでしょ。牧野は何でもできるのよ」
家事全般を完璧にこなしてくれる牧野さんはアメリカに着いてきてくれた使用人の女性だ。
まさか家事以外のことも完璧にできるなんて、どれだけ凄い人なのだろう。
「とりあえず、ドレス選びね。さっさと済ませて真空ちゃんと一緒にダンスの練習をしなさい」
「そういえば、真空は知らない男の人と踊るのってどうなんだろう……」
◇ ◇ ◇
ひとまず、ダンスを誰と踊るかということは置いておいて、ドレスを選びに行くことにした。
既に社交界は明日に迫っていた。
オーダーメイドでドレスを作る時間なんてものはない。
そこで、うちの御用達だという高級ドレス専門店にお邪魔して、その場にあるドレスから選ぶことにした。
「わぁ〜〜っ! 凄い! 凄いねルーシー!」
「うん。私もこういったお店に久々に来た」
ドレス専門店に来ると、真空はずらっと並べられたドレスを見て興奮していた。
真空はそこまで可愛いものが好きというイメージはないのだが、やっぱり女の子だ。
素敵なドレスで自分を着飾って綺麗になることには憧れがあるのだろう。
そうして、私たちは迎えてくれた店員さんに従い、いくつかドレスを見繕ってもらい、何度も着替えを繰り返していった。
さらにドレスを着た時の完成形をイメージさせるためにその場でヘアメイクも行ってもらった。
約二時間ほどが経過しただろうか。
私と真空はそれぞれドレスを着てヘアメイクも完了させて等身大の鏡の前に立った。
「…………凄い。なにこれ、今までで一番凄いんですけど」
「真空、すっごく可愛い! こんなの男の人皆真空のこと好きになっちゃうよ!」
今回、真空が着たのは黒のスパンコールドレス。黒はこういった社交界には暗い印象はあるかもしれないが真空が着ると全くそんなことはなかった。
真空の黒髪に合わせた色合いでまとめてあり、ドレスに散りばめられたスパンコールが小さくて整った顔立ちを引き立たせていた。
耳元には大きめのエメラルドのピアスをつけ、ワンポイントのアクセサリーがとてもお洒落に見えた。
髪型は今まで見たことがなかったもの。長い髪を綺麗にハーフアップさせ、横からだといつもは見えないうなじが見えていた。
「でも……ちょっと胸出過ぎじゃないっ!?」
「朝比奈様、パーティーや社交界ではこのくらい普通でございます。スタイルが良すぎるためにそう見えるかもしれませんが、今ある中では最大限に朝比奈様の良さを引き出しているドレスだと思います」
真空が気にしたのは胸の部分。なぜかというとオフショルダーになっていたからだ。
黒のドレスでも暗くなりすぎないように肌の部分を多く露出することで、うまくバランスをとっていた。
そして真空を褒めたのが牧野さんだ。
ちなみに耳につけたエメラルドのピアスも牧野さんが用意してくれたものだ。
「そうですかね……でも、それを抜きにすると本当に自分で見ててもうっとりしちゃいそうです」
「ええ、女性でも朝比奈様の美貌に心を射抜かれる方が出てくるでしょう」
「ちょっと牧野さん、言い過ぎですって!」
真空は牧野さんにおだてられてまんざらでもなさそうな表情をしていた。
私も嬉しい。真空がこんなにも綺麗になってくれて。
「お嬢様もとってもお綺麗ですよ。九藤様が見たら腰を抜かすでしょうね」
「そうだよ! 私よりずっとルーシーの方が綺麗なんだから!」
「あ、ありがとう……っ」
そう言われると少し恥ずかしい。
私も私でおだてられると弱い。
そんな私のドレスは光沢のあるネイビーブルー。最初は赤にしようかなと悩んだが、私の髪色的にうるさすぎるような気がして最終的には落ち着いた色の方がバランスがとれるとのことで、この色にした。
ちなみに真空はオフショルだが私のドレスはワンショルダーだ。真空ほどではないが半分だけ胸が強調されている。
また、私の身長が高いのでそれを活かして下半身には長い足を綺麗に見せるようスリットが入っている。
髪型は真空とは逆で一部編み込みを入れたワンサイドダウン。やっぱり髪を片側に流すとそれだけで大人っぽく見える気がする。
そして耳元は真空と同じく牧野さんから提供されたゴールドとブラックダイヤモンドの十字架の形になっている大きめのピアスだ。
「もうね、ルーシーは王女様だよ! 誰が見てもそう思っちゃう!」
「それは流石に言い過ぎだよ」
「ルーシー王女、とお呼びした方がよろしいですか?」
「牧野さん、いつからそんな冗談を言うようになったの?」
こうやって自分たちが着飾って、服の話をして褒め合う。
とても楽しい空間だった。
「あ、牧野さん。写真撮ってもらっていい?」
光流は社交界には参加しないので、せめて写真だけでも見せて褒めてもらいたい。
こんなに着飾った姿を見せるのは多分初めてだから。
そうして、真空と一緒に写った写真を光流に送ってあげた。
◇ ◇ ◇
社交界当日の朝。
ランニングマシンやスミスマシン、ダンベル一式などが置かれた一部屋を丸々ジムにしている場所。
そこで一人黙々と早朝から汗を流していた人物がいた。
「はっ……はっ……はっ……」
ランニングマシンのコンベアを蹴り上げ、短めの金髪を揺らしながら一定のスピードで腕と足を振る。
その姿はどこかのター◯ネーターを彷彿とさせるような動きだが彼にそんな力はない。
そうして体を動かしはじめてから一時間が経過しようとしていた。
「これくらいにしておくか……」
そう呟いた彼はランニングマシンを止めると、タオルで汗を拭きながら腹筋マシンへと腰を下ろし、プロテイン入りのドリンクを喉に通した。
するとそこに扉をコンコンとノックする音。「入っていいぞ」と返事をするとガチャリと扉が開いた。
「兄さん、早いね。今日は社交界だから?」
「ジュードか。ああ、ちょっと仕込むことがあってな」
ジム部屋に入って来たのはまだパジャマ姿の人物。
長さがミディアムの金髪には寝癖は全くついておらず整っている。早朝だと言うのに寝起きのようなぐったりとした表情は微塵も見せず意識の高さを感じる。
「もしかして、兄さんの相手も来るから?」
「はは、それとは関係がない――いや、少しだけ関係はあるかもな」
ニヤけながらアーサーは何かを企んでいるような怪しい笑みを見せた。
ちなみに相手、というのはアーサーの婚約者のことだ。その社交界には婚約者も来ることになっていた。
「ちゃんとルーシーにも紹介しないといけないしね」
「まぁ……な」
「その反応……まだ相手の子とちゃんとしてないの? 最初はあんなに興味津々だったくせに」
アーサーの婚約者に対する態度はジュードも知っていたことだった。
ただ、ジュードの話では最初はアーサーも興味を持って接していたという言い方で……。
「うるせ〜。最近気付かされたんだよ。俺は完璧じゃないってな」
「光流くんのお姉さんことだよね。あんまりちょっかいかけるのは止めなよ。婚約者のことだってあるんだから」
「それは、適度にな」
滴る汗が顔から首を通り、上腕二頭筋へと流れる。
その水滴をタオルで拭き取るとアーサーは立ち上がった。
そうしてスマホを取り出すと画面をタップしはじめ、再び怪しい笑みを浮かべた。
「ジュード。今日は楽しみにしておけ。たった今仕込みが完了したところだ」
「ほんと……何をするつもりなんだよ。ルーシーと真空に迷惑かけちゃだめだよ?」
「はんっ。どうだろうな。――でも、お前も満足する結果になると思うぜ。なにせ――」
シャワーを浴びに行こうとジュードの横を通り過ぎようとした時、アーサーは彼に何かを耳打ちした。
するとジュードの目が見開き、数秒後には丸くなった目が横に長くなっていた。
「それ、大丈夫なの? あっちのスケジュールもあるのに……」
「そこはまあ、姉の方に手を打っておく。後は氷室たちにも連絡しておかないとな」
「でも、本当に来るなら絶対に面白いことになるだろうね……!」
「だろ? 絶対なんかしてくれるぜあいつは……くっくっく」
「兄さんがそんなこと言うから僕も今から楽しみになってきたじゃん」
兄弟二人して不敵な笑みで笑い合う。
こういう話をする時の二人は自分たちにとって一番面白いことが起きる時だ。
「なあ、少し前のことを思い出さないか?」
「少し前?」
「ああ。二人であいつを追いかけて、尾行していた時のことだよ」
今より少し前、二人は子供のように探偵ごっこをしていた。
それは妹のためでもあるが、それ以上に自分たちが楽しいからだった。
影から監視をして、対象の相手が裏切っていないかを見極める。
たまには接触して意思がブレていないか確認もしていた。
「ふふ、あの時は楽しかったね。まあ僕は今も楽しんでいるけどね」
「お前は良いよな〜。誰か若返りの薬作ってくれよ。そうしたら……」
「――そうしたら婚約者とも同じ目線になれるかも……とか?」
そうジュードが言った瞬間、アーサーの目の色が変わる。
見抜かれた――と言わんばかりの目に。
「チッ……お前はほんとそういうところあるもんな。普通なら別の方の答えを出すだろ」
「兄弟なんだから考えてることなんてすぐにわかるよ」
「はいはい。じゃあ俺はシャワー行くわ」
「うん、行ってらっしゃい」
◇ ◇ ◇
社交界当日の夜。
私たちはドレスアップして社交界の会場となるホテルへと向かっていた。
「あ〜、今から緊張する〜。結局何をするのかよくわかってない〜。てかダンスがどうなるのかだけ気になる!」
「それは私もだよぉ。光流がいないのに……変なことにならないと良いけど」
昨日の夜、ドレスを選んだあと牧野さんにダンスの指導をしてもらった。
実際に牧野さんが男役をしてエスコートしてくれたり、わかりやすくアドバイスしてくれたり。
須崎と踊って見せてくれたり。
というか、須崎と牧野さんの息がぴったりすぎて驚いた。
私はあの距離感と話している会話の雰囲気から絶対に付き合っていると疑っているが、そのことを牧野さんに聞いたことはない。
「ダンスは難しいことをしなければ問題ありません。自分か相手どちらかがリードして、どちらかがステップを合わせてついていく。ただそれだけを考えれば良いのです」
ホテルへ向かう車の中には牧野さんもメイクや髪が崩れた時のために一緒に着いてきてくれていた。
そして、今日の牧野さんもいつもと違った。
わざと目立たないようにしているのか私たちほどの豪華さはないがシックなドレスを着ていた。
大人っぽくて綺麗で隠せていない美人の顔がそこにはあった。
ちなみに運転手は須崎がしてくれている。
「うん、わかってる。ダンスはひとまず良いとして……」
「スケジュール的には自由な時間が多いようです。なので、その間に倉菱様のご令嬢とお話するのが良いでしょう」
今日の社交界の名目としては、企業のお偉いさん同士が繋がったり近況を報告するようなビジネスの場らしい。
ただ、そこに家族を連れてくることで、より密接に相手と関わりビジネスへの相乗効果を狙うということだ。
そうして会場のホテルへ到着すると、エレベーターで目的の場所まで向かう。
牧野さんが受付を済ますと、目の前に大きな扉名前で止まった。
「この扉の先が会場となっています。できるだけ私も須崎も近くにいますからいつでもお声がけください」
「牧野さん、須崎、ありがとう。――じゃあ真空、行こっか」
「うん、行こうっ!」
私は大きな両開きの扉を開き、社交界の会場へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
会場は既に大勢の招待客で溢れていた。
知人と話す者、家族と話す者、仕事相手と話す者。そして――女目当てに目をギラつかせているボンボンの若い男。
そんな中、バタンと入口の扉が開いた。
また一人参加者がやってきた。いつもとそれほど代わり映えがしない相手が増えるだけ。
一部にはそんなことを思っていた人物がいたことはしょうがない。
しかしそれは、今入ってきた二人の参加者によって、代わり映えのしないなどとはとても言えない特別な社交界となった。
「――おいっ、あれ誰だよ」「誰だ? あんな綺麗な子いつも参加していたか?」「ちょっと待て。金髪がいるぞ……」「ってことはもしかして」「ほら、やっぱりそうだ――」
会場の全員が新たに加わった参加者に注目。
歩けば花びらが舞うように、ヒールが床を叩く音がすれば宝石が飛び散るように。
その二人からはこの会場で一番人を惹きつけるオーラが出ていた。
「――あら、やっと来たのね」
「お母さん。ちょっとドレス着るのに手間取っちゃって」
「ふふ、良いのよ。まだ始まっていないんだから時間通りよ」
金色の髪同士の女性たちが会話を交わす。
それだけで、その会場は誰と繋がりのある人物なのか想像がついた。
「――宝条家だ」
一人の参加者がそう呟くと、瞬く間にその情報が木霊するように広がっていく。
「今まで宝条家のご令嬢が参加したことはなかったよな?」「私の記憶の限りではなかったと思うけど」「いや、俺は知ってるぞ。ずっと昔だ。本当に小さい頃、一度だけ見たことがある気がする……」
ざわざわとルーシーについての話が飛び交う。
ただ、ルーシーの存在について知る者はごく僅か。それもそうだ。ルーシーが最後に参加した社交界は四歳の頃。
覚えている人の方が少ないのが当たり前だった。
社交界はもちろん当時からの参加者はずっと同じというわけではない。
なので、宝条家という大きな家であってもルーシーの存在自体知らない人も多い。
ただ、さらに参加者には気になることがあった。
「――あの、黒髪の子は誰なんだ……?」
ルーシーの存在を知る人であっても、真空のことを知る者は誰一人いなかった。
それもそうだ。真空は社交界になんて参加したことはなく、父は貿易系の会社に務める一般的な会社員。
ここに集まっているのは九割以上が経営者だ。真空とは無縁な世界だった。
「ル、ルーシー。めっちゃ注目されてるけど大丈夫かな?」
「うん。全然大丈夫じゃないけど、顔だけは固定してるから大丈夫」
「それって大丈夫じゃなくないっ!?」
真空が会場全体からの視線に気圧されていたところ、ルーシーは表情に仮面をつけていた。
私は宝条家の人間。両親や家族に迷惑をかけてはいけない。と、そのことだけは心に刻んで参加していたのだから。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。私やお父さんのほとんどが顔見知りなんだから」
「お母さん。そうは言っても注目されてることには変わりないよ。何かあったら助けてね」
「ええ。でも少しでも気を抜いたら、挨拶がてら口説かれることを覚悟しておきなさい。そして、口説かれても家のことは気にせずきっぱりと断ること。いい?」
「わ、わかった!」
「真空ちゃんも同じよ。私たちはあなたのご両親から任されているのだから遠慮はしないで良いわ。最悪泥はアーサーかジュードが被ってくれるわ」
「それって慰めになっていないような……。お兄さんたちに迷惑はさすがにかけられないというか……」
オリヴィアの言葉に一瞬安心はしたものの、結局は安心しきれなかった二人。
心配になりながらも、その状態で社交界に臨むしかなかった。
◇ ◇ ◇
母にとりあえず脇に置いてある椅子に座って始まるのを待ってはどうかと言われたので、私たちは壁際に並べられていた椅子へと向かった。ちなみにアーサーやジュードはまだ会場には来ていないようだった。
ダンスがあるからか、ほとんどテーブルはなく基本的にはスタンディングのようだった。
壁際には既に料理や飲み物が並べられていて、シェフやバーテンダーが移動式のカウンターに立っていたりもした。
まだ食事には手を付けている人はおらず、飲み物だけ手に持っている人が多かった。
周囲を見渡してみると、お偉いさんと思われるおじさんや仕事ができそうなエリート感のある女性経営者のような人が名刺交換をしながら談笑していた。
その周囲には小さい子供もいてきゃっきゃと遊んでいた。
そんな子供の様子を見ていると、いきなりバタンと扉が開け放たれた。
「この、
本人自ら甲高い声を響かせ、A組の倉菱さんが従者や使用人を引き連れて会場に入ってきた。
ちなみに倉菱さんの従者とは同じくA組の
すると私たちが会場へ入ってきた時と同じように大勢の参加者が倉菱さんに注目してざわざわしだした。
やはりというか有名人らしい。
倉菱さんは燃えるように真っ赤なドレスを着ていてとても目立っていた。
髪型は学校の時と少し違うが縦ロールなのは健在だった。
すると倉菱さんがじっと百八十度会場を見渡した。
「――あ」
そして私と目が合った。
ズンズンと険しい表情をしながらこちらに向かって歩いてくる。ズンズンというのは私が感じた印象で実際は美しい歩き方だった。
だから私も立ち上がって彼女を迎えた。
「宝条・ルーシー・凛奈!」
「はい……っ」
「こんばんは……ですわ」
わざわざ前と同じようにフルネームで私の名前を呼んだかと思えば、普通に挨拶をしてくれた。
最初の勢いにびくっとしてしまったけど、なんだか拍子抜けしてしまった。
「……こんばんは、倉菱さん。今日は来てくれてありがとう」
だから誘った手前、ちゃんと感謝から伝えるべきだと思った。
「……ぷっ。ちょっと玲亜様、勢いよく迫っておいて律儀に挨拶って……ほんと……ぷぷっ」
「さすがは玲亜様。私たちの想像の斜め上を行くお方です。尊敬しております」
「尊敬しているように思えませんけどぉ!?」
どんなドレスを着ていたとしても、倉菱玲亜は倉菱玲亜だった。
後ろに控えていた剣持さんや鳳さんが学校の教室前で会った時と同じように倉菱さんにツッコミを入れた。
「ふ、ふふふふ」
「ちょっとぉ!? あなたまで何を笑って!?」
「いや……学校で会った時と変わらないなと思って」
これは私なりの褒め言葉だ。
なんだか面白い。昔からずっとこんな感じだったのだろうか。
「あ、そういえば紹介してなかったと思うけど、こちら同じクラスの朝比奈真空」
「倉菱さん、剣持さん、鳳さん……よろしくねっ」
教室に来た時は倉菱さんは私としか話していない。
なので改めて紹介することにした。
「朝比奈……どこのお家の方ですの?」
「今はルーシーと同じ家に住んでるよ」
「ルーシーと同じ!? ど、どういうことですの!? というかそういう意味ではなくっ!」
やっぱり面白い。後ろの二人も笑うのを我慢して、体がピクピクと震えていた。
表情がコロコロと変化する可愛い子に見えてきた。
「ごめんごめん。私はただの平民だから気にしないでルーシーと話せば良いよ」
「平民……? それにしては平民には見えない装いですが……」
「ああ、これはルーシーのお家の人に色々やってもらったから。今日はただの付き添い」
倉菱さんは眉を寄せながら真空を見つめる。
恐らく家柄などを気にしているのだろうけど、見た目と釣り合わないと思っているのか、不思議に思っている様子だ。
それもそうだ。今の真空は誰が見ても国宝級のお嬢様なんだから。
「まあいいですわ。今日はルーシー、あなたが私を呼び出したようね。社交界が始まったらお話しようではありませんか」
「はい。ぜひお願いします」
「……なんだか敬語がむず痒いですわね。とにかく私は一度お父様のところへ行かなくてはいけませんの。では、後ほど」
そう言って倉菱さんたちは私たちの場所から離れて、父親と思われる場所へと移動していった。
再び椅子に座る。
倉菱さんと対面しただけでは、何かを思い出すなんてことにはならないようだ。
だからたくさん話して私が昔どんな子だったのか聞きたい。
「――会場の皆様。この度は社交界にご参加くださりありがとうございます。今回の当番は我が総雲社ということで、皆様にお楽しみいただけるよう尽力いたします。では早速でありますが、乾杯といたしましょう」
総雲社と呼ばれる会社のお偉いさんがマイクを持って会場の皆に話しかけた。
ついに社交界が始まるようだ。
「では、皆様の成功を願って――乾杯!」
私たちは飲み物が入ったコップを手に持って乾杯をした。
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