115話 世界に見つかる

「――皆、置いていってごめんね。お詫びにお昼ご飯奢るから許して?」


 俺は元の売店の場所に戻り、朱利、理沙、理帆に謝罪した。

 すると驚いたように三人が顔を見合わせた。


「いやいやいや! なんで光流が奢るの!?」

「一緒に売店来たのに置き去りにして、別のところ行っちゃったからさ」


 すると理沙が「はぁ」とため息をつきながら俺の顔を見つめた。


「さっきの見てたよ。藤間さんたちを助けに行ったんでしょ? しょうがないじゃん。だから光流が謝ることないし奢ることもないよ」

「そう……?」


 そう思ってくれてるなら良かった。

 居ても立っても居られなかったから。


「そうだよ! むしろ奢らせて!」

「その理屈はおかしいでしょ」


 売店に来たばかりの時の話に戻った。

 その時から奢ると言われていた。


「――光流くんさっきのかっこよかったよ。大人相手に頑張ったね」

「内心すごい怖かったけどね」


 松崎さん――理帆にしては、珍しく褒めてくれた。

 普段はそんなことを言わない相手に言われると、少しだけ嬉しい。


「あー!! 理帆抜け駆けするな!」

「そうだそうだ!」

「そ、そんなつもりじゃないよ!」

「ならどんなつもりなのさー!」

「あははは……」


 なんだか変に注目を浴びてしまっている。どう収集つけようか。

 とりあえず休憩スペースにいる皆はお腹空かせてるよな。


「ほら。早く昼食買おう。皆の分も買ってこなきゃいけなくなったから、分担して運ぶよ」

「そうなの? 光流が言うなら……しゃーないか」


 俺が言うならって……物分かりがいいな。


 その後、スマホにメモった皆が欲しい食べ物をそれぞれ買って、休憩スペースへと戻ることにした。




 ◇ ◇ ◇




「よぉ。やーっと戻ってきたか……ってなんかあったのか? 売店の方騒がしかったけど」


 しずはと菜摘と舞香が、身を寄せ合うようにゆっくりと休憩スペースに戻ってきた。

 ただ、その表情は喜ばしいことがあったように、少し微笑んでいて――、


「てかご飯は!? なんもないじゃん!」


 昼食を買ってくることをお願いしたはずなのに、手には何も持っていない三人。

 それを冬矢は指摘した。


「色々あったのよ。とりあえず光流たちにご飯は任せたから、もう少ししたら買ってきてくれるよ」

「……どういうことだよ。詳しく聞かせろ」


 売店の近くが騒がしいとは思っていた冬矢と他の面々。

 休憩スペースからは何が起きていたのか全くわかっていなかった。


「ええ〜どうしよっかな。教えたくないな〜っ」


 しずはが焦らすように拒否する。


「いや、なんでだよ」

「他の人に光流の凄かったところ教えたくないもん」

「光流? あいつが関係してるのか?」

「あっ……言っちゃった」


 しずはは、光流が自分たちを助けてくれたかっこいい姿を他の人に知らせず、自分の中の素敵な記憶として留めておきたかった。


 喧伝すると光流のことを好きになる人が増えていくかもしれない。

 光流の素敵なところは、できればあまり人に知ってほしくないとしずはは思っていた。


「しずはちゃん、いいじゃん! 私話したくてしょうがないんだけど!」

「そうそう! ――ねぇ、皆聞いてよ!!」


 しかし、しずはの気持ちとは逆に舞香と菜摘は興奮状態。

 話したくてたまらない様子だ。


「なんだなんだ! そんなに面白いことあったのか!!」

「なになにー! ひかるの話!? 聞きたい聞きたい!」


 テーブルの上でだらけていた冬矢も前のめりになって話に興味をもつ。

 するとその話を聞いていた鞠也もワクワクを隠せない表情をして、立ち上がった。


「じゃあ言うね。私たちが売店の列に並ぼうとした時のことなんだけど――」


 舞香と菜摘が中心となって、一連の騒動で何が起きたのかを皆に説明した。




 …………




「ひかる凄い凄い! 私も見たかったなー!!」


 菜摘と舞香の話を聞いた鞠也が興奮して飛び跳ねる。鞠也にとって光流は従兄弟ではあるが、昔からずっと変わらずに光流大好き人間なのだ。


「まじかよ。助けたのはまだわかるけどさ。あいつがそんな言葉使うなんてな……俺じゃあるまいし。多少は無理してたんだろうな」


 ナンパトラブルの話を聞いた冬矢が、冷静に光流の状態を分析。まさにその通りで、光流は無理をして虚勢を張っていた。


「へぇ〜。光流やるじゃん。もしかしてこういうことの積み重ねが、光流の魅力に繋がってるのかな」


 開渡の隣の席でジュースを飲んでいた千紗都がそう呟いた。


「へぇ〜九藤くんってそんな男らしい部分あるんだ。りっくんもちゃんと私を守ってね?」

「当たり前だろ」

「でもりっくんの体ひ弱じゃーん。鍛えてよ」


 恋人同士の二人もいちゃつきながら光流のことを話題にしていた。


「とりあえず無事で良かったな。光流にはたくさんお礼言っときなよ」

「もちろん。私なんて二度目だし……」

「あー。そういえばそうだったな」


 冬矢も夏祭りの出来事を思い出す。

 その現場は見てはいないが、しずはがナンパに巻き込まれたことは聞いていた。


「お前もお前で……まぁ、大変だな」

「どっちの意味よ……」

「どっちもだ」


 含みを持たせた冬矢の発言。

 それは、ナンパされてしまう美貌を持ったことか。

 それとも、光流に助けられたりかっこいいと思う部分が増えていくことで、彼から目を離せなくなることなのか。


 二人共ルーシーの存在は知っている。


 だからこそ、しずはにとってハードルが高い恋。


 まだ一度振られただけ。

 完全には諦めてはいない。


 でも、全てを出し尽くした愛の告白。


 この先、具体的にどうしていこうかしずはは特に考えていなかったが、深月から言われたこと。

 それを果たすために、最強のピアニストになる必要はあった。


 今は光流を振り向かせることは、しずは自身も難しいと思ってはいる。

 でも、好きなものは好きなのだ。


 光流が自分以外の別の人のことを好きだとしても、この気持ちは簡単には変えられなかった。




 ◇ ◇ ◇




「おーい。買ってきたぞー」


 俺たちは売店で買った昼食をそれぞれトレイに乗せて持ってきた。

 一度で運ぶことは無理かと思っていたが、ハンバーガーのような幅を取らない小さな食べ物を頼んだ人が多かったお陰で、十五人分を一度で運んでくることができた。



「ヒーローのお出ましだぞ〜」



 冬矢が光流を見るや否や、そう声をかけた。


「もう聞いてるのか」


 しずは達が皆に話したんだろうと悟った。


 とりあえず、それぞれが注文した食べ物を各テーブルへと配っていく。

 配り終えると、俺は空いていたテーブルに座った。


 左右には冬矢と鞠也ちゃん。向かい側には深月と奏ちゃんがいた。

 五人が座れる丸テーブルのはずなのだが――、


「いやいや狭いでしょ! 他のテーブルに行ってよ」

「いーじゃんいーじゃんっ」

「そうそう。小さいことは気にしないっ」


 俺の隣――冬矢側には理沙。鞠也ちゃん側には朱利が椅子を運んできて、無理やり座った。

 ちなみに理帆は別テーブルでこちらをチラチラと見ていた。


「おいおい。ヒーローインタビュー聞かせてくれよ光流」

「あー! ひかるの隣は私なのに! この……ハレンチ先輩邪魔っ!!」


 テーブルに座ってすぐに冬矢がそう聞いてきた。

 早く俺の口から先程の状況を聞きたいようだった。


 一方の鞠也ちゃんは、俺の隣が良かったのか朱利の体をどいてと言わんばなりにギュウギュウと押していた。


「鞠也ちゃんちょっと押さないで!? 光流にくっついちゃうよ!?」

「ええ!? だめっ!!」


 しかしそのお陰で朱利が俺の方へと倒れ込んできて、肩と腕が触れてしまう。

 想定外のことが起こった鞠矢ちゃんは、朱利を抱きしめる形で自分の方へと引っ張った。


「……光流?」


 冬矢がすぐに気づいた。


「なんか下の名前で呼び合うことになって」

「おいおい。展開はえーな」


 それもそうだ。

 売店に行って帰って来る間にいきなり名字呼びから名前呼びになっていたんだから。


「まっ、そんくらいいーけどよ。早く聞かせろよ」

「もうしずはたちから聞いたんでしょ? それ以上のことはないって」


 ナンパを撃退した。ただそれだけだ。


「お前の口から聞きたいんだよ」

「なら何を聞きたいのさ。聞かれたら答えるよ」


 自分からと言われても何を話せばいいのか。

 別に自慢したいわけじゃないのに。


「ん〜。じゃあなんで助けようと思ったんだ?」

「そんな当たり前なこと……しずはたちの嫌がる声が聞こえたからだろ」


 あの時たまたま近くにいたから良かったけど、俺がいなかったらどうなっていたのだろう。

 でも、あんな大勢の中でトラブルを起こしていたなら、いずれ係員がやってきて、注意していたかもしれない。


 しかし、しずはが二人を庇って自分を犠牲にしてどこかへ連れて行かれたりしていたなら……いや、やっぱり助けに入って良かった気がする。


「同じ場面に遭遇したら冬矢だってそうしただろ?」

「まぁ……そうかもな」

「ほら。別に俺だけに限ったことじゃないよ。期待してるような話できないと思うけど」


 目の前で友達がそんな場面に遭遇していたら、誰だってそうするはず。

 そりゃ怖いよ。体格的に勝っていたとしても。

 それでもやっぱり、見捨てられないだろ。


「いや……やっぱりお前だからだよ」

「俺の話聞いてた?」


 どこをどう考えたらお前だからという話になるのか。

 冬矢の言っていることがよくわからない。


「聞いたぜ? 相手は結構年上だって」

「そんな感じはしたけど。だからなんだよ」

「――全員が全員、助けにいけないってこと」

「…………はぁ?」


 さっき冬矢でも助けるでしょと聞いたらそうかもなって言ったじゃないか。

 言ってることが矛盾している。


「でも相手は見るだろ。ヤバそうな相手なら恐ろしくて助けにいけない人もいると思うぞ」

「そうなのかな……だって友達だよ? 助けない選択肢ってある?」


 俺には考えられなかった。

 だっていつの間にかしずはたちの方へと走っていたんだから。

 体が勝手に動いていたというやつだ。


「それだよ。お前は迷ってなかったんだよ。普通なら相手を見たときに怖いとかどうしようとか立ち止まったり迷うもんだろ」

「いや、どうだろ……迷いはしなかったと思うけど……」

「な? 別に変だと思ってるわけじゃないぞ。お前は友達を大切にできる良いやつだって話だ」

「毎回だけど、冬矢は俺を過大評価しすぎ」


 褒めても何もでないぞ。

 自分の感じるままに行動してるだけなんだから。


「はは。それにしても、まさかお前がこんなにモテていくなんて思わなかったよ」

「いや……そんなことは……」

「――ないって言えるか?」


 冬矢が俺の両サイドに視線を向ける。

 俺も同じく首を振って両サイドの女性を見る。

 理沙と朱利は俺の顔を見て、ニターっと白い歯を見せながらギャルスマイルを送ってくれた。


 朱利を見た時、その後ろのテーブルの席にしずはがいた。

 少しだけむすーっと不機嫌そうな表情をしている。

 なんとなく、思っていることは伝わってくるけど。


「そう言われてもなぁ。困るよ」


 こんなにも人に注目されるって初めてだし。

 どうすればいいんだ。


「光流ったらかわいーっ」

「顔赤くなってる〜」

「――うるさいっ!!」


 理沙と朱利が茶化してくるもんだから俺は怒った。


「お前、これで文化祭でバンドなんかやったらどうなるか……」

「え?」

「注目されるに決まってるだろ。大体のやつがボーカルにしか目がいかないからな」


 確かにバンドではボーカルにばかり注目してしまう。

 別にモテる為に音楽をやり始めたわけではないのだが、人に向けてやるということなら、注目されるのは当たり前か。

 ただ、今回はしずはも参加する。俺よりも注目される可能性が高い。



「――そういえば、バンドの話教室でもしてたよね。ほんとにやるんだ」


 横にいる朱利が髪をくるくる弄りながら聞いてきた。


「マジでやるよ。でもあんま広めんなよ。知らない人が多い方が面白いだろ」

「おっけーおっけー。言わないようにするよ。メンバーは光流と冬矢と東元だっけ?」


 本当に物わかりが良いな。

 理沙といい朱利といいこんなやつらだっけ?


「そうそう。俺と冬矢と陸。――あとはしずは…………あ」

「え?」


 やべ。絶対に内緒にしなければならないというわけではなかったが、しずはがメンバーに入っていることは学校では話していなかった。


「ふ、藤間さんもメンバーなの!?」


 朱利が目を大きく広げて驚く。


「ごめんしずは。言うつもりなかったのに言っちゃった」

「別に良いよ。どうせ後でわかることだし」


 しずはは特に気にしてはいなかった。

 

「いやいやいや。絶対注目浴びるじゃん! 藤間さんの担当って?」


 理沙がテーブルをバンっと叩いて言った。


「キーボード」

「そういえばピアノしてるって聞いたことがあるような……」


 ここにはジュニアピアノコンクール上位者が三人もいる。

 しかし、誰もがそれを周囲には言わず、ピアノを習っている程度にしか話していない。


「少しだけね。メインはボーカルの光流なんだから」

「そっかそっか! 楽しみだな〜どんな感じになるんだろ」


 理沙も朱利も目を輝かせていた。

 楽しみに思ってくれているのは俺も嬉しい。


 残り三ヶ月。


 時間は残り少ない。遊んでる暇はなくなってきた。



「――昼飯も食ったし、プール行くか!」


 冬矢の声でそれぞれ立ち上がり、トレイに食べ物のゴミを集めていく。


「光流〜次は私とウォータースライダーねっ!」

「え!? あれはちょっと……」

「いいからいいから」


 強引に参加させようとする理沙。


「ちょっと理沙! 私も次は光流と乗るんだから!」

「何言ってんの! ひかるは私と乗るの!」

「光流、もう一回私と乗りたいよね!?」


 そこに朱利、鞠也ちゃん、しずはまでもが会話に加わり、俺と一緒にウォータースライダーを乗る話が展開された。

 あれは密着度が高いから、もう乗るのは避けたかった。



「「「――誰と一緒に乗るの!!」」」


 一斉にそう言われた。

 だから――、


「冬矢と乗るよ」


 女子とは乗れないだろ。


「冬矢は先帰ってもいいよ?」

「光流を渡せ!」

「そうだそうだー!」


 女子たちがこぞって冬矢を排除しようとする。


「お、お前らなぁ……光流は俺のもんだ!! 渡さねー!!!」

「冬矢っ!?」


 なぜか冬矢もそのノリに従って、俺の争奪戦に参加した。

 冬矢のこういうところ、嫌いじゃない。


 その後、プールの中で水鉄砲を五回当てられた人から脱落するゲームというものをした。

 結果、参加者の中で最後まで残ったのは、鞠也ちゃんだった。ちなみに鞠也ちゃんは運動神経が結構良い。吹奏楽部だが肺活量を鍛えるために走り込みや腹筋などもしていると聞いた。


 なんというか、親戚だからこそ安心できる何かがあってよかった。

 鞠也ちゃんならいつもくっついていたし、俺もそこまで気にしなかった。



 そうして俺たちは夕方まで全力で遊びまくった。




 ◇ ◇ ◇




 ――オレンジ色の夕焼けが電車の窓から差し込む中、私たちは帰路についていた。


 電車の中にはもう、家同士が近い赤峰小メンバーのみ。

 隣には遊び疲れたのか、スースーと寝息をたてる光流がいる。

 光流だけでなく、冬矢もちーちゃんも開渡も皆寝ている。


 その光流の横顔を眺めながら思う。



 ――やっぱり好き。



 二度もナンパから助けられた。

 あんなことされたら、誰だって心奪われてしまう。


 光流を好きな理由はそれだけではないけど、今日の出来事で自分の気持ちを再確認させられてしまった。


 今日は私が会話したことのないメンバーもいた。


 二年生の時に光流と同じクラスだったらしい折木さん、石井さん、松崎さん。


 最初はほとんど光流に見向きもしていなかったのに、急に光流の腕をとって売店まで連れて行ったことには驚いた。話の内容から私に気を遣っていたのは理解したけど。


 ただ、それを見て、光流がモテ始めていることを悟った。




 …………




 光流にナンパから助けられ、舞香ちゃんと菜摘ちゃんと一緒に売店から休憩スペースに戻る時のこと――。



「――九藤くん、すごかったねっ」

「あんな風に男の子から守ってもらったの初めてかも……」


 二人が少なからず光流をかっこいいと思ってしまっている表情になっていた。


「少しだけ、しずはちゃんが好きになる理由わかったかも……」

「ね。ああいうこと、普通にできちゃう人なんだね」

「そうだね。先に体が動いちゃうタイプなんじゃないかな」


 光流の凄いところはそれだけじゃないけど、その片鱗を今回赤峰小以外のメンバーも知ってしまった。


 私――私たちだけが知っていると思っていた光流の優しさと凄さ。

 それがどんどん周りに知られていって、なんだか複雑な気持ち。


 ゲームでいえば、ダンジョンの隠し部屋にある宝箱の場所を自分だけが知っていた、そんな気分だったのに。


 ホワイトデーで、光流が手作りクッキーをお返しで渡したと聞いた時から、まさかとは思っていたけど。



 ――ついに見つかってしまった。



 世界に光流が見つかってしまった。

 世界はさすがに言い過ぎかもしれないけど。でも私にとっては世界の中心が光流なんだから、世界と言っても差し支えない。

 いや……ピアノもか。光流とピアノ。私の世界では、この二つが中心の席を取り合っているのだ。



「来年は私も九藤くんにチョコ渡しちゃおっかな〜」

「あ、私もっ」

「ええ!?」


 二人の言動に少し驚く。

 今回助けられた恩もある。ならそのお礼にチョコを渡す行為は普通かもしれない。


「ふふ。義理だよ。……多分」

「そうそう、義理。だってお返しに手作りもらえるんでしょ?」

「いや……チョコもらう人数が増えたらさすがに……」


 いや、光流ならやってしまう。

 相手の気持ちを蔑ろにできないあいつは、やってしまうだろう。


 バンドで注目されて、さらにモテて。

 来年はどのくらいチョコをもらってしまうんだろう。


 それを考えると、やっぱり考え直してしまう。



「――さすがに全員に手作りでのお返しは無理でしょ……」



 光流が注目されはじめた理由。それはしずはが光流に直接チョコを渡したことがはじまりだった。

 しかし、当人は光流がモテはじめる原因を作り出したなんて微塵も思ってはおらず、そのことに全く気づいていなかった。




 …………



 ――再び電車の中。



「光流……寝てる? 私、ナンパ男に腕触られてから、すっごく気持ち悪いんだ。だからさ……」


 そう言いながら、勝手に光流の左腕をとる。

 そのままナンパ男に触られた腕に光流の手を乗せた。


「――触られたところ、上書きさせて?」


 光流の手を自分の腕に擦り付ける。

 そして、これでもかと塗り込む。光流の細胞を塗りたくってナンパ男の汚い細胞を上書きするのだ。



 ――ふと、その時に気付いた。



「指……硬い……」


 光流の左手の指先がすごく硬かった。


 毎日毎日ギター頑張ってるもんね。

 最初のうちは血が出ていたみたいだけど、今ではもう硬くなっちゃって。


「ちゃんとハンドクリーム使ってる?」


 深月と一緒に誕生日プレゼントで渡したハンドクリーム。

 といっても、すぐになくなっちゃうか。もう半年以上経ってるし。


 なら、誕生日関係なくとも、また買ってあげよう。



「ふぅ……」



 光流の手を自分の腕から外し、元の位置に戻す。


 そして、コツンと光流の肩に頭を乗せた。



「――あんまり、モテちゃだめだよ。光流…………」



 皆同様に疲れていた私は、そのまま眠気に襲われて意識を手放した。






 ー☆ー☆ー☆ー


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