199話 あーん
「わぁ! クレープ!」
目の前にある露店を見て、ルーシーが喜びの声を上げる。
俺が連れてきたのは、とある賑やかな公園の空きスペースにある露店のクレープ屋さん。
学校帰りの学生がよくここで買っているのを見かける。
俺ももちろんこのお店のクレープを食べたことがある。
基本的には姉としか来たことがないが、姉と別々なものを頼んで互いのクレープを交換して食べたりしている。
「あっちじゃ日本みたいにテイクアウトのクレープ屋さんがそんなにないんだよね」
「そうなの?」
「うん。しかもガレットみたいなしょっぱい系のクレープも多いから、アメリカにいる間はクレープは一回も食べたことないの」
それなら良かった。
日本なんてそこら中にクレープ屋さんがあるし、近くになくても少し電車に乗れば買いに行けるだろう。
商業施設の中なんてクレープ屋さんがないほうがおかしいくらいに店舗数がある。
「じゃあ、選ぼっか!」
「うんっ」
ルーシーと並んで看板のようなメニュー表を見ると、様々な種類のクレープが記載されてあった。
クレープを買ったことがある人はわかると思うが、買うクレープは大体決まっているのではないだろうか。
例えば俺なんてバナナチョコカスタードやいちごバナナチョコクリームなどが好きだ。
バナナとチョコとクリームがあればとにかくうまいのだ。
「ルーシー、どう?」
数十秒メニューを凝視していたルーシーに声をかけた。
「うーん。迷ってる」
「どれ迷ってるの?」
「この抹茶ティラミスっていうのと、バナナチョコカスタード」
抹茶ティラミス。最近はこういった和風メニューも場所によっては増えてきた。
俺も抹茶は大好きなので、目に留まったメニューでもあった。
「なら、一つずつ頼んでシェアしよっか? 俺バナナ好きだし、抹茶も凄い気になってたから」
「ほんと!? ならそうしよっ」
ルーシーが目を輝かせて喜んだ。
その後、二つのクレープを注文し、数分後に手元へと渡された。
近くにあった白いテーブルと椅子に腰掛けて、二人で食べることにした。
「光流っ。写真撮ろうっ」
ルーシーにそう言われたので、俺とルーシーは互いにクレープを持ちながら写真を撮った。
クレープだけを撮るのではなく、クレープを持った二人の写真をだ。
「んん〜っ! 抹茶ぁ〜っ!」
唇の端についた抹茶味のクリームをペロリと舌で舐め取りながら、美味しそうな表情をしていた。
「あぁ、久しぶりに食べたな。やっぱり美味しいや」
実は俺もクレープを食べるのは久しぶりだった。
しばらくは冬だったし、クレープは温かい時期に食べるイメージ。直近でも食べたのは去年になるだろうか。
「あ、光流。クリームついてるよ」
「っ!?」
不意打ちのようにルーシーが指を俺の唇に伸ばして、ついていたクリームを掬い取った。
そして、なんとそのまま指を自分の口に運んだのだ。
「ふふ。おいしっ」
可愛すぎてため息が出そうだった。
そしてそんな行動を取られて少し恥ずかしくなる。
「じゃあ交換しよ? 口開けて?」
「口開けて!?」
そんな俺の恥ずかしさを他所にルーシーはそのまま自分が食べていたクレープをそのまま俺の顔に近づけた。
「あーん」
どんどん近づくクレープとルーシーからのあーんの声。
拒否できるわけもないし、普通に嬉しかった。
「ん……おいしい……」
「でしょー」
抹茶のクリームは濃厚で薄甘のクレープの皮と一緒に食べるとちょうど良い甘さを感じた。
日本の抹茶という文化を改めて素晴らしいと感じた。
「じゃあ今度はルーシーね」
ずっと恥ずかしがってもいられない。
俺は自分のクレープを持ち上げ、ルーシーの顔の前へと置く。
「あーん」
「あーん」
ルーシーが小ぶりな口を大きく開いて、クレープにかぶり付く。
なんというか、美少女の口の中がはっきりと見えてしまい、少しだけ変な気持ちになる。
舌は抹茶色だったけどね。
「おいしっ」
「だよね。どのクレープも美味しいよね」
そう笑顔のルーシーの口元を見ると、先ほどの俺と同じように唇にクリームがついていた。
だから俺は仕返ししてやろうと指を伸ばし――、
「クリームついてるよ」
「んんっ!?」
ルーシーの薄紅色のリップがついた唇からクリームを指で掬い取り、俺は自分の口へと運んだ。
「ひ、ひかる……っ」
「おいしいね」
「なんか、される方が恥ずかしい……」
ルーシーの顔はいつの間にか赤くなっていた。
俺もルーシーも不意打ちのようにこんなことをされると恥ずかしくなるようだ。
「ルーシーからやったんだからね。仕返し」
「ふふ。唇、触られちゃった……」
ルーシーが俺の指が触れた唇の部分に自分の指を当ててそう言った。
いやいやその言い方はエロいだろ!
また真空か!? 真空がルーシーに変なことを教えたのか!?
「――あ〜! 九藤くんと宝条さんっ!」
そんな時だった。
突然俺とルーシーの名前が呼ばれたのだ。
二人一緒に声の方へと視線を向けると、そこにいたのは――、
「遠藤さんとやまときゅん……」
クラスメイトの
「師匠! こんばんは! 宝条さんもこんばんは!」
やまときゅんが九十度直角に礼をした。
もう夕方で真っ暗になる手前の時間。
二人一緒に下校してきたのだろうか。
「遠藤さんに金剛くん。こんばんはっ」
ルーシーが明るく挨拶を返した。
「クレープ食べてるーっ! なにこれなにこれ! デート!?」
活発な性格というのは前々からわかっていた。
遠藤さんは目を輝かせて、俺たちの関係性に探りを入れてきた。
「はは。俺たちは部活の帰りだよ。ねっ、ルーシー」
「うん。部活の帰りに甘いもの食べようってなって」
まだクラスメイトになったばかりの相手にデートですなんて人前で言えるわけがない。
「私たちも部活帰りなんだ〜っ」
確か遠藤さんは、陸上部でやまときゅんは美術部だったろうか。
それで学校から少し離れたこの場所に来ている。
もう彼女たちこそがデートではないだろうか。
やまときゅんは、遠藤さんのことを好きということだったが、こんな距離感で一緒にいるということは、かなり良い関係なはずだ。
良いか悪いかわからないが、俺とルーシーは顔を見合わせて一つの答えを導き出した。
「良かったら一緒にクレープ食べる?」
「いいのっ!? 二人とはゆっくりお話したかったんだ〜っ」
遠藤さんが陸上の道具が入っていると思われるエナメルバッグを揺らして喜んだ。
その後、遠藤さんとやまときゅんがクレープを買ってきて俺たちと同じテーブルに座った。
…………
「ええ〜っ!? 二人は五年振りに再会したの!? エモエモのエモじゃんっ!」
俺はルーシーとの簡単な関係を話した。
事故や病気の話は省いている。小学生の時に出会って、アメリカに行ったルーシーと久しぶりに再会したという話だけしている。
「そうだんったんですか。素敵だなぁ……」
やまときゅんも少し感動したようで、目をキラキラさせていた。
彼が目をキラキラさせてしまうと本当に美少女が加速して怖い。
「二人は同じ中学だったんだよね?」
「中学最後も同じクラスでね。仲良かったもんね?」
「うん。友希ちゃんはいつも僕に話しかけてくれたから」
「やまときゅんは女子に人気だったもんねぇ。あ、男子からもか」
「ちょっとやめてよぉ。男子に人気って……」
遠藤さんが茶化してやまときゅんがタジタジになる。
そんな関係のようだ。
そういえば、やまときゅんは遠藤さんの好きなタイプを聞けたのだろうか。
体育の時に男らしくなりたいと言った彼。でも俺はその前に遠藤さんがどんな人がタイプなのか聞いた方が良いという話をした。
そんな中、ルーシーと遠藤さんが一緒になって公園のトイレに行くことになり、俺とやまときゅん二人になることができた。
「師匠!」
「ちゃんと聞いた?」
「はいっ!」
やまときゅんは真剣な眼差しで俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
できれば、美少女な瞳のためにあまり真っ直ぐ見ないでほしいくらいだが、彼の真剣さには応える必要がある。
「ええと……優しい人が好きみたいです。あと、自分にはないものを持ってる人とか」
「最初の優しいってのはちょっと抽象的だね。でも自分にはないものってのがキーワードになりそうだね」
「そうなんです。でも、具体的にはよくわからなくて」
自分にはないもの。
誰しも自分にはないものを持っている相手に惹かれたりもする。
例えば身長の低い人が身長の高い人に憧れたり、スポーツができない人ができる人に憧れたり。
「やまときゅんって美術部ってことは絵が上手いんだよね?」
「上手いかどうかはまだ自信はないですけど、友希ちゃんには上手いって言われます……」
「何か写真とか撮ってるものあれば見せてもらってもいい?」
「もちろんですっ」
俺の言葉でやまときゅんがスマホを取り出して操作し始める。
少しすると、画面を俺に見せてくれた。
「これ、やまときゅんが描いたんだよね?」
「はい。中三の時に描いた絵ですね」
見せられた写真はイーゼルスタンドと呼ばれる三脚に立て掛けられた一枚の絵。
そこには一つの大きな宝石が描かれていた。
「これ、『多面鏡』って作品なんです。宝石ってカットされてて多面じゃないですか。それでそこに映る人の顔の色々な感情に例えてみたんです」
彼の作品は、正直俺には想像もつかないような作品だった。
絵が上手いというのは単純にいかにリアルに描けるかと思っていたのだが、彼の作品はそういう概念を壊している作品。
なんというか、こういうレベルは美大を目指すようなレベルではなかろうか。
ダイヤのブリリアントカットというのだろうか。
複数カットされた面に女性の色々な表情が見え隠れしていた。
上は明るいのに下は暗い。表もあれば裏もある。一言では言い表せないような作品だった。
「あ、普通の作品もありますよ。これはちょっと恥ずかしいんですけど……」
「わっ……うっま……」
俺が少し声を失ってしまった絵。
それは、遠藤さんのような人物が描かれたデッサンの絵だった。
陸上競技のユニフォームを身にまとった遠藤さんが走っているような姿。
躍動感が一枚の絵で表されており、微妙な日焼け跡まで鉛筆だけで再現されている。
「友希ちゃんに描いてって言われて……」
「結構特別なことしてるじゃん。他の女子のは描いたりしてないんでしょ?」
「あ……はい。頼まれたのは友希ちゃんだけだったので」
これはもうかなり脈ありなのではないだろうか。
ただ、俺は女子ではないので、遠藤さんの気持ちが完全に理解はできない。
女子なら女子の方が理解しやすいだろう。
「これはさ、俺の持論なんだけど。どんな分野でも頑張ってる人ってかっこいいと思うんだよね。やまときゅんは遠藤さんのどこがかっこいいって思う?」
彼を見ているとただ可愛いから遠藤さんのことが好きだとは見えなかった。
どこか尊敬している部分がある、そんな目をしている気がした。
「僕、知ってるんです。友希ちゃんがいつも遅くまで一人で練習してたこと」
過去を振り返るようにやまときゅんが遠藤さんのことを話し始める。
「中二の時だったと思います。たまたま美術部で一人残って遅くまで描いてた時に帰り際グラウンドを通ったんですけど、そこで何か音が聞こえるなと思って近づいてみたら、それが友希ちゃんで……。その姿を見てから都内の大会で優勝したって聞いた時は僕嬉しくて。それまではただ僕に絡んでくる女子の一人だなって思ってたんですけど、そこから見る目が変わりました」
なら、そういうことだろう。
「――だから僕も、もっと絵を描くのを頑張ろうって思ったんです」
ほら。
人が頑張っている姿を見て、それに感化される人は少なくない。
やまときゅんだって、その一人だったわけだ。
そして最初は尊敬から始まり、いつの間にか遠藤さんを好きになったわけだ。
「ならさ、遠藤さんも努力する人が好きなんだと思うよ。その上で『自分にはないものを持ってる人』なんだと思う」
「さすがは師匠……すごいです」
「ううん。全部やまときゅんが話してくれたことだから」
「なら、僕は今の絵を描くことを頑張れば良いってことですね」
それは合っていると思う。
けど、その頑張りを知られないとやまときゅんの努力は遠藤さんに伝わらないだろう。
「――ねぇ、学校でさ、絵画コンテストみたいなのはないのかな? これくらい大きい学校だ。美術部だってポスターとか任されたりしない?」
「あ……どうでしょうか。まだここの美術部に入ったばかりでそういう話はまだ聞いてなくて」
「なら、それ聞いてみなよ。そしてできれば自分が描いたり、コンテストがあるなら一位をとれるくらい頑張ろう。それで遠藤さんにもっと実力を見てもらおうよ」
「…………はいっ! 明日部活に行ったら聞いてみます!」
俺も話す機会があれば遠藤さんにどことなく色々と聞いてみよう。
できれば、やまときゅんの努力が方向が間違わないようにしてあげたい。
努力した結果が遠藤さんとの恋愛にも繋がれば御の字だ。
「――おまたせ〜っ」
するとルーシーと遠藤さんがトイレから戻ってきた。
その後、俺たちはクレープを食べきったので、それぞれに帰ることになった。
◇ ◇ ◇
再びルーシーと二人きりになった。
「あ〜楽しかった!」
「そうだね」
両手を空に掲げたルーシーが体を伸ばした。
「遠藤さんと少し話したんだ」
トイレに一緒に行った時のことらしい。
俺とやまときゅんが話していたように、二人もなにか話したようだ。
「光流にだから言うけど、遠藤さん、金剛くんのこと気になってるんだって……」
「えっ!?」
思いも寄らない情報に俺は目を丸くした。
「だけどね。自分は陸上のために髪も短くしてるし、男っぽいし、これじゃダメだって思ってるみたいで……」
「はは……はははは……っ」
「光流!?」
ルーシーが真剣な話をしているのに笑ってしまった。
まだルーシーにはやまときゅんの情報は伝えていない。だから俺が笑う意味もわからないのは当然だ。
「ごめんごめん。これも内緒ね。やまときゅんも遠藤さんのこと好きなんだ」
「えーっ!! それ両片想いってやつじゃんっ!」
やまときゅんには色々とアドバイスはしたが、俺が気に掛ける必要すらないのかもしれない。
互いに好き同士なら、いつどうなってもおかしくない。あとはタイミングだけだろう。
もしこのまま彼らが付き合うことにならないなら、どこかで背中を押してあげても良いのかもしれない。
「こんなことってあるんだぁ……」
「そうだね。ひとまず余計な心配が減って良かった」
「何の話?」
「いいや、こっちの話」
「なにそれ〜」
頬を膨らませたルーシーだが、やまときゅんが遠藤さんを好きになった経緯とか、これからの努力までを言う必要はないだろう。
いくらルーシーだからと言っても全てを話す理由にはならない。
「まぁいいけどっ。また今度帰りにどこか行こうねっ」
「あぁ。また美味しいもの食べに行こうな」
「うんっ」
俺の家の方向へと少しだけ歩くと、ルーシーの家の車が迎えに来た。
そのままルーシーを車で見送り、今日の買い食いデートは終りを迎えた。
―▽―▽―▽―
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