153話 クリスマスはこれから

 食事が終わり、四人でルーシーの部屋に向かった。


 移動途中に複数の部屋を見かけたのだが、どれがどの部屋なのか覚えるのに苦労しそうなほど部屋の数が多かった。しかもトイレやお風呂も複数あるそうだ。

 横長の家なので複雑さはそれほどないが、大きさ・広さ・数に圧倒された。


 そうして辿り着いたルーシーの部屋。

 俺はゴクリと息を呑んだ。


「ここが、ルーシーの部屋……」


 冬矢と真空がまた一悶着あったが、俺はスルーして部屋の中に入った。


 そこは部屋というより広間だった。


 やはりというか見たところ物が少ない。恐らく荷物のほとんどはアメリカにあると思われる。

 ルーシーのイメージとは少し違ったが、五年も部屋を空けていればしょうがない。


 その後にルーシーにも同じように話を聞いた。

 日本に来たのは一昨日らしい。


 しかし、気になったのはルーシーのベッド。


 まさかの天幕付きベッドだった。

 こんなにお姫様っぽいベッドを見たのは初めてだった。


 しかもダブルサイズくらいに見える。

 大人でも二人くらいは寝られるのかな……なんて想像してしまった。


「光流……、あんまり、ベッド見られると……ね」

「あっ……ごめん」

「ううんっ、いいの。気になる、よね……男の子なら……」


 俺の視線がバレてルーシーに指摘されてしまった。

 ルーシーも少しは男という存在に理解を示してくれたのだろうか。

 もしかして真空の影響だろうか。真空はガツガツ来るタイプだし、男に関する知識もある程度持っていそうだ。



 そうして俺たちは、ローテーブル前に座ることになった。

 使用人の牧野さんという人がお菓子やお茶などを運んで来てくれて、改めて食後のお茶会のようなものが始まった。


 その中で衝撃的なことをまたしても聞いてしまった。


 なんと今日用意されていたほとんどがオリヴィアさんが考えて作った料理なんだとか。

 とんでもないクオリティの料理がまさか手作りだったなんて。

 ルーシーほどの家なら、料理人を呼んで作らせていたりするのかとも思っていたが、そうではなかったらしい。


「光流くん、実はね。ルーシーも少し料理するんだよ?」

「そっ、そうなんだ……!」


 すると真空が、ルーシーが料理できるアピールをしだす。


「た、たまにね……? 毎日じゃないよ。お母さんみたいに何でもはできないし」


 そう話すルーシーだったが、真空にお弁当を作ったこともあるらしかった。


「光流くんもいつか、食べられるといいねっ?」

「めっちゃ食べたいっ!!」


 真空にそう言われ、食べたい欲が爆発した。

 ルーシーのお弁当を食べられるだなんて、どれだけ最高なんだ。例え不味くても全部平らげてしまうだろう。




 ◇ ◇ ◇




 お茶会の間、俺はトイレに行きたくなったのでトイレを借りることにした。


 そうして一人で部屋を出て、教えてもらった通りに家の中を歩いてトイレに辿り着いた。

 トイレは清潔感が溢れていて、かなり良い匂いがした。あまりにもリラックスできる空間だったので、トイレでも寝られるかもしれないと感じた。


 そうしてトイレを終えてルーシーの部屋に戻ろうとした時だった――、



「――光流くん」



 背中越しに誰かから声をかけられた。

 俺は振り返った。


「あっ、ルーシーのお父さん……」


 そこにいたのは、ルーシーの父である勇務さんだった。


 俺よりも十五センチほど背が高いと思われる。そしてガタイが良い。

 牛窪先生にも負けないくらい男らしい人だ。


「君と二人で話す機会はなかったからな、少し時間を作りたいと思っていたんだ」

「いえ……こちらこそです」


 二人で話すと緊張してしまうので、正直恐れ多いのだが……。


「五分で良い。時間をもらえないか?」


 どうしよう。皆を待たせてるし……でも断るわけにもいかない。


「――わかりました」


 俺は勇務さんの誘いに乗って、後を着いていくことにした。


 場所はルーシーの部屋からそれほど離れていない近くの空き部屋だった。

 空き部屋と言っても応接間っぽくなっていて、インテリアは全て揃っていた。


「そこに座ってくれ」

「はい」


 いや、なんだか怖いんだが!?


 俺は勇務さんに指示される通りにソファに腰を下ろした。


 そうして、勇務さんも同じく腰を下ろすと――、


「――光流くん。あれから今までちゃんとしたお礼や感謝ができずにすまない。今さらではあるがルーシーを救ってくれてありがとう」


 勇務さんはそう言いながら、頭を深く下げた。


「あっ、お父さん頭を上げてください! それはもう病院の時に十分聞きましたし、だからその時もう終わったはずです!」


 手術が成功したあと、ルーシーは目覚めなかったとは言え、アメリカに行くまでの一ヶ月の間、勇務さんとオリヴィアさんは俺に十分感謝の言葉をくれていた。

 だからあの時には既にお礼という名の感謝は済んでいたはずだ。


「いや……アメリカでルーシーが目覚めてからもちゃんと感謝をすべきだった」


 頭を上げた勇務さんだったが、それでも感謝は足りないということらしい。


「それにルーシーの顔の病気のこともだ。命を助けただけではなく、治らないはずの病気まで治してくれた」

「それは違います。ルーシーからそうかもしれない理由は聞きましたけど、僕がそれを治した証拠はないですし……」


 ルーシーは病気が治った理由に俺と出会ったことと、俺の細胞がルーシーの中に入ったことが原因かもしれないと話していたが、それは確定したものではなかった。もしかすると――という話だった。


「それはもちろん光流くんの言う通りかもしれない。でも、君がそう思わずとも俺はちゃんと感謝を告げたかった」

「お父さん……」


 医者から治ったと考えられる原因が俺だと告げられれば、確かに感謝もしたくはなる。

 相手の親がこれだけ頭を下げているのだ。その気持ちを受け取ってあげるのも今は必要かもしれない。


「俺のことはお父さんじゃなくて良いぞ。勇務と呼んでくれ」

「あっ……すみません! そういうつもりじゃなくて……だって僕とルーシーはまだそんなんじゃ……っ」


 相手の親に対してお父さんと呼ぶ行為。これは結婚してから呼ぶことが多いらしい。

 だからと言ってなんて呼んだら良いのかわからない。毎回ルーシーのお父さんと呼ぶのも長い気もするし。

 勇務さんと呼ぶなら俺としても助かるけど……。


「はははっ。怒ってるわけじゃない。君には名前で呼んでもらいたい――それだけだ」

「そうでしたか……良かったです」


 ルーシーは一人娘だ。特に父親という存在は娘の恋愛については一番敏感になるだろう。

 これからは気をつけて発言しようと思った。


「――それでだな、今日の夕方のことなんだが……」

「夕方ですか?」


 夕方といえば、俺とルーシーが会っていた時のことだと思うけど、何かあるのだろうか。


「光流くん、事故に遭ったそうじゃないか……」

「あ…………」


 そっちのことだったか。ルーシーがどこかで家族に伝えていたのだろうか。

 ルーシーは俺とずっと一緒にいたはずだけど、トイレに行ってたりもしたから、伝える時間があったか……。

 ともかく情報が早い。


「体は大丈夫なのか?」

「ええ、少し服が汚れちゃいましたけど、大丈夫でした」


 今も少しだけ腕がジンジン痛むが、時間が経過したことで苦しむほどではなくなっていた。


「そうか、それなら良いが……」

「心配ありがとうございます。元気ですから大丈夫です!」


 そう言いながら俺は怪我をしていない左腕のセーターを捲って無事アピールをした。


「光流くんは結構筋肉があるんだな。着痩せするタイプか」

「小学生の時からずっと筋トレしてましたから、多少はあると思います」


 力こぶを作っていたので、それを勇務さんに見られた途端そんな感想が飛んできた。


「なら、その筋肉でルーシーも守ってやってくれ」

「…………はいっ!」


 俺は元気よく返事をした。



「それでな、ここからが本題なんだが。光流くんが助けたというおばあ――」

「――あ! お父さん!!」



 何やら重要そうな話をしようとしていた勇務さんだったが、そんな時、突然部屋の扉がバタンと開いた。

 視線を向けるとそこにいたのはルーシーだった。


「もうっ! 光流が全然戻ってこないから探したじゃん! お父さん光流を独り占めしないで!」

「悪い……ちょっと拘束しすぎたようだ」


 勇務さんがルーシーにそう謝るとプンスカしていたルーシーがズカズカと俺に近づいてきた。


「光流、戻るよっ」

「あわわっ、ルーシー!?」


 するとルーシーが俺の腕を掴んで無理矢理にソファから立ち上がらせる。

 そのままガッチリとホールドされ、強引に部屋の外に連れ出される。


「――光流くん、この話はまた時間がある時に」

「は、はい〜〜っ!」


 勇務さんにそう言われると、ちゃんと返事ができないまま、ルーシーに部屋から連れ出されてしまった。



「やっと会えたんだから光流はもっと一緒にいて!」

「あはは。ごめん……断れる雰囲気じゃなかったから」


 怒っているルーシー……初めて見た。

 でもこの怒りは本気で怒っているわけではない。

 ちょっと苛ついたという程度に見えた。


 父に対してはこんな態度もとるんだな……とルーシーが普通の人っぽい一面もあることに嬉しくなった。

 ルーシーはこんなに美人で可愛くて歌もうまい。色々天元突破している存在ではあるが、今のやり取りで少し親近感が湧いた。




 ◇ ◇ ◇




「そういえばさ、ルーシーからの誕生日プレゼントっ! 光流くんどうするのっ?」


 真空から、ルーシーからもらった『正月まで私を自由にできる券』のことを聞かれた。

 プレゼントの内容は事前に知っていたようだ。


 俺が冬矢に相談していたように、ルーシーも真空に相談していたんだとわかった。


「うん。せっかくだし、ルーシーをどこかに連れてってあげたいな。五年前は車の中でしか過ごせなかったから」


 だから俺も同じようなプレゼントをルーシーにも贈った。


「なになに、光流、お前何もらったんだよ?」

「いや……これは冬矢でも言えないな……」

「なんだよ〜。でもどこかに連れてったあげたいなってことは、物じゃなかったってことだよな?」


 感が鋭いやつは嫌いだ。


「は〜ん。もしやお前と同じプレゼントだったか?」

「――ッ!?」


 どうしてこいつはこんなにも鋭いんだ。


 話の中で、真空は自分と冬矢のことは気にせずに行ってきなとルーシーに話した。

 だから早速ルーシーからのクリスマスプレゼントを使うことにした。



 その場でルーシーの予定を聞くと明日空いてるということだったので、明日ルーシーと二人きりでデートすることが決まった。

 怒涛の展開に驚きはしつつも俺の胸は高鳴っていた。


 ルーシーと二人きりのデート。楽しみ過ぎる。

 ただ、予定をこれから考えないといけない。考える時間がほしい。

 とりあえず明日の朝までに細かいことを決めるということにした。



 その後、俺たちは真空の提案で四人のグループチャットを作ることになった。


 そして、時間はもう九時になっていた。

 さすがに中学生がこの時間まで遊んでいるのはかなり遅い。



「じゃあもう良い時間だし、俺達帰るよ」



 まだ帰りたくない気持ちを残しながらも俺はそう切り出した。

 すると、ルーシーが家の車で送ると言ってくれたので、お願いすることにした。



 玄関。ルーシー達が見送りに来てくれた。

 手配してくれた車を前に俺と冬矢は帰りの挨拶する。



「それじゃ……明日ね、光流っ!」

「うん。メッセージするね!」

「冬矢くんも今日はありがとっ! 楽しかった!」

「こっちこそ、初対面なのに仲良くしてくれてありがとな」



 夢のような時間がもうすぐ終わる。

 でも、まだ明日も夢のような時間が続くと考えると、とても楽しみだった。



「じゃあ光流くん、冬矢、またね」

「真空も今日はありがとう」 

「真空、じゃーな」



 帰り際には冬矢にも普通に挨拶した真空。とりあえず喧嘩別れみたいなことにならなくてよかった。


 できればルーシーを抱き締めてから帰りたかったが、皆がいる前ではさすがにそんなことはできない。あの、名残惜しい体温を思い浮かべながら俺は車に乗り込み、二人と別れた。



 車が出発したあと、少し後ろを振り返ってみた。

 ルーシーが元気よく手を振っていた。


 俺は微笑みながら軽く手を振って、そのあと背中を向けた。



「…………」



 一瞬の静寂のあと、俺は深く深呼吸をした。



「――なんか、凄い一日だった……」

「それは俺もだ」


 後部座席で背中側に体重を預けると二人してそう言った。


 トラブルに巻き込まれて、時間に遅刻して、でも嬉しくて泣いて。

 ルーシーの友達を紹介してもらって、こっちも友達を紹介して。氷室さんと須崎さんとも再会して、ケーキも一緒に食べて。

 そのままルーシーの家で彼女の家族とご飯を食べたり、勇務さんにお礼を言われたり……。


 色々と詰め込まれた一日だった。


「とりあえず、良かったな」

「うん……」


 冬矢が俺の肩を軽く叩く。

 多くは語らずとも、冬矢は俺の気持ちとこれまでの想いの強さは理解している。


「それでさ、明日のことなんだけど……」

「相談に乗って欲しいってことだろ?」


 さすがは冬矢。俺の考えが手に取るように把握されている。


 明日はルーシーとのクリスマスデート。

 どこに行くかも何をするのかも決めていない。


 時間が少ない中でやれる限り考えるしかなかった。


「ほらよ」


 冬矢がスマホを操作しだしたと思えば、俺のスマホに通知がくる。


「なに?」

「とりあえず見てみろ」


 冬矢からのメッセージを開くとそこには――、


「チェ、ル……ヴァレ?」

「チェルヴァーレな。まぁ名前はどうでも良い。明日ルーシーちゃんとそこに行け。イタリアンレストランだ」

「えっ!?」


 あまりにも手際が良すぎる冬矢の行動に何かを勘ぐってしまう。


「ちゃんとお前の名前で予約しておいたから」

「予約まで!?」

「そりゃ今の時期予約しないとお店に入れるわけないだろ」


 頭まで後ろに預けていた冬矢は何もない車内の天井を見つめていた。


 聞けば聞くほど、よくわからない話だ。

 でも一つだけ思い当たった。――明日会うはずだった誰かとの予定がなくなった、とかだ。


「…………ほんとに良いの?」

「もうお前の予約名だしな。コース料理だけでそれほど高くない。お金貯めてきたお前なら奢ってやることもできるはずだ」

「あぁ……それは大丈夫だと思うけど」


 なんとなく聞ける雰囲気ではない。

 俺は冬矢の好意を受け取ることにした。


「後はあそこだ。青の洞窟に行け。クリスマスの時期は凄いイルミネーションになってるぞ」

「イルミネーション……」


 そのようなデートスポットは今まで一度も行ったことがない。

 ただ、行くとしたらルーシーと行きたいとは思っていた。


「だから原宿駅で待ち合わせして、そこから歩いて行けば良い」

「デートコースまで完璧!?」


 何から何まで用意されている冬矢の話。

 やはりこれは誰かのために考えたデートコースかもしれない。


「ねぇ、これやっぱ――」

「――とりあえず、話したいことたくさん話してこい。今日は俺と真空がいたからな」

「う、うん……」


 気になりすぎたのでやはり聞こうと思ったのだが、冬矢が被せるようにして言葉を続けた。

 こいつぅ。


「とりあえず、お礼は言っておくね。ありがとう」

「良いってことよ。ルーシーちゃんとの時間、大切にしろよ」


 冬矢は俺のことばっかりだ。

 ここまでしてもらうのは嬉しいけど、自己犠牲をしているようにも感じてくる。

 今度無理矢理にでも話を聞いてやる必要がありそうだ。



 その後、冬矢の家の前で先に下ろして別れたあと、俺の家に向かうまでの間、運転手と二人きりになった。



「――九藤の坊っちゃん。今日はお疲れ様でした」

「あっ……こちらこそです――須崎さん」


 俺たちを送り届けてくれていたのは須崎さんだった。

 今は夜なので昔からのトレードマークだったサングラスは外している。


「私は五年間お嬢様とあっちにいましたからね。色々知ってます」

「そうだったんですね……」


 須崎さんはルーシーの成長をその目でずっと見てきたんだ。

 俺もそれを近くで見たかったな。


「お嬢様は毎日毎日、九藤の坊っちゃんのことを考えていましたよ」

「――――っ」


 ルーシー以外の人から、そう伝えられると真実味がさらに増して嬉しい。

 今までは冬矢から似たようなことを言われたりもしたが、それは想像上のものでしかなかった。


「私は仕事柄あんまり勝手なことできないので、九藤の坊っちゃんのお顔を見ることは叶いませんでしたけど、元気そうで良かったです」


 光流坊っちゃんとは違う言い方だが、須崎さんも俺のことは特別な呼び方をしていた。

 周りでこんな呼び方をするのは氷室さんと須崎さんくらいだ。


「はい……あの時、氷室さんと須崎さんが救急車を呼んでくれたんですよね」

「私たちにはそれくらいしかできることはありませんでしたからね」


 二人がちゃんと救急車を呼んでくれたから俺たちは生き延びることができた。

 もし、慌てて何もできなかったのなら、あのあとどうなっていたかわからない。輸血だって必要だったと思うし。


「私もあの時、あそこに車を駐車していなければ……なんて思う時もありましたよ」

「ぁ――――」


 そうか、そうだったのか。

 俺だって、ルーシーと出会わなければ事故なんて起きなかったんじゃと思っていた時もあったが、須崎さんだってそうなんだ。

 あの場所に駐車したのは須崎さんの判断。責任を感じていてもおかしくなかった。


「でも、お嬢様が私のせいではないとずっと言ってくださって……結果的に元気になってご病気も治って良いことづく目でしたけどね」

「僕も同じです。須崎さんのせいじゃありません。同じようにルーシーと出会わなければ起きなかった事故じゃないかって思ってた時もありましたから……」

「そうでしたか……」


 責任を感じていた者同士、何か通じるものがあったかもしれない。

 須崎さんは使用人なのに真面目っぽくはない気さくに話せる人だ。こういう態度がなぜ許されているのかはわからないが、やる時はちゃんとやる人なのだとは感じている。


「もし、一緒の高校に通うようになったら、お嬢様のことお願いします」

「はい……っ」


 バックミラー越しに須崎さんの優しそうな目が見える。

 五年経過して、強面だった須崎さんの目も少しだけ優しくなったように見えた。


「一緒に過ごしていくうちに今日だけじゃわからないことが、少しずつわかっていくと思います」


 須崎さんが話を続ける。


「宝条家は見て分かる通り普通じゃありません。もしかするとこれから見えない障害を乗り越えなければいけないことがでてくるかもしれません。……でも九藤の坊っちゃんなら、ちゃんと乗り越えられると思ってます」


 それは俺も感じている。多分学校に行けばルーシーの周囲にはたくさんの人が集まってくるだろう。

 そして、ルーシーの家柄を知った生徒は、そういった部分にも目をつけるかもしれない。


 俺は普通の家の生まれだ。だから普通ならルーシーのような人とは関われるわけもない立場。

 そうなった時、周囲にはなんて言われるかわからない。お前なんて相応しくないなんて言われるかもしれない。


 けど、それを言われたとしても、俺にはルーシーしか見えていない。ずっとルーシーの傍にいたい。

 それなら、ルーシーの傍にいる人間として相応しい人間になるしかないのではないだろうか。


「俺……頑張ります!」

「応援してますよ。五年前のあの時からずっと……私は九藤の坊っちゃんのファンですから」

「――――っ」


 須崎さんの言葉に少しうるっときてしまった。

 そう思ってくれていて、その言葉以上に俺は嬉しくなった。


「何かあった時、いつでも連絡ください。宝条家の仕事がない時なら私も動けます」


 そう言って、車を止めた須崎さんがスマホを差し出す。

 俺はQRコードを読み取って須崎さんを連絡先に追加した。


「ありがとうございます」



 そうして、俺は家の前で下ろしてもらい、須崎さんと別れた。




 ――本当に長く幸せな一日だった。



 屋根に雪が降り積もる家の前で今日の出来事を振り返る。


 ルーシーを抱き締めた時のことは、もう一生忘れることはないだろう。

 あの冷たくなった体の体温は心に深く深く刻み込んだ。


 トラブルはあったけど、ルーシーとの再会はとても良いものになったと思う。

 ルーシーも同じくそう思ってくれているはず。



 もうすぐクリスマスイブが終わる。


 ただ、クリスマスイブを調べてみると厳密にはクリスマスの前日のことではないらしい。


 クリスマスイブの『イブ』とは夕方や晩を意味する『evening』の古語である『even』が変化したものだとか。直訳すると『クリスマスの夜』という意味になる。


 なら、なぜ十二月二十四日の夜がクリスマスイブなのか。


 それは、十二月二十四日の夜がユダヤ教の歴では十二月二十五日の始まりだからだそう。

 つまり、俺とルーシーが再会した日没のあの時間からクリスマスが始まったのだ。


 一般的な人の感覚ではクリスマスイブはほぼ終わった。しかし本当の意味を追求するとクリスマスイブが終わったわけではない。クリスマスイブを通してクリスマスが始まったのだ。


 ――クリスマスはこれから。


 そして、ルーシーとの初めての外デート。あの頃できなかったことが、やっとできるんだ。


 絶対にルーシーを喜ばせたい、ちゃんとエスコートもしてあげたい

 と言ってもほぼ全て冬矢から受け取っただけのデートプラン。

 俺にできることは少ないかもしれない。

 

 白い息をふぅっと吐いて、擦れて汚れたダウンジャケットのポケットから家の鍵を取り出す。

 また明日、ルーシーに会えると喜びを感じながら、ガチャリと鍵を回し玄関のドアを開けると――、



「ただいまー!」



 俺は元気よく玄関から家族に声をかけた。








 ―▽―▽―▽―


※次回は閑話です。


この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!


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