152話 あの青年は
リムジンでの移動中、俺はソファに並んで座った冬矢とコソコソ会話をした。
「――冬矢、今日本当に大丈夫だったの?」
やっぱり気になってしまった。だからちゃんと聞いておきたかった。
「問題ない。今日はもう予定ないからな」
「でも俺の為に終わらせてきたんでしょ?」
「そうとも言えるが、今日はそのくらいがちょうどよかったよ」
「……よくわからないけど、とりあえず今日は本当にありがとう」
予定は俺のせいで終わらせてきたことがわかった。
そう聞くとやはり申し訳なくなる。
「いいって。――それよりお前、本当に良かったな」
「…………うん。冬矢のお陰だよ」
結局話題を変えられた。
ルーシーと会ってから、冬矢と改まって話したのはこれが初めてだ。
「ルーシーちゃんの顔……この世のものとは思えないほど美人じゃねーか」
「うん……。わかってはいたけど、すごく可愛い」
冬矢の目ですらルーシーはとんでもなく可愛く見えるようだ。
彼は今までに俺以上に多数の女子と関わってきたはず。なら、それだけ目が肥えているとも言える。
「――お前自身の口からそんな言葉が出るとはな。これからが楽しみだ」
「うん。五年分溜めてきたからさ、言いたいことたくさんあるよ」
女子のことで友達の目の前でこんな評価をすることは今までなかった。ルーシーのことでしか俺はデレることはできないだろう。
「ちょっと〜、二人で何話してるのよ〜。ルーシーいるんだからもっと話した方が良いんじゃない?」
すると二人でコソコソ話しているところを見た真空が少し甘い声で突っかかってきた。
「ごめん。ちょっと確認したいことがあって」
冬矢の予定の話はもう済んだ。俺もルーシーの方へと向き直る。
「ふーん。二人はいつからの友達なの?」
「小学校低学年からだな。もう結構長い付き合いだ」
真空の質問に冬矢が答える。
もう八年ほどの付き合いになるだろうか。長いものだ。
「そうなんだ。私もルーシーともっと早く出会いたかったな〜」
「私も真空と早く出会いたかった……」
もし、ルーシーがもっと早く真空のような友達に会うことができていたのなら、あんな酷い経験をしなくても良かったかもしれない。
でも相手が複数人だった時、真空一人ではどうにかできる範囲を超えていたかもしれない。そう思うとやはりルーシーの傍にはもっとたくさんの友達が必要だったと感じる。
そんな会話をしているとルーシーの家の前まで到着したようだった。
俺たちはそれぞれ車を降りると目の前に広がっていたのは腰を抜かすほどの光景だった。
「――こんなんアリかよ」
「はは……」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
終わりが見えない石の外壁は外からの侵入を防ぐような高さ。そして目の前にドスンと構えているのは巨大な木製の門。見た目からして相当な分厚さが伺えた。
すると氷室さんがカードキーを取り出しインターホンのある場所にかざして認証するとゴゴゴという音を立てながら門が左右にスライドした。
「ルーシーのお家、わかってはいたけど、驚きの限度はあるよね」
「ルーシーちゃんに執事とか運転手ついてる時点で普通じゃないとはわかってたけどさ……」
この家に来て驚かない人はいないだろう。あの陸でさえも腰を抜かすと予想できた。
門をくぐると見えてきたのは広大な草原……と表現してもおかしくはない庭だった。
盆栽や不思議な形の木々、少し奥を見るとプールやバーベキューができるような施設もあった。
家自体がリゾート地のようになっていた。
俺たちは氷室さんに従って芝の中央の石畳の道を歩いて行くとついに家に辿り着いた。
二階建ての家というのは普通だった。ただ、あまりにも横に広かった。
ショッピングモールと勘違いしそうな横幅で、そのお陰で奥行きは見えない。
頭がクラクラしてきた。
すると家の使用人と思われる人たちが出迎えてくれた。
俺たちはペコペコと会釈をしながら通り過ぎたのだが、突然数人の使用人が泣き出した。
なんで? とも思ったのだが、その理由はすぐにわかった。使用人たちはルーシーの方を向いていた。
ルーシーの素顔――病気が治った綺麗な顔を今初めて見たのだ。
ルーシーはとても愛されていた。
家族だけではなく、その使用人たちにもだ。この家の人たちはなんて温かいんだろう。そう思った。
それと同時に最初に俺に素顔を見せるため、使用人にすら素顔を見せていなかったことも理解した。
…………
広すぎる玄関で靴を脱いでからそのままリビングに通された。
長く大きなテーブルの上には既に料理が並びはじめており、目の前の席には人が座っていて――、
「あっ……」
テーブル前に座っている人たちを見て、俺はそんな声を漏らした。
「お父さん、お母さん、アーサー兄、ジュード兄。光流と会えたよ……それで一緒に食事することになったの」
ルーシーから家族を紹介された。
両親と兄弟……両親は五年振りであり、兄弟はどこか見覚えがあって――。
「あっ……あの……っ! おひさし、ぶりです……」
俺は頭を下げて挨拶をした。
「良かった……ちゃんと会えたのね……。光流くん、久しぶりね」
「光流くん、久しぶり。元気そうでなによりだ」
ルーシーの母のオリヴィアさん。そして父の勇務さんがまずは挨拶をしてくれた。
どこか優しそうな表情で、俺たちを出迎えてくれた。
そして次にルーシーの兄弟。
「やぁ、久しぶり」
「光流くん、こんにちは」
――似ている。
もちろん兄弟なので二人の顔が似ているのもそうなのだが、俺に接触してきたあの金髪の少年――そして青年……。
「やっぱり、ルーシーのお兄さん、だったんですね……」
アーサーと呼ばれたお兄さんは最近俺に便箋をくれた人だった。
ただ、ジュードと呼ばれたお兄さんはわからない。小さい頃に俺に接触した人なのだろうか。
それともあの少年もアーサーさんだったのだろうか。
久しぶりと言ったのはアーサーさん。でもジュードさんは久しぶりとは言わなかった。
結局、会っていたのかどうか俺には判断できなかった。
「まぁ髪色とかで最初からバレると思ってたけどな」
アーサーさんが、微笑みながらつぶやく。
「みんな知り合いだったんだね……」
ルーシーが俺と兄たちを交互に見ながら驚いた表情をした。
「うん……ちょっとね。少し前に、何度か会ったことがあって……」
先ほども言った通り、ジュードさんに会っていたかどうかはわからないが。
「あと、光流くんのお友達もつれて来ちゃった。
ルーシーは手を冬矢に差し向けながら家族に紹介した。
すると視線が冬矢に集中した。
「はじめまして。光流の同級生の池橋冬矢です。突然の訪問すみません」
冬矢が一歩前に出て、頭を下げ丁寧な言葉で挨拶した。
「おう、知ってるぜ。少し前までサッカーやってたよな。そっちの界隈じゃ、ちょっとした有名人だった」
するとアーサーさんが、椅子に座りながら気さくに話しかける。
冬矢を知っているとのことだが、そこまでだとは。アーサーさんもサッカーをしていたのだろうか。
「そうそう。光流くんの周りの友達は僕たちも多少は知っているからね」
すると、ジュードさんも一言。
今の言い方からすると、俺のことやその周囲を調べていたとも受け取れる言葉だ。
もしかして、俺は監視されていた!?
でも、そうじゃないと俺と接触することなんて、できるわけないし……。
公園で待ち伏せされていたことも俺を監視していただからかもしれない。
監視――と言えば言い方は悪いが、ルーシーとの繋がりがある俺を見守っていたという見方もできる。
どっちの目的なのかはわからないが。
「あ〜、知ってたんですね。足やらかしちゃったので、今はもうやってないですけどね……」
「確かユースで結構良いところまでいってたよな?」
「あれは……たまたまです……」
冬矢の表情がいつもとは違った。
たまにサッカーの話は出るが、あっけらかんと話をしていた。
けど、今回は違った。
初対面の人にその話をされるのが嫌だからだろうか。少し気になった。
「ほら、みんな立ちっぱなしじゃ疲れるでしょ? 適当に座りなさい。光流くんも冬矢くんもせっかく来たんだから楽しんでいってね」
するとルーシーの母であるオリヴィアさんが空気を察したからか、着席を促す。
俺たちは適当な場所に座って、料理が全て用意されるのを待った。
◇ ◇ ◇
「いやいや、どれも料理が美味しすぎるっ!」
「うん、本当にうまいっ!」
俺と冬矢は目の前に並べられた数々の料理に舌を唸らせていた。
用意されたのはクリスマス用の料理ではあるのだが、どれもお店の料理のようにお洒落で味も美味しい。
まさに高級ホテルのバイキングのようだった。……行ったことはないが。
それにしても、ルーシーの家族がいる前で食事をするなんて、緊張で汗が止まらないのだが。
ルーシーとも五年振りだというのに、同じくルーシーの両親とも病院で会った時以来なのだ。
正直何を話せば良いかわからない。なのでとにかくご飯を食べることに集中した。
「ルーシー、食事進んでないよ?」
「あっ……はは……」
「ずっと光流くんのこと見てたでしょ……」
「――ッ!」
ルーシーは俺を見ていたらしい。
そう言われて俺は少し赤くなる。
ちらっとルーシーの方を見たが俺と同じく顔が赤くなっていた。
……可愛い。
「それにしてもルーシー、やっととれたんだね」
「うん……お陰様で……」
ジュードさんがルーシーに声をかけた。
包帯のことだろう。
ただ、この態度を見るに既に素顔は知っていたようだった。
「さぁ〜、これからのルーシーの生活が大変ね」
そんな時、オリヴィアさんが少しニヤニヤした表情でルーシーに語りかける。
「あぁ、大変だな」
「そうそう。大変なことになるね……」
アーサーさんとジュードさんも同意した。
三人は何を言っているのだろうか。
「ねぇ、どういうことなの?」
「はは、冬矢くんのほうがそういうのわかってるんじゃないか?」
ルーシーが俺と同じく疑問を呈したが、アーサーさんがなぜか冬矢がその答えを知っているという。
すると、冬矢がローストビーフにナイフを当てていた動作を止め、カチャっと音を立ててナイフとフォームをお皿の上に置いた。
「ルーシーちゃんは今まで包帯をずっと取ってなかったんでしょ?」
「うん……」
「それで、日本に戻ってきて、来年の四月から高校に入学すると」
「そうだけど……」
あれ……日本?
ルーシーは四月から日本に来るの?
てかなんで冬矢が知ってるんだ。もしかして真空に聞いてたのだろうか。
ともかくその言葉を聞いて、俺は胸が高鳴った。
「みんなルーシーを放っておかないってこと。こりゃ光流も大変だぞ〜っ」
「え……?」
「冬矢……っ」
言いたいことはわかった。
確かにそうなるだろう。こんなに美人で可愛い子だ。それは他が放っておかないだろう。
しずはの時でそれは十分に知っていた。
「ルーシー。私の高校時代の話、もう忘れた?」
すると、オリヴィアさんが話を切り出す。
「あ……っ」
ルーシーはオリヴィアさんの言葉で、何か思い出したのか、顔をはっとさせた。
「わかったか? ルーシー」
アーサーさんが腕を組みながら息を吐いた。
「でも、私、そんな……」
「お兄さん、ルーシーいじめちゃダメですよっ」
ルーシーが困ったように慌てたような表情になる。
それを真空が止めようとルーシーの肩に軽く触れた。
「ははっ。お前ら一緒の高校に行く予定なんだろ? ルーシーだけじゃないだろ。真空、君もそうなるぞ?」
「えっ……?」
しかし、今度は真空に矛先が向いた。
アーサーさんの言う通りだ。真空だってかなり可愛い部類に入る容姿だ。
「こんな可愛い子ちゃん二人が揃って歩いてたら、男子共は放っておかないってこと。片方は性格に問題ありだが……」
「最後なんか言った!?」
冬矢が口をとがらせながら答えを話した。
最後に余計なことを言ったお陰で真空が冬矢を睨んだ。
「ルーシーも真空ちゃんも自分達が思っているより、かなり可愛いのよ。だから、光流くんも冬矢くんも守ってあげてね……?」
「もちろんですっ!!」
「光流っ!?」
オリヴィアさんの言葉に俺はガタッと椅子から立ち上がって瞬間的に返事をしていた。
真空のことも守るって話になってしまってるけど、これはもう勢いで返事してしまったのでしょうがない。
「ははっ、お前すげーな。よくそんなにはっきりと言えるな」
「そうそう、冬矢くんの言う通り。こっちが恥ずかしくなっちゃうよ」
冬矢とジュードさんに笑われた。
仕方ないだろ、ルーシーの母ともあろう人にお願いされたんだから。
「でも、俺達と同じ学校に行けるとは限らないよな?」
「…………」
そうして、一番の疑問を冬矢が切り出す。
守れと言われても限度はある。
「もう言っても良いんじゃないかしら?」
「うん……」
「え……?」
するとオリヴィアさんがルーシーと通じ合う。
意味がわからず俺は呆けた顔をした。
「ええと、ね。私と真空は光流と同じ学校に行こうと思ってたの……ほんとは内緒だったんだけど……」
「うそっ!? ほんとに!?
「うん……受かったら、だけど……」
その衝撃発言に顎が外れそうになった。
俺が秋皇を目指していることをどこから聞いたのか……あるとすれば父経由しか考えられない。
でも、そんなの嬉しいに決まってる。
「まじか……」
「そうなったら、凄い嬉しい!」
冬矢も同じく驚いていた。
一方の俺は完全に喜びが顔に出ていただろう。
ルーシーと一緒の学校に行けるとしたら、どんなに楽しいのか。
色々な学校行事もあるだろうし、そしてルーシーの制服姿も学校で見られるだろう。
「冬矢も俺と一緒の学校に行く予定だよ。もし皆で一緒に学校に通えたら楽しいね!」
「うんっ!」
そう俺が言うとルーシーが頷く。
「冬矢は別に……」
「なんだと!?」
しかし真空は興味なしという態度だった。
「何でもありませ〜ん」
「お前なぁ〜っ!」
再びリムジンの中にいた時のように喧嘩になりそうになる。
「お前ら付き合ってんのか?」
「どこがっ!」
「まさかっ!」
するとアーサーさんが、二人の雰囲気を見てそう言った。
しかし二人がそれを否定した。
「だってなぁ……意外と相性良さそうだよな?」
「「そんなことないです!」」
息は合っているようだ。
深月……大丈夫か、お前……。
ライバルは以外と近くにいるかもしれないぞ。
「…………」
その息が合ってしまったことで、一瞬場が静まった。
「……ほらな」
アーサーさんが、ニヤつきながらそう言い放つ。
「あーもうっ!! 食事が美味しくなくなるっ! あっ……いえ……今のは違います。凄く、美味しいので……すみません」
「はは……ったく。なんなんだよこれ……」
真空は顔が赤くなっていた。これは恥ずかしいからなのか怒ったからなのか、俺にはまだよくわからなかった。
一方の冬矢は少し笑ってはいたものの、俺からすればいつも通りだった。
「冬矢……優しくしてあげなよ……」
「わーった、わーった。悪かったな、真空」
とりあえず喧嘩は良くない。
だから冬矢にはそう言っておいた。
「あ〜、いいよ。別に謝ることなんてないし。今は楽しくお食事しよっ」
真空も物わかりが良いらしい。
すぐに切り替えて明るくなった。
「お食事が終わったら、皆でルーシーの部屋に行ってお茶でもしたら? 積もる話もあるだろうし」
「うん……そうする」
オリヴィアさんの提案だ。
ルーシーはそれを承諾したが、俺の心はドギマギしていた。
ルーシーの部屋だって? 家にきていきなり入って良いものなのか?
やばすぎるだろ。
俺はオリヴィアさんに心の中で感謝をしながら、食事を続けた。
―▽―▽―▽―
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