198話 初めての部活
——放課後。
最初の軽音部での活動の時間がやってきた。
俺、冬矢、ルーシー、真空は四人揃って軽音部の部室へと向かった。
今日は、事前にメッセージで話し合っていたどの曲を演奏するとか、それぞれどの程度弾けるかなどを見せ合う場にする予定だ。
部室の扉を開けると、昨日同様に先輩たちが待っていた。
ただ、今日のお昼に部室に行った時とは違っていた部分があった。
「あ、机……」
「おうよ〜。一応お前ら用に作っといたぞ」
「ホントですか! ありがとうございます!」
下澤先輩は面倒見が良い先輩だ。
こうして気を遣ってくれているところを見ると、歌だけではない彼女の魅力が徐々にわかってくる。
俺たち四人が座れるように、新たに数台の机を合わせて場所を作ってくれていた。
その場所へと向かう途中、ルーシーはカバンから袋を取り出した。
「先輩、良かったらこちらどうぞっ」
ルーシーが先輩たちがいる机の前に置いたのはお菓子が入った袋だった。
「なんだよ。わざわざ持ってきてくれたのか?」
「はい。昨日美味しいお菓子食べさせてもらったので」
「かぁ〜っ! 律儀じゃねーか! ありがたくいただくぜ!」
下澤先輩にお菓子を渡してから、自分たちの机へと座ると俺たちの分までお菓子を取り出し、それを広げた。
そうして、ルーシーと真空が一緒になって飲み物を準備してくれた。
もうこの部室の使い方をマスターしているかのように動いた。
「じゃあ、バンド名から決めよっか!」
「そっち!?」
どの曲の練習をしようとかを話そうと言っていたはずなのに、いきなり真空がバンド名の話をしだした。
確かにバンド名は大事だ。
中学の時のバンド名も結局はギリギリまで決めていなかったしね。
ただ――、
「そういうのは全員が案を考えてきてからだ。今から考えてもグダるだけだからな」
「え〜」
冬矢の正論に真空が駄々をこねる。
しかし、当初の予定通り選曲から決めることにした。
そして、メッセージ上で俺たちは一つの目標に向かって準備を進めていくことに決めていた。
「――今年の学園祭。十一月までは七ヶ月だ。先輩たちの話だと学園祭は三日に渡って行われる。体育館での出し物は例年なら二日目だ。俺たちはそこに向かって練習を始める」
冬矢が説明してくれた内容。つまり、俺たちの目標は十一月に行われる学園祭でのライブ。
そこに向かって今から練習をはじめることになった。
「今からって考えると結構先だよね」
「真空、意外とすぐだよ。俺たちも文化祭までの一年なんてあっという間だったから」
「じゃあ楽してらんないってことか」
「勉強も平行してしないといけないしね」
「まぁその点は皆成績いいし、ある程度大丈夫でしょ」
まだテストが行われていないので、日本の授業での成績はわからない。
ただ、勉強の仕方がわかっていれば、同じように日本でも好成績をとれるだろう。
「――じゃあ本題だけどやる曲はどうしよっか?」
紅茶とお菓子を嗜みながら、曲決めから話し合う。
「やっぱりオリジナル曲で行きたいなぁ。光流も中学の時、一曲オリジナルだったよね?」
「そうだね。今からなら三曲分作る時間はあるとは思う」
既に文化祭ライブのDVDを見せているので、俺がオリジナル曲をやったことは知っている。
そして今回、文化祭のライブは三曲がMAXだと先輩たちに聞いていた。
「ルーシーの曲は? やっぱ掴みは大事だと思うんだよね。やるなら一番最初に皆が知ってる曲とかね」
「あぁ、それはアリだな。俺たちの時もそう思って知ってそうな曲を選んだからな」
真空の提案に冬矢が同意。
確かに文化祭ライブの掴みは良かった。しずはのアドリブ演奏が入ってから始まったから、一部はしずはのお陰かもしれないけど、選曲は間違っていなかったはず。
「ライブだからね。静かな曲より明るい曲が良いと思う。観客がジャンプして飛び跳ねたり」
「はは。あれは見ていて最高だったな」
冬矢と一緒に文化祭ライブを振り返る。
自分たちだけ盛り上がるのではなく、観客たちも盛り上がってこそのライブ。
観客が自分たちの歌や演奏を聴いて盛り上がっている様子を見た時は、とても興奮したことを覚えている。
「なら一曲はルーシーの曲入れようよ! ルーシーも歌いやすいだろうし」
「こっちはそれで良いが、尚更バレると思うけど良いのか?」
そう、その方が大問題。
ルーシー=エルアールということはバレる確率を上げることになる。
他の歌を歌ってもバレる確率はあると思うけど、自分の歌なら尚更だ。
「それはもうずっと前から覚悟してたから私は大丈夫。――でも、大変なことになったら守ってね?」
「目の届く範囲では必ず」
「ふふ、ありがとう。でも、最初は否定するつもりだよ。エルアールって言われても「『似てるって言われるけど違う』って」
「それなら少しは情報の拡散は遅らせることができるかもね」
本人が否定しても……ということはあるけど。
今の時代スマホを持って動画撮影などする人は必ずいる。その映像をSNSにアップなどされればすぐに話題になる。
結局、何をしようがバレる事実は変わらないかもしれない。
「なら、ルーシーの曲を最初にして、あと二曲はオリジナルにしようか」
俺が皆の意見をまとめて提案すると、三人それぞれ頷いた。
これで少しずつやることが見えてきただろう。
「次はどの曲にするかだね。オリジナル曲はまずは歌詞から。とりあえず一曲はルーシーに歌詞お願いしてもいい?」
「わかった!」
曲について話が終わったことで、次は自分たちの実力を見せることになった。
ルーシーとは一度、二人で公園で弾き語りをしたが、あれはお互いにリラックスして弾いていた。だから本気とかそういうのとは違う。
最初は、真空から演奏することになった。
簡単なアドリブから始まり、ルーシー同様に『星空のような雨』しかまだ弾けないとのことで、その一部分を弾いてもらうことになった。
俺たちが演奏の準備をしはじめると、先輩たちも話を辞めてこちらに注目をしはじめた。
「私らのことは気にすんなー」
下澤先輩がそう言うも見られるというのは多少なり緊張するだろう。
ただ、真空は緊張するとかそういうのを感じないメンタルを持っているようだった。
元からの明るさを考えると、確かにそういうものに影響される人だとは思わないが、メンタルが強いというのは羨ましい限りだ。
「じゃあいくよー!」
ドラムの前に座り、右手に持ったスティックを掲げた真空。
次の瞬間にはドラムを叩きはじめた。
最初はアドリブでリズムを取っていく。
その音を聴いているとこちらも自然と足踏みしてリズムを刻みたくなってくる。
初めて真空の音を聴いたが、やはり初心者ともあって、一緒にしていた陸と比べるとまだ荒削りな音だと感じた。
ただ、徐々にスピードアップしていき、スティック捌きが速くなる。
真空自身もノッてきたのか、良い表情になってきた。
アドリブが終わるとその流れで『星空のような雨』の演奏が始まる。
聞き慣れたドラムの音。
まだはじめたばかりだというが、ちゃんと音は合っている。
ミスなく流れるようにドラムを叩くその姿は、彼女なりに練習してきた成果だとわかる。
そうして歌の一番を終えるとそのまま真空の演奏が終了した。
一同に拍手をすると、真空が机に戻ってきた。
「ふぅ……軽くやるだけで少し汗かいちゃった」
額を拭いながら少しだけ息を粗くしていた真空。
やりきったような顔をしていた。
「真空、良かったよ」
「うん! 良かった!」
俺とルーシーが真空に労いの言葉を送った。
次はルーシーの番。
「――それレスポールカスタムか?」
ルーシーが肩にベルトをかけて、セットした時に神崎先輩が一言。
「そうです! 知ってるんですね!」
「知ってるも何も……なぁ」
ルーシーがその価値にそれほど気づいていないことにため息した神崎先輩。
それは俺も同意だった。ただ、俺もギターの種類に詳しいわけではない。
「じゃあやります!」
既にチューニングを済ませているギターに手を置き、構える。
そうしてルーシーが弾きはじめた。
最初は真空と同じアドリブ演奏。
公園で聴いた時よりも滑らかでスムーズな指捌きだった。
ルーシーなりの努力の成果が見える。
アドリブを終えると『星空のような雨』の演奏が始まる。
これはさすがというか、自分の曲だからかかなり弾けている印象があった。
耳がその曲に慣れているとコードも覚えやすかっただろう。
それにしても……。
ルーシーのギターを持つ姿がかっこよすぎてヤバい。
あの美貌に重厚なギターというギャップ。最高過ぎる。
以前は公園の中の狭い空間だったけど、こうやって正面から見るとまた違って見えた。
ルーシーが演奏を終えると、一同に拍手を送った。
その次は冬矢の番だが、彼の演奏は文化祭とほとんど変わらずに、滑らかな演奏だった。
受験勉強で忙しかっただろうから、それほど頻繁には弾けていなかったはずだ。
冬矢の演奏が終わると、最後に俺の演奏となった。
新しく買ったギター。
まだそれほど使い慣れていないが、一応毎日家で弾いてはいるので、少しずつ自分のものだと実感してきたところだ。
通柳さんからもらったギターより少し扱いづらい気がしたが、やはり慣れていない
ということが大きいようだ。
「じゃあ行きます!」
アドリブ演奏から始めた。
冬矢はどこまでベースに触っていたかわからないが、俺は受験勉強の時でも休憩がてらに触っていた。なので、少しは上達していたはずだ。
文化祭が終わってから半年ほど。結構な時間が経過していた。
「――――!」
少しどよめきが起きた気がした。
久しぶりに皆の前で演奏したので、少し緊張している。
なので、あまり前を見れずに手元ばかり。ただ、アドリブであっても指はスムーズに動いていた。
それが終わると俺も同じく『星空のような雨』の演奏に入った。
自分でギターを弾いていると歌いたくなってくるが、今日は歌ではなく音を聞かせる場。
その気持ちを少し我慢しながら、一番のパートを弾いていく。
ソロパートまではいかないが、練習しまくった曲だ。
結構完璧に弾けた気がした。
そうして俺の演奏が終わる。
「…………」
一瞬だけ静寂が起きたかと思えば……
「――光流すごーいっ!!」
一人、ルーシーが大きな声を出して拍手を送ってくれた。
それに続いて他の人たちも拍手を送ってくれた。
俺はギターを降ろして机に戻ると、冬矢から一言。
「――なぁ、お前ずっと練習してたのか?」
「そうだけど。ギター触ってない日はないよ。毎日」
「はぁ〜。お前ってやつは……」
「どういう意味だよ」
冬矢はたまに言葉足らずになる。
「神崎先輩! 光流の演奏どうでした?」
すると冬矢がギターを担当している神崎先輩に俺の評価を求めた。
「いや……ちょっと凄いね……」
「ですよね!」
神崎先輩から褒められた。
単純に嬉しい。
「九藤だったか? お前、ギターやって一年ちょっとだったよな?」
「そうですね」
「末恐ろしいな……」
下澤先輩が少し引いた目をして俺を見つめてくる。
一応褒められたと思って良いのだろうか。
「お前ら、大体わかったろ? 何をすれば良いか」
「あー、うん。つまり……」
「光流くらい頑張って練習しなきゃってことだよね!」
「そーだ」
三人は今やることが見えてきたようだった。
俺も負けてられない。
「じゃあ、リーダーはどうしよっか?」
「そっち!?」
突然話を変えた真空。
以前はしずはがリーダーだったけど、今回はどうだろう。
もう俺の中では決まってるんだけど。
「冬矢くんで良いんじゃないかな! だって話もメインで進めてくれたし責任感ありそうだし!」
「俺も冬矢で良いと思う!」
「よし、冬矢に押し付けよう!」
最後だけ、真空の言い方が変だったけど、冬矢も別にそこまで重荷には思っていないような表情をしていた。
「別にリーダーだからって何やるってわけでもないからな。俺でいいぞ」
「じゃあ決定だね! これからよろしくね! リーダー!」
「リーダーよろしく〜」
俺たちのバンドのリーダーは冬矢と決まった。
そもそもサッカーをしていた時だって、冬矢はキャプテンをしていた。
こういう立場は得意と思って良いだろう。
こうして、俺たちの最初の部活動は終わった。
◇ ◇ ◇
部室から出ると、冬矢と真空が俺たちに気を遣ったのか、二人で帰れと言う。
ルーシーはいつも車でお迎えが来てくれるようだが、今日はキャンセルしてくれて二人で帰ることになった。
「――少しだけ買い食い、してみる?」
既に六時前の時間。夕食が食べられなくなることも危惧されるが、一つくらいなら良いだろう。
「いいの!? 行く!」
ルーシーは飛び跳ねるようにして喜んだ。
学校を出ると、まだ咲いている桜の木々を通り過ぎ、街の中心街の方へと歩いて行く。
「なに食べよっか。甘いもの、しょっぱいもの、今のお腹の状態はどう?」
「うーん。今のお腹の気分は、甘いものかも!」
「わかった。ならあそこに行こう」
俺は頭に一つのお店を思い浮かべて、その場所へとルーシーと一緒に歩いて行った。
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