139話 世界で一番大切な

『――光流、ごめんなさい』


 その手紙は俺の予想に反して、謝罪から始まったものだった。

 どういう意図なのか、この時点ではまだよくわからなかった。


『お手紙とプレゼントありがとう。でも最初に謝罪させてください。ずっと連絡しなかったこと、本当にごめんなさい』


「――――っ」


 ルーシーからの手紙は丁寧な言葉で綴られていて、きちんと謝罪したいという気持ちが伝わる書き方だった。


『病室で目覚めた時、すぐに光流に感謝を告げるべきだったのに。私は自分のことしか考えていなくて、私を生かしてくれた恩人の気持ちを蔑ろにして、自分がどれだけ酷い人なんだろうって今になってやっと気づきました』


 確かに連絡がないことに対してモヤモヤしてしまったのは認める。……けど、ルーシーに感謝を言われたいと思ってのことではない。

 ルーシー本人の言葉で元気だとか、そういった言葉を聞きたかっただけ。


 だから、そんなに謝らないでほしい。

 俺だって、俺だって……返事がこないかもしれない恐怖に怯えて連絡しなかったんだからルーシーと一緒だよ。


『だから、最初に言いたかった言葉はごめんなさいです。許してくれるかわからないけど、今度こそちゃんと言います。――私を救ってくれて本当にありがとう』


「――っ」


 感謝の言葉に手紙を持つ手が震える。


 腎臓を渡す決断をしたことは間違っていなかった。そう思わせてくれる言葉だった。

 感謝を求めたつもりはなかったけど、実際にこうやって感謝を伝えられると、やっぱり嬉しくなってしまう。



『――光流が手紙を送ってくれた時は嬉しくて嬉しくて泣いてしまいました』



「――――ぁ」



 うれ、しい……?



「ぁ……ぁ……っ」



 ぽたりと手紙の上に雫が落ちた。

 ルーシーの綺麗な文字が、涙によって少し滲んでしまう。


 手紙に綴られていた"嬉しい"の言葉。

 俺からの手紙が嬉しい……。



「ルー、シぃぃ……っ」



 その言葉だけで、全てが救われた気がした。


 なんで……なんでもっと早く俺は……っ。もっと早く手紙を送っていれば……。

 そうすれば、もっと通じ合えたかもしれないのに。


 でも、お互い様だったのかもしれない。

 ルーシーも俺も、互いのことは気にしていたのに、連絡はしなかった。


「なんてバカなんだろうな。俺たち……っ」


 五年前にその行動をとれていたら、もっとルーシーのことを知れていたかもしれないのに。

 誕生日プレゼントだって、五回も贈れたかもしれないのに。



『五年……過ぎちゃったね』



 続く言葉は少しラフな表現になっていた。



『私ね、光流と出会えたことで、色んなことができるようになったんだよ? 手紙には書ききれないほど、たくさんのこと。歌だって、そう……』



 まさか、まさか……やっぱり……。



『――エルアールって、知ってる?』



「あっ……ぁっ……」



 目からは涙、鼻からは鼻水。大量の水分が顔から洪水のように漏れ出てぐしゃぐしゃになる。

 そのお陰で読みたいはずの手紙の文字が読みにくくなる。

 必死に手で目を擦り、溢れる涙を拭き取る。



『信じてもらえるかわからないけど……あれ、実は私なんだ』



「あぁ……あぁ……わかってた……わかってた! 俺は……っ」



 嬉しくて、嬉しくて。色々な感情が混ざり合う。


 五年前、広いはずの世界に居場所がなくて狭い檻に閉じ込められていたルーシー。

 まだ小さいのに自分の人生に絶望し、それでも必死に生きていた。夢もあったはずなのに諦めるしかなくて。諦めるしかないようにまで追い込まれていて。


 でも、二人で会話していくうちにしたいことがたくさんあるって言ってくれて。


 そんなルーシーが今、自分のやりたいことを見つけて――。

 窮屈な鳥籠に閉じ込められていた小さな鳥は今や大きく成長を遂げ、不死鳥のように神々しい輝きを見せて世界に羽ばたいている。



「すごい……っ。すごいよ、ルーシー……っ」



 強くなったんだな。

 あの頃みたいに泣いていた君はもういないのかな。

 それとも、今でもたまに泣いてはいるのかな。



『良かったら、聴いてみてね。光流のことを想って歌ってるから』


「……もう何千回聴いたと思ってるんだよ……歌詞も全部覚えてる」



 俺はエルアールがルーシーではないかと疑ってからというもの、毎日毎日エルアールばかり聴いていた。

 俺に向けての歌詞ではないかと感じた時、正直恥ずかしくなるようなフレーズも多かった。

 でも、ルーシーの言葉だと信じて俺は耳が擦り切れるほど聴いた。 



『光流に出会えてなかったら、アメリカの学校に行くこともなかったし、歌を歌うだなんて選択肢も出てこなかったと思う。だからとっても、とっても感謝してる』



「……ひぅ……ぐすっ」



 ルーシーが俺に感謝してくれている。

 嬉しい。なんでこんなにも嬉しいんだろう。


 しゃっくりが出たように声をひくつかせ、嗚咽をあげたことで喉が絞られる。

 そのまま涙で濡れてしまった手紙の一枚目を捲り、二枚目の手紙に目を通す。



『――光流の手紙に書いてたよね。私の気持ちを聞きたいって。俺を忘れてないかって』



「あぁ……あぁ……っ」



 もう……苦しい。でもこの苦しみは痛い苦しみではなく嬉しい苦しみで――。

 涙で前が見えなくて、俺が聞きたいことが書かれているはずの次の行がなかなか読めない。


 必死に手で何度も目を擦り、皮膚が痛くなるほど擦って。


 そして、次の行に目を走らせると――、




『――私もずっと光流と同じ気持ちだったよ』




「ぁ……ぁぁ……ぁぁ……っ」




『――この五年間、一日たりとも光流のことを忘れたことはなかった』




「あっ……あっ……あぁっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」




 待ち望んでいたルーシーの気持ち。

 俺と一緒だったルーシーの気持ち。


 同じ気持ちだったことがあまりにも嬉しくて、家に人がいることも忘れて大きな声で泣き叫んでしまった。


 自分の部屋の扉を貫通し、廊下から階段、そしてリビングへ――。



「あらあら……」

「あんなに泣いてるのいつ以来だろ。初めてかな」

「…………っ」


 一階のリビングまで光流が泣き叫んでいる声が聞こえていた。


 母の希沙良と姉の灯莉が光流の声を聞き微笑んでいるのに対し、父の正臣は無言でいて――、


「あなた、何泣いてるのよ」

「だって……だってなぁ……光流の気持ちを考えると……っ」

「ちょっとやめてよお父さん。わ、私までもらい泣きしちゃうじゃん……っ」


 正臣はダイニングテーブルの椅子に座りながら頭に手を当て下を向いて泣いていた。

 その姿を見て灯莉がもらい泣きをしはじめる。


 光流がずっとルーシーのことを想っていたことは家族の皆が知っている。


 ただ、ルーシーの父親とメッセージや電話でやりとりしていたのは正臣。光流には伝えていないルーシーの近況だって知っていた。

 しかし、ルーシーと光流。どちらの意思も尊重しルーシーの父親とも相談の上、これまで必要な事のみ伝え、余計なことは言ってこなかった。


 希沙良や灯莉よりも光流とルーシーの状況をよく知る一人として、光流の気持ちを陰ながら理解していたのは正臣だった。





『――毎日、毎日、毎日、毎日。一日中光流のことばっかり考えてた。だって、光流のことを考えるとパワーが湧いてきて、頑張れるんだもん』



「俺だって……同じだ。ルーシーのことっ……考えるだけで……っ」



 ルーシーのために、ルーシーのことを想っていたから、勉強や筋トレ、ジョギング、ギター、バンド、ライブ……色々なことを頑張れて。大切な友達だってたくさん増えた。

 全部、全部……ルーシーと出会えたから。



『五年間の中でちゃんと話せたのはたった一週間だったね。でも――、』



『――あの一週間は私にとって、人生で一番大切な記憶。これからもずっと色褪せない、世界一素敵で大切な一週間だよ』



「ルーシーっ……ルーシーっ……ルーシぃぃ……っ!」



 この手紙の中には、どれだけ俺を喜ばせる言葉が入っているのだろう。

 俺のことを忘れていなかったどころか、あの一週間は人生で一番大切な記憶だって……。


 ここまで全部俺と同じ気持ち。こんなことが現実にあって良いのだろうか。

 ルーシーと同じ気持ちだということだけで、幸せすぎてどうにかなってしまう。



『今、私の中には、光流の一部が入ってる。あの日まで自分を大切にできていなかったけど、光流の一部が私の中に入ってるって考えると、自分のことも大切にしようって思えるようになった』



 聞こえないはずのルーシーの声が優しい声音で呟いているような気がして、俺もどこまでも優しい気持ちで聞いてしまう。



『……いつも光流が近くにいるみたいで、安心できるの』



 良かった……本当に良かった。

 俺だって、どこかでルーシーと繋がってるって信じてた。



『あの日の事故。少しも怒ったりしていないよ。だって、あの事故のお陰で、今の自分になれた。そして、今の自分を好きになれてる。だから手紙に書いてたみたいに自分を責めたりしないでね』


「ははは……っ。これも……同じ……」


 俺もあの事故が遭って良かったと思っていた。

 事故のお陰で人生全てが好転したように思えた。ただ、ルーシーが痛みを伴って臓器まで失ってしまった出来事だけは喜ぶことはできなかった……。


 けど、ルーシーは怒っていないという。それにあの事故のお陰とも言ってくれている。なんて優しいんだ……。



『――ずっと連絡しなかった本当の理由をこれから話します。三枚目のお手紙のURLをスマホで入力してみてくれますか?』



 俺は二枚目の手紙を捲って、三枚目の手紙を見た。

 そこにはURLと短い言葉が綴られていた。



『よければ、私から光流への誕生日プレゼントを使って聞いてみてください』


 誕生日……。あぁ、そういうことだったのか。

 ルーシーは、俺の誕生日に合わせて手紙を送ろうとしていたのか……。


 だからこうやって手紙の返事も少し遅めにしていたんだ。

 はは……なんだよ。ちゃんと俺のためを思ってのことだったじゃないか。



 そうして、ルーシーからの誕生日プレゼントだという包装された箱を紙袋から取り出す。


 破らないように丁寧にシールを剥がし、包装の紙を取った。



「――ヘッドホンだ……」



 箱にはプレゼントの中身と思われるヘッドホンの写真が印刷されていた。

 俺は箱を開け、中からヘッドホンを取り出す。



「白い……」



 すると、出てきたのは真っ白でしっかりとした造りのシンプルなヘッドホンだった。


「かっこいい……」


 俺はそのヘッドホンをかっこいいと思った。

 ルーシーからもらったというフィルターがなくとも、素敵なヘッドホンだった。


 俺は電源ボタンだと思われる部分を長押し。

 すると既にある程度充電されていたのか、電源ボタン横の小さな穴に青いランプが灯った。


 そして両サイドにある長さを調節するスライダーを動かし、自分の頭のサイズに合わせる。

 そのまま頭にヘッドホンを装着……。


「ぴったりだ……」


 楕円形のイヤーパッドの部分に耳が綺麗に包まれ、ちょうどよいフィット感になっていた。

 そして、N/Cと書かれていたボタンを長押し。


 すると外部のノイズ音が遮断される。かなり高精度のノイズキャンセリングが発動した。

 俺はスマホを操作し、ブルートゥースでヘッドホンと接続。

 そうして準備が完了した。



「このURLだよな……」



 俺は三枚目の手紙に記載してあったURLをスマホに入力。

 するとアクセスできたのは、あのエルアールのチャンネルだった。


「あれ……もしかしてこれって、限定公開動画……?」


 エルアールのチャンネルには現在六つの動画が投稿されていた。

 三曲分の日本語と英語バージョンの動画だ。


 しかし今アクセスしたのは、再生数が1しかない動画だった。

 恐らくルーシー自身が確認して再生数が1になったと思われるものだった。


 そして、動画の再生が始まる。




「あ……これって、俺が渡した……」



 最初に画面に映っていたのは、ルーシーの左腕と思われる部位。

 出会った時のように色白で綺麗な肌のままで……でもあの時より大きく長くなっていて。


「大人になってる……っ」


 ルーシーの成長を目で感じることができて、嬉しくなる。

 ちゃんと、成長してる。大きくなってる。……ルーシーは健康なんだ。


 そして、手首には部屋の明かりが反射して、キラキラと光っているもの――俺が誕生日プレゼントで渡した銀色のバングルがつけられていた。


「つけてくれてるんだ……っ」



 嬉しい……ルーシーが……俺のを……。

 再び、胸の内から喜びが込み上げる。 




『――へへ。なんだかこうやって話すの恥ずかしいね』




「……ルーシーの、声……」



 成長したルーシーの声だった。


 ノイズキャンセリングと高音質のヘッドホンのお陰で、全身にルーシーの声が響き渡った。

 それはまるで耳元で直接囁かれてるように聞こえて――。


 五年越しに聞いた彼女の声は、歌を歌ってる時とはまた違って、空のようにどこまでも透き通っている女性らしい少し高めの耳心地が良い綺麗な声だった。


 その一方で動画で恥ずかしがっているルーシーがあまりにも可愛いくて愛おしくなる。



『光流……元気にしてるかな? 私は……元気っ』



 ちょっと裏返りそうな跳ねた声。少し緊張が伝わってくる。


 たった今、人生で一番元気になったよ。



『光流。本当は会ってから言うつもりだったんだけど……実は、私――』



 すると画面に変化が訪れる。


 見せていた左腕のすぐ横にはらりと包帯が落ちてきて、顔に巻いていた包帯を外したと思われた。


 しかし、そのままの状態で十秒ほど沈黙が続いた。



『…………っ』



 ルーシーが話そうと必死になって頑張っている。

 そんな雰囲気に感じた。


 頑張れ……頑張れ、ルーシーっ。



『――ひかるっ……ひかるぅ……っ』



 絞り出した言葉は、俺の名前だった。

 そして次の瞬間、紡がれたのは――、




『私、私ね。――病気……治ったんだ……っ』



「――――えっ?」




 頭が真っ白になる。

 病気って、ルーシーの、顔の……?


 あまりにも衝撃的な発言に混乱が収まらない。



『うぅ……うぅ……っ』



 すると、そう発言したルーシーが声を詰まらせ、画面の上からいくつかの雫が落ちてくる。

 ルーシーの涙が机の上の包帯に落ちてそれを濡らしていった。



「うそ……それって……だって、あれは難病で……治らない病気だって……」



『――治ったの……全部……完治したのっ!』



 涙を流しながら、必死にそれを伝えてくる。

 ルーシーの病気は『クロージョア凝血水疱病ぎょうけつすいほうびょう』と名付けられた原因不明の難病だった。世界でも例がないほどの病気で、もう一生治ることがないとも言われていた。



「あぁ……あぁ……っ。ルーシぃ……ルーシぃ……っ」




 ――奇跡だ。



 そう思った。

 ルーシーが生きてきたこの十五年間は無駄じゃなかった。


 ルーシーは幸せになるために生まれてきたんだ。

 彼女には幸せになる資格がある。


 辛い経験だっていっぱいしただろう。

 でも、でも……少しは報われたのではないだろうか。



『――歌だけじゃない。ずっとしてみたかったメイクだって今はできるの……これも光流に出会えたから……っ』



「良かった……良かった……よかったぁ……っ」



 十歳の時、車の中で俺と会話したあの時も言っていたこと。

 いつかメイクもしてみたいって。



「叶ったんだな……っ」



 ルーシーが喜んでいることが嬉しい。

 病気が治って嬉しい。


 画面越しのルーシーの涙と共に、俺も一緒に涙を流した。



『光流に返事しなかったり、会いに行かなかったのはね……アメリカに移ってからすぐに肌の皮が剥け始めたからなんだ……』


『だから……全部治って、綺麗になってから言おうって……会おうって思って……』



 そうだったのか。そうだったのか……。良かった、良かった。


 つまり、ルーシーからのサプライズということだったんだ。

 バカ……待たせやがって……。でも……ずっと待っていて良かった……。



『光流、喜んでくれるかな? 喜んでくれたら良いな……っ』



「喜んでるよ……。当たり前だっ……嬉しいに、決まってるだろ……っ」



 ルーシーの震える声が、俺の声にも影響されてしまう。



『五年も待たせちゃってるくせに……光流に彼女できてないかな? とか思ってたり……勝手だよね、私』


 勝手でも良い。今こうやってちゃんと気持ちを聞けてるから。

 大丈夫だよ。大丈夫……。彼女なんて……いないよ。


『私みたいな子を救ってくれたんだもん。光流の優しさに惹かれて……好きになる子がいるんじゃないかって、考えてたり……』


 はは……そういう子も確かにいたけど……。

 それも含めて、ルーシーと出会ってなかったら多分告白されることもなかったんだろうな。




『最後に……お手紙、裏返してみて……?』


「――えっ」



 ルーシーが動画で三枚目のお手紙を裏返してみてと話す。

 俺はその通りに手紙を裏返してみる。




「――あぁ……あぁ……っ」




 それを見た瞬間、心の内側――心臓の芯のさらに奥まで。

 体の中心がボッと熱くなり、体中の水分が外側へと抜けるような感覚になった。




『――私にとって、大切な光流……』



 ルーシーが動画で最後の言葉を紡ぐ。



『これからも……元気で……健康でいて……くださいっ』



 ルーシーの声がこれ以上ないくらい震え、必死に伝えようとしてくる。



『私と出会ってくれて……私を変えてくれて……っ』



「あ……ぁぁっ……るぅ、しぃ……っ」



 その声の震えを聞いて、目に大粒の涙が溜まる。

 もう、自分の手だけではせき止められない。


 ダムが決壊したかのように、溢れて、溢れて。

 大事な手紙を濡らしていく。



『ぐすっ……ひぅっ……』



 ルーシーがいる画面。

 上から次々と落ちてくる雫のせいで、机の上にある包帯がこれ以上ないほどぐしょぐしょに濡れていった。



『そして――生まれてきてくれて……ありがとう……っ』


「――――っ」



 震えながらも強く強く、声を絞り出す。

 画面越しに聞こえる声から、今の俺と同じような状況になっているとわかった。



『また、いつか……会えるって信じてます。ううん、違う。――絶対、必ず……会いに行くっ! 素顔を見せに会いに行くからっ! ごめんなさいも……ありがとうも……っ! 全部、言うから……っ』



「あぁ……あぁっ……るぅしぃっ……るぅ、しぃっ……っ」



 もう、画面が見えなかった。


 俺とルーシーが出会った時のように、互いの画面越しに雨が降っていた。

 その雨は空からではなく自分の目から出たものだったが、それは大地に恵みをもたらすような優しい雨で――。




『――私が、世界で一番大切で……幸せになってほしい人……』



「世界で……一番だ……なんて……っ」



 ルーシーの声が心に響く。

 響いて、響いて、受け止めきれないほどたくさん響いて……。




『そんな、あなたに……心から祝福の言葉を贈ります』



「――――っ」



 三枚目。その手紙の裏に書かれていた言葉。

 同時に、ルーシーがそこに書かれていた言葉を画面越しに伝える。



 それは――、





「『――十五歳の誕生日、本当におめでとう』」





 手紙の裏。その中心には、俺への祝福の言葉が大きく書かれていた。





「あっ……あっ……あぁっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」




 今日、二度目。

 俺は大声で泣き叫んだ。



「あぁぁぁぁぁぁっ!! るぅしぃ……っ!!! るぅしぃぃぃっっ!!!」



 愛おしい相手の名前を叫ぶ。

 そんな相手に最大の祝福をされて、もう我慢の限界を超えていた。


 嬉しくて、嬉しくて。自分では止められないほどに、感情の激流が溢れ出す。


 全身で思いっきり泣き叫んでいたことと、大粒の涙で視界が塞がれていたこと。

 だから、部屋に姉が入ってきていることに気づかなかった。



「――ひかるっ! ひかるぅっ!!! よかったね……よかったねぇ!!」



 姉が近づきしゃがみこんで、手紙を持って泣き叫ぶ俺をぎゅっと抱き締めてくれた。

 俺はこの感情をどこに吐き出せば良いのかわからず、そのまま姉にしがみついて泣いた。



「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 姉ちゃん……っ! 俺……俺……っ!!」

「うんっ! うんっ!! あんたっ……ほんと……今まで……っ」


 ヘッドホン越しで、姉が何を言っているのかよくわからなかったが、俺と同じく姉も泣いていることがわかった。



 こんなに幸せな誕生日があって良いのだろうか。


 こんなに幸せな言葉をもらって良いのだろうか。


 俺と変わらないルーシーの気持ち。全て伝わった。

 この五年間の気持ちを全て解放するには、まだまだ時間が足りない。



 でも、でも……。

 

 十一月二十五日。

 十五歳の誕生日というこの日は――、




 ――世界で一番大切な人に、自分が生まれた日を祝福された、最高に幸せな日となった。








 ―▽―▽―▽―



今回のお話はルーシー編の以下のお話と見比べると理解しやすいかもしれません。


・22話 手紙

・25話 プレゼント選び

・26話 限定公開

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