207話 新バンドの初合わせ

 真空のための歌詞が完成したらしい。


 ルーシーがそんなことをメッセージで伝えてきた。

 それを冬矢に共有し、曲作りが始まった。


 ルーシーは新曲の歌詞も考えているはずだが、差し迫った真空の誕生日が優先だ。


 そして今日は部活で練習を開始してから初めて合わせ練習をする日だった。

 キーボードのパートをしてくれる人はまだ見つかっていないが、とにかくそれまでは四人で合わせるしかない。


 ルーシーと真空は『星空のような雨』だけはある程度弾けるということだったので、少しの個人練習の時間をとってから合わせるという流れだった。

 俺と冬矢は文化祭で弾いているので元々問題はなかった。



 今日は部室は先輩たちも使うとのことで、学校が終わってからルーシーの家に移動した。

 ルーシーからは地下室を使えるという話を聞いていたので、そこを使わせてもらえることになった。




「うおおおお〜」

「すげぇっ」


 パチンと電源スイッチを押して明かりがつくと目の前に広がっていたのはルーシーの家の地下室。

 それはパーティールームのような広々とした空間だった。


 俺と冬矢は驚きの声をあげたが、ルーシーの家ではもう何度驚いたかわからない。


 既に真空のものと思われるドラムやマイクスタンド、アンプなどが置かれており、さらにグランドピアノも置かれていた。

 ルーシーの話ではこの場所の見た目通りに人を呼んでパーティーをしたりするそうだ。


 今はほとんどの椅子やテーブルが片付けられてはいるそうだが、ドラムが置かれたその場所は小さなステージのようになっていた。

 結婚式の二次会とかに使われそうなイメージだ。


「とりあえず楽器置いて、少し休んでからやろっか」

「そうだね」


 ルーシーにそう言われ、俺と冬矢とルーシーはそれぞれケースからギターとベースを取り出し、エフェクターやアンプに繋いだ。

 その後、豪華そうな丸テーブルに並べられた椅子に腰を下ろし、演奏前の打ち合わせをはじめた。


「何度か話したけど、最初からうまく行くことはないと思う。リズムだって多分とれないし合わない。だから、一人の音を聞いて、その人に合わせるようにしよう」

「――それが今回は光流くんってことでいいんだよね?」


 俺が話を始めると、真空が確認するように言った。


「うん。俺と冬矢は二人よりは慣れてると思うから。あとベースは耳が慣れてないと低音で聞き取りづらいからね。ギターに合わせたほうが良いと思う」

「あと他に気をつけたほうが良いことってある?」


 次はルーシーの質問。

 ギターボーカルを担当するルーシーが一番大変だ。それは俺が一番わかっている。


「これも前に言ったけど、歌いながら演奏するのって結構大変。今回はまだ練習しはじめだから手元を見ながら歌っても良いと思う。慣れてきたら前を向きながら弾けるようにしていこう」

「わかった!」


 しずはのようにプロ視点で指摘してくれる人はもういない。

 だから、今回からは俺か冬矢が今までの経験でアドバイスするしかない。


 そのため、毎回の演奏を動画に撮って互いの修正点を直していくつもりだ。


「――じゃあやろっか」


 俺たちは小ステージへと向かった。


 チューニングをするために軽く音を出し、アンプの音の大きさも調整。

 さらにそれぞれの前にあるマイクの音を調整するために、軽く声を出したりもして調整した。


 合わせ練習。まさかルーシーと一緒に音楽をすることになるなんて。

 それは何度も思ってきたことだけれど、こうして実際にその場に立つと不思議な気持ちが込み上げてくる。



「みんな、いい?」

「うん!」「おっけー!」「おう!」


 準備完了だ。


「じゃあ真空、頼んだ」

「任して!」


 始まりは真空のドラムスティック同士を打ち付ける合図から。

 これは陸がそうしていたので、同じく真空にもそうしてもらうことにした。



 ワントゥースリーフォーと四度スティック同士が打ち付けられ、演奏が始まった――。




 ◇ ◇ ◇




「うへぇ〜〜〜」

「あぁ〜〜〜〜」



 何度か演奏を繰り返し、約三時間ほどが経過した。


 今、ルーシーと真空がテーブルの上に顔をつけて突っ伏しており、疲れている様子を見せている。

 疲れもそうなのだが、半分以上は精神的なものが理由だった。


「はじめはそんなものだよ」

「そうだそうだ。俺たちの方が酷かったかもな」

「ふふ、そうだね。あの時はしずはにめちゃめちゃ言われたもんね」


 ルーシーと真空は音楽センスが元々良いのか、中学生の時に俺たちが初めて練習した時よりもうまくやれていた気がする。

 スタートが良いのは良いことだ。


「でも〜」

「ミスに気づいたらそれに気を取られて、そのあとの演奏もグダグダになるなんて……」


 一度ミスしてしまうと焦ってしまい、最後まで演奏に響いて挽回できないこと。

 これはあるあるではないだろうか。


「それにしてもほんっとルーシーちゃんの歌声。マジモンのモノホンに凄かったな……」

「ううん。全然だよ。本当はこんなんじゃないのに……」


 ルーシーはギターの演奏ばかり集中して、思うように声を出せていなかった。

 なんとか他の楽器の演奏に合わせようとリズムを保とうとするのだが、それ故に歌が疎かになっていた。


「まじかよ。これ以上すげえ歌になるのかよ」


 冬矢がそう驚くのも無理はない。

 うまく歌えていなかったとしてもルーシーの歌声はとんでもない上手さだった。


 バンドが完成した時、彼女の歌声はどんなふうに聴こえるのだろうか。

 入学式前にドーム型遊具の中で初めてルーシーの生歌を聞いたが、今回のようにバンドで声を張って歌う声はその時とは比べ物にならなかった。


「今日はこのくらいにしよっか。それぞれ課題が見えてきたと思うし、また一週間後に合わせよう」

「うん〜〜〜。……あ、そうだ。今日はうちでご飯食べてくっ?」


 少し落ち込んでいたルーシーだったが、自分で話を変えると少し元気になった。


「俺は問題ないよ。冬矢は?」

「どうしよっかな……俺ルーシーちゃんの兄さんたち結構苦手なんだよな……」

「えー! そうなの!? 確かにグイグイ接してくることもあるし、派手なことは好きだけど……」


 中学校の卒業式の時だって一緒に写真を撮ろうと俺と冬矢に近づいてきた。

 写真を撮るとすぐに帰ったので、冬矢は自己満かよと言い放ったくらいだ。


 冬矢は普段なら自分がグイグイ行くタイプ。でも年上から自分が普段している行動をとられると何か拒否反応を示すのかもしれない。


「光流くんだけでも良いけどね〜」

「なんだと?」

「だって嫌なんでしょ〜?」

「っ……なんかお前に言われるとムカつく。俺も食べるよ」

「はじめからそう言いなさいっ」


 結局、真空の煽りで冬矢も一緒にルーシーのお家でご飯を食べることになった。


 ルーシーの家の食事は仰々しい。

 使用人たちが食事を長テーブルに運んできて、そこには家族全員が座っている。

 ご飯をおかわりしたい時はお店のように使用人がおかわりを持ってきてくれるのでお店に来ているような感覚になるのだ。




 …………




「――あら、制服似合ってるじゃない光流くん」

「お久しぶりですオリヴィアさん」


 ルーシーの両親と顔を合わせたのは、アメリカに戻る時に見送った空港が最後だ。

 なので、三ヶ月ぶりだった。


 相変わらず綺麗な人だった。

 タイプは違うがしずはの母である花理さんとかなり良い勝負。


「元気にしてたかい?」

「はい。お陰様で元気に学校通っています」


 そう聞いてくれたのは勇務いさむさんだ。

 オールバックの髪型に黒縁眼鏡でスーツを脱いだシャツ姿。大柄な体型はそのままだ。


「俺留年しとくから、早く大学きてくれねーかぁ?」

「ちょっと話が見えません……」

「光流くん、兄さんの話はほとんど冗談だと思ってて良いからね」

「おい。俺はマジだぞ。大学も正直つまんねーし」


 大学三年生になったアーサーさんの話はルーシーから少し聞いたことがある。

 ジュードさん同様に高校では生徒会長をやっていて、スポーツ万能で勉強もできる。つまり文武両道だったとか。


 あまりにもなんでもできてしまうために、普通の学校生活がつまらなかったらしい。確かにすごすぎる人というのは、近づきがたい印象がある。


 アーサーさんに自ら近づけるような人というのは、少しネジがぶっ飛んでいる人でないといけないのかもしれない。


 そこで俺はふと気づく。

 そういえば姉がいる大学って――、


「あの……アーサーさんの大学って……?」

「あぁ。桜城おうじょうだけどなんかあるのか?」


 やっぱり。

 なら、話してみても良いか……?


「その大学。多分うちの姉がいます。良かったら交流して――」

「マジか! お前の姉だと! ほうほう。面白そうじゃねーか!」

「ちなみにその周囲には頭がおかしい友達もいると思うので気をつけてください……」

「頭がおかしい! どんとこいだ! あー良いこと聞いたぜ!」


 俺は伝えてはいけない情報を伝えたのかもしれない。

 アーサーさんには許嫁なんて人もいるらしいし、女性が近くにいたら大変なことにならないだろうか。


 姉ちゃん……ごめん。

 でも、謎ダンスガールズもいるなら大丈夫だよな?




 ◇ ◇ ◇




 その後、ルーシーの部屋で少しばかりお茶して話したりしたのだが、以前より置いてあるものが変わっていた。


 そういえば、ルーシーの部屋に来るのは十二月ぶりだった。

 アメリカの家から家具を持ってきたのだろうとわかった。


 以前真空が言っていた通り可愛らしい部屋になっていた。

 少しピンク色が増えていて女の子っぽい部屋だった。


 そして、前よりも良い匂いが漂っていた。

 それはアロマデュフューザーのせいなのか、それとも……。


「ちょっと俺トイレ行ってくるね」

「行ってらっしゃーい」


 少し用を足したくなったので部屋を出てトイレに向かった。


「あ……」


 しかし、近くのトイレは誰かが使っているのか、ドアノブ部分に赤いマークが見えていた。つまり鍵がかかっていたのだ。


 ルーシーの家には複数のトイレやお風呂があると聞いている。

 だから俺は別のトイレを探すことにした。


 ルーシーの部屋は二階。

 反対方向にしばらく歩いていくとトイレが見えた。


 そのトイレで用を済ましてルーシーの部屋に戻ろうとすると、先ほどは開いていなかった部屋の扉が少し開いており、明かりが廊下へと漏れていた。


 なんだか気になってそこを覗いてみると――、


「うわぁ!?」


 扉の向こうの人と目が合った。

 それに驚いて俺は後ろに転倒してしまった。


「ははん。イケナイ子だなぁ、人の部屋を勝手に覗くだなんて。……ちょっと来い」

「あ、あ……すいません」


 俺はその人に手を引っ張られて部屋の中へと引きずり込まれた。










 ―▽―▽―▽―


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