196話 軽音部へ
――放課後、俺たちは予定通り、軽音部の部室へ向かうことにした。
ただ、場所がわからなかったので、揺木先生に聞いたところ今いる校舎から少し離れた部室棟にあるということだった。
その情報通りに一度校舎の外へ出て、部室棟がある場所へと向かった。
部室棟へ到着すると、そこは俺たちが授業を受けていた校舎とは全く違い、少し古臭い建物だった。
秋皇の歴史はそれほど長くない。とすればこの部室棟は過去、別の学校の校舎だった可能性がある。
秋皇が設立される際、この古い校舎を部室棟として使い、別に新校舎を建てることにしたのかもしれない。
部室棟の三階。そこが軽音部らしい。
四人で足を進めていくと、軽音部と書かれた一つの部屋が見つかった。
「すいませーん」
俺はコンコンと扉をノック。
すると、「開いてるぞー」という声が聞こえたので、取っ手に手をかけて扉をスライドさせた。
「失礼します」
俺たちはそれぞれ挨拶をしながら、軽音部の部室へと足を踏み入れた。
そこは一つの教室ほどの大きさだった。
壁際に並んだいくつかの机と椅子。さらには少し古めの棚と思われるものが数個。
そして、教室奥にはマイクやアンプ、ドラムなどが立ち並んでいて、軽音部だと思わせるような場所になっていた。
ただ、一つ、軽音部っぽくない場所があった。
それは、教室に入ってすぐ見えた目の前の場所。そこにはいくつかの机が合わさって大きな一つの机になっており、軽音部の三人が座っていた。
もちろんその三人とは、部活動紹介の時に演奏を披露してくれた人たち。
その三人が、お菓子が並べられていた机を囲んで、ティーカップでお茶をしていたのだ。
「よぉー! 来たな! とりあえず、空いてるとこに座れ!」
俺たちは言われた通りに目の前の机の空いている席に座ることにした。
「お前ら紅茶は飲めるか?」
「はい」
「なら育人、四人分の紅茶頼んだ」
「わかった」
すると彼女が育人と呼んだ男子に指示。俺たちの分の紅茶を淹れるために立ち上がった。
「茶しばきながらゆっくり話そうぜ」
なんというか少しイメージと違った。
ガンガン練習をしていると思えばそうではなく、まったりとした雰囲気で机を囲みお茶をしていた。
数分後、育人と呼ばれた男子が、人数分の紅茶を出してくれた。
「わっ、これ結構高級な紅茶だよ?」
「おお、わかるか」
ルーシーが匂いを嗅いだだけで、どんな紅茶なのか見抜いたようだった。
さすがお嬢様育ちは違う。
俺にはいい匂いがする紅茶というイメージしかなかった。
「というか、茶葉から淹れてましたよね?」
「ん? そりゃあな。ティーバッグよりもそっちの方がうまいからな」
「手が込んでますね」
育人と呼ばれた男子が入れた紅茶の方法。ただ、カップにティーバッグを入れてそこにお湯を注いだだけではなかった。
ちらっと見ていたのだが、水を入れたケトルをカセットコンロで沸かし、茶葉が入った筒からスプーンでティーポットに茶葉を投入。
温度が大事なのか沸騰寸前のお湯をティーポットに高い位置からドボドボと注いでいた。
そして茶葉からエキスが抽出されたあとに、四つのカップに紅茶を淹れ分けたのだ。
「じゃあ、新入部員にかんぱーい!」
「か、かんぱーい!?」
ティーカップで乾杯とは、ちょっと驚いてしまったが、彼女の勢いにつられて俺たちはカップを軽く持ち上げて乾杯した。
一杯だけ口に含むと、とても美味しい味だった。これは甘いクッキーに合う味だと感じた。
「じゃあ、自己紹介からすっか! 私は
口調がちょっとヤンキーっぽい彼女。三年生だったようだ。
ニヤッとした笑みはどこかイタズラ好きな悪ガキを思わせる表情で、ボブカットの髪が特徴的だ。
「俺は
紅茶を淹れてくれた彼も三年だった。大人しげな印象だったが、髪は結構ワックスによってツンツンしている。
そして下澤先輩が部長だと思っていたが違ったようだ。
「最後に、僕は
あったら言ってね。ちなみに海凪はこう見えてお嬢様なんだよ。口調とか見た目はこうだけど、紅茶の淹れ方教えてくれたのも海凪だしね」
「おめー余計なこと言うんじゃねえ!」
最後の一人も三年生。彼はマッシュっぽい髪型でこの中では一番落ち着いているように思えた。
下澤先輩を茶化したところからも、関係性は良いようだ。
しかも面白い情報を得てしまった。見た目からは全く想像はつかないがお嬢様らしい。
つまり実家が太いということだろうか。
ルーシーも高級な紅茶だと言ってたし、その茶葉も下澤先輩が家から持ってきたものかもしれない。
「じゃあ今度はお前らだ。適当に自己紹介頼む」
そう言われ、俺たちは顔を見合わせた。
そして一度顔を縦に振ると、それぞれに頷いた。
「僕は九藤光流と言います。担当はギターで、中学の時の文化祭では歌も歌ってました。ちなみにギターは中二の後半からやってるので、暦としては一年半くらいだと思います。よろしくお願いします」
「俺は池橋冬矢です。担当はベース。歴は光流と同じで一年半くらいっす。よろしくお願いします!」
「お前がベースか。はぁん。見た目は確かにベースぽい顔してるな。その長い髪もいいじゃねぇか」
「ありがとうございます!」
ベース的には冬矢のような感じが良いのだろうか。
確かにバンドマンは髪が長い人もいるけど、下澤先輩的にはアリらしい。
「私は宝条・ルーシー・凛奈です。一応ギターやってます。少し前に初めたばかりなので、半年くらいだと思います。これから頑張りたいと思ってます!」
「宝条……? どこかで聞いた名前だな……」
「海凪。生徒会長」
「あぁ! お前もしかして」
「はい。生徒会長は私の兄です」
「マジかよ! とんでもねーやつが来たもんだ! がっはっは!」
ルーシーが生徒会長であるジュードさんの妹だと知ると、下澤先輩は椅子を後ろに倒すようにして(実際は倒れてはいないが)仰け反り、その後バシッと机を叩いた。
「確かによく見れば似てるような、似ていないような……髪色も天然っぽいし。まさかバンドをやってるなんてな!」
「はい。色々ありまして……」
ルーシーは全ては語らないが、下澤先輩的には面白い話のネタにはなったようだ。
「私は朝比奈真空です! ルーシーは言わなかったですけど、少し前にアメリカから一緒に来たばっかりなんです。担当はドラムで、同じく半年くらいです。よろしくお願いします!」
「ん? 二人とも帰国子女なのか? マジか! なら英語は満点取ったも同然じゃねーか羨ましい!」
別の視点で羨ましがった下澤先輩。
確かに英語のテストは彼女たちにとっては簡単なものになるだろう。
「それにしても見れば見るほど美人だな」
「こう言っちゃ変かもしれないですけど、下澤先輩もメイクとかきちんとしたらすごい美人になるような気がしてます」
「ははっ、言うじゃねーか。良いんだよ。お前らみたいな清楚っぽい見た目はもう辞めた。これが今の私なんだ」
つまり元はルーシーたちのように、清楚よりの見た目だったのだろうか。
それが途中で嫌になったとか……。
「あ、あとで海凪の高一の時の写真見る? 清楚美人って周りから持て囃されててたんだよ?」
「洸平やめろ! おめーは余計なことしか言わねーな!」
結構興味はあるかもしれない。
昔はどんな見た目をしていたのだろうか。
そんな自己紹介が終わった時だった。
「ういー」
ガララと部室のドアを開けて入ってきた人物がいた。
「
「へいへい、こっちは教師だ。いそがしーんだよ。勘弁してくれ」
下澤先輩と同じ、もしくはそれ以上に口調が酷い会話をしたのは、先生だったようだ。
「どっこいしょ」
おっさんのような仕草で空いている席にドカッと座った先生。
クールな顔立ちに長い髪をポニーテールでまとめていて、胸元が緩い服からはたわわな乳が溢れている。
そして特徴的だったのは服の上に羽織った少し大きめの白衣だった。
――あれ、白衣……?
「纏衣ちゃん。こいつらが新入部員だ!」
「ほぉん……九藤光流じゃねーか」
あれ、やっぱり。
「あの……面接の時に呼びに来た先生、ですよね?」
「よく覚えていたな」
「はい。受験の日に見るには珍しい白衣でしたから」
「着替えるのがめんどくさかっただけだ。いつもこれだからな」
――そう、彼女は面接試験の時に控室まで受験生を呼びに来た先生だった。
だから俺は彼女とは初対面ではなかった。
あの時、俺の名前を知っているような口調だったこと。
おそらくあの時点で既に俺が受験生トップの成績だと知っていた。
だから、俺のことを見定めるような目で見たのだろう。
「こう見えて纏衣ちゃんは三年の理科担当なんだ。だからいつも白衣なんだよ」
彼女が白衣の理由が判明した。
白衣には薬品の汚れなようなものもついているし、薬っぽい匂いもした。
これは受験の時から同じだった。
「あー、そう言えば名前を言ってなかったな。私は
纏衣という名前だから"纏衣ちゃん"なのか……と思った。
見た目はクールなのに、先輩が纏衣ちゃんと呼ぶだけでどこか親しみやすく思えてくる。
それにしても生徒からちゃん付けで呼ばれているくらいだ。かなり好かれている先生なのかもしれない。
「ってことで私は戻るから」
「ちょっと待ってくれよ。まといちゃん一杯くらいお茶飲んできなよ」
「こっちは新入生が入ってきて忙しいんだよ」
「嘘つけ。まといちゃんは三年生担当だから新入生とほぼ関わってないくせに」
「余計なことには頭回るなお前……」
「纏衣ちゃん先生、海凪は元から成績は良いですよ」
「あぁ……そうだったな」
彼女たちの会話で色々な情報が判明。
俺たちは一年生だが、基本的には纏衣ちゃんとは関わらないらしい。
さらに下澤先輩の成績が良いこと。見た目だけでは本当に実力はわからない。
「……一杯だけな」
「ヨシ! じゃあ育人頼んだぜ」
「任せとけ」
神崎先輩が再び立ち上がり、先ほどと同じように紅茶を淹れはじめた。
数分後、淹れたて熱々の紅茶が入ったカップが纒衣ちゃんの前に用意された。
「あ〜うめぇ。そこのクッキーもいただくぞ。……ん? 結構うまいじゃねーか」
紅茶を飲んで目の前のお皿にあったクッキーをボリボリと食べる纏衣ちゃん。
満足そうに顔を緩ませた。
「あぁ、そのクッキーも海凪が作って持ってきたものですよ。美味しいですよね〜」
「洸平っ! お前はもう喋るな!」
再び湯本先輩が下澤先輩の新情報を明かす。
目の前にあった美味しいクッキーはなんと下澤先輩の手作りだそうだ。
先輩のガラの悪そうな見た目からは全く想像できない。さすがは元清楚美少女のお嬢様。
「これ、下澤先輩が作ったクッキーなんですか……? すっごい美味しいです!」
「あ……あぁ。まぁ口に合ったなら良かったけどよ」
ルーシーが驚いた顔で感想を述べる。
甘いもの好きの俺でも美味しいと感じたクッキーだった。
「もう私の話はいーだろ。そんで? お前らの目標とかどんなバンドにしていきたいとか聞こうじゃねーか」
下澤先輩がぐいっと紅茶のカップを飲みきって空にした。
そして話に出したのは、俺たちのバンドの目標や方針だった。
「実は俺たちそういう方向性とか決まってなくて。だから先輩たちにも聞こうと思って軽音部入ったんですよ」
冬矢が代表して話した。
俺たちは今後どうするかなどはっきりと決めてバンドをはじめたわけではない。
ルーシーはエルアールとしての実績があるが、俺含む他の三人はプロを目指しているということでもないはずだ。
「あぁ、そういう感じか。別に今すぐ決めなきゃいけないってことでもないからな。でも、その本気度の違いがバンドを崩壊させることもある。それだけは頭に入れておけ」
下澤先輩の言葉は重かった。
なぜなら、最後の方の言葉を言い放った時の目つきが今までとは違い真面目だったから。
もしかすると、下澤先輩は以前にそういう経験をしたことがあるのかもしれない。
「先輩たちは今後どうするんですか?」
そこで俺は先輩たちのバンドはこれからどうするのか気になった。
高校三年生という時期は大学に行くか就職するか基本的には二択。先輩たちがどう思っているのか聞きたかった。
「あぁ、私らは全員大学へ行く。バンドで食って行こうとは思ってねぇ」
「そう、でしたか……」
下澤先輩はきっぱりと言い放った。
歌詞はともかく、体育館で聴いた彼女たちの演奏はすごい良かった。
あの演奏はもう聴けなくなるということだろうか。
「私は音楽はじめた時から本気でやってた。ただ、やっぱ途中から現実を見るわけだ。夢を追い続けるのも大変ってこと。それなりの覚悟がいるし、周りも巻き込むことになる。特に家族が多いやつはな」
「――まぁ、下澤の話は極端だ。重く考えすぎるな。諦めずに音楽を続けて、遅咲きしたやつだって世の中には腐るほどいる」
下澤先輩の言葉をフォローするように纒衣ちゃんが細くしてくれた。
こんなだらっとした風体だが、言うことにはどこか説得力がある。
「あの、纏衣ちゃんはバンドやっていたことがあるんですか?」
「九藤……お前最初から私をその名前で呼ぶとはなかなかやるな……」
「すみません……つい」
下澤先輩が何度もその名前を呼ぶので、自分もそう言った方がしっくりくると思って言ったのだが、さすがにやりすぎたか。
「まぁいい。私は昔に少しだけな」
「纒衣ちゃんはこう見えてバチバチのメイクでゴリゴリのガールズメタルバンドをしてたんだ。しかも一瞬だけどインディーズデビューもしてる」
「下澤、勝手に過去を話すな。せっかく濁したのに」
ガールズメタルバンド……。
メタルと言えば、激しいイメージが先行する。今の纒衣ちゃんのイメージとは真逆だ。しかもデビューしたことがあるとは……。
「いずれ知ることだろ。まぁ、だから纒衣ちゃんの意見は参考になるぞ。なんか悩んだら私ら以外にも纒衣ちゃんにも聞いてみたらいい」
「アドバイスありがとうございます!」
纒衣ちゃんはあまり部室には顔を出さないということだが、それなら職員室かどこかに顔を出して聞きに行けば良いだろう。
とりあえず、俺たちの目標や方針は今すぐ決める必要はないということだった。
ただ、気にすべきは本気度の差。できればバンドは崩壊させたくない。
真空の本気度はわからないが、冬矢とルーシーは努力できる人だと信じている。
プロを目指そうが、そうでなくても、練習は本気でやる。俺は元々そういう性格だ。
「あとな、ここの部室の機材だが、空いてる時は好きに使って良い。ただ、一応育人には連絡だけ入れてくれ」
「わかりました」
「私らも一応使うからな。練習は適当な場所でやったりしてる。同じ場所で練習すると音が邪魔で集中できない。前に先輩たちが何人かいた時は、分散して練習してた」
確かにこの教室の中だけでそれぞれ練習するには集中できないだろう。
たまにお茶などして休憩を入れるのは良いが、個別に練習できる場所があったほうが良い。
「あ、光流。言ってなかったけど私の家の地下にライブできるようなスペースあるから、合わせる時はそこ使ってもいいよ?」
「そうなの!?」
さすがは規格外の家のデカさ。
地下室まで規格外だったか。さすがにしずはの家の地下室のようなレコーディングスタジオはないとは思うけど。
「まじかよ。ならお前らスタジオ代浮くじゃねーか。とんでもねぇお嬢様だ」
お嬢様だという下澤先輩の言う通りだ。
ルーシーはとんでもないお嬢様なのだ。
「だから、この教室を先輩たちが使う時は、お家使おう」
「ルーシー、ありがとう」
一通り談義をすると、俺たち四人は正式に軽音部への入部届を書いてその場で纒衣ちゃんに提出した。
ひとまずはこれからは、毎日この場所に通って楽器の練習だ。
ちなみに先輩たちがいる時は、楽器のことについてわかることなら教えるとのことだった。
想像以上に優しい先輩たちで本当に良かった。
こうして俺たちは、軽音部の部室をあとにした。
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