193話 入学式 その2
「――ね、ねぇ真空! なんで光流があそこにいるの!? どういうことなの!?」
私は今起きていることが理解することができず、必死になって小さな声で真空に聞いていた。
「い、いや……これって理由は一つでしょ。ねぇ冬矢……?」
すると真空が隣にいた冬矢くんに向かって答えを言うように誘導した。
「俺も今知ったというか……驚いてるんだけどさ。日本じゃ新入生代表挨拶ってのは、成績最上位者がすることが多い」
「えっ。ってことは……」
「あぁ、あいつは受験で一位の成績だったってことだ……!」
「うそっ……」
だって、新入生だけでも三百名ほどの生徒がいる。推薦の人を抜いても二百五十人はいるのではないだろうか。
光流はその中で一位の成績ということらしい。
「すごい……」
私はかっこいい光流の背中を見送りながら、声を小さく漏らした。
「ルーシーちゃん、あいつがなんで勉強頑張ってるか、知ってるか?」
「えっ。ちゃんとは聞いたことがないと思うけど……」
光流は元々、成績は普通だったそうだ。
五年振りに再会した時には、成績がかなり上がったと聞いた。
けど、なぜ上がったのかはよくわかっていない。
「あいつ、ルーシーちゃんのために勉強頑張ってたんだぜ? ルーシーちゃんって勉強できるんだろ? だから並び立てるようにって、そんな感じだ。まぁ、一位を目指してたのかどうかは俺にもよくわかってないけどな」
「――っ」
冬矢くんの話を聞いて、嬉しくて口を手で覆ってしまった。
光流は勉強以外には何か誇れるものはないからと推薦は受けなかったそうだ。
でも、ここまで成績を残せるようなら、推薦も受けれたのではないだろうか。
それなら、なぜ今光流はあそこにいるのか。
推薦での受験は筆記試験がない。つまり一位をとることは不可能。
けど、一般受験なら筆記試験があり、勝負することができる。
もしかして、本当は推薦を受けれたけど、一位を取るために一般受験を受けたのではないだろうか。
もしそうなら、とんでもないサプライズだ。
そして、それを実際にやってのけた光流は本当すごい。
すごすぎるよ、光流……。
◇ ◇ ◇
「――新緑の匂いと春の息吹が感じられるなか、私たちは今日、秋皇学園高等学校の門をくぐりました。まだ着慣れない新しい制服を身に纏い、これからの学校生活に期待を膨らませています。本日は私たち新入生のために式を挙げていただきありがとうございます」
文章を全て覚え原稿を見ずに話せている――なんて格好良い挨拶ではない。
ただ、紙を見ながらたまに顔を上げて話しているせいか、少しライブと似ている気がしていた。
ギターを弾きながらたまに手元を見る。でも、歌う時には前を向く。
あのライブの時には、もうほとんどコードを覚えていたので、手元を見ることは少なかったけど、ライブと今の状況は少しだけ似ていた。
そして、言おうか迷った部分。
平坦なことを言うより、実体験に基づいたことを話した方が良いと思って書いた文章。
ただ、努力努力ばかりの内容で、人にとってはうざいと思われる文章かもしれない。
けど、全員に好かれるような文章なんて書けるわけもない。だから、俺らしいと思うことを原稿に書き加えた。
「――私事ながら、最近、心に響いた言葉を紹介しようと思います。――『
「秋皇学園は、勉学はもちろん、部活動や生徒会活動も積極的で、多くの実績を残してきている学校だと聞いております。そのような向上心の高い学び舎で新たな経験をしていくにあたり、壁にぶつかり立ち止まってしまうこともあると思います。そんな時は友や仲間と手を取り合い、時には先生方、先輩方、保護者の皆さまの力を借りながらも、前に進めるよう精進していきます。ですので、そんな私たちを温かくご指導くださいますよう、お願い申し上げます」
「最後になりますが、人生で一度きりしかない高校生活。ここに集う仲間たちと互いに協力し、時に笑い、時には涙しながらこれからの三年間を過ごしていきます。それが、その先の私たちの人生の大きな財産となるはずです。そのことを信じて、一歩一歩前に進んで行きます。本日は誠にありがとうございました。――新入生代表・九藤光流」
少しくどい挨拶だったかもしれない。
けど、言いたいことは言えた。
たぶん、こういう代表あいさつというのは、その人の特徴が出るのだろう。
俺は真面目な人だと思われただろうか。
努力バカだと思われただろうか。
もしくは少し上から目線だと思われただろうか。
――それでもいい。
今日話した言葉だって、時間とともにほとんどの人が忘れるだろう。
誰か一人でも届けば良いなと思って気持ちを込めた。
そうして、俺の代表挨拶は終わり、体育館が拍手で包まれた。
壇上から降りて自分の席へと戻ろうと、演台から一歩下がって礼。
しかし、そんな時だった――、
『ゴンっ……キーーーーン…………』
長い文章を読み終えて、安心しきっていたのかもしれない。
もしくは、文化祭ライブよりも数倍多い人の前で話したからか、自分で感じる以上に緊張していたからかもしれない。
俺は思った以上に後ろに下がりきれていなかった。
つまり――礼をした時にマイクにゴツンと頭をぶつけてしまったのだ。
そして、頭をぶつけると同時にハウリング音が鳴り響いた。
その結果、拍手に包まれていた体育館が、一瞬にして静かになった。
あんなに真面目に話したというのに、これで台無しだ。
マイクに当たった頭が痛い。
顔も熱をもって火照っていくのを感じた。
徐々にクスクスと笑いの声が広がっていくなか、俺は上げたくない顔を必死になって上げた。
ちらりと舞台袖に目線を送った。
すると、ジュードさんが腹を抱えて地面を転がっていた。
「…………」
その足で演台から横へ。小階段を降り、顔が赤いまま自分の席へと歩いた。
は、恥ずかしいっ……。
皆が俺の赤くなってしまった顔を見てくる。
それを見られて、さらに恥ずかしくなってしまう。
あぁ、誰か俺を殺してくれ――。
…………
「クッ……クッ……」
席に戻ると近くの席にいた冬矢が必死に笑いを堪えていた。
今日だけはこいつをぶん殴ってやろうかと思った。
しかし、それだけなら良かった。
その隣のしずは、千彩都、真空、そしてルーシーまでもが冬矢と同じようにして口を押さえていたのだ。
そして、あの深月までもが顔を俯けながらピクピクと体を小刻みに震わせていた。
俺が必死に考えた文章とルーシーや皆へのサプライズ。
完全に台無しになってしまった。
◇ ◇ ◇
その後、俺たちがまだ知らない校歌が流れたあと、閉式となった。
体育館へ入ってきた順番と同じく、A組から退場していく。
そして、俺たちのクラスが退場し、体育館から廊下へと出た途端、一気に皆が笑いはじめた。
「だーはっは! 光流お前! お前ってやつは最高だぜ!!」
「光流くんっ! 本当に面白いね!」
「光流! 私は笑ってないよ! だって、すごいかっこよかったし、内容も良かったもん!」
「あそこで話したのは驚いたし、かっこよかった! でも私は笑ってない! ルーシーはゴツンした時に吹いてたじゃん!」
「光流、私は笑ったよ! だって、笑わないってほうが無理じゃん?」
冬矢、真空はゲラゲラと俺を指をさして笑い、ルーシーとしずはは俺を褒めながらも笑ってはいたらしい。そして千彩都は完全に笑ったことを認めた。
「どんまい……光流。でも、良かったぜ」
最後には開渡が俺の肩を叩いて、慰めてくれた。
唯一、開渡だけは俺の味方だったのだ。
あぁ……神よ。
久しぶりにクラスメイトとなった開渡が神に見えた。
…………
教室に戻ると、ロングホームルームが始まった。
揺木先生が、俺が新入生代表挨拶をしたことについて皆の前で褒めてくれた。
ただ、彼女も深月同様にピクピクしていた。
笑いを必死に堪えているのが見て取れた。
その後は、学校生活のしおり、学生証、保護者へのお手紙などが配られた。
そして最後に写真撮影が行われることになった。
「はーい、皆さん黒板のほうに集まってくださいねー」
揺木先生が俺たちを立たせて、前に集まるように言う。
順番にクラスを回ってきたのか、担当のカメラマンが教室に入ってきていた。
黒板の前へと移動し適当に配置につく。
するとカメラマンがカメラを構える。
「――もうちょっと左右寄ってもらえますかー?」
カメラマンの声の通りに、それぞれが体を寄せることになった。
「――あっ……」
俺は隣にいた人物と肩がぶつかった。
右側にはルーシー、前には中腰になっていたしずはがいたのだが、俺の左側が問題だった。
――
女優をしているという美少女・焔村火恋。
俺の肩が彼女の肩と触れた瞬間、顔をじっと見つめられた。
「…………ふんっ」
そして、彼女は見下すような目線で鼻を鳴らした。
撮影中、肩を離そうともしたのだが、左右からギュウギュウに押し付けられていて、どうしようもなかった。
なので、そのまま写真撮影が始まり、何枚か撮影が終わるまでずっと肩が触れたままになってしまった。
撮影が終わると焔村火恋が自分の手でブレザーの肩の部分の埃を落とすようにしてパッパッと払った。俺が触れた部分がよほど嫌だったらしい。
この子怖い……。
「じゃあ、休憩挟んで部活動紹介なので、しばらく待っていてくださいねー!」
揺木先生の言葉で三十分ほどの休憩となった。
部活動紹介にも準備する時間がある程度必要なのだろう。それなりの休憩時間だ。
とりあえずこの休憩時間を使って、この学校で初めてトイレに行こうと思い、そそくさと席を立った。
漏れそうだったという理由もあり、一人でトイレに向かった。
そして、トイレを済ませて廊下を出た時だった。
「――やあ、光流っち」
声をかけられた。
振り返るとそこに立っていたのは、小柄な体型に首元まで伸びた髪の毛先は外ハネしているミディアムボブの少女。
特徴的な大きめの黒縁メガネにゆったりとした雰囲気を纏っている彼女は、以前会ったことのある人物――、
「――氷室さん……だっけ?」
「そうそう。覚えてたんだ」
「うん。試験で話したのは君だけだったから」
彼女の名前は
名字が気になる子ではあったが、筆記試験の時はほんの少ししか話していないので、まだまだどんな子かわからない。
ただ、初対面で俺の名前を知ると『光流っち』などといきなり下の名前で呼んできた少し会話の距離感が近い子だ。
「まさか光流っちがナンバーワンだったとはねぇ」
「たまたまだと思うけどね」
「謙遜しちゃってぇ。まぁ、それとは別にあのマイクごつんの時は、クラスのほとんどが笑ってたよぉ?」
「別の意味で有名になっちゃったか……」
席に戻った時は、顔をほとんどあげられず近くの席の冬矢たちのことしか見えていなかったが、他のクラスメイトも結構笑っていたらしい。
困ったものだ。
「てか光流っち、見かけによらずバンドなんてやってるんだぁ?」
「見かけによらずって……まぁそうかもだけど。」
ほとんどの人が俺の自己紹介でそう思ったのではないだろうか。
見た目が平凡な俺が、バンドをしているなんて。
「でも、そのギャップが良いのかもねぇ。結構激しくヤッちゃうの?」
「はは、多分結構激しいかも」
「ふぅん。激しいんだぁ……」
なんだか氷室さんのその言い方がどこかエロい。
「あ、光流いたー!」
すると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「ルーシー」
小走りでこちらに駆けてきたのは、俺の隣の主人公席のルーシーだ。
「どうしたの? そんなに慌てて」
ルーシーは肩で息をしていた。
少し後方には真空やしずはたちもいたことから一緒にトイレにきたらしいが、ルーシーだけこんな様子だ。
「な、なんか、光流が席離れた瞬間にバッと色んな子が私の席にきちゃって! たくさん質問されて、私日本でこんなの初めてだからびっくりしちゃって!」
「ふふ。皆ルーシーに興味あるんだよ。しかも帰国子女だし、珍しいんでしょ」
「そうなのかなぁ……というか、その子……」
会話の途中、ルーシーが俺の後ろにいた氷室さんに目を向けた。
「は、初めまして。宝条・ルーシー・凛奈って言いますっ。氷室麻悠ちゃん、だよね?」
「ふぅん。私の名前もう覚えたんだ?」
「うん! 私の知り合いと同じ名字だったから、すぐに覚えちゃった」
このルーシーの話し方から、彼女――氷室さんのことは知らないらしい。
ルーシーも俺と同じく彼女の名字から執事の氷室さんを思い浮かべたようだ。
「ルーシーちゃんはキラキラしてるねぇ」
「キラキラ!? なにそれ?」
「オーラがあるってことぉ。とりあえず、焔村火恋には気をつけなぁ?」
突如、氷室さんが、ルーシーに警告を出した。
なぜ焔村火恋なのか。
「えっ! あのすっごい可愛い子? 女優さんって言ってたよね? 私、日本のことに疎いから知らなかったけど、有名な子なんだよね?」
「すごいってのは、人それぞれの視点だと思うけどぉ。彼女目立つのが好きみたいだし、でもその人気を誰かさんにとられて怒り心頭みたいだったから」
「ええっ!? 人気!? 誰だろう……もしかしてラウ……樋口さんとか? あの子もドイツ人みたいですっごい綺麗だったよね!」
いやいやルーシー、君もだよ! とツッコみたかったがやめておいた。
「女の嫉妬ほど怖いものはないからねぇ。とりあえず頭に隅にでも置いておいて〜。じゃあまた〜」
「う、うんっ!」
すると真空たちが近づくと同時に、氷室さんは教室へと向かっていった。
「あの子良い子だねっ」
「うん。たぶん……?」
彼女のことはまだよくわからない。
どこか不思議な、ミステリアスな部分がある。
それに、ちゃんと近くで氷室さんを見て、気付いたことがあった。
――メガネに度が入っていない?
その意味はよくわからないが、ともかく俺には度が入っているようには見えなかった。
お洒落でメガネでもしているのだろうか。それとも何か理由があって――?
「ルーシ〜」
「真空っ」
すると真空たちがルーシーの下へと到着した。
「光流くんこんなところでどうしたの? まさか女子トイレに一緒に入りたいとか?」
「そんなわけ!」
真空はこうやってたまに人をからかう。
ルーシーのこともからかっている様子を見ると、誰に対してもこういうキャラのようだ。
「じゃあ私たちは連れション行くからルーシー借りて行くね〜」
女子が連れションって……。男子ならともかく。
そうして、しずはと深月も同時に女子トイレへと入っていった。
俺は向きを変えて教室に戻った。
◇ ◇ ◇
廊下を一人で歩き、窓から差し込む光を浴びる一人の少女。
度なしメガネを取り、ブレザーのポケットに入っていたハンカチで汚れを拭き取る。
それを窓から見える空にかざし、汚れがとれたかを確認。
「――じぃじから聞いた話とはちょっと違うけど、あれはもうずっと前の話だしなぁ」
メガネを掛け直し、物憂げにそう呟く。
何かを知っているような言い方だが、全ては知らない。そんな呟き。
「病気が治って元気になったってことだよねぇ。ま、私は初めて会ったわけだけど。……あんなお嬢様中のお嬢様が、ねぇ」
一度だけ軽く振り返る。
その視線の先にいたのは、先ほどまで会話していた九藤光流と宝条・ルーシー・凛奈。
「あの呼び方にあの距離感。光流っちが何かしたってことかぁ……?」
顎に手を当て、考察しながら廊下を歩く。
その表情は少しだけ楽しそうで――、
「色々聞くためにも、久しぶりにじぃじに会いに行こっかなぁ」
――彼女の名前は
宝条家の家令である
麻悠は宝条家やルーシーのことを少しだけ氷室から聞かされていた。
――病気の同い年の子がいる、と。
そして、もしいつか会うことがあったなら、仲良くしてあげてほしいと――。
「ま、私は別にそんなつもりはないけどぉ、たまに様子見るくらいなら、ねぇ」
ただ、麻悠は生粋のおじいちゃんっ子でもあった。
だから、できるだけおじいちゃんである氷室の言うことは聞いてあげたいという気持ちがあった。
「――それにしても、この偏差値の学校で私が勉強で負けるなんてねぇ……」
秋皇学園高校、一般受験・筆記試験。
――総合得点、第二位。
中学では一年時より二位に圧倒的な差をつけ、一度も一位を落としたことのなかった生徒。それが彼女――氷室麻悠だった。
―▽―▽―▽―
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
いつも読んでいただいている皆様のお陰で50万PVを達成しました。お礼の報告を近況ノートに載せましたので、そちらも読んでみてください。
もしよければ、今後も執筆を頑張っていきますので、ぜひトップの★評価やブクマ登録、感想コメントなどで応援をよろしくお願いいたします!
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