149話 欲しかった写真
二人一緒にドーム型遊具の外へ出ると、既に空は真っ暗になっていた。
公園の電灯を見上げると降ってくる雪によって明かりが明滅しているようにも見えた。
「あれ、光流の服……汚れてる」
「あ、あぁ。これ遅れちゃった理由なんだ……」
その電灯に全身が照らされると、ルーシーが俺の服の汚れに気がつく。
ルーシーには体が温まったからと言われダウンを返してもらったが、ちょうどその時に汚れに気付いたようだった。
汚れていた箇所はダウンジャケットの右側、そしてズボンの膝回りが少し擦り切れていた。
細かく言えばお尻や腰辺りにも汚れがついていた。
「怪我とかしてないの……?」
「うん、それは大丈夫だった」
ルーシーが眉を少し下げて心配してくれた。
実際、少し痛みはするが普通に動けているので日常生活には全く支障がないと思われた。
正直雪の上だったからまだ良かったが、あれが硬いアスファルトの上だったらもっと擦りむいて血が出ていてもおかしくはなかった。
「公園に向かってる途中でさ、横断歩道に通行人のおばあちゃんがいたんだけど、そこに雪でブレーキが効かなかったのか、トラックが突っ込んできそうになって……」
「トラック……」
ルーシーがトラックの言葉に反応したように、五年前の事故を思い出してしまう可能性もあった。
だからここで何か物凄い拒否反応を示すようだったら、この話を続けるのは辞めようと思ったがそうではないようだった。
手紙にも事故については怒っていないし事故のお陰でとも書かれていたので、問題はないとは思っていた。
「ぶつかると思って俺、咄嗟におばあちゃん抱えて一生懸命走ったんだ。その時にちょっと転んじゃって。それで最後にはトラックがハンドル切って横に逸れてくれたお陰で助かったんだ」
「はぁ……良かった……」
ルーシーが胸をなでおろして、少し息を吐いた。
さすがに死ぬかもしれなかったとは言えなかった。
転んだではなく、ジャンプして避けないと死んでたなんて言うのはもってのほかだ。
ルーシーの悲しそうな顔は見たくない。だからこの部分は嘘を織り交ぜて話すことにした。
「うん。俺は元気だったんだけど、おばあちゃんがちょっと腰悪くしちゃったみたいで。一人で動けないっていうから、どうしようかと思ってたんだけど、ルーシーとの約束もあるし……」
「それで冬矢を呼んだんだ。あ、冬矢ってのは俺の友達で、電話してみたら十分くらいで到着する所にいるっていうから、それまでおばあちゃんと一緒に待ってたんだ」
その時の経緯を話す。
冬矢があの場所に来てくれなかったら、あとどれくらい待ったのかわからない。
神様にも頭が上がらないが、しばらくは冬矢にも頭が上がらないかもしれない。
「その冬矢くん……? も良い人なんだね。仲良いんだ?」
「あぁ……腐れ縁みたいなやつだよ。ちょっとチャラついてるけど、根は良いやつなんだ。何かと俺のこと気にかけてくれるし……」
いつか冬矢のことも紹介したい。
あいつなら、ルーシーのことも気にかけてくれると思うから。
「光流、優しいもんね。そういう友達いてもおかしくない」
「そう、かな? でも……ありがと」
優しい、か。
ルーシーにならいくらでも優しくしてあげたい。
そう思いながら公園の入口のほうへと歩いて行ったのだが、俺は五年前の出来事を思い出した。
あの時したことと同じことをしたかった。
それは――、
「ねぇ、ルーシー。写真撮らない?」
「あっ……」
ルーシーのスマホで撮った写真。
あの写真は確かルーシーは顔を隠していたけど、今度は素顔で写真が撮れる。
今日の写真を永遠に残して置きたい。
「撮るっ!!」
すると、思った以上にルーシーが食いついてきた。
俺と同じく写真を撮りたいと思ってくれたようだった。
「じゃあ今度は俺のスマホで撮るね」
「うん……」
前回はルーシーのスマホで撮ったので、今回は俺のスマホで撮りたかった。
不思議な気分だ。
あの時もルーシーに寄り添って一緒に写真を撮った。
そのルーシーは今成長した姿で、同じくカメラの画面に映し出されている。
「じゃあ撮るよ……」
「きゃっ……」
俺はスマホを上に掲げて、繋いでいた手を離した。
そして、その代わりにルーシーの肩を抱いて近くに引き寄せた。
すると少しだけルーシーが小動物のような声を上げる。
その声すら可愛い。
「はい、撮るよ〜」
パシャッと音を出して撮影されたその写真。
アルバムを開いて写真をタップすると、二人が笑顔で身を寄せ合っている写真があった。
――こんな写真が欲しかったんだ……。
外に出て少し話したからか頭には少し雪が乗っていて、それが白い花飾りのようにも見えた。
ルーシーは写真映りも神がかり的に良かった。ただ、少し目が赤いのは御愛嬌だ。
電灯に照らされて初めて全身を見ることができたが、今日のルーシーは白いコートに赤いマフラーだった。
今こうやって改めて見ると服装も可愛い。
このルックスだ。多分ルーシーはどんな服でも似合ってしまうんだろう。
確か昔だって車の中では、可愛いドレスのような服を着ていた。
あの頃からスタイルの良さには片鱗はあった。
やっぱり俺の隣にこんなにも可愛い子がいるなんて、未だに信じられない。
「見せて……?」
すると、ルーシーが俺のスマホを覗き込んできた。
キラキラとした目で満足そうにその写真を見ていたルーシーに俺は一言伝えた。
「今日は再会の記念日、だね……!」
「記念……日……うんっ」
俺がそう言うとルーシーが嬉しそうに笑った。
あの時は友達になった記念日。
だから今日はその再会の記念日なのだ。
「ねぇ、その写真、私にもちょうだい?」
「もちろんっ!」
ルーシーが写真をねだってきたので、俺たちは初めて連絡先を交換した。
五年越しだ。
今更ではあるが、こんなに簡単にやりとりができる時代、今までこうしてこなかったのが悔やまれる。
どちらか一方が手紙か何かで声をかければ良かっただけなのに。
でも、それができなくてここまで時間がかかってしまった。
もしかすると、連絡をとらなかったり会わなかったりしたから、自分の中で想いが育まれたのかもしれない。
五年も我慢したんだ、それはそれは強い想いが溜まるに決まっている。
俺はルーシーにメッセージで先ほど撮った写真を送った。
すると、ルーシーのスマホに通知音が鳴る。
それを確認すると、ルーシーが何やらスマホを操作し始めた。
ピコンと俺のスマホに通知が来る。
それを確認してみると――、
「えっ……これ……あの時の、写真……」
なんと、送られてきたのは五年前に俺とルーシーが一緒に撮った写真だった。
嬉しい……この写真残ってたんだ。
ってことは、もしかしてルーシーはずっとこの写真を大事に持ってたってことか?
「データ残ってたんだ。だから新しいスマホにも送って……五年間、毎日毎日これ見て、頑張ってた……」
やっぱりそうなんだ。
大事にしてくれて、嬉しい……。
「そうだった、のか……いいなぁ。俺もこれ欲しかったなぁ……」
俺はルーシーに関するものが一つもなくて、何か一つでも欲しかった。
もしあるとすればこの写真だったけど、俺は当時スマホを持っていなかった。だからどうしようもないことではあったけど。
「ごめん、これ送っておけばよかったね……」
「ううん。今、手に入ったから十分。懐かしいなぁ……俺もルーシーも小さい……」
「そうだね、ほんと小さいね……」
その写真に映る二人は本当に小さい。
俺が無理やり外した包帯は顔にはなくて、ルーシーが自分の顔を両手で隠していた。
顔を隠しているのでその時のルーシーの表情は読み取れないが、一方の俺は満面の笑みを浮かべていた。
色々と若すぎる……!
「光流、やっぱり大きくなったんだね」
すると、ルーシーが俺の顔を見上げて、自分との身長差を比べるようにそう言った。
俺も同じようにルーシーの身長を確認してみる。
ルーシーはブーツを履いているようだったが、ほんの少しだけ俺の方が背が高かった。
でも、ルーシーの両親は背が高かったはずだから、すぐに抜かれるかもしれない。
「そうだね……あの時は俺達、身長ほぼ同じだったもんね」
「うん……」
子供だから男子も女子も背丈がほとんど変わらず、身長のことなんてどうでも良かった。
この身長差も時が過ぎた一つの証拠となり、あの小さかった頃が懐かしくもなる。
ルーシーと写真を撮って連絡先も交換した。
これまでの距離を埋めるように、一つ一つの行動が二人の仲を深めていっているようにも感じた。
俺たちは並んで公園の入口へと向かう。
自分が踏みつけてきた足跡も消えかけていて、時間の経過を感じた。
あの場にどれくらい一緒にいたのだろう。
スマホで時間を確認するのを忘れてしまっていたので、現在の時間がわからなかった。
ここに来た時は、一人分の足音だった。
でもここを出る時は二人分の足音。
なんだか不思議だ。
こんな小さいことなのに、それだけで嬉しくなる。
そうして、俺たちが公園の入口に辿り着くと、そこにはスーツ姿の男性が一人佇んでいた。
その男性は元々老齢ではあったが、五年の時を経て少し皺が増えたように見えた。
でも落ち着いた雰囲気と優しい表情は健在で――。
「あ、あれ……氷室……さん?」
五年前、俺とルーシーが遊んでいる間、近くで見守ってくれていたのが執事の氷室さんだった。
忘れるわけもない。氷室さんはずっと俺たち二人に付き添い配慮してくれて……俺はこの人のことも大好きだった。
「光流坊っちゃん……」
すると氷室さんが、あの時と同じように俺の名前を呼んだ。
九藤でも光流でもなく、"坊っちゃん"と名前の後ろにつけるこの呼び方。
氷室さんにしか呼ばれたことのない呼び方。
だから、その呼び方が急に俺の心に響いてしまって――、
「ぁ……ぁ……おひさし、ぶりです……」
ルーシーだけではなく、氷室さんとの再会も俺にとっては相当嬉しいものだったらしい。
いつの間にか目に涙が溜まってしまっていた。
俺は声を震わせながら挨拶をした。
「お元気でしたか?」
「はい……お陰様で……氷室さんも、お元気そうで……」
「私はもう老いぼれてきてますので、元気と言えるかどうかは微妙ですがな……はっはっは」
冗談のようなことも言いながらこの人らしい笑みを浮かべた。
元気そうで本当に安心した。
すると、俺に挨拶をしてくれた氷室さんが、ルーシーに視線を移した。
「お嬢様……お顔が……」
今度は氷室さんが俺がさっきしていたように口を震わせ涙ぐんだ。
ルーシーは本当にごく一部の人にしか素顔を見せていなかったということだろうか。
俺に見せるために、ここまで……。
「氷室……私、どうっ?」
すると、ルーシーは白い歯を見せて元気よく氷室さんに向かって笑って見せた。
「本当にお綺麗で……ご病気が……治って……本当に……本当に……っ」
氷室さんも我慢できないようだった。
しわくちゃな手で顔を覆い、同じく深いしわのある目尻から涙を零した。
多分、ずっとそうだったんだ。
ルーシーの病気のことは家族や俺だけではなく、近くにいた人は皆どうにかしたかったんだ。
それはずっと昔から。
だから、ルーシーの病気が治ったことが泣くほどに嬉しいんだ。
「どうぞ、中でお待ちですよ……」
すると、涙を拭った氷室さんがリムジンのドアに近づき、手をかける。
俺はこれからどうすれば良いのかわからなかったが、続くルーシーの言葉で理解することになる。
「光流、私にも大切なお友達できたの……紹介していい?」
「うん、もちろん……!」
ルーシーには友達がいた。
しかも大切だと言える友達だ。
そして、その友達はこの場所に着いてきてくれているらしい。
それだけでルーシーのことが好きで、大切に思っている友達だと伝わった。
氷室さんの手によってドアが開かれると、車内の明るいライトがパッと目に入る。
俺とルーシーはリムジンに乗り込んだ。
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