第5章 高校生編
188話 制服
――
春の陽気を感じはじめた今日という日に、私立
一般的な高校一年生なら、中学校からの友達とは離れ離れになったり、はたまた一緒に進学できたり。
新しい学校での生活にワクワクしながら今日を迎えたり。逆に緊張して眠れずにグロッキーな朝を迎えたり。
一部の部活動では入学が決まっている中学生を春休み中から受け入れることで練習に参加。入学より少し早く学校に馴染んでいる生徒もいるだろう。
人によって様々だが、そんな俺も、新しい学校生活を楽しみにしている一人だ。
ただ、高校への入学について、他の人とは少し違う特別な想いを持っている。
――小学四年生の時に出会った一人の少女。
その子と出会い、衝撃を受け、仲良くなったと思えば事故のせいで遠く離れ離れになった。でも、五年振りに再会することができ、彼女と一緒に同じ学校に通えることになった。
これまでに並々ならぬ想いがあった。
だから、彼女と高校に通えることは奇跡のように感じている。
彼女との素敵な物語が始まったと思えば、五年も停滞。しかし、やっと……やっと物語が進み始める。
今度は俺だけじゃない、彼女と一緒に。
俺と、彼女の物語を、この高校から始めるんだ――。
◇ ◇ ◇
春の日差しがカーテンの隙間から差し込み、朝を知らせてくれる。
セットした目覚まし時計を止めるまでもなく、今日はいつもより早く目が覚めた。
ただ、目覚まし時計が鳴っていないということは、まだ寝ていても良いということ。
だから俺は薄く目を開けながらも再び重たい目を閉じた。
『――ゴソゴソ』
なにか音がする。
今日は入学式で特別な日の始まりだというのに、眠りを妨げる布が擦れるような音がした。
しかし、眠たいものは眠たい。
俺は気にせず目を瞑ったまま、再び眠りに落ちることを選択した。
『――ゴソゴソ』
まだ、音がする。
つまり、そういうことか。
たまたま俺は目覚めたということではなく、この音によって目覚めてしまった。
だから目覚まし時計を止める前に目覚めたんだ。
ぼうっとした頭で、ふんわりとそんなことを考えた。
まだ止まらない音。
俺は目をこすり、再び重たい瞼を軽く開けて、横になっているベッドから、音がする方へと目を向けた。
「…………」
ぼやけた視界に映ったのは、真っ白な色のなにか。
その白は、透明感があるように純白で、見るものを釘付けにしてしまうような天使の色。
「んしょ……。これ、こう着るんだっけ」
声が聞こえた。
今までは聞き慣れていなかった声。
そして、最近やっと聞き慣れてきた声。
冴えない頭とぼやけた視界では、まだ何が起きているのかわからなかった。
ただ、夢のような心地よい声が俺の耳を癒やしてくれた。
夢……夢……。
「あっ。これ裏返しだった。もう一度脱がないと……」
「…………」
しばらくして、少しずつ覚醒してくる自分の意識。
布が擦れる音と心地良い声。
カーテンから差し込む外の光だけでは、部屋が暗くてよく見えなかった。
ただ、白い何かが俺の部屋で蠢いていた。
耳を癒やす声だったのに、聞き覚えがある声だったはずなのに。中途半端な意識の覚醒によって俺は勘違いしてしまっていた。
――家族ではない誰かが、俺の部屋に侵入している、と。
そう思った時、俺は心臓の鼓動がドクンと跳ねた。
誰だ、誰だ……。
まさか泥棒?
いや、早朝だし普通に家族もいる。
姉は勝手に部屋に入ってくることはあるが、ゴソゴソと何かを漁ることはない。
俺の部屋には盗むものなんてないし……いや、ギターは高いか……。
部屋を物色しているなら、なにか金目のものを狙っている可能性がある。
とにかく怪しい。捕まえて、とっちめてやらないといけない。
泥棒は俺が鍛えていることを知らない可能性がある。力なら簡単には負けない。
俺は毛布の中で手をグーパーして開いたり閉じたりした。
こうすることで血液を循環させ、少しでも動きをよくしようと準備を整えた。
と言っても、俺の瞼はまだまだ重たい。
完全覚醒には少し遠い頭を必死に動かす。
俺はなんとか頭の中でシミュレーションを行った。
いち、にの、さんで毛布から出て一直線に泥棒の下へ。
隙を与えずに覆いかぶさることで、一瞬で相手を制圧する。
相手は凶器を持っている可能性がある。
でも、今まで鍛え抜いてきたこの筋肉なら、多少なり傷つけられても我慢できるだろう。
「すー、はー……」
声を殺しながら深呼吸をする。
そして――いち、にちの、さん。
いくぞ!
俺は自分の上にかけてある毛布をバサッと剥ぎ取り、瞬時に体を起こす。
ベッドの下に足をつけたと感じた瞬間、一気に力を込めて、前へとダッシュ。
「え?」
泥棒が俺に気づいた。けど、もう遅い。
俺は机やチェスト、テーブルの横をすり抜け、扉の前にいた危険人物の下へと覆いかぶさるようにしてダイブした。
「この泥棒! 覚悟しろっ!」
「きゃあっ!?」
俺が泥棒と呼んだ相手に覆いかぶさった時、甲高い声が上がった。
それと共に、何かとてつもなく柔らかい感触が、ふにっと手のひらに伝わった。
ドサ……。
そんな音とともに俺は相手の上に倒れ込んだ。
「…………」
目を細めて、組み伏せている相手の顔を見ようとした。
部屋の暗さに視界が慣れてきたのか、やっとその人物が誰なのか理解することができた。
最初に気づくべきだった。
でも、まだ頭が冴えていなかったし、しょうがない……よな。
何も言わずに俺の部屋にいるなんて思うわけがないだろ……。
しかも早朝。
こんなこと、予想もできない。
透明感溢れる白くきめ細やかな肌。長いまつ毛の下にある瞳はサファイアのような碧眼。ぷるっとした唇は薄紅色のリップが塗ってあり艷やかで。
華奢な体型の割には、多少の筋肉と肉付きの良い男性を惑わすような凶器を胸部に持っていて。――そして、長くツヤツヤで綺麗な金色の髪。
「――ルー、シー……?」
その人物は、少し前に再会した、世界で一番大切な人。
大切な人なのに、なぜか今俺は組み伏せていて。
しかし、それ以上に動揺したのは、現在の彼女の姿。
布一枚の破廉恥な姿で俺の部屋にいたこと。
可愛いレースが施された純白の下着が目に入った。
「ん……っ」
俺の右手はいつの間にか、彼女の大事な双丘の片方を掴んでいた。
手に少し力が入ると、再びふにっとした感触が伝わった。
そして、彼女――ルーシーはどこか色っぽい声を上げた。
「あ……」
気付いた時には掴んでいたルーシーの胸。
下着越しとは言え、上半分ほどは下着から漏れており俺の指がその柔肌に埋まっていた。
「ま、まさかルーシーだなんて思わなくて……」
釈明から始め、謝罪しようとした。
ただ、なぜか手だけはその場所から離すことはできず、そのままだった。
それは、目の前にいる人物の魅力に圧倒され動けなかったのか、もしくは母性たっぷりの柔らかすぎる感触にまだ触れていたいと思ったからなのか、わからない。
「ひ、ひかる……っ」
ルーシーが俺の名前を呼ぶと、碧眼の綺麗な瞳が揺れる。
その瞳が揺れると同時に涙のようなものが浮かび上がっていく。
さらに、頬が紅潮していくように見えた。
「ま、まだ……」
ルーシーが何かを伝えようとしていた。
そして、そのまま彼女は右手を軽く浮かせた。
早く謝らないと、謝らないと……。
「ルーシー! ごめっ――」
「――光流でも、こういうのはまだ早いよぉっ! バカぁっ!!」
「いだぁっ!?」
謝罪しようとした途端、ルーシーは振り上げた右手で、俺の左頬を一閃。
スパンっと良い音を部屋に響かせた。
「ぐえっ」
俺はビンタされた衝撃でノックアウト。
地面に倒れ込んだ。
頬は鍛えていないし、ほとんど鍛えられない。女の子の手だったとしても、本気でビンタされればかなり痛い。
「あっ、光流!? ごめんっ! そこまでやるつもりは……っ」
意識が遠のく。
これが脳震盪ってやつか。いや、脳震盪ではないかもしれないけど。
ルーシーのビンタ。想像以上に強烈だった。
左頬がジンジンする。
地面に倒れ込んだ俺は、視界の端で五年前に遭った事故の事を思い出した。
あの時はルーシーを守ろうと抱き締めたんだっけ。
それで車外に放り出された時には、左腕の上にルーシーがいて……。
ぼんやりとそんなことを思い出しながら、意識が遠のいていく。
「るぅ……しぃ……」
「光流!? 光流っ!?」
「怒ったるぅしぃも……いい、ね……」
「光流〜〜〜〜〜っ!?」
ルーシーの悲鳴が部屋に轟く中、俺の意識がそこでぱったりと途切れた。
◇ ◇ ◇
「良い匂い……」
俺はいつの間にかそう呟いていた。
柑橘系っぽいような優しい匂い。嗅いでいて心地よい少しだけ甘い香り。
なんでこんなに良い香りなんだろうと思いながら目覚めることを躊躇したくなる。
あれ、俺なんで……。
「光流、光流……? 起きた……?」
天使のような美声が頭上で聞こえる。
吐息が軽く顔にかかり、気付いた時には自分の後頭部が柔らかなものに包まれていた。
「んん……」
俺は薄く目を開いた。
すると視界が捉えたのは二つの西瓜。
あれ、西瓜の季節って夏だよな、なんて変なことを考えながら頭と左頬に何かを感じた。
――手だ。
細くすべすべな指がジンジンする左頬を撫でていて、もう一つの手は俺の頭――髪に指を通すように撫でていた。
器用に両手を使って俺を天国へと誘っていた。
「――まだ寝ていて良いんだよ」
そんな優しい声が上からしたものの、目の前の二つの西瓜が邪魔をして何も見えない。
なんだ、この西瓜……。
「…………あれ?」
覚醒が促されてきて、やっと気付いた。
視線を動かすと、自分の部屋。そして、今まで感じ取っていた良い匂いと後頭部には柔らかい感触。
そして、目の前には大きな西瓜――胸があった。
「ルーシぃーっ!?」
膝枕されていた状態からバッと起き上がり、カバディのようなポーズをしながら距離をとった。
「ああん。もうちょっと髪触りたかったのに」
名残惜しそうな声を出したルーシー。
まだ部屋が暗く、はっきりとその姿は見えなかった。
「いきなり部屋に来てごめんね。だって――約束してたでしょ?」
「約束……?」
「あれだけ言ってたのに、もう忘れたの? ほら――」
嘆息しながらやれやれという表情をしたルーシー。
正座の姿勢から立ち上がる。
「あ……」
立ち上がったルーシーの全身を見た瞬間、ピンと来た。
「あっ……あっ……!」
俺は一度振り返り、ベッド近くのカーテンを左右に開けた。
すると、太陽の光が差し込み、部屋全体が一気に明るくなった。
「じゃーん。どう、かな……? 約束通り、一番はじめに見せに来たよ?」
その場で手を広げて一回転。
彼女は流麗な動きで金色の髪を靡かせながら、ふわっとバレエダンサーのように回って、全身を見せてくれた。
――言葉にならなかった。
あまりにも可愛い。可愛くて綺麗。綺麗で――尊い。
インナーである白いシャツの上には濃いグレーのベストとスカートが一体型になっているワンピースのような着衣を羽織り、スカート部分にはくっきりとしたプリーツに一部白いラインが入っている。
そして、丈が短めのライトグレーのブレザーに、首元には印象を華やかにする赤いリボン。膝上まで上げられた長い靴下は太ももの絶対領域を作り出していた。
「制服だ……」
ルーシーと約束していたこと。それは高校の制服姿を一番最初に見せてくれるということ。
それを叶えてくれるため、早朝から俺の家に来てくれたようだった。
「めっちゃ可愛い! 最高すぎるっ!」
「もう、言い過ぎ……でも、嬉しいっ」
照れながらもルーシーは俺の言葉を受け入れる。
冬矢が言っていた通り秋皇の女子の制服は可愛かった。そしてルーシーにとてもよく似合っていた。
ただ、丈が色々とおかしい。
ブレザーの丈はまぁ良いのだが、スカートの丈がかなり短い。
少しでも隙を見せれば、簡単に中身が見えてしまうような、そんな短さだった。
これは元々こうなのか、ルーシーが調節したのかはわからない。
もし元々こういうデザインなら、この制服を作った人はなかなかの制服フェチだ。
靴下とスカートの間の絶対領域からはみ出ている白く柔らかい太ももがばっちりと見えた。
さっきまであの太ももの上に寝ていたんだよなぁと思うとよだれが出てきそうになる。
「急にごめんね。驚かせようと思って」
「ううん。凄いサプライズだった」
「一番最初に見せるなら、外じゃ無理だと思って。だからお家に来たんだ」
「確かに……」
制服を着たまま外に出てしまえば誰かには見られる。
自分の家で着替えてもそのあと誰かに見られる。
なら制服を持って俺の家で着替えるしか、方法はなかったというわけだ。
「でも、さっき着替えてたのは……忘れてね?」
「あ……」
ルーシーは言いづらそうに、もじもじしながら少し前に起きたことを話す。
「眼福だった……」
「え?」
「なんでもない……」
危ない。声に出ていた。
眼福どころか、胸に触ってしまっていた。
あの感触を思い出すだけで、しばらく飯はいらないだろう。
「光流がぐっすり寝てるから、大丈夫だと思ったのに」
服を脱いだり着たりする音で俺は目覚めたらしい。
ルーシーは静かに着替えていたんだろうけど、俺はそれに反応してしまったようだ。
それにしても、ルーシーのあの、下着の色……。
「白……」
「へ?」
「あ……」
「バ、バカぁ! 忘れてって言ったでしょ!」
また口に出てしまっていた。
俺の想像をかき消すかのようにルーシーはブンブンと両手を空へと振った。
「もう思い出さないでねっ」
「あ、あぁ……」
そう返事はしたものの、逆にどうやって忘れろというんだ。
もう純白の色が頭に焼き付いて離れないよ。
今、可愛い制服姿で俺の部屋にいる、普通の男子の部屋が似合わない存在感溢れる人物。
それが彼女――
俺の、世界で一番大切な人。
――小学四年生、十歳の時に、俺はルーシーと出会った。
公園で一人泣いていた彼女に声をかけ、肌の病気だという包帯の下の素顔を見せらもらった。
俺は本気で綺麗だと思い、それを告げた。友達がいないという彼女の最初の友達になることになり、それから楽しい一週間を過ごした。
しかし、乗っていた車に大型トラックが突っ込んできて、俺とルーシーは車外にふっ飛ばされた。
俺は怪我で済んだが、ルーシーは両方の腎臓のダメージが大きく、移植して新しい腎臓をもらわないと生きていけないと診断された。そこで俺は彼女に死んでほしくないと自らの腎臓を差し出した。
俺の腎臓は適合し、移植手術は成功。しかし事故に遭って以来、彼女は目覚めなかった。
そこでアメリカでの高度な医療を受けさせるために、ルーシーはアメリカへ飛び立っていった。その後、目覚めたと聞いたが、それから五年。彼女と会うことはなく、連絡をとることもなかった。
互いに色々な想いがあり、考えた結果、五年も連絡をとらない選択をしてしまっていた。
俺は友達の冬矢の言葉のお陰で、ルーシーに連絡をとることを決め、誕生日プレゼントと手紙を送った。
その結果、願っていた返事が来て、クリスマスイブに日本で会うことになった。
俺のことを忘れていなかった彼女と五年振りに再会することができ、世界で一番大切な存在だと再確認できた。
彼女は治らないと言われていた病気が治っており、綺麗な肌を手に入れていた。
あまりにも美しく綺麗な顔。十歳の頃からわかってはいたが、本当の彼女の素顔を見て驚いた。彼女が他の人と同じく陽の光の下で普通に生活ができる。そう思うと嬉しくて涙が出た。
簡単にだが、これが俺と彼女の五年間。
それまで二人で会ったのはたった一週間だけだったというのに、ずっと忘れなかった。忘れられなかった。
彼女も俺のことを大切に思ってくれていたようで、再会してからは抱き締め合ったり手を握ったりと、距離感が普通ではなかった。
でも、これが俺たちに合った距離感のようだった。
そして現在。
彼女と同じ高校に通うことになり、今日という入学式の日、制服姿を見せに来てくれた。
目の前の彼女は、あまりにも綺麗で、天使でもあり女神でもあった。
「――下で皆で一緒に朝ご飯食べようって、光流のお母さんが」
「あぁ……」
俺はルーシーのことが大好きだ。
でも、彼女のことは本当に一週間とそのあとの少しの時間しか知らない。
だから、もっと彼女を知って理解した時、ちゃんと告白したい。
その時まで、彼女とたくさんの思い出を作りたい。
「後で光流の制服姿も見せてね」
「あ……」
すぐ横にあった等身大の鏡を見た。
着崩れたパジャマ。ボサボサで寝癖がついている髪。寝起きですっきりとしていない顔。
よく見ると、ビンタされた左頬がまだ赤かった。
全てが人に見せるようなものではなかった。
「そういえば、言ってなかったよね?」
「あ……っ」
ルーシーが俺の両手を取り、手前に引っ張る。
その時、彼女の髪からふわっと柑橘系の良い匂いが俺の鼻腔をくすぐった。
制服姿の彼女がパジャマ姿の俺を抱き締めると温かい体温が伝わった。
そして、優しい声で呟いた。
「――光流、おはよう。今日から同じ学校でよろしくねっ」
「おはよう、ルーシー。俺からもよろしくね」
二人で甘く、優しい朝の挨拶を交し、一緒に一階へと降りていった。
―▽―▽―▽―
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
今回から高校生編がスタートです。
もしよければ、今後も執筆を頑張っていきますので、ぜひトップの★評価やブクマ登録などの応援をよろしくお願いいたします!
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