192話 入学式 その1

「――緑勢中出身の奥村千彩都です! 中学ではバスケやってたけど高校では特にやらなくても良いかな〜って思ってます! 話すのが大好きなので、仲良くなってたくさん話しましょー! 名前はちーちゃんとか千彩都って呼ばれてます! よろしくお願いします!」


 彼女らしくいつも通りに明るく自己紹介をした。

 次は冬矢の番だ。


「俺は池橋冬矢です。千彩都と同じく緑勢中出身で、中学では文化祭に向けてバンド始めて、ベースやってます。音楽好きなやつもそうだけど、普通に男女問わず仲良くしてくれ。よろしく!」


 無難な挨拶だったが、ハツラツとしていた。

 サッカーのことは一言も話さなかった。今やっていないし話す必要もないかもしれないが。


 そしてついに俺の順番がやってきた。


 席から立ち上がると、一斉に視線が集中した。


 横にいるルーシーが両手を上げて、「がんばれ」と口の形を作っていた。

 その期待に応えるように、俺は自己紹介を始めた。


「前の席の冬矢と一緒で、緑勢中出身の九藤光流と言います。実は僕も冬矢と一緒のバンドをしていて、文化祭でライブをしました。パートはギターやってます。好き嫌いは全くなくて、特に甘いものが好きです。趣味と言えば筋トレやジョギングでしょうか。勉強も嫌いではありません。一年間よろしくお願いします!」


 真面目な自己紹介をして、俺は最後に頭を下げた。


 勉強が嫌いではないと話した時は、『こいつ正気か?』という目を一部から向けられたが、本当のことだからしょうがない。点数を取る快感はもう止められない。


 隣を見ると、ルーシーがエア拍手をしてくれていた。

 小さなことでもこうしてくれる彼女のが可愛い。


 そして、窓際の最後の列。

 深月から続く美人グループの自己紹介が始まった。


「緑勢中学校から来た若林深月です。特に紹介するようなことはないですけど、お菓子作りは好きかもしれません。どうぞよろしくお願いします」


 深月は自分のことをほとんど話さないつもりだったのか、ピアノのことやちるかわが好きなことは話さなかった。

 ただ、深月は昔から所作が綺麗だ。

 ピアノをやっているからだろうけど、しずは同様に姿勢がとても良い。

 深月の家は一般家庭だが、お嬢様育ちだと思う人もいるのではないだろうか。


 そして、続いてしずはの番。


「前の席の深月と同じ緑勢中から来た藤間しずはです。得意なことと言えばピアノくらいだと思います。趣味は……最近は服とかコスメが好きかもしれません。良ければ仲良くしてください」


 見た目に気を使うようになってから、最近ではお洒落することも趣味になっていったようだ。

 趣味が増えるのは良いことだ。


 やはりというか、深月の時からちらほらと増えてきた、可愛いとか美人とかいう周囲の呟き。

 しずはの自己紹介から一気に聞こえてきた。

 それもそうだ、うちの中学一の美人と言われていたんだから。


「朝比奈真空です! アメリカから来ました! うちの家は転勤族で日本には幼少期の少しの時間しかいませんでした。なので日本のことはあまり詳しくないので色々教えて下さい! 代わりに英語はペラペラなので教えることはできると思います。 あ、ちなみに私もそこの光流くんと冬矢とバンドをやる予定です。パートはドラムなのでバンバン叩きます! 色々話しちゃったけど、これからよろしくお願いします! 呼び方は好きにしてくださーい!」


 真空らしい元気な自己紹介だった。

 見た目は清楚系、でも話すとそんな印象とは真逆でかなり明るい。


 そして、最後の大トリがやってきた。


 俺はその人物の顔を見て、軽く頷いた。



 ガタンと椅子を引いて立ち上がる。

 教室の窓から差し込む光が、彼女の金色の金髪を照らし、これでもかと輝かせた。


 これまでに自己紹介した、佐久間より、樋口さんより、しずはより、真空より、大きなオーラを放っていた。


「わぁぁ……あの子、なんだか凄い……」「モデルでも女優さんでもない、なんだか別世界の人みたい」「ファンタジーだ」


 彼女――ルーシーが立ち上がるとそんな声が聞こえてきた。

 教室に入った時もいくつか声が聞こえたが、こうやってちゃんと注目されると再度彼女に対する評価が呟かれた。


「わ、私は宝条・ルーシー・凛奈と言います! 前の席の真空と一緒でずっとアメリカにいましたっ!」


 ルーシーは恥ずかしそうに、緊張した面持ちで必死に話していた。


 がんばれ……がんばれルーシー。

 もうこのクラスの全員の名前を確認した。君をいじめた相手の名前はこのクラスにはなかった。安心して良い。


「私、日本のことほとんど知らなくて……だから変なことしてしまうかもしれません。でも温かく見守ってくれると嬉しいです。ええと、趣味、趣味……。私もバンドやる予定です! パートはボーカルとギターです。もしいつか、ライブができたら、ぜひ観に来てください。頑張ります! 一年間、よろしくお願いします!」


 ルーシーは自己紹介を終えると最後に深く礼をした。

 九十度直角。とても深い礼だった。


 すると、教室中から大きな拍手が彼女に贈られた。

 彼女の真摯な言葉が、クラスメイトに伝わったようだ。


 そして、ルーシーが着席すると、「はぁ〜っ」と全身の力が抜けたように息を吐いた。


「ルーシー、お疲れ様」

「光流、ありがとう」


 小さい声でルーシーをねぎらった。



「はーい! じゃあこれで全員ね! ってことで、良い時間ね。廊下に並びましょう。体育館に行きます!」



 揺木先生の言葉で、一斉にクラスメイトたちが廊下へと並び始めた。


 名前の順や背の順は関係ない。

 とにかく二列に並べば良いとのことだった。


 そうして、他のクラスも続々と廊下に出てきた。



「あっ、光流〜っ!」



 隣のクラスから出てきた誰かが、俺の名前を呼んだ。



「理沙……! おはよう」

「おーうっ! 別のクラスだけどよろしくなーっ!」


 理沙は元気にこちらに手を振っていた。


 そして、その隣にいたのは、朱利と理帆。いつもの三人だ。

 理沙以外の二人は、軽くこちらに手を振っていた。


 元気そうで良かった。


 彼女たちは中学二年生の時に同じクラスになった友達。

 そして三年生の最後には受験まで一緒に勉強会をしたメンバーだ。


 特に彼女――折木理沙。


 当初の受験結果は不合格だった。

 あの合格発表の時の光景は今でも忘れない。


 俺だって、理沙が不合格ですごい悔しかった。

 多分、たくさん勉強を教えたからというのもあるだろう。


 でも、誰か合格者が辞退したことで、繰り上がりで補欠合格となった。

 だから、勉強会をしたメンバー全員でこの秋皇学園へと入学することができた。



「皆、ちょっとここで時間が来るまで待っててね〜。あと、九藤光流くん? ちょっとこっちに良いかしら?」

「あ、はい!」



 整列後、俺だけが揺木先生に呼ばれた。


 すると、少し皆から離れた廊下の隅に移動。

 そこでコソコソと話した。


「九藤くん。聞いてると思うけど、名前を呼ばれたらそのまま立って壇上に移動お願いね。壇上に上がるのは右からでも左からでも大丈夫だから。好きな方を選んで。話すタイミングは任せるから」

「はい、わかりました」

「まさか私があなたを受け持つとはね……下手なことできないわね」

「はは……先生は気にしなくて大丈夫ですよ。僕が勝手に頑張るだけなので」

「……心配はなさそうね。でも、何かあったら相談しなさいね?」

「はい」


 揺木先生は、俺にこれから行われることを伝えた。

 元よりおおよそのことは理解していたために、準備はできていた。


 揺木先生との会話を終えると、俺は元の列へと戻った。



「おいおい光流〜、初日から何かやらかしたか〜?」

「はは、まぁやらかしたといえば、やらかしたのかもしれない」


 冬矢がニヤニヤしながら、俺が先生に呼ばれたことを面白がる。


「光流大丈夫? なにか注意されたとか?」

「ううん。そういうのじゃないよ。このあとわかるよ」

「このあと……?」


 この件は家族しか知らない。

 ルーシーも冬矢も誰も知らない。


 皆を驚かすために、今まで秘密にしてきたのだ。




 ◇ ◇ ◇




「新入生、入場」



 マイクの声が一階の廊下まで響き、A組から順番に体育館へと進んでいった。


 俺たちもそれに続いて行進すると、パッと明るい体育館の天井が目に入った。


 ――大きい。


 これだけの人が在籍する学校だ。体育館の広さは相当だった。

 バスケットコート二面はあるだろうか。


 既に保護者たちが後方に参列しており、二・三年の在校生はその場にはいない。

 入学式に関係する在校生しか参加しないと思われた。


 このあと部活動紹介が行われることを考えても、午前中は授業をしているのだろう。


 移動する新入生たちが、続々と用意されていたパイプ椅子へと着席していき、最後のGクラスまで体育館への入場が果たされた。

 クラスの数が多いために時間がかかるのはしょうがない。


 そして、始まった入学式。

 校長が登場し、少々長めの話が続いた。


 式辞から始まり、来賓の紹介に祝電が読み上げられると、雰囲気が変わった。



「――在校生代表、生徒会長・宝条瀬奈ほうじょうせなによる新入生歓迎の挨拶」



 マイクで名前が読み上げられる。

 すぐ近くにいたルーシーも、ワクワクした表情で兄の登場を待っていた。


 そして、舞台袖から登場したジュードさん。


 綺麗な金髪はルーシー同様で、ミディアムな髪型はスマートに整っている。

 誰が見てもイケメンだと思うその顔は、登場した瞬間から、新入生の女子たちの目を釘付けにしていた。

「かっこいい」「イケメンすぎる」という声があちこちから聞こえてきた。


 ジュードさんが先ほどまで立っていた校長と同じ演台まで辿り着くと、マイクの位置を調整。

 体育館を見渡し、一呼吸置いてから話しはじめた。


「桜の花が咲き誇り、温かい日差しが春の訪れを感じさせる季節となりました。新入生の皆さん、私立秋皇学園高等学校へのご入学おめでとうございます。在校生代表として、私、生徒会長の宝条・ジュード・瀬奈が心よりお祝い申し上げます」


「皆さんと共に学校生活を送れることを楽しみにしていました。本校は他校よりも多くの自由が認められている学校です。髪型や髪色に限らず、それに値すると感じれば対策改善も積極的に行います。生徒会もそうですし、教師の方々も生徒たちの声を親身になって聞いてくれます」


「新入生の中には、まだ不安な生徒もいるでしょう。ですので、少し早めに高校生として過ごしてきた私から、これから学校生活を楽しむ上での秘訣を一つだけ教えたいと思います。それは『聞くこと、相談すること』です。これは一般生活でも必要なことだと思いますが、家族がいない状況で生活するこの学校という環境の中では特に重要なことです」


「もしかすると、友達作りが苦手な人もいるかもしれません。一人が良いという人もいるかもしれません。でも、たった一人でも良いです。その相手は先生でも良いです。相談できる相手を作りましょう。私もそんな相手がいたことで、生徒会長として今ここに立つことができています」


「悩みが雨のように降った時には傘を差し出し、時には複数の傘で皆さんを支えます。我々、上級生と先生方は、皆さんが清々しい気持ちで卒業できるように、できる限り手を差し伸べます。ですから、まずは肩の力を抜いて学校生活を楽しんでください。これから秋皇学園で過ごす青春の一ページを、仲間たちや私たちと共に歩んでいきましょう。以上を持ちまして、歓迎の挨拶とさせていただきます」



 ジュードさんが歓迎の挨拶を終えると、体育館が大きな拍手で包まれた。

 彼のカリスマ性もあっての反応だろう。


 演台から去るジュードさんが捌ける時、ちらっとこちらを見たような気がした。

 まさかあんな遠くから俺がいる場所がわかるわけないよな……。



「在校生代表による歓迎の挨拶でした」



 マイクにて司会がプログラムを進めていく。


 そして、ついにやってくる。

 俺がひた隠しにしてきた、サプライズが。

 



「続いて、新入生代表挨拶。――新入生代表・九藤光流くん、お願いします」




「――――え?」




 司会がマイクで伝えた名前。

 それは俺のフルネームだった。


 名前が呼ばれた瞬間、近くに座っていたルーシーや真空、冬矢やしずはまでもが目が点になっていた。



 そう、これがサプライズ。


 受験結果の合格が発表されてから数日後、学校からお手紙が届いた。

 その内容は筆記試験がトップの成績だったことから、新入生代表挨拶をしてほしいという内容だった。


 初めてとった一位に俺は久しぶりにガッツポーズをした。

 ルーシーに見せられる一つの晴れ姿だとして、もちろん引き受けることにした。



 俺はパイプ椅子から立ち上がると、一斉に新入生たちの視線を浴びた。

 そして、クラスメイトたちが座る椅子の前を通り抜け、真っ直ぐに体育館の舞台上へと進んだ。


 右側の小階段を上がり、先ほどまでジュードさんが話していた演台まで進む。

 その途中、なんとジュードさんが舞台袖に隠れながらこちらに手を振っていた。

 目だけで挨拶を返しながら、演台まで進む。


 ブレザーのポケットに入れていた原稿用紙を取り出し、それを広げると一歩前に。

 マイクに口を近づけた。








 ―▽―▽―▽―


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