189話 来訪者たち
ヤバいヤバいヤバいヤバい。
胸が爆発するかと思った。
まさか光流が起きてたなんて。まさか飛びついてくるなんて。
色々と見られてしまった。
下着は体全体の二割ほどしか隠していない。だから残りの八割を見られてしまった。
あんな近距離で、光流の吐息がかかるくらい近くで。
見られるだけならまだしも、触られてしまった。
光流の手に力が入った瞬間、変な声が出てしまって……。
私ってあんな声が出るんだ……。
だから 恥ずかしさも相まって、渾身の一撃を叩き込んでしまった。
彼の手と指は男らしく、スポーツはしていないのに少しゴツくて、なのに綺麗で。
それはクリスマスイブの時からわかってはいたけど、胸に触れられるとまた違う感触に感じた。
いつかはそんなことも……なんて考えたこともあったけど、まださすがに早い……よね?
そういうことは、段階を踏んでいきたい。
私が光流の頬をぶったことで倒れてしまった。
だから、その隙に制服に着替えて、謝罪も込めて膝枕をした。私が膝枕したかったというのもあるけど。
彼の寝顔――意識を失った顔はなんだか可愛く見えて、ずっとこのままでも良いと思った。
左頬がずっと赤くなっていたので、優しく撫でてあげた。ついでにサラサラな髪も。
光流、力強かったなぁ……。
◇ ◇ ◇
頭だけでもシャキッとさせるため、一階に降りた後はまず先に洗面台で軽く顔を水で洗った。
冷たい水が覚醒を促し、隣にいたルーシーの姿がさらにはっきりと見えた。
「ふふ。髪までびちゃびちゃになってるよ」
顔を洗ったことで、前髪にも水がついてしまった。
タオルで顔を拭いたつもりだったが、ちゃんと拭けていなかったようだ。
ルーシーは俺が持っていたタオルを手に取ると、濡れている髪の部分を優しく拭いてくれた。
「これでヨシっ」
「ありがとう」
人にこんなことをしてもらうなんて、少し気恥ずかしくなったが、ルーシーにしてもらえているということが嬉しくてたまらなかった。
その足で洗面所を出て、リビングへと向かった。
「あ、おふぁよ〜っ。るーひぃとひかるくんきた。先いただいちゃってるね〜」
俺とルーシーの姿を初めに見つけた人物が声を出す。
トースターで焼いたパンを口に含みながら、ふがふがしながら俺たちに挨拶してくれた。
「あ、ズルい! 私も先に光流のおうちの朝ご飯食べたかったのに!」
「ん……ん……ぷはぁ……。牛乳最高! 希沙良さん、ご飯すっごく美味しいです!」
小さく怒ったルーシーを他所にその人物はコップに入った牛乳で口の中に残ったパンを喉に流し込み、俺の母に感想を述べた。
「――真空ちゃん、だっけ? これ普通に焼いただけのパンなんだけど……」
「いえいえ! なんかうちのとは全然違います! もしかしてトースター良いの使ってません?」
「あ、一応ボルミューダのいい奴は使ってるけど、まぁ普通のトースターと違うかもしれないわね」
俺の母親である九藤希沙良とそんな会話を交わす相手。
――
彼女はルーシーの親友で、アメリカで仲良くなり一緒に日本に来た人物。
俺とルーシーと同じく秋皇学園に通う高校一年生。
日本にいる間は、ルーシーの家でお世話になるという子だ。
黒く長い髪はツヤツヤで、それだけで清楚だとイメージしてしまうが、全くの逆。
天真爛漫で、その食べっぷりを見ても豪快な性格。
そして、ルーシーに変な知識を植え付けているのも彼女だ。
「あ、おはようございます」
「あら、ルーシーちゃんおはよう。制服、よく似合ってるわね」
「ありがとうございますっ!」
ルーシーが母に挨拶をすると、母は目線をルーシーが着ている制服に。
その姿を見て褒めた。
「あ! ルーシー制服じゃん! うわ〜めっちゃ似合ってる! 凄い可愛い!」
すると食事に集中していた真空がダイニングテーブルから立ち上がりルーシーに近づく。
「真空もね。とっても似合ってる」
さっきまで怒っていたルーシーも、真空に褒められて嬉しさを見せる。
そんな真空の制服姿。
ルーシー同様にかなり似合っていた。
ルーシーも真空もかなりスタイルが良い。
体型だけでも制服の着こなしも完璧だ。
「光流くんもおはよう! なんか……寝癖凄いよ? ……てか、頬が赤いし」
「おはよう。まさか真空までいるなんて。寝癖はともかく頬のことは気にしないで……」
「ご飯食べたら早くルーシーに制服姿見せてあげなよ」
「はは、わかってるよ。まずは朝ご飯ね」
真空は俺の寝癖を指摘しつつも、ルーシーのことにも気遣った。
彼女はルーシーのことが大好きなようだ。
俺とルーシーがダイニングテーブルの椅子に座ると俺たちの前にも朝ご飯が用意された。
いつもの朝ご飯だ。
トーストにいくつか用意されたジャムやバター。ささみ入りのサラダと目玉焼きが添えてあり、横に置かれた温かいコーヒーがコップの中で湯気を出している。
筋肉のためには本当なら小麦ではなく白米が良いが、制限しすぎても精神的に良くない。
その中にささみなどを取り入れることで、タンパク質を補っている。
そんな俺のお願いを母は汲み取ってこのような食事にしてくれている。かなりありがたい。
ちなみに現在は、父と姉はまだ起きてきていない。
ルーシーが来たことでいつもより早く起きてしまったので、現在リビングにいるのは俺と母とルーシーと真空の四人。
「んん〜っ。焼き立てって最高っ」
そう言いながらルーシーはいちごジャムを塗ったトーストを頬張り、満足そうに声を出した。
以前家に来た時は夕食で一般的な料理を出したが、普通に食べていた。
今も一般的過ぎる料理だが、ルーシーは満足そうだ。家では素敵な料理ばかりを食べているはずだけど、口に合うのかと思ってはいたが、それほど心配する必要はなさそうだった。
『ピンポーン』
俺もコーヒーを口に含みながら朝食を楽しんでいたところ、チャイム音が鳴った。
「誰かしら?」
「母さん、俺行ってくるよ」
「なら、お願いね」
こんな早朝にルーシーたち以外で家に訪れるお客さん。
誰だろうと思いつつ、俺は玄関へと向かった。
「はーい……」
俺は玄関の扉を開けて、外にいた人物を出迎えた。
「光流、おはよう。入学式だし、来ちゃった……っ」
肩まで伸びた髪を風に靡かせながら、軽く手で押さえる。
ルーシーと同じ新しい制服を身に纏い、中学一と言われた美貌は太陽の光と共に存在感を強く放っていた。
「しずは……おはよう。制服、すごく似合ってるよ」
「ふふ、ありがとう。学校行くまで、上がっていっていいかな?」
「うん、良いよ。でも……」
「でも…………あ」
彼女は、
小学四年生の時に俺が入院している病院に、お見舞いに来てくれた時から仲良くしている人物。
音楽一家で、彼女自身もピアノの実力はアジアナンバーワンレベル。
高校に上がり、年齢による制限が下がると共にもっと凄い世界的なコンクールにも出るそうだ。
そんな凄くて素敵な彼女は、中学二年生の秋、俺に告白をしてくれた。
彼女はとても美人で告白された回数は数しれず。そんな相手が俺に好意を持ってくれていることは嬉しいが、俺にはルーシーがいるために、断ることしかできなかった。
今思い出しても、とてもとても辛い返事だった。
彼女の想いが音楽室のピアノの下手くそな演奏と共に心に響いてきて、断る言葉を告げるのが本当に苦しかった。
告白は断ってしまったが、彼女とは今でも仲良くさせてもらっている。
俺もしずはも友達ではいたい――そう思っているからこそ、今も近い距離で過ごせている。
彼女は俺の中でも本当に大切な友達の一人。
ただ、俺のせいなのかつい最近ルーシーと会ったことが原因なのかはっきりわからないが、彼女は過去一吹っ切れている。それによって、彼女は我慢しないらしい。俺に対してアプローチしていくらしい。
複雑な気持ちではあるが、大切な友達だからこそ、そういった気持ちや行動を蔑ろにはできない。
彼女がどんなことをしても、どんな選択をしても、味方ではいたい。そう思ってしまう人物だから。
そんなしずはが、俺の玄関に置いてあった二つのローファーに気づいた。
彼女もそのローファーがどんな意味をしているのか、すぐに理解しただろう。
「いる、のね……?」
「うん……」
制服姿を褒められた笑顔から一転、険しい表情をするしずは。
「私より早く光流の家に来てるだなんて……」
彼女の眼光は空から獲物を狩る鷹のように鋭くなり、背景にはゴゴゴゴと文字が浮かんでいるようだった。
「と、とりあえず上がりなよ。朝ご飯は食べた?」
「食べてきたよ。とりあえず、お邪魔するね」
もう既に波乱直前の雰囲気を感じてはいたものの、ここでしずはを家に上げない選択肢はない。
だから俺はしずはを家に上げた。
…………
「てか光流、なんか頬赤くない?」
「あぁ……ちょっとね」
玄関でローファーを脱ぐしずは。足を上げるとスカートの裾がめくれて、中身が見えそうで心配になる。
そんな中、俺の頬の色が気になったようで聞いてきた。
「ビンタでもされた?」
「えっ!?」
「あたり、かぁ」
「な、なんで!?」
なぜか見抜かれた。
女の勘というやつだろうか。末恐ろしい。
「だって、あまりにも赤いし。逆に言えば他に考えられないというか」
「いや……まぁ。確かに赤くなることなんてそうそうないか」
反論はできなかった。
頬が物理的に赤くなるって、叩かれた以外にほとんど思いつかない。
「ちょっとこっち」
「え?」
すると靴を脱いで、廊下へと上がったしずはが俺の頬に触れてくる。
俺は動揺して後退りしそうになるも、もう片方の手で腕を掴まれた。
「痛いの痛いのとんでけ〜。……なんてねっ」
「…………しずはもそういうこと言うようになったんだな」
昔では考えられない言動。
積極的で気恥ずかしい言葉。
「誰も見ていないところでしかできないけどね。――で、痛いの飛んでった?」
「いや、普通にまだ痛いんだけど」
「もう片方もビンタしてやろうか!」
「そんなおまじないで痛み吹っ飛んだら苦労しないよ!」
「そこは私に気を遣って飛んでったって言いなさいよ!」
危うく右頬もビンタされるところだった。
俺はしずはの腕を振り切り、リビングへと逃げ込んだ。
ガチャっとリビングへ続く扉を開けると、ルーシーと真空が楽しそうに食事を続けていた。
そして、俺の後ろからしずはが中に入る。
「あーーーーっ!」
するとダイニングテーブルにいたルーシーがしずはを見つけると驚きの声を上げた。
そして、そのまま椅子から立ち上がり、小走りで近づく。
「――しずはっ!!」
「ちょっ!?」
ルーシーはバッと勢いよくしずはに突進し、抱き締めた。
しずはは嫌そうな顔を見せて、ルーシーを引き剥がそうとしていた。
「久しぶりっ! 会いたかった!」
「私は別に……」
「二人とも合格おめでとうだね!」
「それはメッセージでもう言ってたでしょうが」
ルーシーの勢いが苦手なのか、少しタジタジになっているしずは。
しずはに対してこう強く出ていける存在はなかなかいない。
「それに、制服すっごく似合ってる! 可愛い!」
「当たり前でしょ。私なんだから」
先ほど俺が制服姿を褒めた様子とは全く違う顔を見せるしずは。
ルーシーの前ではなぜかツンデレだ。
「ほらほら、こっち」
「って、なんであんたが私を案内するのよっ」
ルーシーは笑顔のまま強引にしずはの手を握ってダイニングテーブルまで連れて行く。
そして自分の隣の席――真空とは逆側に座らせた。
「しずはちゃん。おはよう。あなたも制服似合ってるわね」
「あ……おはようございます。ありがとうございます」
母がしずはが来たことに気づき、姿を見るなり褒める。
しずははペコペコと頭を下げて挨拶をした。
「ご飯は食べたのかしら? コーヒー淹れましょうか?」
「じゃあ、コーヒーだけお願いできますか?」
「わかったわ。少し待っててね」
するとしずはの分のコーヒーを用意しはじめた。
ちなみに母は、皆の朝食を作るのと同時に、俺のお弁当も作ってくれている。
「んふ〜」
「なによ。その顔気持ち悪い」
すると、食事を再開しながら、ルーシーはしずはにニマ〜っとした笑顔を送っていた。
「嬉しいなって。本当に一緒の学校に行けるんだもん」
「そりゃあね。お守りなくしてないでしょうね」
「もちろんあるよ! ほら」
するとルーシーはカバンをゴソゴソしてしずはと俺があげたお守りを見せてくれた。
学業成就については、もう必要ないとは思うが、大事に持っているらしい。
「そう……言いから手動かしなさいよ」
そっけない返事をしながら、母に用意されたコーヒーに角砂糖を入れて飲み始めるしずは。
「はーい」
ルーシーは常時楽しそうに笑顔を見せた。
本当にしずはのことが好きなようだ。
「しずはちゃん、改めてよろしくねっ」
「あ……うん。朝比奈さん、よろしく」
すると、様子を伺っていた真空がしずはに声をかけた。
しずはは少し戸惑った様子で返事をした。
「初詣の時は全然話せなかったからさ、仲良くしてね」
「あ〜、少しなら」
「少しかぁ。とりあえず朝比奈さんは他人行儀だから、真空って呼んでほしいな!」
「……真空」
「ありがとうっ!」
「なら私もしずはで良いよ。ちゃん付けしなくても」
「ほんと! ならしずはって呼ぶね!」
真空はしずはとそんな会話を繰り広げると、ぱぁっと表情が明るくなる。
彼女もコミュ力が高いのか、しずはに積極的に話しかけた。
そんな時だった。
「な、なんじゃこりゃあ〜〜〜!」
そんな声と共にリビングの扉がバタンと開いた。
声の主は姉だった。
「美少女三人がリビングで光流をハーレムしてるっ!!」
向かいの席だしハーレムしてないよとつっこみたかったが、美少女三人というのは本当だ。
確かに他の人から見れば、ハーレムに見えてもおかしくない。
半袖に短パンになっているセットアップの可愛いルームウェアを身に纏いながら、姉はズカズカと俺の隣の席へと座った。
すると「おはようございます」と三人同時に姉に挨拶をした。
「てか、制服! 良いなぁ。私はもう着れない……羨ましいっ!」
俺の三歳年上の姉である
姉はこの春から大学生。入学式は俺とは違い数日後だ。
そして、大学は基本的には私服。もう制服をコスプレでしか着ることはできない。
「それにしても眼福だなぁ……あ、君ははじめましてだよね?」
「あ、私は朝比奈真空と言います。ルーシーとはアメリカからの友達で……」
「アメリカなの! ってことは帰国子女が二人もここにいるのかぁ」
真空は目上の人用の丁寧なモードに切り替えると、真空の態度をそのまま奪ったように今度は姉が明るく振る舞った。
「それにしても……真空ちゃん。私と以前会ったこと、ないよね?」
「えっ……ないと思いますけど、最近までずっとアメリカでしたし」
「だよねぇ……うーん」
突如姉は真空の顔を凝視しながら、質問を繰り出す。
まさかの顔見知りかと思ったが、そんなことはないようだった。
ただ、姉はすっきりはしていない表情をしており、何か引っ掛かるようだった。
「てかさ、皆でかくない? 本当に高校一年生?」
「え、でかいって……?」
「そんなのおっぱいだよおっぱい!」
どこぞのオヤジかよ。
おっさんのような言動で姉は三人の卓上に並んでいる胸を見比べた。
というか俺がいるのに、そんな会話やめてくれ。
居づらいし会話に入れないだろ。
「私はDなんだけどさ、皆、最低でもE……いや、Fカップはあるでしょ! 真空ちゃんが他の二人より少し大きい気がする!」
「あ〜、わかります? 私ルーシーよりちょっと大きいんです」
「真空っ!? 光流の前でっ」
「ってことはあんたはFなのね。私と同じじゃない」
「しずはFなの!?」
俺は、トーストを口に入れながら、ちらっと三人の制服越しの胸をちらっと見る。
左から、G、F、Fってことか……。
てか、高校一年生ってこんなに大きいんだっけ?
そんなことを心の中で呟きながら、俺の部屋で起きた出来事を思い返す。
ルーシーを倒してしまい、右手で胸をがっちりと触ってしまったこと。
まさか指が埋もれるほどのもちもち具合で、肌もすべすべだった。
あれはF……俺はFを触ったらしい。
「あ、ちなみにルーシーのお母さんはもっと大きいので、伸び代ありますよ! Hくらいは行くんじゃないですかね!?」
「ま、まそらぁっ!?」
ルーシーは自分の胸のサイズがバレ、さらに伸び代があることについても暴露され、恥ずかしがる。
「光流……目線がいやらしい」
そんな時、しずはが俺の方をぱっと見ると非常に心外なことを呟いた。
非常に心外だ。
「見てない見てない!」
「思春期男子だもん。女の子の胸気になるよねぇ〜?」
真空がニヤけた顔でこちらを見る。彼女がどんどん素に戻っていくように思えた。
「あ、当たり前だろ! ここで気にならないって言ったら逆に変でしょ!」
俺は開き直り、精神を落ち着かせようとコーヒーを一口。
「――ってことは、さっき二階でドタバタしてたのは、やっぱりルーシーの胸触っちゃったから!?」
「ブフォっ!?」
「光流っ!?」
コーヒーを吹いた。
「ケホッ、ケホッ……」
「真空ちゃん、やるねぇ……」
俺がむせている間、姉はニヤリとしながら真空のことを変に褒めた。
「で、どうなの? ルーシーの胸、触ったの!?」
しずはの眼光が鋭くなり、俺を問い詰めた。
「触ってないよ! そんな破廉恥なことできるかぁ!」
「へぇ……。ルーシー、光流に触られてどうだったの?」
「しずはっ!? 私触られてないよ!?」
なぜかしずははルーシーの胸を触った前提で話を進めた。
そしてルーシーの顔は真っ赤になっていた。
立場逆転だ。
先程までルーシーにタジタジになっていたしずはが、今度はルーシーをタジタジにさせている。
「あんたね。顔真っ赤よ。バレバレなんだけど」
「いやっ、そんなことっ」
そう返事をしつつも、誰が見ても赤かった。
ルーシーは両手で頬を抑えて、可愛い感じになっていた。
『ピンポーン』
そんな修羅場のような変な空気の中、さらにインターホンが鳴った。
「まーた誰かハーレム要因追加かぁ?」
姉がそんな一言を呟きながら、サラダにフォークを刺した。
「そういう相手いないから」
姉に返事をしながら俺は席を立った。
できれば一旦この空気から脱したかったというのもある。
俺は玄関に向かい、扉を開けた。
「はーい……って、冬矢!?」
「よう光流!」
そこにいたのは、俺の一番の親友――
彼には何度助けられたかわからない。
小学生の時から、性格や見た目も全く違うのに、なぜかずっと友達でいてくれる友達だ。
「朝早くからどうしたの?」
「そりゃ今日は入学式だからな! せっかくだから一緒に行こうと思ってな」
冬矢とは、中学でもよく一緒に登校していた。
家に迎えに来てくれることもあったが、どちらかというと学校へと行く道でばったり会うことが多かった。
「そ、そっか……じゃあとりあえず入りなよ」
「おうっ。邪魔する!」
明るく元気で、少し言動が軽い。
イケメンで髪が長く、制服姿も様になっていた。
そんな冬矢は玄関に入ると、しずは同様に複数のローファーに気づく。
「おいおいおいおい。ローファー三つってどうなってんだよ」
「あはは。なんかいつの間にか、ね……」
驚きの表情を見せながらも、冬矢は自分のローファーを脱いで家に上がった。
「おはよーうっ!」
リビングに入るなり、冬矢は元気に彼女たちに挨拶をした。
しかし――、
「ちょっと真空!? しずは!? 朝だよ!? 光流の家だよ!? ダメだって!」
「うるさいっ! この胸か!
「光流くんをダークサイドに落とした感触は柔らかいねぇ」
ルーシーが左右に座っている真空としずはに胸を鷲掴みにされて、揉みしだかれていた。
「何やってんだよあいつら」
「俺にもよくわからないよ……」
冬矢の挨拶が聞こえないのか、彼女たちは一心不乱にルーシーの胸に釘付けだった。
「あ、冬矢くんおはよ〜」
「いらっしゃい。コーヒーでいいかしら?」
姉と母が冬矢を見るなり、挨拶をした。
「おはようございます。コーヒーいただきます!」
ペコリと頭を軽く下げて、挨拶をした冬矢。
右には姉がいるので俺の左側の空いている席へと座った。
父が下に降りてくる前に、六人テーブルの席が埋まってしまった。
これは想像していなかった事態だ。
「あ、冬矢じゃん。久しぶり」
「おう、久しぶり」
「冬矢くん! またよろしくね!」
「ルーシーちゃん。よろしくな」
真空とルーシーに挨拶する冬矢。
冬矢が着席したことで、やっとルーシーへの胸揉み攻撃は終わったようだった。
「んで、何してたんだ?」
「そ、その話はもう終わったの! だから何も聞かないで!?」
「あ、あぁ……ルーシーちゃんが言うなら」
ルーシーは恥ずかしそうに、話すことを拒否。
確かにどれだけ朝っぱらから胸の話をするのかと思う。
「男子の制服ってそんな感じなのね」
「んあ? 男子はなんか普通っていうかな。でもやっぱ思ってた通り女子の制服は良いな! なっ、光流?」
「うん、めっちゃ良い!」
冬矢の制服姿を見て、しずはは感想とも言えない普通の反応をした。
そしてその冬矢は俺に女子の制服の可愛さに対して同意を求めた。
三人ともとても似合っている。
これは俺じゃなくても誰もがそう言うだろう。
「じゃあ俺はシャワー浴びて制服に着替えてくるから、皆でゆっくりしてて」
食事を食べ終わったので、席から立ち上がり、リビングを出た。
◇ ◇ ◇
シャワーを浴び、歯磨きなども済ませて二階の自分の部屋に戻る。
ドライヤーで髪を乾かしてから、クローゼットにある制服を取り出した。
白いシャツに袖を通し、ボタンを留める。
濃いグレーのズボンは、綺麗にセンタープレスがされた新品。それを履いてベルトを締める。
ライトグレーのブレザーに袖を通し最後に赤いネクタイをする。
これで制服姿の出来上がりだ。
その後、化粧水などの肌のケアを簡単に済ませてから、髪のセット。
ワックスをつけて、今日はセンターパートで髪を整える。
姿見で全身を見る。
…………まぁ、良い感じ、か?
自分ではよくわからない。
ただ、今日からこの制服を三年は着ると考えると、少し特別に思えた。
制服を全て着るとガチャっと部屋の扉が開いた。
「あ、ルーシー」
「来ちゃった。良いかな入って?」
「もちろん」
俺は部屋にルーシーを招き入れた。
「トイレに行くって言ってここに来たの。一番最初に制服姿見たかったから」
「あ……」
俺がルーシーの制服姿を最初に見たかったなら、ルーシーも俺の制服姿を最初に見たいというのも考えられたのか。
「ど、どうかな……?」
俺はバッと腕を広げて、全身をルーシーに見せた。
「似合ってる……かっこいいよ光流」
「ふふ。ありがとう」
するとブレザーのポケットからルーシーがスマホを取り出した。
「せっかくだし、一緒に撮ろうよ」
「うん」
二人の初めての制服姿。一緒に写真に収まる。これは素敵な記念になる。
俺とルーシーは肩を寄せて近づいた。
ぴったりと肩同士をつけると、ルーシーは撮影ボタンを押した。
「これからもたくさん一緒に写真撮っていこうね」
「うん。その写真俺にもちょうだい?」
「もちろん。送っておく」
そして、俺は一つ忘れていたこと思い出した。
クローゼットを開け、中学校の制服がかけてあるハンガーを掴む。
そして、そこからネクタイを手に取った。
「日本ではさ、なんか第二ボタンとかネクタイとかをもらう風習があるらしい」
「そうなの?」
やはりというか、ルーシーは知らないようだった。
「ボタンは全部取られちゃったんだけどさ、ネクタイだけは残ってるからできればルーシーにもらって欲しいんだ」
「えっ! 良いの? 大事な記念なのに」
「うん、そういうものだから」
「じゃあ高校の卒業式過ぎたら今着てる制服のボタンあげるね!」
「ありがと。じゃあ、その時はちゃんと交換しよう」
「うんっ」
俺はルーシーにネクタイを手渡した。
ルーシーはそれを丁寧に畳んでブレザーのポケットに収納した。
「じゃあ、下に行こっか。皆待ってるもんね」
「うん!」
俺とルーシーは、また一緒に一階へと降りていった。
―▽―▽―▽―
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
もしよければ、今後も執筆を頑張っていきますので、ぜひトップの★評価やブクマ登録などの応援をよろしくお願いいたします!
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