128話 中学三年生 文化祭その3

 最後の曲、『空想ライティング』が始まった。


 観客は歌詞も知らなければメロディも知らない。

 しかし、これまで演奏した二曲の盛り上がりによって、知らない曲であっても観客たちがノッてくれていた。


 この曲は、オリジナルともあってそれぞれのパートで見せ場を作ることにした。

 というのも冬矢が「少しくらいは見せ場を寄越せ」と言ったことが始まりだ。


 ソロというほどではないがベース、キーボード、ドラムそれぞれに少しだけ複雑な音を組み込んで、そこを見せ場とした。



 最初は長めのギターの伴奏から始まり、音が一つから二つに。二つから三つに。三つから四つに。

 途中から皆の楽器が合流し、音が増えていく。


 そうして伴奏が終わると、優しい声音から歌が始まる。



「――平凡なダイアリー それは空白と一緒で  ♪」



 俺が歌いだすと最初の見せ場は冬矢のベース。


 彼の他の楽器の音が小さくなり、ベースの音が目立つようにする。

 そうして、彼の指捌きが火を吹く。


 頭を揺らしながら俺の目の前まで歩く。そうして、俺を煽るように激しく指を動かす。

 観客の方にも見せつけるようにそのベースと指捌きを見せて、観客を盛り上がらせる。


 冬矢の見せ場のパートが終わると、次はしずはの番。



「――海の底で叫んでた君に 光を感じた ♪」



 サビの直前。

 冬矢が次はしずはだと言わんばかりにベースを彼女の方に向けてアピール。


 しずはが一瞬右手を上げると左手のみでキーボードを叩いていく。

 片手なだけのはずなのに、聞こえている音の数が異常だった。

 両手で弾いていると思われるくらいに指が鍵盤の上を移動していく。


 そうして両手に戻すとさらに音の波状攻撃が始まる。

 最後には右手首を内側に返し親指でグリッサンド。右端から左端へと指を滑らせて音を鳴らしサビへの盛り上げを完璧にした。



「――笑顔が見たくて 必死になって話して ♪」



 サビが始まり、心を込めて歌い出す。



 この体育館全体に届けと。


 いや、体育館を越えて学校全て。

 学校をも飛び越えてもっともっと先――アメリカのどこかにいるルーシーの下まで届いてほしいと。


 そんな気持ちを込めて、俺は遠くへ遠くへと聴こえるように声を出した。




 …………




 ――バンドの演奏を撮影するビデオカメラが置かれている場所にて。



「ぐすっ……ぐすっ……」


 カメラの近くにいるため自分の声が入らないように必死になって声を抑えている理沙がいた。

 何を思ってなのか、口を押さえながら涙を流す。

 光流が本番でもちゃんと歌えたことに対してなのか、それともオリジナル曲を聴いてなのか。その心は彼女にしかわからない。


 同じくして、もう一台のビデオカメラのある場所。

 そこでも同様に朱利が舞台を見ながらも涙を流していた。


「光流っ……凄いよっ……ぐすっ」



 何を感じて、内側から溢れるものが出てきたのか。

 彼女たちには他の人とは少し違う特別な理由があるが、内側から何かが溢れ出てきたのは彼女たちだけではなかった。



 ――体育館に集まる観客、その中央辺りにて。



「ぐすっ……ぐすっ……」

「あんたなに泣いてるのよ」


 バンドを見にきていた二年生の三人の女子生徒。

 光流とは話したこともない生徒たち。


 そのうちの一人が涙を流していた。


「わかんないっ……でもなんか出ちゃうの……」

「確かに……さっきまでのとはちょっと違うよね」

「わかる……」

「って、あんたも!?」



 彼女たちも、それぞれに光流たちの演奏から、何かを感じとって涙を流していた。

 そしてそれはこの三人だけのことではなく、ちらほらと似たような光景が広がっていた。




 …………




「――刹那の思い出を 透明なページに 書き込んでいく ♪」



 必死に歌う光流には、感動している生徒たちの光景はなかなか目には入らないが、先程までと何か違う雰囲気は少し感じていた。


 明るめで疾走感のある曲ではあるが、少し切なくなるようなメロディも入れ込んでいるこの曲。


 そして、自分が書いた歌詞。一番心を込めて歌える曲がこの曲だった。




 二番に入りAメロBメロが過ぎ、サビの手前になると次は陸の見せ場。


 サビへ向けて激しくなるスティックでドラムを叩く音。

 汗を飛ばしながら陸の腕が蛇のようにうねって確実に音を生み出していく。

 流れるようなリズムを刻んだ後に最後はドラムを連打してサビに繋げる。



「――世界が君を認めなくても 僕だけは ♪」



 一番のサビで盛り上がれなかった観客も二番のサビでは自分の盛り上がり方を把握し、揺れたりジャンプしたり手を上げたりと一緒になってノッてくれた。


 そうしてサビが終わると変化を持たせるCメロ。



「――まだまだ足りない 感情のぶつけ合い ♪」



 このCメロの部分。

 

 この部分が自分では一番気持ちがこもった歌詞になった気がしていた。

 だからか、どこまでも優しい気持ちになれる。



「――怒った顔 笑った顔 すねた顔も ♪」



 もう体の水分が抜け落ちるほど汗が滴り、額に前髪がくっついていた。

 それでも必死に最後まで歌い続ける。



「――思い出が少ないから 空想するだけ ♪」



 気持ちを込めたCメロが過ぎると、やってきたのが俺のギターソロだった。


 この部分は冬矢としずはがわざと難しく作った。

 最初に曲を聴かせてもらった時にはなかったのに、修正に修正を重ねて俺をいじめるための難しいソロへと仕上げたのだ。


 正直このソロが一番練習に苦労した。

 オリジナル曲なので何度も聴いてきた曲とは違って覚えるのが大変だった。


 そして――、



「「――光流っ! いけっ!」」



 難しいソロに仕上げた二人から、そう言われた気がした。



 押さえ方が難しいコード。押さえたと思ったらすぐに次のコードへと移動。

 しかし、体が……指がその全てを覚えている。


 光流のギターソロが始まるとその音色の凄さに観客からどよめきが上がる。


 当の光流は体が覚えているといっても、ソロを弾ききることにいっぱいいっぱいなので、観客の反応はわかっていなかった。


 そうしてソロの最後、右手で動かすピックが虹色のような鮮やかな音を奏でた。


 どよめいていた観客もギターソロが終わると興奮した表情で「うおおおおっ」という歓声と拍手を贈った。



 残すは最後のサビのみ。



「――笑顔が見たくて 必死になって話して ♪」



 曲の終わりを向かって、ラストスパートに入る一同。


 冬矢は頭を縦に振って、ノリノリの様子で指をとめどなく動かす。

 前を向いてベース自体を持ち上げたり下げたりしながら観客を煽るようにしていた。


 しずはの汗がキーボードに飛び散る。コンクールでも一つの大会で弾くのは多くて二曲。

 集中力と曲の難しさは段違いだとは思うが三曲目に入って彼女もそれなりに疲れてきていた。

 しかし、それでも演奏のレベルは落ちることは一切ない。彼女の指の動きは正確にミスなく流麗に。完璧な音色を最後まで奏でる。


 口が横に開いたまま必死に腕を動かす陸。一番力が必要で体力的にも大変。

 一時的に腱鞘炎になったこともあった。それでもテーピングを巻きながらドラムを何度も叩いてきた。

 その底力が彼をここまで成長させ、演奏を最後まで導く。



「――君だけのアルバムに 刻み込んでいく ♪」



 最後のフレーズ。



 歌の部分が終わり、後奏でギターを弾きながら、冬矢、しずは、陸へと目線を送る。

 全員がハイな顔になっていて、笑いながら必死な顔をしていた。


 それぞれにアイコンタクトを済ませて前を向く。


 そうして最後にジャジャンとギターで締めくくった。




「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」




 頭がクラクラして、真っ白な状態だった。


 全てを出し切って、汗もびしょびしょ。

 息をするのもつらく、心臓の鼓動が物凄く速い。


 でも、でも――、




『――わあああああああああああああっ!!!!!』




 曲を終えると、大歓声と大拍手が俺たちに向けて贈られた。




「――すっげぇ楽しかった……」




 俺は天井を見上げた。

 体育館の照明で眩しいのか、それとも全てを出し切ったことで頭が真っ白になっているのかよくわからなかった。


 マイクスタンドに寄り掛かりたい。

 でも、その前にしたいことがあった。


 俺はよろよろになりながら、舞台の右へと歩く。

 そこにいたのは冬矢。フラフラの状態だ。


 ピックをギターの弦と弦の間に差し込み、空いた右手を上に上げる。

 握った拳を突き合わせる……ではなく、今度は手のひらを開いた。


 それを見て、冬矢も俺と同じ動作をする。


 そうして俺は冬矢と思いっきりハイタッチをした。


「――最高だっ!!!!」

「ああっ! 良かったっ!!!」


 俺はギターとベース越しに冬矢と軽く肩だけでハグをした。

 今度は「ぐえ〜」とは言われなかった。


 そうして、次にしずはの下へ。

 しずはは既に右手を上に上げていた。


 準備万端ってことか。


「光流っ! やったねっ!!!」

「しずはっ! やったっ!!」


 俺は満面の笑みをしていたしずはとハイタッチをした。


 そうして最後は陸。


 疲れ果てて、まだ椅子に座り込んでいた陸。

 俺たちの様子を見て、やっと立ち上がった。


 腕を上げようとしたが、少し痙攣しているようで、なかなかうまくいかない。

 しかし陸は無理やりに腕を上げた。


「「よっしゃあっ!!!」」


 俺は陸と同じ喜びの言葉を発してハイタッチをした。


 よろけながらも俺は再び自分のポジションへと戻る。


 

「ひがるぅぅ〜〜っ!!!」


 鞠矢ちゃんが泣きながら俺の名前を叫んでいた。

 俺はにっこりして鞠也ちゃんに軽く手を振る。

 

 その横には泣いて顔がぐしゃぐしゃになっていた奏ちゃん。

 彼女は声が出ていなかった。しずはのことを叫びすぎたせいか、声が枯れてしまっていたようだった。本当に可愛い子だ。



 俺はちらっと舞台袖の方を見る。



 するとそこにはいたのはマイクを持った文化祭実行委員の志波さん。


 俺に向けて手を突き出しサインを出していた。


 そのサインとは、ジャンケンのパー。

 五本の指を俺に向けていた。


 指五本分――つまり、俺たちのステージがあと五分残っているということだった。


 俺は志波さんに向けて、軽く頭を縦に振る。

 すると、その突き出した五本の指を折っていき、親指だけを残す。

 そのまま親指を立てて、俺にグーサインを出す。



「――ありがとう、志波さん」



 観客の歓声とどよめきで志波さんまで声が届かないが、俺は小さく感謝を呟いた。



 そして冬矢に顔を向ける。



「――お前……ほんとにやんのか? もう皆フラフラだぞ」


 俺がしようとしていることを悟ったように冬矢が呟く。


「せっかく練習したんだからね」


 俺はそれに返事をした。


「ったく……しゃーねえ」


 深く息を吐いた冬矢が承諾の声を漏らす。

 次にしずはに目線を向けた。


「時間があったらって話だったしね。――このくらいわけないわっ」


 最初からしずははやる気みたいだ。

 息も絶え絶えだが、気力で乗り越えるようだ。


「疲れてるくせによく言うぜ」


 冬矢が笑いながらつっこむ。


「私はコンクールで鍛えてるからこのくらい大丈夫よ!」

「物凄い汗かいてるくせに」

「それはあんただって同じでしょ!」


 これだけ叫ぶ元気があれば大丈夫だろう。


「陸……いける?」


 ただ心配なのは陸だった。

 俺たちの中で一番疲れていることが見て取れた。


 俺はジョギング、冬矢はサッカー、しずははピアノ。

 それぞれ小学生の頃からしてきたことで、体力はある程度最初から持っていた。


 しかし、陸だけはスポーツ経験もなく体を鍛えているわけでもなかったので、この中では一番体力がなかった。


「はっ……バカ言うなよ。やるに決まってんだろ」


 そういう陸は椅子に座って下を向いていた。

 しかしここで彼から思いもよらない話が続いた。


「俺だって、少しはジョギングとかしてたんだぜ(蓮ちゃんに手伝ってもらって)」


 初耳だった。陸もドラムを練習する以外に陰ながら努力していたんだ。


「まぁ……結局はこのザマだけどな」

「そんなこと……」


 スタートが違う人と比べても仕方ない。

 努力してる人、頑張っている人が全て報われるわけではないとは思うが、それを続けてきた人は大好きだ。


「最初はな、楽しそうだからやってみようってだけのことだったけどな……。お前らと練習していくうちに本気で楽しくなっていったんだ」


 ここに来て、陸の本音が出てくる。

 今まで聞くことのなかった、彼の本当の気持ち。


「俺は高校に入ってからの道は決まってる」


 陸は家柄もあり医者になるために高校は勉強に集中して、良い大学に行かなければいけない。バンドも最初から今回だけだと言っていた。


「だから――最後に良い思い出を作りたかった」

「陸……お前っ」


 なんでこんな、もう終わるって時にそんなこと言うんだよ。

 ちょっと泣けてくるじゃないか。


「お前らに声かけてもらえて良かったって思いたい。なら……」


 今まで下げていた顔を上げる陸。

 そして、俺の目をまっすぐに見て――、



「――疲れてても腕が動かなくてもやるしかないだろっ!!」


「――――っ」


 陸から力強い決意の声が、深く俺の心に届いた。



「……決まったな」

「決まったね」


 冬矢としずはが顔を見合わせて口元をニヤリとさせる。


「わかった……!」


 陸の想いも受け取った。なら、時間がある限りフラフラでもボロボロでもやりきるしかない。


 しかし、こう会話をしているうちに一分が経過してしまった。

 残り四分。少しくらいは時間オーバーするかもしれないけど……。志波さん許してくれ。


 俺は自分のマイクが置かれている位置へと向かう。


 三曲目が最後だと言っていたのにまだ舞台からはけない俺たちに少し戸惑っている観客。


 だから説明しなければいけない。


 俺はマイクに向かって話した。




「――まだ少し時間があるそうです! だから――最後の最後にもう一曲……やりますっ!!」




『うおおおおおおおおっ!!!!!』



 俺がもう一曲やると言った瞬間、再び観客から歓声が起こった。


 中学生、最初で最後のバンド演奏という思い出。


 陸に最高の思い出を作ってもらうためにも、やるしかない。

 力の限りを振り絞って、やるしかないんだ。



 三曲本気で力を出し切って、体力的にもギリギリ。動かし続けた腕もピクピクと痙攣しかけている。汗まみれで体も熱い。声を出し続けたことで呼吸もつらい。


 ――上等じゃないか。



 人間、追い詰められた時からが本番だろ。

 

 俺は再びマイクに向かう。


 そして――、

 



 ――本当の最後のステージが始まる。







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