125話 Re:リハーサル

 ――文化祭当日。


 今日はその一日目。本番ではない。


 例年通り、先生たちが決めた行事中心でプログラムが進んでいく。



 昨日、皆が帰ってから。

 リハーサルではあれだけ緊張していたのに、ベッドに入るとすぐに眠りに落ち、ぐっすり寝ることができた。


 皆――そして姉のお陰だろうか。

 精神的にもかなりリラックスしていた。


 今朝も起きてから、特に緊張したという感覚もなかった。

 実際に学校に行ってからも、「今日は元気じゃんっ」と千彩都にも言われたこともあり、表情は元に戻っていたようだった。


 手汗や冷や汗も出ることはなく、ここまで落ち着いていれることが逆に恐くなっていた。


 そうこうしているうちにスムーズにプログラムが進み、昼休みになった。



 そんな時、俺の元に一人の女子生徒がやってきた。



「――あのっ! 九藤先輩っ!」



 校庭の適当な場所でしずはたちと弁当を食べていた時、突然話しかけられた。


 するとその子は見覚えのある女子だった。


「君は……」

「私、文化祭実行委員をやってる二年の志波愛海しばまなみって言います!」 


 昨日のリハーサルの時、スケジュールを管理し司会進行をしていた女子生徒だった。


 俺たちのことも気遣ってくれて、時間があるからもう一回リハーサルをやらないか声をかけてくれた優しい人物でもある。


「志波さん、こんにちは」


 俺は弁当を食べる手を止めて、彼女に挨拶をした。


「あのっ、それでですね……放課後たまたま時間がとれそうなんですけど……良かったらリハーサルもう一度だけしませんか?」

「えっ……?」


 驚いた。リハーサルは昨日で全て終わったはずなのに。

 あのままで終わったことが気になり心配をしてくれたんだろう。


「すみません。ご迷惑でしたら……」

「――いやっ、やるっ! ありがとうっ!」


 俺は食い気味に志波さんに返事をした。

 絶対にやったほうが良い。このまま本番に望むなんてできるわけがない。



「ふふ。良かったです……では放課後になったらすぐにっ」


 そう言うと、志波さんは軽く微笑んでどこかに駆けていった。

 とても良い子だ。もしうまくできたら、彼女にもちゃんと感謝しないと。


「私やるってことOKしてないんですけど〜」

「あ……わるい」


 しずはが俺が勝手に決めたことに不満を持ったのか口をとがらせる。

 ただ、すぐに元の口の形に戻した。


「いーわよ。私は今から焼き肉が楽しみなんだから、最高の演奏にしてから食べないとね!」

「なにそれ、焼き肉?」


 しずはは相当焼き肉を楽しみにしていることが伝わってくる。

 そしてお疲れ様会のことを知らない千彩都は焼き肉が気になったようだ。


「ちーちゃんはだめ! これはバンドメンバーだけの特別なお疲れ様会なんだからっ」

「なにそれ〜、突撃してやるっ!」

「……自分で払わないとだめだよ〜」

「自分で払うのは普通だよね……?」


 千彩都は透柳さんからお金が出ることを知らない。

 バンドメンバーは奢り。もし他の人が来るなら自腹。

 人のお金なら尚更だよな……。


「じゃあ皆に連絡しとくね」

「おっけ〜」


 そうして冬矢たちに連絡し、俺たちは放課後に二度目のリハーサルを特別に行うこととなった。




 ◇ ◇ ◇



 

 ――放課後。


 昨日のリハーサル同様に機材を準備していき、楽器をチューニングをしていく。


 元々リハーサルの予定はなかったので、昨日より観客が少なかった。

 ただ、どこからか聞きつけたのか、昨日にはいなかった生徒もちらほらいるように見えた。


 十五人ほど。昨日の半分の人数が体育館にはいた。



「すぅーっ……はぁ……」



 俺は準備が完了すると、深呼吸。大きく息を吸い込み、そして深く息を吐いた。



「俺は心配してねーぞ。お前は本番に強いタイプだからな」


 冬矢が冬矢らしい言葉をくれた。

 こいつはいつも俺を信頼してくれている。


「ありがとう」


 冬矢に顔を向けて、しっかりと感謝を伝えた。



「ふふふ……明日が楽しみだぜ」

「陸……」


 こいつはマジで何なんだ。昨日からなんだか不穏なんだよな。

 何かやらかす気しかしないんだが。


「光流〜、私の焼き肉の為に頑張んなさいよねっ」

「うん、気持ちよく焼き肉食べたいもんな」


 しずはの目が肉になっているような気がした。

 彼女の家なら、いつでも高級焼肉が食べられると思うが……いや、俺たち皆で食べるから良いのか。


 家族と食べるご飯と友達と食べるご飯。そして今回は一年も練習してきたバンドメンバーでのご飯。全然違うもんな。



「じゃあ行きますよー!」



 すると志波さんが、俺たちに声をかけてくれる。

 多分だけど、先生にも許可をとってこの場を作ってくれている。


 音響には理帆、体育館にはカメラを持った朱利と理沙が準備してくれていた。



 昨日と違って、全く緊張していない。


「皆の……お陰か……」


 俺は噛みしめる……友達って存在の威力を。

 ただ生きてるだけじゃない、俺は色んな人に支えられてここにいるんだ。



 ルーシー……君のためにも今度こそやるよ。



「お願いしますっ!」


 俺は志波さんに力強く返事をした。



 舞台の幕が一度閉まる。


 そして――、


「次は赤峰小学校出身メンバーによるバンド演奏です」


 志波さんがマイクで声を響かせる。


 その声に続いて、電子音と共に舞台の幕が開いていく。



 俺は一度目を閉じた。


 真っ暗だ。昨日までの俺の心みたいに暗闇が広がっている。


 けど、今はその暗闇の奥に光が見える。


 冬矢、しずは、陸、理帆、朱利、理沙……協力してくれた皆。

 そして、ルーシー。



 次、目を開いた時には、もう始まる。


 俺……俺たちの気持ちをぶちまけるステージ……そのリハーサルが。



「ん……」



 俺はゆっくりと目を開いた。



 違う……全く違った。


 少人数の観客が舞台に視線を集中させる。

 けど、その視線はもう恐くなかった。



 なぜなら、そこには十五人のルーシーがいるから。



「ふふ……」



 冬矢のアドバイスも、意外と効果あるんだな。


 届けるんだ……ルーシーに。

 俺はやれる。皆で楽しむためにここにいるんだ。


 なら、ぶちかませよ、俺!




「――行くぞっ!!」




 俺は首だけ振り返って、一言叫んだ。


 すると三人同時にニヤっと笑顔を見せた。



 次の瞬間、陸のスティックが四度打ち付けられ、演奏が始まった。



 伴奏……問題なし。昨日よりさらに滑らかに弾けている。指が恐ろしいほど動く。

 皆の音のタイミングもバッチリ。



 ――完璧だ。



 そして、伴奏が終わり、俺が声を出す時がやってきた。



 行けっ。お前はできる。


 だって、そうだろ。


 もう喉に詰まっていた緊張の栓は、既に抜けていて。

 それを取ってくれたのは、優しい皆なんだから。


 

 だから、俺は声を振り絞って――。




 ◇ ◇ ◇




「…………」



 リハーサルが終わり、俺たちは片付けを進めていた。



「あ〜最高だった!!」


 冬矢が全ての演奏が終わるなり、そう言った。



 結果から言うと、俺は声を出せた。


 今までにないくらい声が出て、自分でもびっくりするくらいだった。

 多分今までやってきた練習よりも声が出ていた。


「やればできるじゃんっ」

「皆のお陰だよ」


 しずはにそう言われて、少し嬉しい。


 一曲目のあとのMCのメンバー紹介だけはちょっとグダグダだったが、別に演奏とは関係ないので良しとした。



「俺は心配してなかったけどな」


 陸が当たり前だという感じで呟く。

 なんだかいつの間にか陸も俺を過大評価している気がしてきた。


「あっ……志波さんっ! 今日は本当にありがとう!」


 今日、この場を作ってくれたのは、彼女がいたから。

 俺に声をかけてくれたから。


「いいえっ。私はただ、最高の文化祭にしたいだけなのでっ」


 本当に良い子だ。


「先輩たちは、中学最後の文化祭です……気持ちよくやってもらいたいじゃないですかっ」

「志波さん……」


 後輩の鑑のような生徒だ。

 彼女のような生徒がいるから、文化祭が滞りなくうまく運営できているんだろう。


 文化祭は例年、本番は三年生以外の文化祭実行委員が中心となって進行する。

 それは最後の文化祭を三年生に楽しんでもらうため。


 三年生の文化祭実行委員もちゃんと仕事はしてきたが本番だけは文化祭に参加することに注力してもらうため、このような形をとっている。

 だから、一年生と二年生中心に文化祭当日は舵取りが行われる。


「本番……期待してますっ。私、今日で先輩たちのファンになりましたからっ」


 こんな初心者バンドなのに、ファンって言ってもらえるなんて。

 本当に嬉しい。


「うん……期待してて、絶対盛り上げるから」

「約束ですよっ」


 そう言って、志波さんは自分の片付けを済ませて体育館から去っていった。



「わ〜ん……私感動しぢゃっだぁ……」


 片付けを手伝ってくれている理沙が感想を述べてくれた。


「私も……なんか、凄かった……」


 同じく朱利。

 二人とも心なしか目には涙が浮かんでいる。


「お前ら泣くにはまだはえーぞ」


 冬矢が二人を見てそう言った。


「だっでぇ……光流がちゃんと歌えたし……演奏も良かったし……」

「だめ……なんか……皆が頑張ってきたことを思うと……」


 本当に泣くのは早いよ。

 でも、そこまで感動してくれるのは嬉しい。


「光流くん……最高だった」


 理帆が親指を立てて、褒めてくれる。


「ありがとう……理帆の音響も完璧だったね」

「明日も任せてっ」

「うん」


 頼りになる子だ。

 彼女がいてくれて本当に良かった。




 …………




「じゃあ……明日、だな……」



 舞台袖へと機材を全て移動させて片付けが完了したあと、冬矢がそう言った。


「うん……」


 俺は皆の顔を見渡す。


「お前らやりすぎて空回りすんなよ?」

「はは、それはお前もだろ」


 冬矢が別の心配するが、陸がそれに対して反論した。

 今日は完璧にできたが、確かに本番は空回りする可能性もある。


 でも、興奮は抑えきれないはず。

 どうなるか、明日になってみないとわからない。



「――じゃあ今日は明日のために早く寝ろよ」



 冬矢のその言葉で、今日は解散した。




 ◇ ◇ ◇




 学校からの帰路。

 演奏をして汗ばんだ体が、外の冷たい風に当たって気持ちが良い。


 俺は今までにない清々しさを感じていた。

 多分、やれることを全部出しきれたからだ。


 

 明日も同じように頑張るだけ。



 ただ、陸が暴走しないかだけ気にはなっている。

 心配してもしょうがないけど。



「楽しみだな……」



 本当に昨日までとは違う。

 昨日までは緊張が全身を支配していて舞台が怖くなっていたけど、今は楽しみだと思えている。



「やるぞ……」



 俺は家に帰ると、冬矢の言った通りに早めにベッドに入った。

 明日のことが気になって眠れないかと思ったが、演奏した疲れもあり、すぐに眠りに落ちた。




 こうして、文化祭一日目が終わる。



 ――そして、文化祭二日目。ついに本番を迎えることになる。








 ―▽―▽―▽―


この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!


よろしければ、『小説トップの★評価やブックマーク登録』などで応援をしていただけると嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る