140話 共有

 ルーシーからの手紙と誕生日プレゼント。

 そして動画で語られた病気のことや誕生日の祝福の言葉。


 光流が知らないルーシーの五年間。

 そのたった一部ではあるが今まで情報がなかった分、それを知った時の感動は留まるところを知らなかった。


 今まで祝ってもらった誕生日の中で一番幸せな誕生日。

 そう、言い切れるほど光流の心に強く刻まれた特別な日だった。


 しばらく姉にしがみついていた光流は、涙が枯れるまで泣き続けると数十分後にやっと落ち着いた。




 …………




「あーあ。せっかくもらったお手紙なのに、ちょっとふやけてるじゃん」


 姉がテーブルの上に置いてあるルーシーの手紙を見ると、それを持ち上げて軽く非難の声を上げた。


 やっと姉から離れた俺は、落ち着いたとは言っても体力がごっそり持っていかれたように体に力が入らず、疲れ果てていた。


「うん。ルーシーに申し訳ない……」


 でも、ふやけた紙を元に戻す方法なんて知らない。なら、紙だけでも大事に保存しておく他ない。


「あっ、これ誕生日プレゼント? なんだか高そうっ」


 ヘッドホンを外した俺は、それをテーブルの上に置いていた。

 姉から見ると、高級品のように見えたようだ。


 俺は今までヘッドホンを買おうと思ったことはなかったので、見た目で高いかどうか判断できるほど見識はなかった。ただ、しっかりした造りだとは感じていた。


「うん。これから毎日つける」

「ははっ。いいじゃん。光流のトレードマークになるかもね」


 ルーシーも俺があげたバングルをつけてくれていた。

 なら俺もヘッドホンを毎日つけたい。音楽を聴いている時でなくとも、街でも首にかけている人がいるようにちょっとしたファッションアイテムにもなりえる。ヘッドホンはそんなアイテムだと薄々感じていた。


「いつルーシーちゃんに会えるんだろうね」

「うん……会うってことは書いてたけど、いつとかそういうのは書いてなかったからわからないかな……」


 ルーシーは俺に会いに行くと言っていた。

 これが、どれだけ嬉しかったことか。


 今まで五年間も燻っていた気持ち――それが同じだったことがこれ以上ないほど嬉しくて。


 だから、早く会いたいな……。



「――そういえば、姉ちゃん知ってたんだね」

「そうだよ。昨日届いたらしくてさ、お母さんとお父さんが誕生日まで内緒にしようって話してて」

「ありがとう。すごいサプライズになった」


 もし皆がいる前で中身を開封していたらどうなっていたのだろう。

 皆に酷い顔を見せていたかもしれない。


 しずはや他の女子たちもいたのにルーシーのことで泣くなんて、多分辛い光景となったはず。

 だからこそ、皆が帰ったあとに渡してくれたことは家族に感謝だ。



 世界一大切に想うルーシーからの誕生日プレゼントとお手紙。


 大切に心に刻み込んで、絶対に忘れないようにしようと誓った。




 その日の寝る前、そして翌日の日曜日。


 俺は手紙を何度も読み返し、そして限定公開の動画も何度も見返した。

 見る度に涙が溢れてきてしまったが、それもしょうがなかった。


 今まで見ることのなかった彼女の綺麗な文字。そして、彼女が成長して初めて聞いた綺麗な声。

 ルーシーが俺に届けてくれた五年越しの言葉。


 泣かないという方が難しかった。




 ◇ ◇ ◇




 特別な誕生日を終え、月曜日。

 期末テストが返却されはじめる学校の登校日。


 この日は雲一つない青空で、めいいっぱい太陽の光が地面へと降り注いでいた。

 そんな太陽と空にも負けていない晴れやかな気持ち。


 俺はいつも以上に元気な状態で学校へと向かっていた。



「よう光流〜っ!」



 すると登校途中の道で冬矢に声をかけられた。



「冬矢、おはよっ!」

「うおっ。なんだよすごい元気じゃねーか」


 俺が大きな声で挨拶したものだから、冬矢が驚きの表情を見せた。



「ええと……ええと……」

「なんだよ」



 冬矢にはまだルーシーのことを言っていなかった。

 メッセージで伝えるのも何となく嫌だったので、直接言おうと思っていたのだ。


 ただ、自分の中ではあまりにも大きな出来事だったので、何から話そうか口ごもってしまった。



「ええと――ルーシーから返事、きました……」


「…………」


 

 俺が意を決してそう言うと、冬矢が時が止まったように数秒無言になる。



「――良かった! 良かったじゃねえか!! よかった……よかった!」



 冬矢が俺の背中を手でバンバン叩きながら祝福してくれた。

 同じ言葉の連続だったが彼が今までの俺の気持ちを汲んでそう言ってくれているのは十分に伝わってきた。


 家族以外ではルーシーのことについて、これほど喜んでくれる人は彼しかしない。



「……うんっ」


 俺は笑顔のまま「痛い痛い」と言いながら冬矢からの愛の張り手を受け入れた。


「じゃあ、そのヘッドホンって……」


 すると冬矢が俺が首元にかけていたヘッドホンに目を向ける。

 昨日の誕生日会では、誰もヘッドホンなんてプレゼントしていなかったので気付いたと思われた。


「ルーシーからの誕生日プレゼント」

「うおおおおおっ! プレゼントももらったのか!! ――なら、手紙の内容も……!」


 冬矢が声を上げながら興奮する。

 これほど他人のことで喜んでくれるなんて、なんて良いやつなんだ。


「色々ありすぎて一気に言えないんだけど、ルーシーは俺のこと忘れてなんかいなかった……」

「マジか……! マジかマジか!! 最高じゃねえか!!」


 冬矢の笑顔が眩しい。

 もしかすると文化祭のライブの時見せていた笑顔よりも今の笑顔の方が輝いているかもしれない。

 それほど喜んでくれて、興奮していた。


「うん。会いに行くとも言ってくれて……なんか現実じゃないような手紙だった」

「お前、ほんと……五年間よく待ったよ……」


 今思えば五年間はあっという間に過ぎた。けど、一人で抱え込んでいたらもしかすると待ち続けるなんてことはできなかったかもしれない。

 冬矢もそうだし、皆がいたからずっと待ち続けることができたのかもしれない。

 

「冬矢のお陰だよ。もうずっと相談も乗ってもらってたし」

「じゃあ今日はお前の奢りでカラオケだなっ!」


 今までのお前に対する尊敬の念を返してくれ。

 まぁ、こういう所も含めて冬矢のことは好きなので、怒ることはないけど。


「あとさ、やっぱりルーシーがエルアールだった。その証拠に俺だけに見せてくれた限定公開動画のURLがエルアールのチャンネルに繋がってて……」

「は……? 確かにお前はそうじゃないかって言ってたけどさ。……マジでちょっと整理させてくれ。とんでもなさすぎて理解が追いつかない……」


 俺は確信に近いほどルーシーがエルアールだと思ってはいたが、そう思っていなかったとしたら確かに冬矢みたいな反応になるだろう。


「てか限定公開動画ってなんだよ。手紙だけじゃなかったのか? もしかしてルーシーちゃん顔出ししてメッセージくれたのか!?」


 一人で考え込んでいた冬矢だったが、限定公開動画の内容について言及。


「ううん……腕だけ。俺が贈ったプレゼントも身につけてくれてた。そこでさ……病気が治ったって言ってた……」

「は……? は……? いやいやいや! もう俺の心が持たないんだけど」


 次から次へと知らされる驚きの事実。

 頭がパンクしてしまうほど情報が詰め込まれた手紙と限定公開動画だった。


「だってお前もルーシーちゃんは難病で治らないって言ってたじゃん。それが治ったっていうのか? どんな奇跡なんだよ!」


 そう、冬矢の言う通り奇跡だ。

 今だってまだ信じられないほど、理解が追いついていない。


「なんで治ったのかはよくわかってないんだけど、俺のお陰みたいなことは言ってて……。でもそんなわけないし」

「そりゃそうだ。お前と五年も連絡してないし、会ってもない。お前が何かしたなんてことはない、もんな……」


 治癒魔法をアメリカのルーシーまで届ける――というような特別な力を俺が持っているわけでもない。

 確かにルーシーの病気は治ってほしいとは思ってはいたが、本当に治るとは……。


「でもルーシーちゃんがお前の事を想ってるってことはすごい伝わってくるような話だな」

「うん……」


 俺はこれでもかというほど伝わってきた。

 手紙の内容、そして動画でのルーシーの声音。涙を流してまで伝えてくれた言葉は俺に十二分に届いた。

 

「なんだよニヤニヤしやがって! きもちわりーなぁ!」

「ニヤニヤしちゃう気持ち、冬矢ならわかるでしょ」

「ははっ。でもその顔マジでキモいから学校では辞めたほうがいいぜ」


 俺のニヤニヤした表情を貶してくる冬矢。

 だって、嬉しすぎて顔がニヤニヤした状態で止まってしまう。

 手紙や動画、プレゼントをくれたことを考えると自然と口角が上がってしまう。


「あーあ、ほんっとお前はすげえよ」

「ありがとう。冬矢も俺のことだけじゃなくて、本気で好きになれる人、見つけなよ」

「あ〜、どうだろうな。これからの俺の恋愛は長期戦になりそうだよ」


 冬矢のその言葉。

 それは深月のことを言ってるのだろうか。それとも別の人なのか。


 冬矢に複数の交際経験があると言っても、そこまで長く続いた人がいないような気もする。

 それは冬矢の気が続かなかったのか、それとも振られたのかわからない。


 ただ、冬矢のこれからの恋愛は、これまでとは何か違うように感じた。



「冬矢は俺に相談事少ないからさ、相談したいことができたら遠慮なく言ってね」

「あぁ、言える時になったらな」

「……待ってる」


 

 今までも中々俺に対しては相談してこなかった冬矢。

 俺からばかり悩みをぶちまけて、解決してもらっている。


 内に溜めないで少しは吐き出してほしいものだ。


 そんな会話を続けながら、俺たちは学校へと登校した。




 ◇ ◇ ◇




「あー! なんか光流がお洒落してる!」


 自分の教室に入り席に辿り着くと、開口一番、千彩都が俺のヘッドホンを見てそう言った。


「お洒落って言い方……まぁ今の身につけ方はそう見えるかもしれないけど」


 普通なら使っていないヘッドホンはカバンに仕舞っておけば良い。

 けど、俺はできるだけ身につけたかったのでずっと首にかけたままだった。


「……あれ? それって誕生日プレゼント? そんなの誰かあげてたっけ?」


 あの場にいたなら誰でも気づくかもしれないが千彩都は冬矢と同じように気づいたようだ。


「うん、プレゼント……でもあの場ではもらってない」

「んん〜〜っ?」


 眉間に皺を寄せて千彩都が考え込む。すぐには正解に辿り着かないようだ。

 千彩都はルーシーの存在は知っているが、他の情報はほとんど知らない。詳しく話している友達は冬矢としずは。陸は詳細までは話していない。だからなのか察しは良くない。


「ま、まぁいいじゃんっ」


 教室の中ではなんとなく言いたくなかった。


 勉強道具を机の中に入れて俺はヘッドホンを首からとった。傷がつかないように付属していた袋に入れてからカバンの中に収納する。

 授業中に先生に指摘されて没収でもされたら元も子もない。


「おはよ〜」


 登校してきたしずはが自分のカバンを席に置いてから、俺たちがいる席まで歩いてきた。


「おはよ」

「しーちゃんおはよっ」


 俺と千彩都が挨拶する。


「光流なんか機嫌良さそうだね。今日テスト返ってくるから?」

「はは。それもあるけど、まぁ……」


 冬矢同様にしずはは俺の表情の変化に気づく。

 しずはには言っても良いが、教室ではちょっと言うべきではないような気もしている。


「ん?」

「しーちゃん聞いてよ! なんか光流が今日ヘッドホン装着してきたんだよね!」


 俺のはっきりしない言動に不思議がるしずは。

 すると千彩都が先ほどの話題を終わらせることなく、しずはに向かって話しだす。


 これだから千彩都は……。


「ヘッドホン? 買ったんだ」


 しずはの場合はそういう見方になるのか。


「買ったんじゃないけど……」

「なんかプレゼントらしいよ、誕生日の」


 それを聞くと益々不思議そうな顔をするしずは。

 そして、千彩都の言葉からあの場では誰もヘッドホンなんてプレゼントしていないことに気づくはず。


「そうなんだ。ふーん」


 ただ、しずはは鼻から声を出しただけで「誰にプレゼントされたの?」なんてことは聞いてこなかった。


「誰にもらったんだろうねって話」

「…………」


 千彩都は話を終わらせる気はないようだ。


「まっ。誰でも良いでしょ」


 すると、興味がないような態度でしずはが話を終わらせにかかる。

 想像したしずはの態度とは違ったので、俺も不意をつかれたような顔をしてしまった。


 そうして話が中途半端なまま先生が到着しホームルームが始まった。




 ◇ ◇ ◇




 いくつかテストが返却され、午前の授業も終わり昼休みになった。


 するとお弁当が入った袋を手に持ってしずはがこちらへとやってきた。


「ほら、三人で図書室行くよ」

「え? 図書室?」

「良いから行くよ」


 有無をも言わせず、しずはが強引にお昼ご飯を食べる場所を決定した。

 千彩都は戸惑っていたが、別に食べる場所はどこでも良かったのでしずはに従った。



 ――図書室の端っこ。窓から中庭が見える場所の小さなテーブルに俺たち三人は陣取った。

 ほんの数人、俺たちと同じように昼食を持ってきている人はいたが、離れているので話が聞かれることはないような場所になっていた。


「――で、誰からヘッドホンもらったの?」


 椅子に腰を下ろすなり、しずはがいきなり突っ込んだ事を聞いてきた。

 先ほどは興味がなさそうな態度をとってきたくせに、実は興味がありましたという言動。それを見て千彩都が少し笑っていた。


「…………言っていい?」

「言っちゃだめな理由あるの?」


 なんだかがズバッと言うことができず、聞き返してしまった。

 しかし、しずはは俺を逃がしてくれない。


「ないけど……」


 そう呟いた次の瞬間、俺を見透かしたような言葉を口走った。



「――ルーシーちゃんなんでしょ」



「えっ!?」



 俺より先に驚いたのは千彩都だった。



「ええと……はい。そうです」


 敬語になってしまった。

 しずはに話すことはもちろん問題ないが、彼女の気持ちを考えると中々口に出しづらい話だった。


「もう……私に気を遣いすぎないでよねっ」

「あ〜はは。ごめん」


 逆に気を遣わなくなったらダメが気がする。

 それはつまり、しずはの気持ちなんてどうでも良いと言っているようなものだからだ。

 友達――しずはなら、そんな適当な接し方は絶対にできない。


「えっとぉ……ルーシーちゃんって言ったよね!?」


 未だに驚いていた千彩都。


「うん」

「いや……だって。……事故に遭って……病院で……光流が気になってるっていう……あぁ知ってること少ない!」


 千彩都がそう言ってしまう気持ちもわかる。

 彼女の立場ならそうなるだろう。


「光流が動いてたこと知ってるんだから。冬矢の誕生日の時になんかしてたでしょ」

「え? 途中で帰ったってだけで!?」


 まさかバレていたなんて。でも俺が何をしたかまでは理解していないようで、冬矢が詳細を話したわけではなかったようだ。

 冬矢しか行動を起こしたことを知らないと思っていたが、まさかしずはが何かを感じていたなんて――。


「どれだけあんたのこと見てきたと思ってるのよ。何かあったらすぐにわかるわよっ」

「はは……恐れ入ります……」


 喜んで良いのか微妙な言い方だった。

 なので俺は恐縮するしかなかった。


「で、本当にルーシーちゃんなんだ。詳しく聞かせてもらうからね!」

「詳しく!? いやいやそれは無理!」

「なんでよ! 私たち友達なんでしょ!」


 根掘り葉掘り聞かれそうな感じがしたので、俺はそれは拒否した。

 あの手紙や動画の内容を全部は話したくないということもあるが、普通に恥ずかしい。そういう部分を省いて話すなら良いのだが……。


「えーと、一部なら?」

「もしかしてちーちゃんがいるから話せないこともあるとか? ちーちゃんゴーホーム!」


 すると、しずはが教室に戻れということを千彩都に言い出す。

 おいおい一応小学生の時は親友だったろ。そんなこと言って良いのかよ。


「どうしてもというなら私戻りますけどっ!」


 千彩都は本気で怒っているわけではないが、しずはの言葉で戻っても良いことを言い出す。

 だから俺はそれは良くないと思い、阻止する。


「いや、千彩都は残って。しずはもそんなこと言ったらだめだよ」


 しかし、それによってしずはがテーブルをバシッと両手で叩きながら追い込んできた。


「じゃあ話してくれるのね!」

「いや……」

「話してくれるのね!」

「光流……もう話しなよ。今日のしーちゃん頑固だよ」


 しずはの態度から、ここで引き下がるとは思えなかった。

 だから――、


「――わかったよ。全部……全部は無理だからねっ!? 話せるとこだけだよ?」

「それでいい」

「光流って押しに弱そう……」


 千彩都が言う通り、状況によっては弱いだろうな。

 結局ルーシーのことについて話すことになった。




 …………




 せっかくなので、ここで千彩都には少しだけルーシーと俺との出会いや過去の出来事を軽く話した。

 そして、できるだけ恥ずかしい部分は省いて、今回の手紙や動画についてのことも話した。



「――そう、だったのね……良かったじゃないっ」



 隠しきれていない複雑な表情。

 冬矢の場合は大喜びといったような感じで良かったと言ってくれたが、しずはの場合はどこまで祝福してくれているかわからない言い方だった。


「俺は良かったって言いづらいんだけど……言って良いの?」


 だから、俺も最初から口ごもってしまう。


「光流の感じてる気持ちを否定したいわけじゃないから。全然良いよ」

「しーちゃん、たまには嫉妬心をぶちまけないとストレス溜まるよ」


 しずははそう言うが、簡単にはルーシーに対する気持ちを異性には言えない。


 千彩都もあからさまなことを言う。

 俺を目の前にして言うことではないような……。


「光流が五年間ずっと想ってたことは前から知ってるんだから、今更でしょうに」

「そうは言ってもこっちは気にする!」

「そういう風に変に優しくするからこっちも困るの!」

「だって……これは変えられないよ」


 本当に今日のしずはは頑固だ。

 リアルに何か発散してもらわないといけないかもしれない。


「元はと言えば、光流が入院しなかったら仲良くもならなかったと思うし。ルーシーちゃんと光流の出会いが私たちとの出会いに繋がってるんだよね」


 すごい……しずはは全部わかってる。わかった上で今も俺と関わってるんだ。

 どうやったらこんな考えに至れるんだろう。こういうところはすごい尊敬する。


「しーちゃんすごいね。そう言われると確かにその通りなんだろうけどさっ」

「だから私たちは光流に出会えたことをルーシーちゃんにも感謝すべきじゃん……多分」


 多分と言っているあたり、そうすべきなのかどうか迷っているということ。

 俺がしずはの告白を断ったということに関しては吹っ切れているかもしれないけど、ルーシーのことについてはそれ以前の問題。そもそも会ってすらいない人。それに対する感情が中途半端になるのも当然だ。


「はいはいっ。明るい話しよっ!」


 千彩都が一度手をパンッと叩き、話題を変えようとする。


「てかさぁ、さっき言われて腰抜かしたけど……エルアールってホントなんだよね?」

「ほんとだよ。限定公開の動画はエルアールのチャンネルにアップされてたから」


 今回話した内容で千彩都が一番驚いていたのはこの部分だ。

 今では楽曲がリリースされる度にSNSのトレンドに上がってしまっていた。『包帯ガール!』が配信された時もそうだった。


「ひあ〜。世の中狭いね」

「あ、でもね。多分仮面してるってことは正体は内緒にしてるから他の人には絶対言わないでね。開渡にもだよ。言う時は俺の口から言うから」


 ルーシーは病気の顔を見せたくなくて仮面をしていたのだろうか。

 もしくはネットに顔を晒すという行為自体したくなかったからだろうか。

 その理由はまだわからないが、正体を隠していることだけは確かなはずだ。


「もちろんっ。言ったら本気で光流に殺されそう」

「首を締めちゃうかも」

「こわっ……DVの素質あるんじゃ? ……しーちゃんも気をつけなよ?」

「光流の筋肉を暴力に使われたらひとたまりもないね。何か護身用の道具でも持ってた方がいいかも」

「冗談に決まってるじゃん……」

「口に出してるあたり、頭ではそういうことができるって言ってるようなもんだよ」


 物騒なことを言う。

 いや、物騒なことを言ったのは俺か。


 ただ、ほんの少しだけ自分でも思う。しずはたちがプールでナンパに絡まれていた時もそうだが、普段は使わない言葉遣いをしていた。

 いつか自分の歯止めが利かなくなることが少し怖い。


 ルーシーに関することなら、尚更頭に血が上ってどうするかわからない気がする。

 もし、そんな瞬間が訪れたら俺はどうしてしまうのだろう。冷静でいられるだろうか。


 でも今はそんなこと考えないでおこう。


 誕生日から続く、幸せな気持ち。

 あのことを思い出す度に心が温かくなる。


 そう少し前の思い出に浸っていると、いつの間にか千彩都からブロッコリーが提供されていた。

 俺はそれを自然と口に運び、筋肉へと変換していく。





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