197話 呼び出し
翌日、ギターを持って登校した。
そのせいか教室ではやはり注目こととなった。
それは俺だけではなく、同じくギターとベースを持ってきたルーシーと冬矢もだった。
三人とも近い席だったせいか、デカいギターケースはより目立った。
ちなみに真空はマイスティックだけなので荷物はない。
連絡先を交換した軽音部の先輩たちの話を聞いたところ、部室に楽器を保管しておいても良いとのことだった。
自分たちが教室にいない間に誰かにイタズラされてしまう可能性を考えると教室にずっと置いておくのも怖い。
なので、鍵をかけた部室に置いておく方が安全と考えた。
とりあえず昼休みに楽器を置きにいくことにした。
◇ ◇ ◇
昼休み。職員室で鍵を借りて、楽器を保管にし部室棟へと向かった。
適当に壁際にギターケースごと置くと、昨日と同じく複数の机が合わさっていた場所に腰を下ろした。
「いただきまーす!」
今この場には俺含む六人のクラスメイトがいる。
俺、冬矢、ルーシー、真空、しずは、深月だ。
それぞれお弁当を持ってきており、それを広げていた。
千彩都と開渡は学食に興味があると言って、今日は弁当を持ってきていなかった。なので別行動だ。
もちろん先輩たちには軽音部以外の生徒をこの場所に入れることは先んじて承諾をとっている。
「それにしてもルーシーちゃんの弁当、今日も凄いな……」
ルーシーと真空の弁当箱を前に冬矢が声を漏らした。
昨日のお昼休みもそうだったのだが、ルーシーと真空の弁当の中身が豪華過ぎていた。
高級そうな食材が多く、おせち料理のような弁当箱になっていた。
「ほんと、ルーシーのお家様々だよね〜」
黄金色の卵焼きを口に入れながらそう話すのは真空。
満足そうにもぐもぐしている。
そんな中、隣に座っていたしずはが今日の弁当箱の中にあったほうれん草をひとつまみして、俺の弁当箱の中へと箸で移動。
俺はそれをパクっと食べて、いつものように筋肉へと変える。
中学からいつの間にか日課のようにもなっていた嫌いなものの処理。
千彩都がいればブロッコリーも加わるが、毎日自然な流れで行っていたので俺は気が付いていなかった。
「あー! しずはが光流に野菜渡してるー!」
ルーシーがそれに気づくとすぐさま指摘。
少し羨ましいような表情をしていた。
「私もこのからあげあげるっ!」
ルーシーはころもだけでも美味しそうな唐揚げを箸で掴んで俺の弁当箱の中へ入れた。
「私は嫌いなものをあげてるだけなんだけど……」
「そうなの? なら、私好き嫌いないから光流に渡せないじゃん!」
「別に嫌いなものじゃなくても渡せば良いと思うけど」
「なんかそれって、理由が薄いような……」
女子から嫌いなものを渡されて食べる。
このことは恐らく普通ではなかった。
ルーシーの前で見せるようなことではなかったのだろうか。
「ルーシーがくれるならもらうね」
「うん! このピーマンの肉詰めもあげるっ」
唐揚げの次はピーマンの肉詰め。
元はシャキシャキであっただろうピーマンの中にひき肉が詰まっていてとても美味しそうだ。
「じゃあ私もー!」
今度は全体まで染みてひたひたになったかぼちゃの煮つけ。
それを真空が俺の弁当箱へと移動した。
「こういうかぼちゃめっちゃ好き! カラカラなかぼちゃよりひたひたのかぼちゃの方好きなんだよね!」
かぼちゃは俺の一つの好物でもある。
ハロウィンの時期にはスイーツの主役ともなるかぼちゃ。似たようなものにサツマイモもある。
野菜の中でもこういったデザートの材料にもなる野菜は特に好きだった。
「そうなの! なら私のかぼちゃもあげる!」
するとルーシーが追加でかぼちゃの煮付けを渡してくる。
俺の弁当箱がどんどん色鮮やかになっていった。
ただ、そんなにたくさんくれても食べ切れなくなってしまう。
「も、もう大丈夫! お腹いっぱいになっちゃう!」
止まらさなそうな展開に俺は手で弁当箱の上をガード。
これ以上はいらないとアピールする。
「そ、そう……?」
「せっかくの自分の家の弁当なんだから、自分で食べないと」
家の人が作ったなら尚更だ。
「深月〜俺には何かくれないのか?」
「…………はい」
「えっ、くれんの!?」
冬矢は俺たちのやりとりを見て、深月に弁当のおかずを求めたようだが、まさかもらえると思っていなかったようで驚いていた。
「――――ってこれ、チキチキボーンの骨じゃねーか!」
全ての子供の味方チキチキボーン。冷凍食品の中でも個人的に大好きなおかず。
深月は食べたあとの骨を冬矢に渡していた。
中学の頃からではあるが、深月の弁当は全て手作り。
恐らくこのチキチキボーンも手作りなのだろう。
深月は可愛いもの好きで、弁当のおかずも色とりどりで可愛い。
茶色いおかずが少ない中でも今回のチキチキボーンはその一つだった。
「……あ、少しだけ肉残ってんじゃん。いただきま――」
「――食べるなバカっ!」
「いだぁっ!?」
もらったチキチキボーンに少し食べられる部分の肉が残っていたのか、それを食べようとする冬矢。
しかし深月は自分が口をつけたものを食べられるのが嫌だったのか、空いていた手で思いっきりハンマーのように冬矢の頭を叩いた。
「ふふ、冬矢くんと深月ちゃん面白いね」
「……だね」
見ていて面白いやりとり。
俺はもうこいつらのいちゃいちゃだと思っているのだが、恐らく深月のほうはそうは思っていない。
そんな楽しい雰囲気で俺たちが弁当を食べ進めていた時だった。
「――失礼する」
コンコンと部室の扉がノックされたかと思えば、すぐにスライドして扉が開いた。
突然部室にきた人物。
それは肩まで伸びたストレートの髪に細いフレームの赤縁眼鏡。
手元には何か書類を持っており、眼鏡をスチャっと右手で軽く調整。全体的にキリッとした印象の人物だった。
「やっと見つけた。――九藤光流」
俺の名前を口に出した。
何か用事があるのだろうか。
彼女は部室の中へ軽く足を踏み入れると、すぐに本題に入った。
「私は二年。副会長の
まさかの副会長直々に俺たちを呼びに来たようだ。
そして副会長経由で呼び出したという人物は生徒会長。つまりジュードさんだった。
「はい、わかりました」
どんな用事だろうと思いながらも、拒否する理由もない。
そして、まだこの学校に入ってからジュードさんとは入学式の新入生代表挨拶以来見ていない。
ちゃんと挨拶をしておくことも大事だろう。
「なら、生徒会室で待っている。あまり遅れるなよ」
そう言い残すと、すぐに踵を返して竜胆さんは部室を出ていった。
「ジュード兄、なんだろうね?」
「多分入学してからの挨拶みたいなものじゃないかな?」
「そっか。私も真空も家で会ってるけど、光流は違うもんね」
ルーシーも真空も食卓を囲んで食事をしたり、話したりは普段からしているのだろう。
俺はそういったことはないため、基本的には接点がない。
生徒会自体も気になる。
積極的に学校のために活動もしているようだし、どんな人たちがいるのか楽しみだ。
◇ ◇ ◇
俺だけ昼食を早めに済ませると、その足で一人生徒会室へと向かった。
生徒会室の場所は本校舎。
部室棟から自分たちの教室と同じ場所に戻った。
生徒会室に到着すると少し大きめの扉を軽く二回だけノックをした。
「――九藤光流です」
「いいぞ。――入ってくれ」
中なら竜胆さんと思われる声がした。
それはドアノブに手をかけ、手前に引いて扉を開けた。
「失礼します」
中に入ると、中央に長机が並び、そこには生徒会メンバーと思われる生徒たちが座っていた。
左側には応接間にあるような高級ソファが二つ置いてあり、その間にはローテーブルも置いてあった。
さらにそのソファ近くの壁際にはいくつかの棚が並んでおりその一つに写真が立ち並んでおり、よく見ると現在の生徒会メンバーではない人たちが写っており、歴代の生徒会の写真だと思われた。
そして、その生徒会室の一番奥。
生徒会長専用の机にジュードさんが座っており、そのすぐ横に竜胆さんが立っていた。
「やぁ、光流くん」
「こんにちはジュ……生徒会長」
「あはは。そんなにかしこまらなくても良い。ジュードで問題ないよ」
「わかりました。ジュードさん」
と言ってもジュードさんとは数回会っただけ。
名前も呼び慣れていない。
ともかく一番最初に呼んでいた名前を呼ぶことを許してくれた。
ただ、竜胆さんからは鋭い眼差しを向けられた。
「とりあえず、一番近い席に座ってくれ」
「はい」
ジュードさんの指示通りに一人が目の間の席へと腰を下ろした。
「はい。お茶ですよ〜」
俺が着席したと同時にお茶が運ばれてきた。
お茶をくれたのは、とろっとしたような声音の柔らかそうな雰囲気の女子だった。
「ありがとうございます」
俺は彼女に軽く会釈をした。
「――光流くん。どうだい学校生活は?」
「まだ入学したてなので慣れていない部分が多いですけど、クラスメイトと先輩には恵まれたなって思っています」
今のところトラブルも何も無い。
冬矢やルーシーたち以外のクラスメイトとも交流し始めたし、軽音部の先輩たちもとても優しい。
「そうかい。それは良いことだ。新入生代表の挨拶のことを引きずっているのかなと思っていたけど、そうではないようだね?」
「あ……はい。あの時は恥ずかしかったですけど、一日経ったら気にならなくなりました」
まさかマイクに頭をぶつけた時のことを話に出すとは。
ジュードさんは地面に転がっていたくらい笑っていた。さすがに笑いすぎだろとあの姿には怒りを覚えた。
「最後の最後でのあれは面白すぎてね。笑わずにはいられなかったよ」
「はい……笑いすぎだとは思いましたけど。でも僕もジュードさんの立場だったらああなっていたと思います」
他人ごとだから笑える。
もし自分でなければ、普通に笑っていただろう。
「――とりあえず、皆のことを紹介しておこうか。ほら、簡単に自己紹介だけ頼むよ」
するとジュードさんが、長机に座っている生徒会メンバーにそう言い渡した。
一度ジュードさんの方を見た生徒会メンバーだったが、それを承諾すると俺のほうへ顔を向ける。
「まずは俺から。二年の
話しやすそうで、しごできな雰囲気を纏う彼。なかなかのイケメンな先輩だ。
「書記。二年の
そして、竜胆先輩と同じく眼鏡をかけているのがこの先輩。彼女は結構な小柄に見える。
自己紹介も端的で物静かな感じだが、髪の毛は逆だ。毛量がかなり多い。髪が爆発しかけている。
そんな彼女の目の前にはノートPCが置かれていた。
「最後に私。庶務をしている三年の
彼女は俺にお茶を出してくれた人だった。
柔らかな雰囲気は先ほどから一緒で、ずっとニコニコしている。正直色気が凄い。年上好きでなくとも彼女のことを好きになる人は多いのではないかと思わせる母性を持っている気がした。
「皆ありがとう。竜胆は既に挨拶はしたようだから省くね。光流くんも簡単に自己紹介いいかな?」
「はい。緑勢中から来た九藤光流です。部活は軽音部に入っています。一応図書委員でもあります。よろしくお願いします」
簡単に挨拶を済ませる。
ただ、おそらくは既にジュードさんから俺の情報は伝わっているはずだ。
「光流くんありがとう。――ちなみに生徒会には興味はないかな? 次世代のためにも一年生が欲しいと思ってるんだ」
「お誘いありがとうございます。ただ軽音部で一杯一杯ですので……」
「そう言うと思ってたよ。半分冗談だから気にしないでね」
いきなり生徒会に誘われたので少し驚いたが、さすがに図書委員もやって軽音部もやって勉強もするとなればかなり厳しい。断る選択肢しかなかった。
「――さて、ルーシーの方はどうだい? クラスではうまくやれてるかい?」
家で話を聞いて多少なり知っているはずだが、俺の口からも聞いておきたいのかもしれない。
「はい。毎日楽しそうにしてますよ。クラスメイトとも普通に話していますし」
「そうか。なら良かった。――
「え?」
びっくりした。ジュードさんの口から焔村火恋の名前が出るなんて。
彼女は女優をしているというクラスメイト。そのくらいの情報しか知らない。
「そうですね。ちゃんと会話したことはないですけど、僕はちょっと嫌われているみたいです」
「……まぁ、光流くんなら大丈夫だろう」
「焔村さんに何かあるんですか?」
「いいや、特にない。ただ、これからは何かあるかもしれないから、彼女の行動には気をつけるんだよ」
「? ……わかりました」
言葉足らずでよくわからなかったが、とにかく焔村火恋には気をつけて置いたほうが良いということだろうか。
俺は彼女に嫌われてはいるようだけど、悪い子には見えなかった。
「――そろそろお昼も終わりだ。今日はこのくらいにしておこうか。光流くん、いつでもここに遊びに来てくれて良いからね」
「はい。何かあった時には顔を出させていただきます」
最後に軽く生徒会メンバーに挨拶をして、生徒会室を出た。
―▽―▽―▽―
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
もしよければ、今後も執筆を頑張っていきますので、ぜひトップの★評価やブクマ登録、感想コメントなどで応援をよろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます