190話 部活動勧誘
「お〜、光流似合うじゃん」
制服に着替えてリビングへ向かうと冬矢が声をかけてくれた。
「光流くん、似合ってるよ!」
「似合ってるよ、光流」
「さすがは弟」
さらに真空、しずは、姉が制服姿を褒めてくれた。
「光流、ネクタイ曲がってるわよ。こういうところはお父さんと一緒ね」
ため息をつきながら母が俺に近づくとくいっとネクタイを締め直してくれた。
その間、俺は全員にその様子を見られて、少し恥ずかしい。
「これでヨシ。行ってらっしゃいな」
「母さん、ありがとう」
入学式は基本的に家族は参加しない。
卒業式だけお祝いに行くというのが、うちのスタイルらしい。
小学校はともかく、周囲を見ていても卒業式のみ参加する家族が多いようだ。
「お、光流。もう行くのか」
「父さん……おはよう」
「あぁ、おはよう。良いじゃないか。決まってるぞ」
父が扉を開けてリビングへ入ってくると俺に言葉をかけてくれた。
既にスーツに着替えていて、これから朝ごはんだ。
「皆さんも光流をよろしくね」
軽く手を挙げながら、皆に挨拶をする。
それに応じて、それぞれに挨拶を返した。
「じゃあ、少し早いけど行こっか」
俺たちは揃って家を出た。
◇ ◇ ◇
ガタンゴトンと電車に揺られる。
少し人が多めの車内。座ることのできた俺たちは会話しながら学校へ向かう。
学校の場所は都心に向かって逆のため、電車の中は思ったより人が多くない。満員を避けられているだけでも、通学にストレスがないのは良いことだ。
俺の隣に座るのはルーシー。
彼女の天然の金髪は電車の窓から差し込む朝日によってキラキラと輝いていた。
「どうしたの? そんなにこっち見て」
ルーシーの髪を見つめ過ぎたのか、彼女が声をかけてきた。見惚れてしまっていたのはバレていないようだ。
「ルーシー、車じゃないけど大丈夫なのかなって?」
隠す必要もないが、近くに人がいると気恥ずかしくてあまり本当のことが言えない。だから別の話を持ち出した。
「うん。多分どこか私の知らないところで見てるんじゃないかな?」
「ま、まじ……?」
ルーシーはVIP過ぎて、こう言ったことが当たり前だ。
今日も電車の乗り方がほとんどわからなかったようだった。
アメリカでも基本的には車移動。なので電車に乗る機会はなかったそうだ。日本の電車も乗る機会がなかったのは同じ。
今回は定期券を持たされていたので切符を買う必要はなかったが、タッチ式の改札も物珍しそうに見ていた。
でもずっと見ているわけにもいかないだろう。彼女にもプライベートがあるし、ボディガードも学校には常駐できない。
できれば彼女と同じクラスになって、見守れたらいいんだけど。
「ねぇ。そういやバンドやるって話だけど、軽音部にでも入るの?」
俺を挟んでルーシーとは逆側から話しかけてきたのはしずはだ。
ルーシーもそうなのだが、彼女は俺の肩にピッタリと肩や腕をつけてきている。
正直、二人とも良い匂いがするので、なんだか香りの安らぎスポットにいるような感覚になる。
「そういや考えてなかったな。冬矢はなんか考えてる?」
俺は目の前で吊り革に掴まって立っていた冬矢に話しかけた。
「俺もそこまで細かいこと決めてない。俺たちのバンドが何を目指してるとかにもよるんじゃないか? その意見を先輩方に聞くことも含めて軽音部に入ってもい良いとは思うけど」
確かに冬矢の意見の通りだ。
今の話を聞く限りは軽音部に入っても良いのではないかと個人的には思った。
「私は軽音部入ってみたい! 皆と部活……すごい楽しそう」
するとルーシーがワクワクした顔でそう言った。
「私も部活入ったことないし、楽しそうだなぁ」
アメリカ組は、日本の部活のようなシステムに関わったことがない。
だからこそ、憧れがあるようだ。
「それ言われると、俺も部活に興味あるなぁ。そういや今いるメンバーって誰も部活入ったことないよね」
冬矢だってしずはだって、部活の外で活躍してきた人たち。
そういった経験はない。
「まぁ、嫌だったら辞めればいいだけだしな。とりあえず部活動紹介もあるみたいだし、それ見てから決めようぜ」
「そうしよう!」
今日は入学式の他に体育館で部活動の紹介も行われるそうだ。
その内容を見て、新入生は自分が入りたい部活を見定めることもできる。
「あんたたちは良いわね。私なんて部活に縁なんて最初からないっていうのに」
「じゃあしずはも入る!?」
少しふてくされたような声音でしずはがそう言うとルーシーがしずはを勧誘した。
「ピアノ練習する時間なくなるから無理」
「え〜。じゃあ学校帰りに一緒に遊べないの?」
「毎日家に帰ってすぐにやるわけじゃないから少しは時間あると思うけど、部活はとにかく無理ね」
高校生になり年齢が上がると、出られるピアノコンクールが増えるらしい。
今までは出られなかったヨーロッパのコンクールにも出られるとか。
彼女は部活レベルではない。それとは比べられないほどもっともっと上に行くのだ。
「じゃあたまにご飯とか行こうね!」
「気が向いたらね」
「やった!」
ルーシーはしずはに対して積極的だ。
それは、初詣で二人っきりになった時に色々話したことが理由らしい。
詳細は聞いてはいないが、喧嘩したとか。
それ以来、ルーシーはしずはのことが大好きになり、しずはのほうはどう接したら良いかわからないルーシーとも会話をするようになった。
◇ ◇ ◇
最寄り駅に到着し、入試の時に通ったイチョウの並木道を歩いていく。
俺たち五人が一緒になって歩き進めていると、満開に咲いている桜の木が目に入った。
秋皇学園近くには、桜の名所となっている道があるそうだ。
おそらくそれが今俺たちが歩いている道。
「わぁ〜〜〜っ。すっごい綺麗」
ルーシーは上を見ながらひらひらと落ちてきた桜の花びらを空中でキャッチして、手にとった。
それを見ながら目をキラキラさせていた。
「ねぇねぇ、みんなで写真撮ろうよ!」
「お〜いいじゃん。俺は賛成」
ルーシーの一言に冬矢が同意した。
「とろ〜っ!」
真空も元気よく同意した。
「あ、ちょっと待って」
皆で桜の木を背に写真を撮ろうとしたが、しずはがストップをかける。
そして、そのままどこかけ小走りで駆けていった。
「はい、連れてきました〜」
数十秒後、しずはが手を掴んで連れてきた相手がいた。
俺たちの近くを歩いていたようだった。
「ちょっと、もういいでしょ。離してよ」
しずはが掴んでいる手を離そうとぶんぶん腕を振っていた人物。
彼女は若林深月。
最初の出会いはしずはのピアノコンクールの会場。
しずはのライバルとして、いつもしずはに突っかかってた人物。
中学では同じ学校になり、より彼女とも時間を共にするようになった。
お昼休みの時間に昼食を一緒に食べたり、三年の最後には一緒に勉強会をしたり。
初詣だって一緒に行った。
赤峰小メンバーでなくても、彼女はもうその一員のように仲良くしてきた一人だ。
しずはとは親友と言えるほどの関係で、冬矢が好意を持っている相手でもある。
彼女のピアノの実力もものすごい。さらにその上をいっているのがしずはというだけ。
この高校生活で、深月がどこまで普通に話せるようになるのかも、俺の中で一つ気になっているところだ。
それをしてくれるのは冬矢だと思っているが、先はまだ長いらしい。
「――深月! 制服似合ってるじゃん!」
冬矢が深月に気づくと、彼女の制服姿を褒めた。
「私以上に似合ってる人たちが周りにいると信じられないんだけど……」
深月がルーシーたちに視線を送りながら、眉を寄せた。
「いや、まじで本当だって! 深月の制服姿めっちゃ良いよ!」
「…………変態!」
「なんで!?」
冬矢の言葉が通じず、逆に変態扱いされてしまった。
深月が恥ずかしがって、本当のことを言えないのは俺もこの五年間で理解している。
これは冬矢も理解していることで、それでもめげずに会話を続けるのだ。
「深月ちゃん! 今日からまたよろしくね! 私ともお話してね!」
「私もー! 深月ちゃんよろしく!」
「あ、あぁ……うん、よろしく」
ルーシーと真空が勢いよく距離を詰めて、深月の手を握る。
深月はその勢いに負けて、とりあえず無難な返事をした。
その後、俺たち六人は通行人にスマホを渡し、桜の木を背景に写真を撮ってもらった。
◇ ◇ ◇
桜の木が立ち並ぶ道を抜けると、ついに校門が見えてくる。
でかでかと入学式と書かれた看板が見える。
そのすぐ横に校門があり、新入生たちが続々と校門を潜り抜けていっていた。
秋皇学園は全校生徒が約九百人。クラスも一学年AからGまでの七クラス存在する。
一応はマンモス校と言われる部類に入るらしい。
それだけの数の生徒を収納する学校だ。
俺が通っていた中学校と比べると二倍ほどの大きさだろう。
俺たちは入試でこの場所に来たが、ルーシーと真空は推薦かつリモート。初めてこの校舎にやってきた。
「おっきいなぁ〜」
「私たちが行ってたとこより大っきいね」
ルーシーたちが通っていた学校よりも大きいらしい。
どの国でも学校の大きさはピンキリだろう。ただ、マンモス校は日本でもそれほど多くはないはずだ。
そうして、俺たち六人が一緒に一緒に校門を潜り抜けた。
清々しい気持ちで校舎へ……と思ったその時だった。
もう、こうなることはわかっていた。というか校門を潜る前にはもう見えていたとでも言うべきか――。
「バスケ部どうですかー!」「いや、ラグビー部でマネージャーを!」「そんな汗臭い部活よりも茶道で精神を鍛えましょう!」「いやいや今はEスポーツの時代でしょ! ゲーム研究会にぜひ!」
様々な部活動勧誘がその場で行われ、チラシ配りが同時に行われていた。
そして、これも予想できたことだった。
「お、おい! あれ見ろよ!」
部活動勧誘していた一人の生徒が、こちらを向いて大きな声を上げた。
「可愛すぎる! ヤバ過ぎるだろ! 絶対うちの部にもらう!」
そんな声を出したものだから、他の部活動勧誘の生徒たちが一気に視線をこちらに向けた。
「えっ、えっ!?」
ルーシーが驚きの表情を見せる。
「まぁ、わかってたけどね〜」
能天気に笑いながら真空が呟いた。
「うわぁ、こういうのだるいよぉ」
「…………」
しずははため息をつき、そして深月はそのしずはの後ろに隠れた。
「壮観な景色だな!」
「何いってんだよ。助けないと」
冬矢がニヤニヤしながら女性陣の後ろで呟き、俺はどうにかしないとと少し慌てた。
ただ、人数が人数。押し寄せる波全てを捌ききれない。
「うっわぁ。本当に綺麗。しかも身長高い! 絶対うちのバレー部に来たら活躍できるよ!」「この身長は陸上でこそ活きるでしょ! それにしても可愛いなぁ」「やっぱりバスケしかない! バスケ一択! 今うちのバスケ部身長足りないんだよねぇ」
「わっ、こっちの子もすっごい可愛いよ! モデルさん!?」「マネージャー! マネージャーを頼む! 野球部は女っ気がなくてたまらんのだ!」「素敵なお嬢さん方、サッカー部のマネージャーはどうかな?」
「こ、こっちの子も可愛い! この子たちどうなってるの!?」「今年の新入生は豊作だ!」「とりあえずチラシだけでももらってくれ! 下に小さく俺のID載せてるからあとで追加してくれ!」
ルーシー、真空、しずはに対して勧誘が押し寄せた。
そして深月はいつの間にか冬矢の背後へと移動していた。
「どうしよう。これ、どうすれば止まるんだ……」
俺は動けないでいた。あまりにも数が多すぎて、どう動けば良いかわからなかったのだ。
そんな時だった――、
「――どいてくれ」
低い声が響いた。
「うわぁっ!?」
「でけぇ!?」
「ビッグフットか!?」
俺たちの横をすり抜けて出てきた人物。
それはビッグフットのように巨大で、屈強で。でも、なぜか制服を着ていて。
そのビッグフットは、部活動勧誘の生徒たちをなぎ倒すように――ではなく、どけるようにして道を切り開いていってくれた。
すると、ルーシーたちの前に綺麗に道ができた。
「み、皆! 今のうちに行くよっ!」
俺は先導するように皆の前に出て走った。
「わかった!」
ルーシーたちがそれに応えるようにして、一緒になって前へと走った。
そして、ビッグフットさえも通り越すと、俺は気付いた。
「――あれ、君って……」
俺は立ち止まって振り返った。
「また会ったな、九藤光流」
なぜか俺の名前を呟いたビッグフット。
そのビッグフットの正体は――、
「初詣の時の……」
「まさかこんなところで会うとはな」
「その体格で高校一年生だなんて……」
「よく言われる」
彼は、初詣でしずはがナンパに巻き込まれた助けてくれた人物。
俺は男三人相手に立ち向かおうとしたのだが、大事になる前に彼がラリアット一発で男三人を沈めたのだ。
あの時は本当に助かった。
「あの時は本当にありがとう」
「いいさ。気にするな」
あのあと、男三人がどうなったのかは知らない。
ただ、気を失っている男三人を一人で引きずっていくパワーは人並み外れていた。
「名前、教えてもらっていい?」
「あぁ。俺は
「守谷くん、だね。これからよろしくね」
「こちらこそ」
俺は彼にお礼を言い、ルーシーたちのもとに戻った。
「なぁ君! 柔道部にどうだ!?」「いやいや、レスリング部だろ!」「バカ言え! ラグビーなら無双できるだろ!」
俺が離れてすぐ、彼は体格重視の部活動に勧誘されまくっていた。
「ねぇ、あの人知り合いなの?」
「うん、ちょっと……ね」
ルーシーにそう聞かれたが、あの時の話はあまり掘り返したくなかった。
だから、ぼかすことにした。
「あの人見覚えがあるような気がするんだけど……誰だっけ」
しずはが頭をかしげながら目を細める。
ただ思い出せはしないようだった。
あの時のしずははショックが大きく、ほとんど覚えていなかったのだろう。
なら、思い出さないほうが良い。
「ほら、皆行こう!」
そうして、玄関前に貼ってあるクラス分けの掲示板を見に、足を進めようとした。
しかし、またもや俺の足を止めるものが目に入った。
部活動勧誘の一番奥。
玄関に一番近い場所の右端に小さな机が一つぽつんと置いてあった。
そこには椅子に足を組んで座り、両手を頭の後ろにセットしている目つきの悪い女子生徒が一人。
そして、二人の優しそうな男子が両サイドに立っていた。
その女子生徒がいる机の前にその部活名が書かれた紙が垂れていた。
「軽音部……」
俺がそう呟くと、一同に足を止めた。
「ん……軽音部に興味あんのか? ないよなぁ。この高校に来てバンドやるやつなんていねぇよなぁ。だって私ら三人しかいねぇし……クソっ」
「興味あります!!」
俺は彼女に近づき、机をドンっと叩いてそう言い放った。
「え…………」
すると、彼女の目つきが変わった。
「マジかよ! おめーマジかよ! お前ら、こいつマジに興味あるらしいぞ! これで廃部にならなくて済むかもしれねぇ!」
マジばかり使う彼女は、先程まで酷い目つきだったのに、俺の言葉を聞くと目を輝かせるようにして喜んだ。
「あー、ちなみに私らもう三人でバンドやってるから、入ることはできねーぞ? 自分でメンバー探すしかねぇけど良いのか?」
「良いです! 既にあと三人決まってるので!」
「なんだと! あと三人だと!? おめーマジで廃部じゃなくなるじゃねーか! 最高かよ!」
今度は彼女は立ち上がって俺の肩を叩く。
よほど嬉しいのか、満面の笑みになっていた。
最初とは打って変わって、女の子らしい可愛い笑顔だった。
「ちなみに、入る予定なのはこの三人です」
俺は後ろで話を聞いていた三人を手招きした。
「…………は? マジでこいつらが?」
「はい、そうです。マジです」
先輩につられてマジった。
「おいおいおいおい! ビジュ爆発してんじゃねーか! モデルバンドかよ! いや、見た目で判断するのは、私が一番嫌いな人間だ。見た目じゃわかんねーよな! 熱いパトスがあるかもしんねーよな!」
「私、本気です! バンドやりたいんです!」
「私もですよ! ルーシーと一緒にバンドやりたくて!」
「俺もです。中学の文化祭でも一度ライブしてます」
三人同時に想いを伝えた。
「おいおいおいおい! マジじゃねーかクソ! 聞いたかお前ら!」
すると、後ろの男子二人がコクっと一度だけ頭を縦に振った。
「じゃあチラシはいらねーな! このあと部活動紹介で私らが演奏する。まずはそれを観客席から聞いとけ!」
「はい!」
「部室は……まぁ、適当に調べてくれ。広いから迷うかもしんねーけど、暇がある時にきてくれ!」
「わかりました!」
「じゃあ行け! 新入生どもよ!」
女子の先輩の言葉で俺たちはその場から離れた。
「なんか……すごくロックな人だったね」
「だよね。最初はすっごい目つき悪かったけどね」
「でも後ろの二人は真逆だったよね。ずっと静かだったし」
「あの人があんな性格だから、親にみたいに見守ってるんだろ」
軽音部のロックな女子の先輩。
少し口は悪いが、楽しそうな先輩だった。
聞く話によれば三人しかいないらしいが、俺たちにとっては逆に良かったかもしれない。
自分たちのペースで部活動ができそうだ。
そして、玄関前に貼られたクラス分けの掲示板の紙。
俺たちは一斉に自分の名前を探した。
―▽―▽―▽―
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