201話 焔村火恋の裏の顔

 ――私の名前は焔村火恋ほむらかれん


 物心がつく前から親に芸能事務所に入れられ、子役の頃から今まで女優の活動をしてきている。


 子役の頃はそれほど目立った仕事はしてきていない。

 何度もCMに出演したし、子供向け番組にもレギュラーとして出演していたこともあるが、それで有名になるわけではなかった。ドラマもチョイ役しか出演したことがなかった。

 これでは目立ったと言えない。


 そんな私も中学生になると、ついに目立つメインキャストの一人としての仕事をもらえるようになってきた。深夜ドラマだけど。

 一応ネットで私の名前を検索すればヒットするくらいだ。


 ただ、私はそんなことに満足していない。

 メインキャストの一人ではなく、たった一人のメインヒロインの役を勝ち取る。

 それが、今の私の一番の目標。



 小さい頃から可愛い可愛いと、会う人全員にそう言われてきた。


 高校でも同じくクラスメイト全員からちやほやされると思ったらどういうことか。

 あろうことか私よりも注目を浴びているヤツが何人もいた。


 芸能科がある高校でも良かったのだが、一般的な学校で普通の学校生活も送ってほしいというママの想いからこの学校を勧めてくれた。さらに女優で忙しくなっても大学には行って欲しいらしい。


 つまり、女優をやりながら勉強も頑張れということだ。

 仕事がもっと忙しくなれば学校に通うことすらできなくなるというのに、難しいことを言うママだとつくづく思う。



 宝条・ルーシー・凛奈、朝比奈真空、藤間しずは。

 そしてなんとか樋口。長すぎて未だに名前は全部覚えていない。


 特にこの四人が私の学校生活において邪魔になる存在だと認識した。


 女優として成功するためには、クラスで一番の人気者になって当たり前。

 それくらいできないと女優で大成するなんて夢のまた夢だ。


 今のところ樋口は寝てばかりなのでどうでも良いが、他の三人が問題だ。

 男子だけならまだしも、ムカつくことに女子にも人気が出てきている。

 

 一人ずつ弱みを握ってクラスでのカーストを下げさせる。

 そしていずれ私がクラスの中でダントツ一番の人気者になるのだ。


 それが、女優で成功するための一歩なんだから。





 そんなことを考えていた時、体育の授業中にクラスメイトの九藤とかいう冴えないヤツが倒れた。


 仕切りネット越しに男子たちが集まっていたのですぐにわかったが、あろうことか私の敵である宝条が一人で心配そうに九藤に駆け寄っていった。


 バスケをして汗臭い男子だけのあの空間に、女子一人が飛び込んでいくなんて正気の沙汰ではない。

 男子だって驚いたような反応をしていた。


 クラスの女子の何人かは気付いただろう。

 同じ軽音部だからというだけでは説明できない行動。――宝条は九藤のことが好き、もしくは好意を持っているのだと。


 正直、あの冴えない顔で美女三人に囲まれているだなんて意味がわからなかった。

 首席合格した実力は認めるが、ただそれだけ。頭が良いだけのやつなんてどこにでもいる。


 チャラそうだが顔だけはイケメン気味の池橋というやつの金魚のフンなんだろうと思っていたが、そうではないらしい。


 あのレベルの男が入学式の記念撮影の時に肩を密着させてきた時にはぶん殴ってやろうとも思ったが、皆の前で何かできるわけもないので我慢した。


 ともかく、宝条の弱みはあの九藤という男子だと理解できた。



「――ふーん。そういうこと」



 だから私は行動に出ることにした。




 ◇ ◇ ◇




『先生! 九藤くんが後片付けやりたいって言ってたので今日は彼にお願いしてもらえますか?』


 四時間目の体育の授業前に、男子の体育担当教師にそんなことを言った。


『先生! 今日は私が後片付けします! 鍵は私が閉めるので片付けが終わったら職員室に持っていきます』


 さらに女子の体育担当教師にもそう言った。





 しばらくして体育の授業が終わり、後片付けが始まった。

 男子はバスケットボール。女子はバレーボールをかき集め、大きなローラー付きのカゴで体育倉庫へと運んでいく。


 既に誰も体育館にはいない。そしてお昼休みに突入している。

 しばらくは体育倉庫には誰も来ないはず。



 私は体操着のポケットにスマホを忍び込ませ、行動を開始した。




 ◇ ◇ ◇




 今日は俺と焔村さんが片付けの担当らしい。


 というか、最後の片付けチェックがいつの間にか俺の担当になっていた。

 それはまぁ良いのだが、少し今日は変な感じだ。


 変というのは焔村さんだ。


 いつもは俺を見る目つきが悪いのに、なぜか今日は機嫌が良い。



「今日は九藤くんなんだ。バスケのボールは重いから大変だよね」


 しかも焔村さんから話しかけてきた。


「あ、うん。でもカゴで運んでるから大丈夫だよ」

「それ奥に置いたらもう終わりでしょ?」

「そうだね」


 焔村さんと会話しながらボールが入ったカゴを体育倉庫の奥へと入れていく。

 不思議に感じながらも普通に話せていることは良いことだと思うことにした。


「――ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 ボールが入ったカゴを置き、振り返った時だった。

 焔村さんが倉庫の扉をガララと閉めて、その前に仁王立ちしていた。


「な、なに……?」


 少し怖い。


「あの、宝条さんとはどんな関係なの? もしかして付き合ってる?」

「ルーシーと!? いきなり何!?」


 まさかルーシーとの関係を聞かれるとは思っておらず、少し動揺してしまった。


「その反応……付き合っていないにしろ好意はあるってことでいいのね」

「俺まだ何も答えてないんだけど」

「その顔見ればわかるわよ」


 さすがの洞察力。これも女優が為せる業なのだろうか。


「ほ、焔村さんは女優なんだよね? まさか芸能人が学校にいるなんて……すごいよね。驚いたよ」

「ふーん。どうせそんなこと思ってもないくせに」


 バレている。

 女優と聞いて一応驚きはしたが、知らない名前だったために女優だという実感が湧かなかった。


 これはしずはと最初に出会った時のようなミスかもしれない。

 あの時はルーシーのことが頭の中いっぱいでしずはのピアノの凄さにはあまり興味を持っていなかった。

 だからしずはの内なる逆鱗に触れてしまった。


「じゃあもう昼休みだし、早くここから出よう」


 俺が焔村さんの横を通り抜けて倉庫の扉を開けようとした時だった。



「――待って」

「ん……わあっ!?」



 通り抜けようとした時に体操着の背中を思い切り掴まれ、焔村さんの方へと倒れ込んでしまった。



「ん…………いたぁ」

「ほ、焔村さん大丈夫!?」



 今、俺は焔村さんを押し倒したかのような状態になっていた。


 焔村さんの顔がかなり近い。

 さすがは女優というか、肌がかなり綺麗で顔も小さい。ほんのりと良い香りも漂ってきて、なんだか申し訳ない気持ちになる。


 というか俺がわざと倒れたわけではないのだが――、



『パシャ』


「え?」


『パシャパシャ』


「え、え……?」



 何度かシャッター音が鳴った。

 その音が鳴った方向を見ると、焔村さんがなぜかスマホをこちらに向けていて、俺と自分が写るようにして自撮りで写真を撮っていた。



「ふふ。これ宝条さんが見たらどう思うでしょうね?」

「どういうこと? 何か脅してるつもり?」



 焔村さんの考えていることが全くわからなかった。

 ただ、その口調から脅しているように思えた。



「この写真を見せられたくなかったら、私の言う事聞きなさい」

「何言ってるの……? そんなの嫌だよ」

「じゃあこの写真宝条さんに見せるわね。――私、九藤くんに襲われたって」



 本当に何を言っているのだろうか。

 そもそもなぜこんなことを……。



「なんでこんなことをって顔してるわね。良いわ。教えてあげましょう」


 仰向けになりながらも不敵な笑みを浮かばせる焔村さん。


「私はね、トップの女優になるために、まずはクラス一の人気者になる必要があるの。そのためにまずはあなたの近くにいる女子三人が邪魔なのよ」


 つまり、ルーシーたちをどうやってか印象を悪くさせようということだろうか。

 いや、今回の場合はそうではない。


 ルーシーが最初のターゲットなのだ。

 俺が焔村さんに何かをしたことによって、ルーシーの印象を悪くさせる。

 もしルーシーが俺を庇っても犯罪者の味方をするルーシーの印象は悪くなるかもしれない。


 さらに、俺に何かを命令することによってルーシーをクラスに居づらくさせたり……。



 俺の心が少しだけチクリと傷んだ。



「……に……る……てん……だよ」

「え?」



「お前にルーシーの何がわかるって言ってるんだよ!!」

「ヒィっ」


 俺は焔村さんに向かって怒号を上げた。

 すると、彼女の顔が一変。怖がるような表情を見せた。


「いじめみたいなことは俺は絶対に許さない! なんで仲良くできないんだよ! ルーシーはただ普通に生きてるだけじゃないか! 何悪いことをしたっていうんだ!」

「な、なによ! そんなの知らない! 私には関係ない! 邪魔だから排除するだけ!」


 一瞬怯んでいた焔村さんも、俺の怒号に負けずに反論してきた。


「関係ないならそういうことするな! 俺は絶対に許さない。そもそもそのスマホの写真を消せばいいだけ」

「ちょっ、離しなさいっ! 私に触れて良いのは役者だけよ!」

「うるさい! スマホを渡すんだ!」


 写真さえなければひとまず今回のことはどうとでもなる。

 彼女からスマホを奪って写真データを消せばいい。


「キャー! 助けて〜! 襲われる〜っ!! 誰か〜!!」

「はぁっ!?」


 彼女の自演による冤罪。

 俺は最悪の事態を想定した。


 しかし――、


「この時間誰もないから選らんだったんだ……」

「バカなの? とりあえずスマホ渡せ!」


 焔村さんが叫ぼうが誰も倉庫には来なかった。

 少し驚いてしまったが、誰かに見つかるよりは良かった。


「ちょっ、力強いのよあんた! やめて! ……ってどこ触ってんのよっ!」


 俺はスマホを取ることに集中しすぎていた。

 だからか、いつの間にか焔村さんの柔らかい部分に左手が触れてしまっていた。


「あぁ悪い……じゃなくて今はそんなのどうでもいい!」

「わ、私の胸がどうでもいいですって!? あいつらよりは小さいかもしれないけど、成長期なんだからすぎに大きくなるわっ!」


 大きさの話をしているわけじゃないのだが、それも今はどうでも良い。


「あっ……!」

「よし、取った……」


 やっとのことで、俺は焔村さんからスマホを奪い取ることに成功。

 そして、写真を削除しようとしたその時だった。



 閉じていた倉庫の扉がガララと開いた。



「あんた終わったわね。この状況、誰が見ても私が襲われてるわ」

「…………」


 

 焔村さんの言う通りだった。

 俺は彼女に馬乗りになっている状態で、互いに服装も少し乱れていた。

 そしてスマホを手に持っていて、見ようによれば焔村さんのみだらな姿を撮影しようとしているようにも見える。



「こんにちは〜。お昼ですよ〜お二人さん」



 聞き馴染みのない声だった。

 でも、明らかにクラスで聞いたことのある声だった。


「も、守谷さん!? 助けて! 私襲われてるの!!」

「違う! 焔村さんは嘘ついてる! 俺はただスマホの写真データを削除しようとして!」


 互いに扉を開けた人物に向かって必死にそう叫んだ。



「はいはいはいはい。ちょっと借りますね〜」

「え?」



 彼女はクラスメイトの守谷千影もりやちかげさんだった。

 あの守谷真護と兄妹ではないかと勝手に思っている人物。

 ただ、クラスでは彼女と話したことはないので、よくわからない人物でもあった。


 そして、そんな守谷さんが俺が持っていた焔村さんのスマホを取り上げ、中身を確認した。



「ポチッと。はい削除。これでオッケ〜」

「……え?」


 なんと、俺が削除したかった写真データを削除してくれたようだった。



「守谷さん!? 見てわかるでしょ! 私襲われてるんだよ!?」


 焔村さんがそう叫ぶも、守谷さんはずっと冷静だった。

 そして、守谷さんは自分のスマホを取り出して俺たちに向けて掲げ、再生ボタンを押した。


『私はね、トップの女優になるために、まずはクラス一の人気者になる必要があるの。そのためにまずはあなたの近くにいる女子三人が邪魔なのよ』

『ふふ。これ宝条さんが見たらどう思うでしょうね?』

『この写真を見せられたくなかったらね。私の言う事聞きなさい』


 それは、録音された焔村さんの声だった。


「な……なによそれ……」

「なーんか面白そうなこと始まったな〜と思ったので、倉庫の扉の隙間にスマホを突っ込んで録音してたんだよね。ちゃんと録音されてて良かった〜」


 なら、ずっと扉の外で守谷さんは一部始終を聞いていた?

 助かった……。


「クッ…………」

「焔村さん諦めて。変なことはもうしないで」

「…………」


 俺がそう言うも焔村さんは顔を横に向けて応じなかった。

 とりあえずもう大丈夫だと思い、俺は焔村さんの上からどいて立ち上がった。



「思ったんだけどさ、クラスで人気者になることが本当に女優として成功することなのかな? 俺は女優のことがわからないけど、とてもそんなふうに思えないよ」

「そりゃ俳優でもないあんたにはわからないでしょうね。私の苦労も、屈辱も……」


 当たり前だ。わかるわけがない。

 でも、いじめに近いようなことをしてクラスで人気者になることが、女優で成功することに繋がるだなんて思えるわけもなかった。


「そんなのわからない。焔村さんと話したのこれが初めてだし。だから俺もその女優として成功するために協力するからさ、ルーシーたちに何かするのはもう勘弁してくれないかな?」

「さぁどうでしょうね。私は私のために諦めるつもりはないから」

「――っ」


 この子はかなり頑固なようだ。

 多分ずっと小さい頃からちやほやされてきたんだろう。

 でも重圧もあったはず。芸能界は厳しい世界だと聞くから。

 彼女なりに譲れないものがあるのだろう。でもやり方が良くない。


「焔村さん。俺、真剣だから。ルーシーたちと仲良くしてなんて言わない。でも酷いことはお願いだからしないでほしい。もし……何かしたのなら、俺、焔村さんを絶対に許せないかもしれない」

「なによ。今度はあんたが脅し? 暴力にでも訴えるつもり?」

「女の子相手にそんなことしたくない。でも内容によってはあり得るかもしれない。それくらいルーシーたちが大事だから。焔村さんにも大切なもの、あるでしょ?」

「…………」


 こんなことはしたくない。

 でも、冷静になりきれていない今の俺にはそれしか考えられなかった。


 そんな会話を繰り返しているとやっと焔村さんが立ち上がった。


「今回はまぁ良いわ。見逃してあげる。でも、今後はわからない」

「わかった。ずっと目を光らせてるから」

「ふんっ。邪魔よ。どきなさい」


 焔村さんが俺と守谷さんを腕でどかして扉の外へと出ようとした。


 すると一瞬振り向いて何かをぽんと投げた。

 俺はそれをキャッチ。


「倉庫の鍵よ。あんたが閉めて職員室に返しなさい」


 捨て台詞を履いて、焔村さんは倉庫から出ていった。



「…………守谷さんありがとう。君がいなかったらどうなっていたことか」

「いいですよ〜。気にしないで。まっ今後もあの子には注意が必要ですけどね〜」


 守谷さんの言う通りだ。

 焔村さんが今後も何もしないと決まったわけではない。


 俺はルーシーを二度といじめなどによる陰湿なことで暗い顔にさせたくない。

 だから、彼女がする何かをなんとしても止めなくてはいけない。


「九藤くん。顔、怖いですよ〜」

「あ、ごめん……」

「まぁまぁ。私も聞いてしまった一人として気は配っておきますから。せっかくだから連絡先交換しません?」

「ありがとう、交換しよっか」


 焔村さんの内心を知る一人として、守谷さんと連絡先を交換するのは良いと思った。


「これでヨシっと。……今の九藤くんは危なかしいですよ。宝条さんたちのことは考えましたか? もし九藤くんが退学になってしまったら悲しむんじゃないですか? それって守ったことになるんですかね〜?」

「あ……」


 これも守谷さんの言う通りだった。

 もし俺が退学するほどのリスクを背負って焔村さんを止めたとしても、ルーシーたちが喜ぶとは思えない。


 一緒にバンドをすると言ったのに、俺が抜けては意味がない。

 せっかく同じ学校に通えているのに。これからもっとたくさん楽しいことが待っているはずなのに。

 五年越しの想いを越えて再会し、これ以上ない幸せの中にいるはずなのに……。


「だから、退学するようなこと以外で考えましょう。例えば彼女が困っていたら率先して助けるとか」

「あぁ……守谷さんって本当に周りがよく見えているね。俺ルーシーのこととなると頭に血が上って……」

「いいですよ〜。人間完璧な人はいません。あの焔村さんだってそうです。だからこんなことになってるんです」

「うん。今回のことは守谷さんにしか話せないことだから、また相談しても良いかな?」

「もちろん。こっそり連絡し合いましょう〜」

「ありがとう」



 焔村火恋の裏の顔を知ってしまった今日という日。


 ルーシーに降りかかる火の粉はどうやっても払いたい。

 オリヴィアさんにだってルーシーを守るように言われている。


 もしかすると焔村さんだって氷山の一角かもしれない。似たように何かしてくる人もいるかもしれない。

 だって、これだけの生徒数がいる学校だ。ヤバい考えを持つ生徒がいてもおかしくない。



 俺は一つため息を吐きながら守谷さんと一緒に倉庫を出て鍵を閉めた。










 ―▽―▽―▽―


この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!


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