148話 綺麗

 バクバク、バクバクと心臓の音が嵐のように暴れまわる。


 しばらく時間が経過し、お互いに泣き止んだはずなのにまだ俺たちは抱き締め合ったままでいた。

 そのせいか、ずっとドキドキしっぱなしになっていた。


 離れるタイミングを逃してはいたが、ずっとこのままでも良かった。

 だって五年分の溜まった気持ち、そのうちのたった数分しか触れ合えていないんだから。



「ひかる……いい匂い……」



 すると、抱き締めていたルーシーが俺の首元でゴソゴソと動き、匂いを嗅いでくる。

 その行動に俺は一瞬恥ずかしい気持ちになるが、今思えばこうやって抱き締め合っている状態も普通ではなかった。



「ルーシーだって……すごい、いい匂いがする……」



 だから俺もルーシーの髪を掻き分けて、首元に鼻を近づけて匂いを嗅いだ。


 ゆっくりとルーシーの匂いを吸い込むと、その甘い匂いに脳髄まで狂わされそうになる。

 麻薬――そう表現しても仕方ないほど良い匂いに感じた。



 良い匂いだと思う相手とは遺伝子レベルで相性が良いという研究結果があるらしい。

 その人にとって嫌いな匂いでも、別の人にとっては良い匂いに思えたり。


 ルーシーは甘い匂いの他に少し柑橘系っぽい香りもしていて嫌な匂いは全くしない。

 香水やシャンプーの匂いもあるかもしれないが、ともかくいつまでも嗅いでいたい匂いだった。


 ルーシーは俺の匂いのことをどう感じているだろうか。

 五年前のあの時も同じように良い匂いだと言ってくれていたのは覚えているけど……。 



「ふふ、ありがと……」



 そう返すルーシーは、少しだけ恥ずかしそうにしていた。

 やはり匂いを嗅ぐという行為は再会したてでやることではなかったのかもしれない。


 ずっと抱き締め合ってはいるが、さすがにルーシーの体の状態も気になってきた。


 だから俺は着ていたダウンジャケットを脱ぎ――、



「ルーシー、これ……寒かっただろ?」



 ルーシーが着ているコートの上から覆うようにしてダウンジャケットをかけた。

 そのタイミングで抱き締めている状態を解き、離れることになった。



「あった、かい……」



 そう言ったルーシー。

 その姿を見ると俺との体格差があり、かけたダウンはルーシーの体をすっぽりと覆うほどだった。


「ルーシー、大きくなったね……」


 でも、「小さいね」なんて言うのは褒め言葉として良くない気がした。

 だから成長したという意味を込めてそう言った。


「それは光流も……」


 するとルーシーからそう返された。



 ――ふと、俺の口が勝手に動いた。



「相変わらず、綺麗……」

「………っ!?」



 自然と、そう言ってしまった。


 まだ、彼女の全てを見たわけではないのに、言いたくて言いたくてしょうがなかった言葉。

 でも、まだ本気でそう言う時じゃない。今度はルーシーの素顔を見て、ちゃんと言いたい。


 ルーシーが俺の言葉を聞くと、顔を赤らめて動揺したように目をキョロキョロさせた。


「いっ、今でもそんなこと言って……」

「俺の中のルーシーは、ずっと綺麗だった。思い出の中のルーシーも、今も……」


 あの頃から変わらない、その気持ちをもっと伝えたい。


 するとルーシーが俺の顔をじっと見つめた。



「…………も……かっ…………ったよ……」



 ルーシーが何か呟いた。

 ただ、俺にはその言葉はうまく聞き取れなかった。


「今なんて?」

「い、いやっ……なんでもないっ!」


 ルーシーは言葉を濁した。

 多分ここで追求しても教えてくれない気がした。



「あ、そういえば。クリスマスプレゼント……」



 ふと、ルーシーは思い出したかのようにカバンをゴソゴソとし始めた。

 もしかしてとは思っていたが、クリスマスプレゼントを用意してくれていたことに嬉しくなる。



 そして、ルーシーが手渡してくれたもの、それは――白い封筒だった。



「これ……なに?」



 少し不思議に思ったが、俺の中であるものが頭に過った。

 だってこれは俺も――、



「開けるよ?」

「うん……」



 封筒を開けると、中から出てきたのは一枚の紙だった。


 まさか……まさかまさか。


 そして、その紙に書かれていた内容とは――、



『チケット……? ええと『正月まで私を自由にできる券』……へ?」



 封筒を受け取った瞬間から、まさかとは思っていた。

 けど、ここまで同じだとは。


 ここまで一緒だと笑えてくる。

 俺たちは似ていないようで、どこか似ているところがあるのかな。


「あ……はは……クリスマスプレゼント……凄い悩んで……それなら、光流がしたいこと、してあげたいなって……」


 プレゼントを渡したものの、自信なさげにルーシーがこれにした理由を話してくれる。


 やっぱり理由も同じだ。

 お互いに知っていることは少ない。でも、相手のしたいことをしたいって気持ち。



「あの……迷惑、だった、かな……?」

「い、いや……! 全然迷惑じゃない! 嬉しいっ!! けど……」



 再会の感動とは別に、なんだか急にいじわるしてみたくなった。

 ルーシーの困った顔が見てみたい――そう思ったから。



「けど……?」

「なんか、変態っぽい……」

「へ……?」



 俺がその言葉を口にすると、みるみるうちにルーシーの瞳孔が開いていく。

 そして、恥ずかしそうに頬に手を当てると――、


「――いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ルーシーっ!?」


 恥ずかしさでいっぱいになったのか、ルーシーが悲鳴を上げた。

 突然の叫びに俺も少し驚いてしまう。


「わたしっ、変態なんだあぁぁぁぁぁ!!!」


 ドーム型遊具の中、寒さも吹き飛ばすようにルーシーの声が反響していった。


 何をしても可愛く見えてしまうルーシー。

 包帯越しでも赤面している様子がわかってしまった。


 ――少し意地悪しすぎてしまったと少しだけ心の中で反省した。




 ◇ ◇ ◇




「落ち着いた……?」

「うん……」


 ルーシーはしばらくの間、うううと唸っていたがやっと落ち着きを取り戻した。


 すると、ルーシーの左腕にキラリと光るものが見えた。


「バングル、してくれてるんだね……」


 俺の誕生日プレゼントを身に着けてきてくれていた。

 大事にしてくれていて、本当に嬉しい。


「あっ……、つけられる時は毎日してるよ。光流も……ヘッドホン……」


 毎日、か。嬉しすぎる。

 そしてルーシーも俺にくれたプレゼントを身に着けていることに気づいてくれた。


「うん。俺も出かける時はいつもつけてるよ」

「へへ……嬉しい……」


 当たり前だ。ルーシーの分身のように思って毎日着けてたんだから。


 そして、俺はルーシーに着せているダウンジャケットのポケットをゴソゴソしてあるものを取り出す。


「あ、俺もプレゼント……」


 そうして取り出したものをルーシーに手渡した。


「はい、ルーシー」


 すると、一瞬だけ不思議な反応をしたが、そのまま受け取ってくれた。


「ありがとう……開けるね?」


 ルーシーが封筒から一枚の紙を取り出す。

 もうこの時点でルーシーはどんなプレゼントなのか察していたかもしれない。


「チケット……?」



 そこに書かれていたのは、俺が用紙したプレゼントの内容。



『正月まで俺をいつでも呼び出して使える券』。



 もう笑いを堪えられない。



「へ……? わたしと、同じ……?」

「あ〜、なんか、似てるね……」



 その内容を見てキョトンとしたルーシーだったが、次の瞬間には――、



「ね、ねぇ! さっき変態って言った!!」

「言ってないよ……?」

「言った!!」

「忘れた……」

「う〜〜〜っ!!!」



 俺の胸当たりを両手で太鼓を叩くように交互にポコポコとしてきた。


 軽いので全然痛くはないが、ルーシーの様子がおかしくて笑ってしまった。

 ルーシーも同じく笑いながら俺を叩き続けた。



 ――五年振りの笑顔だった。



 好きな人の笑っている姿は、こんなにも心奪われるものだと感じた。

 俺は、こういうルーシーがまた見たくて……。



「ごめん、ごめんって……!」

「はぁ……はぁ……」



 俺は笑いながら謝った。

 疲れるほどに俺を叩いていたのでルーシーは息切れしてしまっていた。



 五年振りの涙、五年振りの笑顔。

 なら、五年振りの彼女の素顔が見たい。


 あの動画で言っていた病気が治ったという話。

 本当に奇跡のような話だ。


 あの当時、何度彼女の病気を変わってあげたいと、治してあげたいと思ったことか。

 子供ながらに必死に考えたけど、結局してあげられることはなくて。


 だからその代わりに笑顔にしてあげたくて、たくさんお喋りした。


 もう、ルーシーは悩んでいないんだよな。

 好きなように顔を見せて、これからは歩けるようになるんだよな?


 俺は真剣な表情でお願いをした。



「ルーシーの顔、見たい……」

「…………うん」



 少しの沈黙のあと、ルーシーはそれを承諾した。


 五年前、ただの好奇心で包帯の下を見たいと思った時とはまた違う。


 今度は彼女の本当の顔、病気が治って幸せな表情をしている彼女を見たい。



「変だったら、ちゃんと言ってね……」

「俺が言うと思う……?」

「……いわ、ない……かも」



 顔を見せてどんな反応をされるのかやっぱり心配なんだろう。


 他の人には見せたくないほど嫌な自分の顔だったから、ずっと包帯で隠していた。

 これはトラウマなどそういったレベルではなく、本当に心をうちに閉ざしてしまう理由になるほどのものだった。


 けど、俺はあの時だって変だなんて言わなかった。

 だから、今だってもちろん言わない。



 ルーシーが顔の包帯に手を掛ける。


 下を向きながら少しずつ包帯を解いていく。

 はらり、はらりと頭の後ろを回って少しずつ。


 顎から口、鼻……。



「――――」



 俺は息を呑みながら、彼女が包帯を解いていく様子を見つめた。


 その包帯はついに目元まで解け、最後におでこの部分が解ける。

 そうして、全ての包帯が地面に落ちた。



 包帯が地面に落ちてから、ゆっくりゆっくりとルーシーが顔を上げる。




「――――っ」




 ルーシー、すごい……すごいよ。


 だって、こんなに……っ。



 俺は無言のままルーシーの顔をじっくりと見つめた。

 泣きたいのを我慢しながら顔の端から端までの全てを。




「ルーシー……目、開けて……?」




 俺は最後にお願いをした。



 すると、ルーシーはゆっくりと閉じていた瞼を開いていく。




「――――」




 俺は今、一つの奇跡を目の当たりにしていた。



 やっと……やっと言える。

 心からそう言える。


 ずっと言いたかった心からの言葉。

 ルーシー以外には言わなかった、言えなかった言葉。


 俺にとってこの言葉は、ルーシーだけのものにしたいから。

 特別で大切な、ルーシーにしか言いたくない言葉だから。



 ルーシーの顔を見たら、誰でも同じようにこの言葉を言うかもしれない。


 でも、気持ちだけなら誰にも負ける気がしない。

 ルーシーの病気を知っていた俺なら、当時から本気でそう思っていた俺なら――。



 ドーム型遊具の中に静寂が流れる。


 ルーシーもその言葉を待っているかのように俺の瞳をまっすぐに見つめ、俺もルーシーの宝石のように輝く青い瞳を見つめ返し――、 




「――綺麗だ」




 優しく、優しく。

 俺は心からルーシーにずっと言いたかった言葉を紡いだ。




「うれ……しい……っ」




 ルーシーの瞳からぽろりと雫が落ちる。

 その雫は一滴に留まらず、さらに増えていって――、



「やっと……やっと、見せれた……っ」



 泣きながら、笑顔で。

 そんな二つの表情を見せたルーシーが、ずっと秘めていたものを解放したようにそう言った。


 この病気のせいであんなに苦しんだんだ。

 治った時には、これくらいの恩恵があっても良いはず。


 でもその恩恵は、俺の想像以上のものだった。


 初めて見たルーシーの本当の素顔は、綺麗という言葉だけでは言い表せないくらい綺麗だった。



「ルーシー……本当に綺麗だよ。こんなに綺麗な人、見たことない……」

「はは……ひかる、言いすぎ……っ」



 今まで生きてきた中で、これほどの女性は見たことがなかった。

 俺の狭い世界での話かもしれないけど、そう言わざるを得ないほどのもの。



 吹き出物一つなく、鏡のように光をつるんと反射してしまいそうな潤いのある肌。

 毛穴なんてものも見つかるはずもなく、若いだけでは言い表せないきめ細やかなその肌は、今目の前で強く強く生きて輝いていた。


 こんなに綺麗な人がこの世に存在していいのか?

 そう思ってしまうくらい俺の目にはルーシーが美しく映った。



「顔だけじゃないよ。ルーシーの全部……ルーシーの全部が綺麗なんだ」

「それも言いすぎ……。私だって、汚いところ、あるんだから……」



 これを言うと肌が綺麗な人は全員心も綺麗だという意味にもなるかもしれないけど、ルーシーにはそう言いたかった。

 けど、ルーシーはそう思ってはいないようだった。



 でも、これだけは言える。

 五年前にルーシーに言った言葉は本当で――。



「やっぱり俺の目は間違ってなかった……」

「え……?」



 今でも初めてルーシーの顔を見た時の衝撃は覚えている。

 あの時の衝撃を超えるものは、未だにない。


 音楽を聞いて心震えたとか、何かを見て感動したとか、舞台で演奏して熱くなったとか、そういう気持ちとはまた別のもの。

 体の一番奥底、芯の内側にある芯まで。そんなところにまで響いてしまった何かがあった。



「あの頃はうまく説明できなくて、ただルーシーを綺麗だって言うことしかできなかった。でも今は違う。――綺麗な金色の髪、青い瞳、長いまつげ、少し日本人とは違う彫りが深い骨格、少し高い鼻、ぷるっとしてる柔らかそうな唇、お人形さんみたいな小さな顔……全部綺麗……」



 スラスラと、オタクが好きなものを早口で語るように。

 ルーシーの顔を確かめながら、彼女の顔の素晴らしさを本人に伝えた。



「えっ……えっ……!?」



 俺が怒涛のごとく褒めちぎったものだから、ルーシーはそれに驚く。

 正直、引いてしまうほど事細かに説明したと思っている。


 でも、それだけではないことも伝えたかった。

 そんな薄情者だとは思われたくないから。

 


「悪く言えば、顔だけかよって思われるかもしれない。だから、これから俺の知らないルーシーを教えてほしい。それ含めて、ルーシーのこと綺麗だって、言うから……」


 これから知っていきたい。

 俺の知らないルーシーの良いところも悪いところも全部。


 もしかすると怒ってしまうようなことも含まれているかもしれない。

 でも、ちゃんと受け止めて最後には理解してあげたい。



「ほん、と……?」



 ルーシーが、声を震わせて俺の言葉を確認する。



「うんっ!」

「あり、がとう……ありがとう……っ」



 だから俺はそれを肯定する。

 するとルーシーは感謝を告げながら瞳に喜びの色を映し出した。



「光流に触ってほしい……」



 ふと、俺の手をとったルーシー。

 そのまま両手を自分の頬に移動させていく。



「――――っ」



 触れた瞬間、ビクッとするルーシー。

 その頬は冷たいと思われたが、先ほどまで包帯をしていたお陰か少しだけ温かかった。


 俺は、ルーシーの顔をなぞるようにして、スススと指を移動させていく。



 そうすると、俺の内側から何か感情が溢れてきてしまった。


 ルーシーがあれだけ悩んできた病気が治ったことを、今触れたことで本当に真実なんだと実感してしまった。


 当時のルーシーの気持ちを思うと、どれほど辛かったことか。

 その気持ちを知っているからこそ、嬉しくて嬉しくて、この奇跡に感動してしまう。



「すごい……すごいよルーシー。こんなっ……こんな綺麗な肌……うぅ……治って……良かった……本当に、良かった……っ」

「光流……」



 再び俺の目から涙が零れていく。


 摩擦なんてものがこの世にはないかのように、指がするすると肌の上を滑る。

 生まれたての子供のように、もしくは肌が全て生まれ変わったかのように。



「あんなに……ルーシーが苦しんでた病気……どうにか変わってやれないかって、治してあげたいなって思ってた……でも、でも……本当に良かった……っ!」



 まさか本当に治るだなんて、夢のような出来事だ。

 ルーシーと同じ気持ちになれていたなんて思わない。でも、自分のことのように嬉しくて――、



「うん、うん……っ! これも全部、光流のおかげなんだよ? 担当の先生は、治った理由はわからないけど、考えられる理由は二つだって言ってた」

「え……?」



 すると、ルーシーが不思議なことを言い出した。

 俺のお陰……?


 あの動画では説明しなかった話だ。



「一つは光流との出会いで、私の心の中が明るく変わったことでの精神状態の変化。そしてもう一つは光流が腎臓をくれたことで、私の体の中で何かが変化して、良い方向に変えてくれたことだって……」



 薬とか何かの治療の結果じゃなくて、偶然の産物だったということだろうか。

 まだ良く理解できない。



「そう……なの?」

「うん。だからどっちが理由でも光流のお陰なの。こんなに……こんなに苦しんでた病気も、光流が友達になってくれたこと、腎臓をくれたお陰で、治ったんだよ……?」



 なら、なら……それが本当なら。

 俺がルーシーと出会った意味、あったじゃないか……。



「はぁっ……はぁっ……そんなのって、そんなのって……」

「だから……私っ……光流に、感謝してもしきれない……っ」



 それが嬉しくて嬉しくて、どんどん動悸が激しくなる。

 ルーシーも俺と同じように息を詰まらせていった。



「あぁ……あぁ……俺は……俺は……ルーシーと友達になれて……腎臓をあげられて……本当に、良かった……っ!!」

「うん……うん……っ! たくさん、たくさん光流からもらったの。たった一週間しか会ってないのに。その後の全部が光流のお陰で、人生が明るくなったのっ」



 嬉しい。嬉しすぎる。

 奇跡が多すぎて、もう両手がいっぱいだ。


 信じられないことが次々と知らされて脳みそがパンクしそうだけど、今は自信を持って言える。



 ――ルーシーと出会えて、本当に良かった。



「光流……っ……友達になってくれて、腎臓をくれて、私を救ってくれて……ありがとう……本当に、ありがとう……っ!」



 ルーシー、それはダメだ。

 もう、我慢できない……。



 自分の存在意義、その全てが肯定されたような言葉だった。



 だから――、




「あぁ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」




 今度は俺がドーム型遊具全体に大声を響かせて泣いてしまった。


 ルーシーはそんな決壊した感情を止められない俺の背中に手を回し、優しく抱き締めてくれた。




 ◇ ◇ ◇




 目も鼻も赤くなり、ぐちゃぐちゃになってしまった顔。

 でも、同じく泣いたはずのルーシーの顔はそれでもずっと天使のように綺麗だった。


 ずっとこの場にいるのに、まだ夢か現実かわからなくなる時がある。


 それほどルーシーという存在が俺にとって特別で、五年間会えなかった事実が彼女を空想上の存在として思っていたからなのかもしれない。



 もう、良いだろう。

 十分にお互いに涙を流した。


 なら、ルーシーをこんな寒い場所に居させたくない。


 俺は笑顔を作って、ルーシーの手をとった。



「ほら、ルーシーの体冷たくなってる。もう出よう」

「あ……っ」


 俺はルーシーを起き上がらせて、ドーム型遊具の穴の出口へと向かう。


 その時なぜか自然と自分の指をルーシーの指の間に差し込み恋人繋ぎになってしまっていたが、一度繋いで手は離したくなかった。

 だから、そのままの状態で外へと向かった。




 ――ルーシーの手を引き、出口の光に飛び込む中、一つ思った。




 少し前までは恨んでいた神様。


 俺とルーシーを会わせないようにイジワルをしたのではないかと思うほどだった。

 でも、実際にルーシーと再会してみるとやっぱり神様は俺たちを祝福してくれていたんだと思えた。


 もうあんなトラブルは起きないでほしいと願いつつも、神様には感謝をしたい。




 だからこのタイミングでふと、思い出したのかもしれない。



 二年前の初詣の時に俺が神様に願っていたこと。




『ルーシーが元気でいてくれますように。願わくば彼女の――』




 その続きに願った言葉。

 それは――、




『――病気が治りますように』




 治らないはずの病気すら治してしまう神様、これは頭が上がらない。


 なら、ちゃんとお礼を言っておかないと。




 神様、ルーシーと再会させてくれて、病気を治してくれて……ありがとうございます。



 そして――、






 ――ルーシーに『綺麗』と言える機会をくれて、本当にありがとうございます。








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