156話 離れないように
頭を濡らしてしまう冷たい雪もルーシーの頭にかかると、それだけで彼女を彩るアクセサリーのようにキラキラして見える。
彼女の頭を濡らさないために、傘が必要かとも思ったが、それほど多い雪ではなかったので今日は傘を持ってこなかった。
歩いている途中、そのことを聞いたのだが、アメリカでは傘を差す人がほとんどいないのだとか。だから気にしないでと言ってくれた。
せっかく整えてきた髪型が崩れるのはルーシーも本望じゃないだろうと、その事も話すと「なら、光流が気付いた時に払って? 一緒に頭もなでなでお願い」と上目遣いで言われた。可愛すぎて冬死ならぬ尊死直前だった。
ちなみにルーシーは折りたたみ傘は持ってきているとか。必要になったら取り出すだろう。
ルーシーは腎臓移植手術の時に俺と同じO型の血液型だとわかっている。
人によるかもしれないが、O型の特徴の一つである大雑把なところもあるのかもしれないと感じた。
そういうことをあまり気にしないルーシーは、一緒にいて居心地が良かった。
歩いている途中、ルーシーにはどこに向かっているのか聞かれたが、内緒にしておいた。ちょっとしたサプライズにしたかった。
移動中、ずっと俺に寄り添ってくれているルーシー。
彼女の右半身が俺の左半身に密着していて、昨日同様に良い匂いが鼻腔をくすぐる。冬の匂いと彼女の甘い匂いが混ざり合い、雪が砂糖のように思えた。
腕を絡めるルーシーはずっと笑顔だった。そして、俺も笑顔だった。
笑顔なんて、誰でもしたことがあるし、見たこともあるだろう。
家族、友達、好きな人、恋人、結婚相手、知り合いに至るまで。それぞれ笑顔を見る機会は無数にある。
普通に過ごしていればそういった当たり前の笑顔をたくさん見てくることになる。
俺だって、家族や友達の笑顔をこれまでにたくさん見てきた。
でも、特別な人の笑顔はやっぱり他の人とは比べ物にならない。
小さなことなのに、二人が一緒に笑い合えている今の状況は、今までの事を考えると本当に奇跡みたいだった。
だから、このルーシーの笑顔をずっと守りたい――そう思った。
…………
ほんの少し歩いただけで、もう辺りは暗くなってきていた。
雪も街灯に照らされないと目視できないほどだ。
そうして二人で雪道を歩いていくと目の前の明かりが黄色から青色へと変わってゆく。
「あれ……なんか青っぽいね」
それに気づいたルーシーがそう呟いた。
「うん、もうちょっと……」
あと少しで目的の地に辿り着く。
そして――、
俺とルーシーが足を止めた先、そこは視界いっぱいに青い光で埋め尽くされ、幻想的な冬の景色が広がっていた。
「ここ……俺も初めてきた」
「わぁぁぁぁ。なにこれ……すっごい綺麗……」
俺も自分でもわかるくらいに目を見開き、そのイルミネーションに感動した。
ルーシーの顔を見ると、俺と同じように目をキラキラさせていた。
「ここ『青の洞窟』っていうんだ。クリスマスのイルミネーション。ちょうど二十五日の今日までなんだ」
「そうなんだ。凄い綺麗だよ、光流……」
「イルミネーションってありきたりかもしれないけど、こういうところにルーシーと来たかったんだ」
今回は冬矢の協力あってのことだったけど、こういったデートスポットはルーシーと一緒にずっと行きたいと思っていた。
今日、それが一つ叶った。
「嬉しい……光流と一緒に来れて嬉しい。ほんとに凄いね……」
青い光ともあって、それほどルーシーの顔が見えないが、それでも嬉しさの感情が声を通して伝わってきた。
「光流っ、写真とろっ!」
「あ、いいね。撮ろうっ」
すると、ルーシーがスマホを取り出し、今度は自分のスマホで撮りたいと提案。
俺が承諾すると、彼女は積極的に俺を近くに引き寄せた。
今日のルーシーはどこか強引で積極的で……あの頃の俺のようだった。
ルーシーがスマホをかざすと、青の洞窟の入口を背景にライトをフラッシュさせて写真を撮影した。
撮った写真を覗くと、ルーシーが俺のことをかっこよく撮れていると言ってくれた。
俺もルーシーのことを可愛すぎると褒めた。
それ以上の言葉がなかなか見つからない、最上位の褒め言葉だった。
俺は嬉しさとルーシーと二人きりという状況に心が踊っていたからか、勝手に口が動いていた。
「イルミネーションより凄いイルミネーション……」
「どういうこと?」
「ルーシーのほうがイルミネーションみたいってこと。幻想的で綺麗で、キラキラしていて、特別。そんなルーシーは俺にとっては今見てるイルミネーションより素敵なイルミネーションだよ」
「なっ、なにそれ。変な褒め方っ」
自分で言っていてなんだか恥ずかしい。
とにかく俺はルーシーが綺麗だってことを伝えたかったのだ。
写真を撮ったあと、そのまま青の洞窟の道を二人で歩いていくことになった。
青の洞窟は、俺たち同様に寄り添って歩いているカップルが多く感じられた。そして人の数そのものが多いので、ゆっくりと進んでいくことになる。
幻想的な空間に足を踏み入れると、前後左右全てが青に包まれた。
現在地がわからなくなるような感覚の中、前を歩く人の流れに沿って進んでいった。
しかし、そんな時だった――。
「あっ……すみませんっ」
ルーシーが反対側から歩いてきた誰かとぶつかったせいか、謝る声が聞こえた。
「大丈夫?」と聞こうとしたのだが、いつの間にか彼女が絡めていた腕が外れていて――、
「――あれ?」
今の今まで隣にいたはずのルーシーがいなくなっていた。
ドクンと心臓が締め付けられるように心の音が鳴った。
ヤバイヤバイヤバイ。
こんな人混みの中でルーシーをはぐれてしまうなんて。
俺はいつかの時のしずはのように、誰かがルーシーに声をかけて、そのまま連れて行かれてしまうのではないかと想像してしまった。
この時はまだ冷静ではなかった。落ち着いて考えればこの場所にはカップルもしくはデートに来た人しかいないのだから、ナンパなんてする人はいるはずもなかったのに。
落ち着け落ち着け。
絶対にどこかにいる。
どうすればルーシーを見つけられる。
青いがゆえにその色でほとんどの人の顔が暗い色に見える。
さっきまで見ていたルーシーの髪色だって、金色だとはわからなくなっていた。
一刻も早くルーシーを見つけたい。
ルーシーに寂しい思いをさせたくない。
だから俺は――、
「ルーーーシーーーーっ!!!!!」
この場所で唯一頼りになる声でルーシーを探そうと大声で叫んだ。
周囲にいたカップルたちは、俺を変な目で見るように一斉に注目した。
それもそうだ。こんなに素敵なイルミネーションの中心で大声を出している。
でも皆には申し訳ないけど、早くルーシーを見つけたい。
それに、他人を気にしている余裕は俺にはなかった。
「ルーーーシーーーーっ!!!!!」
もう一度大きな声で叫んだ。
人の多さで思ったよりも声が通らない。
さらに叫んだことで、周囲もより一層ザワザワとしてきていた。
クソ……昨日離れないって言ったばかりなのに、こんなことで見失ってどうするんだよ俺!
「――――っ」
もう一度だ。もう一度呼ぶんだ。
そんな時だった。
「……っ!! ……こっ!! ……る〜〜っ!!!」
断片的にではあるが、俺の名前を呼ぶ声がどこからか聞こえたような気がした。
その声は少しだけ悲痛で、怖い、寂しいとも感じさせるような声音だったように聞こえて――、
だから俺は、声がした方を向き、必死に目でルーシーを捜した。
わかるはずだ。だってあんなにも可愛くて美人で、この場にいる誰よりも目立つはずの存在。
そして、女性の中では背が高いからわかりやすい。だから絶対すぐに見つかるはずなんだ。
そんな中、ふと何かがキラリと光ったように見えた。
それはルーシーの瞳の色と同じ青いピアスだったのか、それとも俺の渡した銀色のバングルだったのかはわからない。
でも、その何かが無数の青い電球に照らされ、その反射によって一瞬だけ光ったのが見えた。
「見つけた……」
見つけた見つけた見つけたっ!!
俺はすみませんと言いながら人混みを掻き分け、必死になって走った。
そして――、
「ルーシーっ!!!」
「わっ……!」
俺はルーシーの目の前に辿り着くと、ぎゅっと強く抱き締めた。
「ひかるぅ……」
「良かった……ルーシーを見つけられて良かった……」
ルーシーは涙ぐんだような震えた声を出しながら俺をぎゅっと抱き締め返した。
この声音だけで、どんな気持ちだったのか理解してしまった。
「ごめんね、私が手を離したばっかりに……」
「ううん、人とぶつかったならしょうがないよ。ルーシーのせいじゃない」
「うん……ありがと……」
「だから、今度は離さない……」
見つけられて良かった。
本当に良かった。
ナンパされてどこかに連れていかれてしまうのではないかとも思ったが、それ以上に遠くに行ってしまうんじゃないかと、また長い間会えなくなるんじゃないかと思ってしまった。
もう離さない。今日はずっと離れないようにしなくちゃいけいない。
ルーシーに寂しい思いをさせないために。
だから俺はルーシーの右手を取り、左手で握った。
昨日再会した時のように、指と指の間に自分の指を滑り込ませて、恋人繋ぎでがっちりと離さないように。
「これで離れようがないだろ?」
「うん……」
ルーシーは瞳をうるうるさせながらも安心したような声音で小さく返事をした。
そう言えばルーシーは昨日は手袋をしていたのに、なぜか今日は手袋をしてきていなかった。
だからなのか、握ったルーシーの手は冷たかった。
俺はその握った手を自分のコートの左側ポケットに入れた。
「あっ……」
「このほう温かいだろ? 多分……」
ルーシーの手をただ温めたかった。
俺の腕に絡みついているよりはずっと温かいはずだ。片手だけだけど……。
「あったかい……」
本当かどうかはわからない。でも、ルーシーは俺の意思を汲んだようにそう言ってくれた。
細くすべすべのルーシーの指と冷たい体温を感じながら、俺は気持ちを切り替えた。
だって、今日はルーシーを喜ばせたくて来たんだから。
「この後さ、ディナー予約してるから、そこで食べよ?」
「ええ!? そうなの! 行くっ!!」
今、こうやって寂しい気持ちにさせたままではいけない。
だから、このあとの予定を今ここで話すことにした。
予想通り、ルーシーの声が跳ね、笑顔を見せてくれた。
ルンルンになったルーシーを確認すると、俺たちは再び足を動かし、青の洞窟を進んでいった。
…………
――歩いている途中、ルーシーに受験について聞いてみた。
俺と同じ秋皇を受けるという話は昨日聞いていたが、アメリカからの受験だ。
受験日に日本に来るのか気になった。
するとルーシーの話では、真空と一緒に帰国子女枠の推薦で受ける予定だとか。
二人ともあっちでは成績が良いそうだ。そして面接はリモートで受けられるらしい。今の時代では当たり前のように行われているやり方の一つだった。
今度は逆に受験についてルーシーから質問されたが、俺は一般受験で受けると話した。
ルーシーには推薦は受けられないと説明したが、本当は推薦を受けることはできた。
俺は今回わざと一般受験を希望した。
その理由は俺がまだ達成していない、達成しなくてはいけないと思っていることがあるから。
その相手となる生徒の数はうちの中学の一学年の生徒数の数倍。
今まで頑張ってきた俺でも正直無謀だとは思っている。
けど、ルーシーに対して何か凄いところを見せたかった。
他には、ルーシーの帰国日を聞いた。
今からちょうど八日後の一月三日だそうだ。
約一週間ほどこちらに滞在するようだった。
なら、少しくらいは時間があるだろうと思い、ルーシーにクリスマスプレゼントで渡したチケットを使ってほしいことを伝えた。
そうして会話続けていると、ついに青の洞窟の終わりを迎えた。
「本当に凄かった……」
「そうだね……ルーシーと来れて良かった……」
「私もだよ……」
多分、ルーシーと来れたからこんなに素敵な気持ちになれている。
永遠と会話が続く。
どう会話を終わらせれば良いかわからないくらい、話したいことがたくさんあるのだ。
青の洞窟の中心でルーシーと手を繋いでから今までずっとその状態だった。
長く手を繋いでいたお陰か、ルーシーの右手――そして、俺の左手はほんのりと温かくなっていた。
ちらりと横目で見るルーシーの横顔。
彼女の瞳は青い電球で埋め尽くされ、青く綺麗な瞳がさらに青く輝いて見えた。これが宝石のような――サファイアのような瞳、というものなのかもしれない。
ルーシーの笑顔、ルーシーの息遣い、ルーシーの声、ルーシーの手の温かさ、ルーシーの気持ち。
全て含めて、ルーシーが愛おしく思えた。
こうして、俺とルーシーのデートは前半を終え、後半を迎えることになる。
―▽―▽―▽―
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