124話 元気になる呪文

 部屋に来てから……いや、体育館でのリハーサルを終えた時から誰一人、俺を責めなかった。

 それよりか、バンドの話すら話題に出さなかった。


 だから俺は居ても立っても居られなくて、聞いてしまった。



「――お前、怒られたいのか?」


「――――っ」


 冬矢が振り返り、真面目な口調で言った。



「そうじゃなくて……だって俺、歌えなかったんだよ? もう本番は明後日なのにっ!」


 悲痛な叫びだった。

 たぶん俺は今、とてもじゃないが見るに耐えない痛々しい表情になっている。



「俺はな、最悪インストバンドでも良いって思ってるぜ」



 冬矢が変なことを言い出す。歌ありきのバンドなのに。


「それじゃ今までやってきたことが……」


 せっかく皆が時間を取って練習してくれて。人生で少ししかない学生の貴重な時間を使って、今日までやってきたのに。


「まぁな? 歌があればその方が良いだろうな。でも俺は演奏だけでも盛り上がらせることはできるって思ってるぜ」

「いや……そんなの……」


 慰めにもならない。

 だってバンドとして練習してきたんだから。楽器を弾くだけじゃないバンドを。


「私はピアノだけで皆を感動させてきたよ? 光流も冬矢だって泣いたよね? もう古い話だけど……」


 それと今回の歌を歌えないことには関係が……。


「それはしずはだからであって……」

「ならっ! 私のキーボードで歌を歌ってるように観客を幻聴幻視させてやるっ!!」

「!?」


 最早意味不明だった。

 ただ、しずはにならそんなことも可能にしてしまえるのではないかとも思ってしまう。


 彼女のピアノは、最高で最強で。

 心が震えて、感情を動かさずにはいられない演奏をするんだから。



「――安心した。光流の全部がすごくなくてさ」



 理沙が優しく、そして穏やかな表情でそう言った。

 こういう表情をする理沙は初めて見た。いつもは感情を出し惜しみなく出して、距離感も近く、傲慢で強引で少しだけバカっぽいのが彼女。

 でもそんな理沙の顔を見ていると、なぜか自分の目に涙が溜まってくるような気がした。



「そうそう。光流ってさ、すっごく律儀で気が遣えて勉強もできて、筋肉も凄くてナンパを撃退するような度胸も持ってる。でも……こういうところもあって良かったよ」



 今度は朱利。彼女も彼女で理沙に近い性格。同じく穏やかな表情を俺に向けてくる。

 すごく気が遣えるというのは、ちょっと言い過ぎだけど。

 完璧超人とでも思っていたのだろうか。全然そんなことはないのに。


 俺だって悩んだり落ち込んだり、塞ぎ込んだりもする弱い人間だよ。



「――でも……っ! そんなの普通だよ?」



 理帆。二人に続いて俺に声をかけてくれた。

 彼女は真面目で純粋で、でも音楽の話になると興奮して早口になる可愛いところも持っている。


「演奏……凄かった。同じ中学生なのにあんなに弾けるんだって感動したよ。私さ、色んなバンドのファンだしライブにも行くからさ、少しくらい良し悪しがわかってるつもり……」


 理帆はそのまま話を続けた。


「本当に演奏良かったよ。自信持って……良いと思う」

「ありが、とう……」


 俺はここで初めて、ほんの少しだけ元気をもらった気がした。

 バンド好きな彼女の目利きは本物だろう。だからなのかもしれない。


「まー、とりあえず明日の文化祭一日目を楽しもうぜ」


 陸が俺の肩を叩いて笑いながらそう言った。

 かなり軽いが、陸は毛ほども怒った様子はなかった。


「結局、誰も俺を怒らないんだ……」


 やっぱり、俺は怒られたいのかもしれない。

 じゃないと、負の感情が詰まっている心の栓が抜けないと思っているから――、


「怒ったってなんにもなんねーだろ。透柳さんも言ってたろ、楽しめって。ミスっても、歌えなくても良いんだよ」


 そうなんだけどな。

 それは自分でもわかっていたはずなのに。


 でもいざ、あの場所に立ってみると声がでなくて。


「――俺がお前を誘ったのは、ただお前と一緒に何かやりたかったからだ。お前がギターやってなかったら、バンドをやろうって発想にもならなかったよ」


 冬矢がなぜバンドをやろうと思ったかを語りはじめる。

 この話は、俺以外の他の人には初耳だろう。


「別に俺はバンドがやりたいんじゃねえ。お前と何か一緒にやって楽しみたいんだよ」

「――――っ」


 冬矢が足の怪我で入院していたあの時、今までほとんど暗い顔を見せてこなかった彼が、あの時だけは強い感情を吐き出して。

 でも俺がギターを始めたことを言うと、元気な顔になった。そして俺と一緒にバンドをやると言い出した。


「一年必死こいて練習してきたとか、そんなのどうでもいい。いちいち気にするな。バンドに参加するって決めたのは俺たち個人だ。自分たちで決断して今ここにいる。だろ? お前ら」


 冬矢がしずはと陸に視線を送ると二人が頭を軽く振って頷く。


「だから……演奏とか歌は二の次! 楽しもうぜっ! あとは……よく言うだろ。観客はカボチャに見たてろとか……」

「子供かよっ」

「うるせー! 中三は子供だろっ」


 幼稚園の学芸会で先生や親が、子供に対してよく言う緊張をほぐす方法。

 冬矢はそれを持ち出したが、幼稚だと理沙に突っ込まれる。


 でも、それは使える気がしてきた。

 観客全員をルーシーに見立てたら、どうなるんだろう。


「ほら……あと透柳さんが、お前になんか言ってたんだろ? それも思い出してみろよ」


 そうだ……そうだった。昨日言われたばかりだったのに。


 一番大事なことを忘れていた。



『――好きな人のことを考えてやってみろ。そうしたらパワーも出るし、その時のピンチも吹っ飛ぶぞ』



 透柳さんだって、花理さんに想いをぶつけるために、たった一人で演奏したと言っていた。それはやっぱり、好きって気持ちが強かったから。しかも演奏はボロボロで酷かったと言っていた。そんな演奏でも、花理さんには想いは伝わっていた。


 そういえば、しずはの告白の時もそうだった。

 あいつが泣いて前が見えないから、息もうまくできなくて、これまでで一番下手な演奏だった。それでも俺はあいつの気持ちが伝わってきて、泣いてしまった。


 人に何かを伝えたいとか、想いを届けたいって気持ちは、本気なら届くんだ。


 それなら、俺も――、



「――ルー、シー……」



 俺は自然とルーシーの名前を口に出していた。

 冬矢としずはが、何かに気がついたように眉を上げて嘆息した。



「ルーシー? なにそれ、呪文?」


 理解できない言葉を聞いて理沙が呟く。


「あぁ、こいつが元気になる呪文だ」


 合っていないようで合っている冬矢の言葉。


「まじっ!? ルーシーっ! ルーシーっ! ルーシーっ!!」


 意味もよくわからないにも関わらず、理沙が元気よくその呪文を唱えはじめた。


 なんだか、少しおかしい。



「くふふふふ……っ」



 しずはと冬矢が笑いはじめる。

 いや、しずは。お前は笑って良いのかよ……。



「面白いこと聞いた……これは使えるな」


 陸が不穏な呟きをした。


 今思えば、俺以外のバンドメンバーは、結構ヤバいやつが多いのかもしれない。


 冬矢は一瞬でサッカーからバンドやるって切り替えたことや結果を残してきたバイタリティがあるし、しずはは告白のあとから吹っ切れて何するかわからないやつになってるし。陸も今みたいにたまに何考えてるかわからないこと言うし。


 俺が一番普通……だよな。



「ほらっ。光流が元気になるんでしょ? 皆で呪文言おっ」


 理沙が皆にも言うように促す。


「ルーシーっ」「ルーシーっ!」「ルーシーっ!!」


 朱莉、理帆、陸も声を出しはじめ、少しずつ声が大きくなっていく。


「ルーシーっ!!」「ルーシーっ!!」


 そして、ついには冬矢もしずはも一緒になって呪文を唱え始まる。

 しずはは俺を励ますために少し我慢してるのかもしれないけど。



「「「ルーシーっ!! ルーシーっ!! ルーシーっ!!!」」」



 そして六人が声を揃えて叫びだす。


 人知れず、今ここに小さなルーシー教が誕生したのだ……俺はそう思った。



「ふふっ」



 ついに俺もそのおかしい状況に笑ってしまった。


「あっ! 光流が笑った! やっぱこの呪文効くじゃんっ」


 理沙が俺の笑顔に喜ぶと、さらにルーシー教が激しくなる。

 信者の暴走は止まらない。




「「「ルーシーっ!!! ルーシーっ!!! ルーシーっ!!!!」」」




 しかし――、




「――あんたらうるさいっ!!」




 突然、姉の灯莉が俺の部屋の扉をバタンと開け放ち飛び込んできた。



「………ええと、うちの姉ちゃんです」



 俺は一応紹介しておいた。



「あっ……ども〜」


 初めて顔を合わせた理沙たちがぺこりと姉に挨拶する。


 すると姉が目を細め、じーっと部屋を見渡しそれぞれの顔に視線を移動させていく。



「ここはルーシー教かよっ……また女増えてるし……」



 姉は俺と同じことを思っていたらしい。


「ほらほら、外はもう暗いよ。中坊たちはもうお家へ帰んなさい?」

「はーい。ほら皆帰るぞっ!」


 姉がそう言うと冬矢が率先してカバンを持ち上げる。

 しかし――、



「――やっぱり君たち待って!」



 自分から帰れと言ったはずなのに、すぐに訂正して引き止めた。


「この廊下に一列に並びなさいっ。光流はこっちね」


 姉の言葉に不思議がる一同。


 しかし、言われるままに部屋から廊下に出て一列に並んだ。

 俺はその一列の先頭の真向かいに立たされた。



「じゃあ行くよーっ。おらぁっ!」

「えっ!? えええええっ!?」


 姉が先頭に並んでいたしずはの背中を無理やり押す。

 急に背中を押されたので、転ぶように勢いよくしずはが正面から飛び込んてきた。


「光流っ!! 受け止めなさいっ!」


 姉が急に無茶を言う。


「はい〜〜〜っ!?」


 ボフっという音と共に、真正面からしずはと抱き合ってしまった。


「灯莉さんっ!? 光流っ……ごめん、すぐ離れるから――」

「まだっ!! 十秒我慢っ!!」

「ええええっ!?」


 あたふたするしずは。


 すぐに抱擁を解こうとするが姉がそれを許さなかった。

 姉が俺としずはの上から覆いかぶさり、ホールドした。

 しずはの細く柔らかい体の肉づきを、体の前面で感じとってしまう。


 二人とも顔が赤くなる。

 すぐ横にしずはの顔があって、あの夏祭りにおんぶした時のように良い匂いが鼻腔をくすぐった。


「姉ちゃん、これなんなんだよっ!」


 俺はこの行為の理由を姉に聞いた。


「知らないの? ハグってストレス軽減やリラックス効果があるって実証されてるんだよ?」

「そういうこと聞きたいんじゃなくて……」

「下で母さんから聞いたよ、光流がなんか落ち込んでるって」

「あっ……」


 姉は俺のためにやってくれてるんだ。


 でもこれって――、


「俺以外の人巻き込まれてるだけじゃんっ!!」

「はーい。しずはちゃん終わりっ」


 姉は俺の話を聞くつもりはないらしい。

 十秒経過すると、姉はしずはを俺から引き剥がす。


「光流ごめんっ」

「いや……俺こそ……」


 互いにまだ顔が赤いままだった。


 そして想像通り、このあとも最後尾までこれが続くことが予想された。


「次じゃあっ!」

「うそっ!? うそだよねっ!?」


 次は理沙だった。

 夏のプールの時以来、好意を持ってくれているであろう一人。


 ハグの前から既に理沙の顔が赤くなっていたが、姉が力一杯に理沙の背中を押した。


「きゃあああああっ!?」


 動揺した表情のまま、理沙が俺に突っ込んできた。


「光流〜〜っ!?」

「受け止めないと転ぶぞーっ!!」


 本当に転ばせるくらいの勢いで理沙の背中を押したので、マジで支えないと怪我しそうだった。

 なので、俺は受け止めるという選択しかできなくて――、


「うわわわわわわっ!? わたしっ、光流と抱き合ってる!? どうしようっ!? あ……筋肉、すごい……」


 俺は理沙をしっかりとキャッチした。

 理沙は驚きながらも俺の二の腕や背中の筋肉を確かめるようにモミモミする。


 しずは同様に女の子の良い香りがすぐ横で漂ってくる。

 でも、しずはとは違う匂いで新鮮だった。



「ハイ終わり〜っ」


 十秒経過すると、引き剥がす。


 理沙はかなりハグに力が入っていて姉も引き剥がすのに苦労していた。


「あ〜〜〜ん」


 名残惜しそうに理沙は後退する。


「次は君ねっ」

「えっ……心の準備が……」

「いけえ〜〜っ!!」


 朱利が俺の胸元に飛び込んでくる。


「わぁっ!?」


 俺は朱利を転ばせないようにキャッチした。

 本当になんなんだよこれ……。


 俺とハグをした朱利の髪からも同じく良い匂いが香ってきた。

 ちょっと甘い匂いだ。


「はは……大丈夫?」

「光流……あったかい……」


 朱利は俺に体を預けていて、頭も俺の肩に置かれている。

 理沙よりも優しく抱き締めてくれていた。


「はーい十秒っ」


 朱利を引き剥がす姉。


「光流……またハグしようねっ」


 そんな簡単にできるわけないだろ……。


「次、つぎぃ〜っ」

「わっ!?」


 そして、背中を押された理帆が飛び込んでくる。

 俺はちゃんとキャッチをして、ハグをした。


「理帆……ごめん」

「……いいよ」


 理帆は石鹸のような香りがして、体は思いの外柔らかかった……。


「じゃあ男共っ」


 理帆を引き剥がした姉は残りの二人、冬矢と陸に目を向ける。


「俺、男と抱き合う趣味ないんですけ……どぉっ!?」

「うるさーいっ!」


 俺だって男と抱き合う趣味ないっての!


 しかし、一応ちゃんとキャッチしてあげた。

 姉も冬矢を逃さないように俺達をホールドした。


「うげ〜」


 冬矢が苦虫を噛んだような顔をした。


「でもお前サッカーでゴール決めた時は仲間と抱き合ってたろ」


 そういうことであれば、冬矢は男とも抱き合った回数は数え切れないほどだろう。


「今はサッカーじゃねえ! ……でも灯莉さんすっげぇ良い匂いっ」


 俺と冬矢の上から姉がホールドしていたので、姉の匂いも漂ってくる。


「このエロガキめ!」

「いたぁっ!?」


 冬矢が口に出してそう言うもんだから、姉にチョップされた。


 そして最後は陸。


「いいぜ、光流。熱いハグしようぜっ」


 彼女がいるくせに無駄に乗り気な陸。

 ちょっとこわい……。


 すると陸は姉に押されるまでもなく自ら俺に飛び込んできた。


「うわぁっ!?」


 男に自ら飛び込まれたことで俺は恐怖したのか、自然と横にずれて躱してしまった。


「おいっ! このやろ〜っ!! 冬矢! 押さえろっ!」

「おうよっ!」

「はぁ!?」


 すると冬矢が俺を後ろから羽交い締めにした。


「てめぇっ!」

「光流、覚悟しな」


 冬矢がニヤつき、目の前から陸が迫る。


 そして――、


「うおりゃあああああ〜〜っ!!!」


 物凄い力強さでぎゅうっと抱き締め……いや、締め付けられた。

 これはもうただのプロレスだった。


「このっ、このおおおおっ!! ふんっ!!!」


 俺は筋肉パワーで無理やり二人の拘束を外した。


「はぁっ……はぁ……。おまっ……力つえーな」


 陸がたじろいだ。


「そりゃそうだ。簡単には負けないよ」


 細身の陸に負ける俺ではない。


「じゃあ最後は私〜〜〜っ」


 列に関係ない姉が、前から優しく抱擁してくれた。

 俺はそれを自然と受け入れる。


「あ〜〜っ! 私たちと違って光流が気持ちよさそうにハグしてるっ! シスコンとブラコンだ!」


 理沙が心外なことを叫ぶ。

 確かに姉は大事に思っているけど、別にシスコンではないと思うが……。


「いいでしょ〜。姉弟ならいつでもこんなことできるんだぞ〜っ」


 姉が俺のほっぺに顔をすりすりと擦りつけてくる。


「姉ちゃん、やりすぎ……」

「ああん」


 俺は姉を引き剥がした。



「――元気になった!?」



 すると満足そうな顔をした姉が、そう聞いてきた。


「まぁ……少しは元気でたかも」

「ほらっ!」


 ドヤ顔で自分がしたことは正しかったのだという態度を取る。

 恥ずかしさと相手の体温を感じたこと、最後に体を動かしたこともあり、本当に元気になった気がした。


「でも、皆に同意とらないと、これセクハラだよ?」

「女の子たちっ、ごめんねっ!」


 姉は両手を合わせて女子に謝罪する。

 男には謝らないのかよ。


「いえ……こっちはいつでもハグOKですっ!」


 理沙が親指を立てながら鼻息荒く言う。


「光流は人気ものだねぇ〜」


 ニヤニヤしながら姉が俺の背中をバシンと叩いた。

 普通に痛い。


「引き止めてごめんね。親が心配してるよ。帰りなっ」


 姉がそう言うと、皆が階段を降りて玄関に向かった。




 …………




 そうして、玄関の外まで出ると、俺は皆を見送る。



「なんだかんだ、灯莉さんのやつ良かったかもな」

「どうなんだろうね」


 冬矢が先ほどまでのことを回想する。

 男とのハグはちょっとアレだったが、正直女子とのハグはなんというか、凄かった。


 正面から女子とハグしたのは、家族以外だと五年前のルーシー以来のような気がする。


「女の体楽しみやがってーっ」

「そうだそうだーっ」

「お前ら喜んでたじゃねーか」


 理沙と朱利のヤジに陸がツッコむ。


「彼女持ちは消えろーっ」

「彼女とよろしくやってろーっ」


 女を敵にすると大変そうだ。


 ガヤガヤと笑い合う一同。



 でも、そんな皆を見ていると思う――、



「――俺って、本当に友達に恵まれてるな……」



 何も言わずに、俺のことを気遣って家まで来てくれて。

 大きな声を出した俺にも怒らずいてくれて。


 結局、歌えない問題は解決してはいないけど、なんだか心が晴れた気がした。


 特に冬矢には色々悩みを聞いてもらったり励ましてもらったりしていたのに、かなり申し訳なかった。

 でもあいつは、俺と楽しいことをしたいからやってると言ってくれた。



「皆、ありがとう。それと、今日はごめん……」



 今度はちゃんと顔を上げて、皆の顔と目を見れた。


「いつでも支えてやるから、安心してミスれ」

「本番は俺のドラムの音で、嫌でも光流の体動かしてやるからな」

「私のキーボードの音だけ聴いて着いてきなさいっ」

「文化祭の演奏終わったら、お疲れ様のハグしてあげるっ」

「それ理沙がしたいだけだろ……じゃあ私もっ」

「音響は任せて。超超完璧にやるからねっ」


 それぞれが笑顔を見せながら"らしい"言葉をくれた。



 そうして、俺は皆の背中が見えなくなるまで見送った。





 ――ついに明日から二日間に渡る文化祭が始まる。



 明日の一日目は土曜日。本番となる二日目は日曜日だ。

 休日を使うのがうちの文化祭。月曜火曜が振替休日となる。



 ミスしてもいいって言ってくれる友達がいる。

 だめな自分でも盛り上げてくれる友達がいる。

 着いてこいというかっこいい友達がいる。

 下心があっても優しい友達がいる。


 皆が優しすぎて、その気持ちにどうしても報いたい。



 そして、忘れない。


 俺には心の中にルーシーもいる。



 透柳さんに言われた言葉を思い出しながら、次こそはと覚悟を決めて、俺は今日を終えた。



「――それにしても、呪文か……。『ルーシー』って言葉だけで元気になれるなんて、俺ってほんとに単純なやつだな……」







 ―▽―▽―▽―


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