195話 高校初めての体育

 ホームルーム後は初めての授業が始まった。


 中学の時から考えると、隣にルーシーがいるのが不思議すぎてたまらない。

 ルーシーもたまにこちらをちらっと見てきたりして目線が合うと、何か二人の秘密を作っているようで少しドキドキした。


 今のところ授業も滞りなく受けられているようで、日本の授業とのギャップに苦しめられることはなさそうだった。


 そして早速、初日から体育の授業が行われることとなった。




 ◇ ◇ ◇




 体育の時間の前、休み時間に体操着とジャージに着替えることになった。


 体育館横には男子女子それぞれの更衣室があり、そこで着替えることができるらしい。ちなみにグラウンド前にも同じように更衣室があるので、中と外で分けて着替えができる。


 光流は制服の下に体操着を着ていて、教室でシャツを脱いでジャージを羽織るだけで服装が完成していた。

 少しだけお腹の筋肉が見たいなと思いつつも、さすがに教室で上半身裸になって着替えるようなことはなく、見ることは叶わなかった。


 そうして、更衣室に入ると私もブレザー、ワンピース型ベスト、シャツを脱いでいき、下着姿となった。


「ルーシーちゃん肌綺麗〜っ! てかしっろ! 少し触ってもいい?」


 千彩都ちゃんがグイッと近づき、舐めるような目つきで私の肌下から上まで凝視した。


「い、いいけど……」


 気圧されて承諾してしまった。


 私と真空は少し前から千彩都ちゃんやしずはとメッセージをするようになった。


 話は主に化粧品やメイク、お洒落についてが多かった。たまに光流や冬矢くんの話も出たりする。

 今までは真空としかそういう話ができなかったから、本当にメッセージするだけで毎日が楽しかった。


 千彩都ちゃんは私の腕から体の中心に向かって這うように指をなぞった。

 その触り方がなんだかくすぐったくて、ビクッと体が硬直してしまった。


 さらにそのまま指が進み私の肩へ。そして――、


「あっ……」


 入学式の朝、光流に触られた時のような変な声を上げてしまった。

 だって千彩都ちゃんが触れたのは私の左胸だったから。


「声エッロ……! でも私ツンツンしただけだよね? 敏感すぎない?」


 私の反応に千彩都ちゃんが驚いた顔をする。

 確かに昔真空に触られた時はこんな反応にならなかったような気もする。


 だってやっぱりそこは光流が触った場所だから……。


「千彩都ちゃん。実はね、そこは昨日光流が触ったと――」

「バカぁ! こんなに人いる場所でっ!」


 真空が昨日起きた出来事を千彩都ちゃんに伝えようとした。

 しかし、クラスメイトがたくさんいるなかで話す内容ではない。

 話すなら家の中とかそういう密室空間がいい。


 しかしほとんど話してしまったため千彩都ちゃんの追求が始まってしまった。

 なんでそうなったのか、と言う千彩都ちゃんに対し、私がたまたまドジ踏んでそうなったとぼかして伝えたところ、けしからんと憤慨していた。別に光流は悪くないんだけどね。


「しーちゃん、やっぱラキスケだよ!」

「何それ」

「ラッキースケベ! ルーシーちゃんみたいに事故っぽく触らせるの!」

「それ、意図的に起こせないやつじゃない?」


 すると、千彩都ちゃんはしずはに対してアドバイスをしていた。

 ラッキースケベの意味がよくわからなかったので真空に聞いてみたが、私が読んだことのある漫画の中でも起きていたものだった。

 簡単に言えば、何かのトラブルで女の子とえっちな接触が起きてしまうことらしい。


 そんな会話も続く中、私はふと目線を移した。



「――樋口さん? もうすぐ体育時間だよ。ジャージに着替えないと」



 光流の右隣の席の樋口さん。

 更衣室まで委員長の的場さんが連れてきたものの、まだ着替えていなかった。


「ん…………うむぅ……」


 声をかけるも更衣室の中で座ってしまい、眠っているように動かない。


「真空、どうすればいい?」

「皆で着替えさせてみようか?」

「勝手に脱がすのはさすがにダメだと思うけど……」


 このままでだとすぐに休み時間が終わってしまう。


 今日は体育館で、隣のD組との合同体育。

 遅れるわけにはいかない。


「宝条さん! ここは私に任せてください!」


 すると委員長になった的場さんが私が困っている様子を見ていたのか声をかけてくれた。

 これが委員長になるべくしてなった人の気遣いなのだろうか。


「委員長さん、ありがとう。でも、どうするの?」

「こう、するのっ!」


 すると、彼女は樋口さんの席の後ろに移動し、両手の指をわなわなと震わせた。

 そしてその両手を振り下ろすと、樋口さんのがら空きの両脇腹へとアタック。

 そのまま的場さんの指が樋口さんの脇腹を蹂躙した。


「…………あれ? 全然効かない」


 的場さんは首を傾げ、効果がなかったことに驚く。


「普通効きますよね?」


 こちらに視線を向けた的場さん。

 確かに脇腹が弱い人は多い。しかし、そうはならない人もいるらしい。

 こっちは想像するだけでも笑ってしまいそうだというのに、樋口さんはどれだけ強いのか。


「効くと思うよ! ほらっ!」

「真空っ!? ちょっ!? なんでわたし!? だめっ! あはははははっ!!」


 的場さんの話を聞いて、突如真空が私の背後から両脇腹を責めてきた。

 笑いを堪えられず、自分が自分でなくなったかのように笑ってしまった。


「宝条さん、可愛いですね……!」

「あっ……そういうの、いいからっ! この子! 止めてぇっ!?」


 的場さんが私がよがり苦しんでいる様子を見て、なぜか褒めてくれた。

 嬉しいことには変わりないけど、もう助けてほしい。


 数秒後、真空に襲われた私は息が切れて動けなくなっていた。



「んあ…………」



 すると私が騒いだせいか、樋口さんがついに目を覚ました。


「樋口さん、もうすぐ体育の授業ですよ。着替えましょうね?」


 母親が子供に優しく語りかけるように的場さんが声をかけた。


「うん……手伝って……」

「はーい、じゃあ脱がしますね〜」


 すると、的場さんは、樋口さんのブレザーを脱がしていった。



 樋口さんの体は美しかった。


 スレンダーで完全なモデル体型。胸はそれほどないのだが、パリコレとかそっちで活躍できそうな体型だった。

 身長も私より高いか同じくらいで、顔も小さい。


 ただ、顔だけはふにゃっとしていて眠そうだ。



 的場さんが樋口さんをジャージに着替えさせるとクラスメイトの中で着替えが残っている人はいなくなった。

 そうして更衣室を出て、私たちは体育館へと向かった。




 ◇ ◇ ◇




「――よしお前ら。今日はバスケだ。C組、D組それぞれ二チーム作ってもらう。そして合計四チームで総当たりの試合をする」



 体育の先生に従い、俺たちは二チームに分かれた。自己申告で身体能力が髙い人、そうではない人を決め、それぞれ力が均衡するようにチーム分けをした。D組も同様だ。


 そしてチームができたあとは簡単な基礎練習を行うことになった。

 簡単に言えば、ドリブルからのレイアップシュートだ。


 中学の体育でもしていたので、俺も多少なり体が覚えていた。


 ただ、そんなレイアップシュートの中でも一人だけ規格外がいた。

 それは体育館に入った時からその人物は目立っていたからだ。


 ほんの少しジャンプするだけでダンクになってしまう人物。


 それは――、



「また会ったな。九藤光流」

「こんにちは守谷くん」



 約二メートルほどの身長を持つ守谷真護くんだった。

 彼は初詣の時、しずはたちがナンパに巻き込まれた時、男三人をラリアット一発でノックアウトした人物。


 衝撃的だったが、そのあと部活動勧誘の先輩たちに揉みくちゃにされていたところも助けてくれた。

 彼は1-Dに配属されていたようだ。


「バスケじゃ誰も勝てないね」

「さぁな。小回りがきく相手は俺も苦手だぞ」


 この巨体だ。姿勢を低くされてスピード重視で動かれると抜かれるかもしれない。

 しかし、ゴール前に立っているだけでも相当な脅威。

 まだ高校一年生の俺たちには相手ができないかもしれない。



 体育館を半分に分けた中心にある緑の仕切りネット。ちらっとその向こうに視線を送る。


 そこにはC組とD組の女子生徒たちがいた。


 二つのポールにネットが張ってあり、それが二コート分。

 女子はバレーをやるようだった。


 もしバスケだったら千彩都の独壇場だったかもしれない。


 そんなことを考えながら、視線を動かし見たい人物を探す。

 簡単に見つかった。一人だけ金髪。さすがにルーシーは見た目だけでも目立っていた。


 そして、ルーシーたち以外にも注目。

 D組となった理沙、朱利、理帆の三人だ。


 俺が見ていることに気づくと、こちらにわかりやすく手を振ってくれた。

 俺も軽く手を振り返すと、近くにいたルーシーまで手を振り出した。


 そして、ルーシーと理沙たちが顔を見合わせた。




 ◇ ◇ ◇




「私たちはバレーかぁ」

「アメリカではやらなかったね」


 ルーシーも真空もバレーの経験は基本的にはなかった。

 身体能力が高いとはいえ、やったことのないスポーツは難しい。


「ルーシーってジャージでも何でも似合うよね」


 真空がルーシーのジャージ姿をまじまじと見る。

 華奢な体のラインから、ジャストなはずのジャージも少しぶかぶかに見える。

 そして、親から受け継いだキュッと上がったお尻のライン。これは他の日本人の生徒たちとはまた違った部分だった。


「真空だって、似合ってるじゃん。てか真空以外にもほら……」


 ルーシーが周囲を見渡す。


 この1-Cというクラスはなぜか美人が多い。

 ルーシーを皮切りに真空やしずは、深月。樋口や女優をしている焔村の他、委員長の的場、陸上部の遠藤、チア部の秋山などなど。顔が整っているだけではなく、体もスマートだ。


「確かに……男子はこのクラスになれて嬉しいだろうね」

「そういうもの?」

「そういうもの。可愛い女子と一緒のクラスってだけで興奮してるよ」

「さすがにそれは言い過ぎでしょ」

「男子の性欲は甘く見ないほうがいいよ、ルーシー」


 いつの間にか下ネタに移る真空の言動。ルーシーはもう慣れてきたが、男子からそんな目線を向けられると知れば、少し複雑。ただ、光流からはそういう対象で見られたいとは思っていた。


「あ、光流くん、シュートしてるよ」


 真空が仕切りネットの向こうでバスケをしている男子たちのほうへと指を差した。

 その先にいたのは、レイアップシュートを練習していた光流。


「なんだか新鮮……。動く光流も良いなぁ」

「あ、ルーシーちゃん。光流見てる〜?」

「千彩都ちゃん」

「光流は球技は微妙だけど、あぁ見えて足は結構速いんだよ。中学の時も陸上部以外には基本的には勝ってたし」

「そうなんだ! 走るのが速いのかぁ……」


 単純ではあるが、足が速かったり、スポーツができる男子はモテる対象の一つの理由になる。

 そしてルーシーにとっても、光流をさらに好きになれるポイントでもあった。


「ま、球技だとどうなるか、見てればそのうちわかるよ」

「え。そんなに苦手なの……?」


 千彩都からの不穏な発言。

 ルーシーは心配しながらも、光流のそういった部分も見てみたいと思った。

 かっこいい光流もダメな光流も全部受け入れたい。たまにはかっこ悪いところも見せてほしい。

 そんな気持ちだった。


「あ、光流くん手振ってるよ」


 真空の発言で光流の方を見つめたルーシー。練習の合間、こちらに視線を送って手を振っていた光流を発見した。


 ただ、その時気付いた。ルーシーの隣にも同じく光流に向かって手を振っていた相手がいたことを――。


「「あ」」


 手を振っていた相手と目が合うルーシー。


「…………あの、光流の知り合い、ですか……?」


 何か話さなければと思い、ルーシーは恐る恐るその相手に聞いた。


「あ、あぁ。光流とは同じ中学なんだ。私ら三人ともな」


 そう言った相手。

 少し長めのゆる巻きの髪に少し派手目のメイク。腰にジャージを巻いて、体操着でもお洒落に見えるようにしていた人物。


「もしかして……あんたがルーシーか?」

「あっ。私の名前……」


 知ってるんだ、という反応。

 ルーシーは光流と仲の良い友達は皆自分の存在を少なからず知っているのだと理解した。


「やっぱりか……それにしてもとんでもない可愛さだな……なぁ朱利?」

「こんなの、誰も勝てないね。しずはがいた上でさらにこんな美人がいるんだもんな」


 理沙と朱利。ルーシーを初めて目の当たりにして、ため息すらでない。

 光流に好意を持ってはいるが、あまりにもライバルが強すぎた。


「良かったら名前教えてもらってもいいですか?」

「あぁ! 私は折木理沙」

「私は石井朱利」

「私は松崎理帆です」


 三人がそれぞれルーシーに名前を教えた。


「ありがとう。私は宝条・ルーシー・凛奈。良かったら仲良くしてもらえたら嬉しいな」


 ルーシーは笑顔で返し、光流の友達ともなれば仲良くなりたい。

 そんな気持ちでそう申し出た。


 理沙たちはもちろんだと言いつつ、握手をした。


「後ろのやつも友達か? そっちもとんでもねー美人だな」

「うん。あの子は朝比奈真空っていうの。私と同じくアメリカから来たんだ」

「はえ〜。帰国子女がこんなに……」


 C組の美人率がおかしいと感じつつ、理沙たちは光流がいない場でルーシーたちと交流をはじめた。




 ◇ ◇ ◇




 シュート練習が終わり、試合まで軽く休憩。

 俺たちは体育館の壁際に腰を下ろしていた。



「――なぁ、九藤って言ったよな? 宝条さんたちと知り合いなのか?」



 まだ話したことのない男子から声をかけられた。

 その男子の他にも複数人の男子が俺や冬矢の近くにやってきていた。


 質問してきた彼の名前は家永潤太いえながじゅんた。既に野球部に入っているらしい。髪も坊主に近い短髪だ。


「家永くんだよね。――うん、元々知り合いなんだ」

「まじかよ! あんな美人と知り合いだなんて前世でどれだけ徳積んできたんだ!?」


 家永が食いつくようにして、俺のことを羨ましがる。

 彼の気持ちもわかる。ルーシーは本当に美人だ。クラスメイトならば余計に気になってしまうだろう。


「九藤わりいな。こいつ童貞だからさ、可愛い子に目がないんだよ」


 そう家永に肩を組むようにして絡んできたのは堀川暖ほりかわだん。自己紹介では家永と同じ中学校だったらしく、彼も野球部だったそうだ。ただ、高校では野球をするつもりはないらしい。


「お前だって童貞だろうが! なに自分は童貞じゃないみたいに言ってんだよ!」

「まぁ落ち着けって。でも九藤の周りは宝条さんだけじゃなくて、朝比奈さんとか藤間さんだっているよな。確かにこいつがどれだけ徳積んできたんだよって言うのもわかる」


 堀川も童貞らしい。というか高校一年生なら童貞じゃない人の方が少ないと思うのだが、俺の考えはおかしいだろうか。

 俺の友達でも童貞じゃないのは……まぁこの話は今はやめておこう。他人の性事情はデリケートだ。


「確かにこいつの周りは美人ばっかだよな。でも女が自然と集まったわけじゃないぞ」

「池橋だったよな? どういうことだ?」


 徳を積んできたという話に対して冬矢が俺を擁護するような発言をしてくれた。

 それに対してまだ堀川に肩を組まれたままの家永が聞き返す。


「一言じゃあ説明できないな。同じクラスになったならこれからのこいつを見てればわかるよ」

「なんだよそれ。九藤になにがあるってんだよ。言っちゃ悪いが、見た目は普通というか……」

「はは、痛いこと言うね。でもそれは本当だ」


 初対面なのに、容姿について少しディスられてしまった。ただ、自分でも自覚していることなので別に怒るようなことではない。


「お前だってハゲだろうが!」

「これはハゲじゃなくて坊主だ! 伸ばせば髪はあるんだから!」


 すると俺をディスった家永に対してフォローを入れてくれたのか、堀川が家永をディスりはじめた。

 彼ら二人はとても仲が良いように思えた。


「あ、女子の方試合始まったぞ!」


 ハゲと言われて怒っていた家永だったが、女子の方でバレーの試合が始まると視線をそちらへと向けた。


「スポーツできる女子って良いよなぁ……あ、結構遠藤さんも可愛いかも。さすがは動ける陸上部」


 女子を見ながら一人で呟き始める家永。

 彼が見ているのは女子の顔と胸とお尻ばかりだ。

 男ならしょうがないが、彼は言動も露骨だ。



「――ゆ、友希ちゃんはダメですっ!!」



 そんな時だった。

 遠藤を可愛いと発言した家永に対し、詰め寄ってきた男子と思われる人物。



「んあ……誰だ……って可愛いっ!?」



 半開きの目で振り返った家永。

 そこにいたのは、戦艦を組み合わせたような名前を持つ金剛大和こんごうやまとだった。


 家永は金剛のことを可愛いと言ったのだ。


 それもそうだ。彼、金剛大和は、女子顔負けの可愛さを持つ男子。華奢な体に髪はツルツル。小顔で目も大きくまつ毛も長い。女子が欲しいと思う顔を持っている男子なのだ。


「金剛、どうした? 遠藤さんに何かあるのか? そういや同じ中学だって言ってたっけ?」

「うん……僕友希ちゃんとは同じ中学で……」


 家永に代わり、堀川が金剛に質問をした。

 ただ、同じ内容を返しただけで、聞きたいことは聞けなかった。


「――ははん。金剛、お前遠藤さんが好きなんだろ?」

「っ!?」


 冬矢がそう指摘をすると、金剛の顔がみるみるうちに赤くなる。

 可愛いといった家永に対して、牽制するようにやってきた金剛。その行動を考えれば、好きな相手だからという理由にたどり着くのは簡単だったかもしれない。


「そうだったのか……でも可愛いものは可愛いだろ。てかどちらかというと、遠藤よりお前の方が可愛さは上じゃないか?」

「ぼ、僕のほうが友希ちゃんより!? ないないない!」


 家永は遠藤と金剛の可愛さを比べる。

 金剛は否定するも、確かにそう言われるとそうかもしれない。


 遠藤はショートカットで活発さがあるスポーツ系の女子。

 二人を比べると一般的な女の子らしさを感じるのは金剛の方だった。


「いや、金剛はどう見ても可愛いだろ。な、堀川?」

「それは俺も同意だ。やまときゅんだもんな」

「わああああっ!? 聞かれてた!?」

「いや、普通に教室でも呼んでたろ」

「友希ちゃん以外に呼ばれるのは初めてだったから……」


 やまときゅん呼びは、面接試験の待機室でも呼んでいた呼び方だ。

 てっきり慣れていると思いきや、遠藤さんにしか呼ばれていなかったらしい。


「でもこの呼び方、女の子っぽくてなんだか……」

「何だ金剛、男らしくなりたいのか? なら坊主だ坊主! 男は坊主だろ!」


 やまときゅんという呼び方が嫌なのか微妙なラインなのだが、その話を汲み取って家永は男らしくなるには坊主だと提案。たしかに手っ取り早い気はするけど……。


「髪は大事にしてるからちょっと……」

「なんだと!?」


 今の自分の髪は気に入ってるらしい。確かにここまでツルツルだと何かしらケアしている可能性が高い。

 さすがにバッサリと行くのは踏ん切りがつかないか。


「なら筋肉はどうだ? 結構男らしくなるぞ。ほら、光流の筋肉見てみろよ」


 すると冬矢が金剛に男らしくなるアドバイス。 

 そのまま俺のジャージに手をかけ、体操服ごと捲り上げた。


「うわぁ……すっごい」

「はぁ!? なんだよその筋肉! 野球で鍛えてきた俺よりあるじゃんか!」

「バンドやってたらそんなに筋肉つくのか?」


 金剛はキラキラした目で俺の腹筋を見つめ、家永は自分の筋肉と比べ、堀川はバンドと繋げた。


「あはは。小四からずっと筋トレしてたから」

「どんだけ昔から筋トレしてきたんだよ……」


 家永に呆れられた。


「――師匠!!」

「師匠!?」


 すると、突然金剛が俺を師匠呼ばわりしてきた。


「僕に筋トレを教えて下さい! 鋼の肉体を手に入れたいです!」

「い、いやぁ。俺は金剛はそのままの方が良いと思うけどなぁ」

「いや、友希ちゃんも男らしい人の方が好きに決まってます! それに僕のことはやまときゅんでも良いです!」


 やまときゅん呼びの特権をもらってしまった。


「教えるのは良いけどさ。まずは遠藤さんにどんな人がタイプなのかとか聞いてみたらどう? 筋肉つけたからって遠藤さんにモテるかはわからないし」

「さすがは師匠……坊主とは言うことが違いますね!」

「なんでそこ俺をディスった」


 最初は自分の意見を尊重していたが、すぐに俺の話を信じるようになったやまときゅん。

 目をキラキラさせ、両手をグーにして前に構えていた。


「とりあえず遠藤さんに聞いてみなよ。それからまた話聞かせて?」

「はい! 師匠!」


 同級生の男子なのに、ずっと敬語を使われ、さらには師匠と呼ばれるようになってしまった。


 ちょうど試合の時間になったので、金剛は自分のチームがいる場所へと向かっていった。


 俺たち四人は、金剛が走り去る背中を見送った。


 そして、ずっと思っていたことがあった。


「それにしてもあいつ――」



 これはおそらく満場一致の意見。



「「「「――いい匂いしたなぁ……」」」」



 俺も冬矢も、家永も堀川も同意見だった。

 もう明らかに男子から香る匂いではなかった。


 目を瞑ったまま歩いて金剛とすれ違ったとすれば、全員が全員女子だと思うだろう。

 それほどのいい匂い。


 容姿だけではない。

 匂いまでもが男子が勘違いしそうになる金剛の魅力だった。



 

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