202話 嵐のような女
翌日、俺はいつも以上に焔村火恋に視線を送ることになった。
しばらくこれが続くとなると、気持ち的に安らげない。
できれば、彼女が俺たちのことを友達だと思ってくれたりすれば良いんだけど現状では難しい。
今は見える範囲で監視することしかできない。
そんな焔村さんのことばかり考えている朝のホームルーム前。
いつものようにルーシーたちと雑談していたところ、嵐のような勢いでそれはやってきた。
「おーほっほっほ! 宝条・ルーシー・凛奈はいるかしらぁ!?」
バタンと教室の入口のドアを開け、一人の女子が大きな声でそう叫んだのだ。
全員がそちらの方へ目線を送る。俺もその一人だ。
焔村さんのことで頭のスペースが埋め尽くされていく中、まだ何かが追加されるのかと思ってしまった。
ルーシーの名前を叫んだお嬢様口調の人物。
それは――、
「誰……?」
ルーシーすら知らない人物だった。
「ほ、宝条さん。呼んでるけど……」
「あ、うん! 行く!」
扉近くにいたクラスメイトから呼ばれルーシーは立ち上がった。
「光流、真空。……一緒に来てもらってもいい?」
「もち!」
「わかった」
一人では少し怖いのか、ルーシーに従い俺と真空もついて行くことになった。
…………
教室の外へ出ると俺たちを待ち構えていたのは三人の女子生徒だった。
「あらあらあらぁ! こんなに育ってしまって! まぁワタクシの美貌には敵いませんけど! ねぇ
「はい、
「ん〜どうかなぁ。ルーシーちゃんの方可愛いと思うけど」
「舞羅ぁ!? 妃咲ぃ!?」
あれ、ルーシーちゃん?
「…………」
今でもこんな漫画のような主従関係があるのだと三人で顔を見合わせた。
ただ、二人共侍従のようなポジションなのに、主の言う事にツッコミを入れている。
最初に声を発したのは縦ロールの長い髪をきらびやかに揺らす女子。
背景に薔薇でもあるかの如く彼女からキラキラしたオーラが出ているようだ。
そして残る二人は彼女の侍従のように一歩後ろに控えていた。
一人は長いポニーテール。もう一人は頭にカチューシャをつけ肩まで伸ばした髪。
どちらも見た目はお嬢様っぽく礼儀正しそうな印象なのだが、見た目と言動が一致しない。
「あらあら。久しぶりのワタクシに驚いて声も出ないのかしら? 成長したのはあなただけでなくってよ! このワタクシもこーんなに大きくなったんですから」
ルーシーが反応に困っていると、玲亜と呼ばれた人物が腕を組んで胸を強調させた。
「玲亜様の方が慎ましいかと」
「身長も負けてるけどね」
「あなた方どっちの味方なのぉ!?」
完全に漫才と化していた。ちょっと面白い。
様付けしているあたり本当に主従なんだろうけど、疑わしく思えてくる。
「あの時みたいに、れ、玲亜様と呼んでもよくってよ!」
「玲亜様。さすがに嘘はいけないと思います」
「様付けなんかしてなかったじゃん」
「ばかぁ!? バラさないでぇ!?」
ここまで来ると完全にポンコツ縦ロールだ。
三人の漫才を見ながらしばらく黙っていたルーシー。
しかしついに口を開こうとしていた。
「え、ええと……」
ワクワクしたような表情で玲亜がルーシーの声を待っていた。
「――どちら様でしょうか?」
「――――へ?」
ルーシーにそう言われ、玲亜が呆けた顔になった。
「私のことを覚えていない……?」
「あの……はい」
玲亜はショックを受けたように後ろに倒れ込むと、舞羅と妃咲と呼ばれた女子がキャッチして彼女を支えた。
「や、約十年振りですものね……忘れていても仕方ありません」
「もしくは玲亜様のことが最初から眼中になかったとか」
「ばばば、バカおっしゃい! あんなに仲良くしていたじゃない! でもいつからかお父様が参加する社交界にも顔を見せなくなって……あれから時間は経ちましたけど、まさかの同じ学校にいるなんて驚きでしたわ!」
口ぶりからするに、ルーシーのことを昔から知っているようだった。
それなら、やはりこれは――、
「あの、本当にすみません。全然記憶になくて……」
「私が初めての友達だったというのに!?」
「とも、だち……。私の初めての友達は光流……」
「光流……? ま、まさかこの冴えない日本人のことを言ってるんですの!?」
あんたも見るからに日本人だろうがとつっこもうとも思ったが、今はやめておいた。
「もしかして、五歳より前に会ってた人ですか?」
「ええそうよ。最初は四歳の頃だったかしら。私は今でもあの時のことを鮮明に思い出せますわっ」
「玲亜様は記憶力だけは良いですからね」
「他に友達がいないから覚えてただけだと思うけど」
「だ、だまらっしゃい!」
やはりそうだった。
これはルーシーが記憶をなくした五歳より前の出来事だ。
ルーシーは友達はいないと言っていたが、本当は記憶をなくす前には友達がいたんだ。
「やっぱり……そうだったんだ」
「わ、忘れたならしょうがないですわっ! 改めて自己紹介してあげましょう! 舞羅、妃咲!」
すると舞羅と妃咲が一歩前に出た。
「こちらのお方は、あの倉菱グループ社長――」
「その娘の
まさか倉菱というのは、あの倉菱だろうか。
たしかルーシーの宝条家と同じく財閥系のどデカい企業の一つだ。
もしそうなら、この倉菱玲亜という人物もかなりの大物。
「ちなみに私は
「私は
「……よろしくお願いします」
三人一緒のクラスのようだった。
まさかルーシーを知る人物が他にもいたなんて。
「――それにしても変わっちゃったね。昔はあんなに自信満々でちょっと高飛車だったのに。あ、良い方向にってことね?」
「確かに……そうかもしれませんね」
妃咲が昔のルーシーと比べるようなことを言うと舞羅がそれに同意。
「私のこと、ですか……?」
「うん君。まぁ十年前だしね。私もうろ覚えだけど」
「…………」
ルーシーと会っていたのは玲亜だけではなく舞羅と妃咲もだったようだ。
「と、とりあえず今日のところはこれくらいで失礼してあげますわ! そこの木偶の坊! 一番の友達はワタクシですからねっ! 次会う時には覚悟しておきなさい!」
「覚悟しろと言われても……」
そう言い残し、嵐のように登場した倉菱玲亜は嵐のように去っていった。
「ルーシー……」
真空が少し心配そうにルーシーに声をかけた。
「やっぱり、ちゃんと昔のことを思い出す必要があるのかな、私……」
「無理に思い出す必要はないと思うけどね。あの子たちだって怒ってるわけじゃなかったと思うけど」
「そうだけど……やっぱり……」
見ていてわかる。
ルーシーは消えてしまった記憶を取り戻したい。
原因は病気でのショックらしいけど、今はその病気は治っている。
彼女を縛るものは今はなにもない。
なら、もし過去に何かあったとしても、今のルーシーなら受け入れられるはず。
今は俺だって真空だっている。ルーシーに寄り添って支えてあげることもできるはずだ。
「なら、ルーシーの記憶が戻るように何か行動しよう」
「いいの……?」
「うん。俺も一つだけ確かめたいことがあるんだ。ちょっとゴールデンウィークまで待ってもらうことになると思うけど」
「ゴールデンウィーク? うん。光流が言うなら待つよ。ありがとう」
俺の中にはその手がかりが一つだけあった。
ルーシーはあの時、詳しくは言わなかったが、俺の部屋に置いてあったラベンダーのサシェ。
あれを眺めていた時、何か遠くを見つめているような目をしていた。
もしかするとあのサシェはルーシーに関係する何かかもしれない。
ただ、俺はあのサシェがなぜ自分の手元にあるのかよくわからない。
親が言うには北海道の富良野に住むおばあちゃんの家に行った時に手に入れたものらしいが、それ以上はわからない。
ルーシーとは関係ないかもしれない。
でも、一度おばあちゃんの家に行ってみれば、俺も忘れていることが何か思い出せるかもしれない。そして、あのサシェについてもわかるかもしれない。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
私はしばらく忘れていたことを思い出し、行動に出ることにした。
それは、この広い家のどこかにラベンダーのサシェが眠っていないかということ。
今日、あの倉菱玲亜という子と話して、やっぱり忘れてしまった記憶を思い出さなきゃいけないと再認識した。
もしかすると良くない思い出もあるかもしれない。
でも、あの子たちは少なからず私に十年越しに会いに来てくれるくらいの知り合い。良い思い出だってあるはずだ。
光流のお家で嗅いだラベンダーのサシェ。
おばあちゃんも私の記憶を心配してベルガモットのサシェを渡してくれたことから私の幼少期の思い出に関わることだとわかる。
ただ、そんなに大事なものなら、必ず家にあるはず。
忘れてしまったから、それほど大事な物だとは思わず自分の部屋ではないどこかに仕舞ったのかもしれない。
最悪、あの時の私は暗闇の底にいたから、どこかに棄ててしまっている可能性もあるけど……。
「――牧野さん、手伝ってもらってもいい?」
「はい、お嬢様」
アメリカでも一緒に暮らしていた使用人の
三十歳を超えているがとてもそうは見えない美人さんだ。いつもエプロンをしているが、多分ドレスだってとても似合う。
アメリカにいた時から真空とも面識がある。
今回は彼女にも手伝ってもらうことにした。
私は真空と一緒にサシェを探していく。
「さすがにお兄ちゃんたちの部屋とかにはないと思うから、物置みたいになってる部屋から探してみよう」
「おっけー!」
まずは一階。一番端っこの部屋。
この部屋は人からもらったものがずらっと置かれている。
もらったは良いが普段遣いできない扱いが難しいもの。
例えば、美術品や骨董品、高級なカトラリーなどの食器類。家に既に揃っているがすぐには使えないものなどが置かれている。
扉を開けると見えたのは、左右奥の壁際にずらっと広がっていた棚の数々。
その棚に様々な贈答品が置かれていた。
ただ、この場所の雰囲気的にサシェがあるように思えなかった。
それでもそれに関係する手がかりはないかと思い、私と真空は棚を漁り始めた。
「――あーっ!」
数分調べていたところ、真空が声を上げた。
「何かあったの?」
「これ、見て……」
真空が手に持ったものを見せてくれた。
「石……?」
それはただの石に見えた。
しかし、その石は最初から割れていたのか、もしくはわざと割ったのか亀裂が入っていた。その石を真空が傾けると本当の価値が見えてきた。
「これ、宝石……?」
なんと、その石の割れ目である表面がキラキラしていた。
青が多い虹色が一面に光っており、物凄い綺麗な模様だったのだ。
何も加工されていない宝石。
つまりこれが原石というものなのかもしれない。
「これだけで物凄い価値がありそう……」
「そうだね。多分すごい価値だと思う」
そんな時、この青色でふと思い出した。
真空から誕生日プレゼントにもらった私の目の色と同じサファイアの宝石がついているイヤリング。
「そういえば来月、真空の誕生日だね」
「いつの間にかそんな時期かぁ。一足先に十六歳になっちゃうね」
真空の誕生日は五月十五日。
ゴールデンウィークが明けてすぐにやってくる。
「うん。盛大にやるから楽しみにしててね。真空にはたっくさん感謝してるから、たくさん喜んでもらうんだから」
「嬉しいなぁ。私転勤族だったから、そこでできた友達と仲良くなってもすぐに離れちゃうから自分の誕生日は言わなかったんだぁ」
「なら、友達もたくさん呼ばないとね。光流とか冬矢くんとか、しずはとか深月ちゃんとか千彩都ちゃんとかも」
「祝ってくれるかなぁ。しずはちゃんと深月ちゃんはまだ壁を感じるし」
「あの二人はちょっと特殊かもね。あ、隣のクラスの光流の友達も! あの子たちもすっごい良い子たちだったもんね」
隣のクラスの子とは、合同体育で一緒になったD組の子の話だ。
理沙ちゃん、朱利ちゃん、理帆ちゃん。皆名前に『り』が入っているから覚えやすかった。
特に理沙ちゃんと朱利ちゃんは光流とはちょっと雰囲気が違う子たちだったけど、明るくて優しそうだった。
でも、少し話してわかった。彼女たちもどこか光流に惹かれるところがあったんだと。
それを考えると少し思うところはあったけど、私の知らないところで光流は色々な人に良い影響を与えていたんだと嬉しくなった。
光流は本当に凄い。人生でこんなに尊敬できる人間に会えるだなんて思わなかった。
あぁ、光流のことを考えるとすぐに会いたくなる。
明日も学校だからすぐに会えるのにね。
私はとことん寂しがり屋だ。
「――ルーシーっ」
「わぁっ」
すると、真空がいきなり後ろからハグをしてきた。
「また光流くんのこと考えてたんでしょ?」
「バレてる……」
「光流くんのこと考えてる時のルーシー、すっごい乙女で優しい顔になるんだもん。すぐわかっちゃうよ」
「あはは……恥ずかしい」
「ほら、手も足も止まってる。探すんでしょ。ルーシーの記憶の欠片」
「……うん。ちゃんと見つけたい。多分、大事な記憶だってあるはずだから……」
真空にそう言われて、再びサシェ探しを再開した。
その後も続けてこの部屋を探したが、サシェと思われるものは見つからなかった。
牧野さんとも合流し、話を聞いたが彼女も見つけることはできなかったそうだ。
時間も遅くなってきたので、今日のサシェ探しはここまでとした。
―▽―▽―▽―
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