114話 筋肉は全てを解決する

「――そろそろ離してほしいんだけど……」


 俺は現在、折木さんと石井さんに両腕をとられて身動きがとれない状況にいる。

 後ろからは松崎さんがついてきており、売店に向かっている途中だ。


「なんか最近飢え始めたんだよね……」

「そうそう。周りのカップル見てたらね」

「私はそうでもないよ?」


 三人それぞれに意見する。

 つまり彼氏が欲しいということだろうか。


「だからって、俺を巻き込まないで?」


 こんなことしていては、いつかルーシーに再会した時に顔向けできない。

 今更と思われるかもしれないが。


「よく見たら九藤って意外と顔整ってるし」

「さっきはああ言ったけど、筋肉って結構良いよね」

「よく見たらってなんだよ。見た目だけそう言われてもな」


 いや、俺だってルーシーの見た目に惹かれてしまったところがある。

 人に言える立場では……ないか。


「それだけじゃないって。ホワイトデーの時もさ」

「そうそう。手作りのお菓子をお返しするなんてね」

「確かに、男子から手作りのお菓子は私も初めてもらった……」


 折木さんと石井さんだけでなく、松崎さんも会話に加わってきた。


「藤間さんからすごいアプローチ受けてるかもしれないけどさ、私らとも仲良くしてよ」

「仲良くするのは良いけど、近いのはちょっと……」

「まぁ、今はそれでいっか!」


 なんでいきなり積極的になるんだ。

 たまに聞いたことあるけど、モテる人に好かれると、自分もモテてしまう現象。

 まさかそれになりつつあるのか?


 もしそうならこれはしずはがモテているから、そうなっていることになる。


「じゃあ何にする? カレー? ハンバーガー? ラーメン? 今日は奢っちゃうぞ」


 折木さんが奢ろうとしてきた。

 もしかして、モテてるやつってのはいつもこんな美味しい思いをしてるのか?

 やばすぎだろ。


「いやいや。自分の分は自分で払うって。気遣わないで。友達でしょ?」


 でも、いきなりそう言われても、なんだか悪い気がしてしまうので断る。


「そういや私らってまだ名前呼びだよね。光流って呼んで良い?」


 いきなり話を変えられた。

 ギャルは話題に事欠かない。


「良いけど」


 下の名前を呼ぶくらいなら、別に良いか。

 冬矢だってよく女子のことを名前で呼んでいる。


「じゃあ私のことは理沙って呼んで?」

「私は朱利ねー! 理帆は理帆で良いよね?」

「私もお!?」

「はは。皆が呼ばれたいように呼ぶよ」


 とりあえず、彼女たちに従ってこの場は乗り切ろう。

 そう、売店で並んでいる時だった――、



「――――さい!」



 どこからか、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 俺は周囲を見渡し、その声の主の場所を特定する。

 それは今いる場所から少しだけ離れた別の売店のエリアだった。


「――やめてください! そういうの興味ないです! 私たち友達と来てるのでっ!!」


 そこには三人ほどの男性が、売店の前で誰かを取り囲んでいた。


「いいじゃん。俺らが奢ってあげるからさ。少しだけ一緒に遊ぼうぜ」

「君たちも三人だろ? こっちも三人だし、ちょうどいいじゃん」

「ほんの少しだけ! 少しでいいからさっ!」


 フラッシュバックが起きたように夏祭りの記憶が蘇った。

 しずはが一人でいた時にナンパされ、怖い思いをさせてしまったことだ。


「――――ッ」


 ドクンと心臓の鼓動が高まり、俺はいつの間にか走り出していた。 


「くど……じゃなくて光流っ!?」

「ごめんっ!」


 折木さん――理沙が俺の名を呼ぶ。

 置き去りにしたことは申し訳ない。だからご飯くらいは奢って埋め合わせするか……。


「――ちょっと! 手っ! 痛いです!」

「離してくださいっ!」


 人が嫌がる声がするその場所へと走ると、男たちが女性の手を掴んで無理矢理に連れて行こうとしているのが見えた。


 茶髪に金髪に黒髪。

 髪色が違う三人の少し大人っぽい男性たち。

 いかにもというか、チャラそうな見た目だった。


 年齢はわからないが、高校生――いや大学生かそれより上か。

 そのくらい大人に見えた。


「俺たちだって怪我させたくない。一緒に遊ぶだけでいいから」

「三人がだめなら君だけでもいいよ」

「嫌って言ってるじゃないですかっ!!」


 ナンパにより、トラブルになっていた人物。

 それは――、


「しずはっ!! 神代さんに沼尻さんもっ」


 俺は声を出して、男たちの前に立つ。


「――なんだよお前!」


 しずはの手をまだ掴んでいる金髪の男。

 身長はそれほど高くない。今の俺と同じ百七〇センチほどに見える。


「――手離せよ」


 俺は右手で男の手首を掴んだ。そのまま力を込め握り締めながら、低い声で言った。


「はぁ? てめぇ誰に向かって――――ん?」


 男が視線を下に落とし、俺の上半身を見た。


「いいから手を離せっ!! お前が触って良い手じゃねえんだよ!!」


 今度はもっと強い声音で言う。

 しずはは天才美少女ピアニストだぞ? 怪我したらどう責任とるんだよ。

 お前らのようなやつが、気軽に関わっていい人じゃない。


 俺は怒りのあまり、さらに右手に力を込めた。


「いてててててっ!? いてえっ!?」


 その男はついにしずはの腕を掴んでいた手を離した。

 同時に俺も男の手を離すとしずはたちと男たちの間に入る。


「お、おい。こいつ、ガタイやべーぞ……」

「男いるみたいだし、もう良いんじゃねーか?」


 茶髪の男と黒髪の男が金髪の男を止めようとした。


「はぁ? こんな上玉放っておけるかよ!」


 しかし、金髪の男はまだ諦める気はなかったようで――、


「――――中学生」


「は?」


 俺の言葉の意味がよくわからなかったのか、男は不思議な顔をした。


「俺たちは中学生。あんたのような年齢の人が中学生に手を出したらどうなるかわかってる? プールに入るためには施設側に身分証を提示しているはず。身分証から自宅や色々なことがわかるだろうな。危害を加えられたと言えば施設側も黙っちゃいない。――――言いたいこと、わかるか?」


 相手を脅すように。そしてアニメや漫画好きのオタクが好きな作品を早口で話すように、俺はペラペラとセリフを吐いていた。


 ただこれはSNSのタイムラインに流れてきた知識を適当に言っているだけ。

 正直言えば、警察がくるほどの事態にならないと施設側も相手の情報開示はしてくれないだろう。

 なので、通用しない脅し文句かもしれない。


 しかし、その効果は絶大だったようで――、


「――クッ……て、てめぇ……」


 金髪の男が俺を睨みつける。


『パキ……ポキ……』


 俺は両手に力を込めて、わざとらしく指の骨を鳴らした。


「おい。こいつやべえって。中坊って言っても力じゃ勝てなさそうだし……」

「もういいじゃん。行こうぜ」


 残りの二人はもうこの場から離れたい気持ちでいっぱいなようだった。


 体格的なことを言うと、彼らはかなり痩せていて筋肉は皆無。

 武道経験者でもない限りは、三人まとめて相手しても勝てるのではないかと思うほどだった。



『――ねぇ。トラブル?』

『どうしたんだろ……』

『あっちの三人が無理やりナンパしたんじゃない?』



 騒いでいたことが周囲にも認知されていき、プールで遊んでいたお客さんもこちらに注目しはじめていた。


 俺は一歩前に出て体全体に力を込めた。

 それにより上半身の筋肉と血管がより浮き出てくる。


 それを見せつけるようにして――、



「――こっちはずっと我慢してやってんだよ! やられなきゃわからないのかよっ!!」



 最後に怒気を込めた言葉を言い放った。


 そうは言ったものの、先に手を出した方が暴力行為としては悪となるだろう。

 だから、俺からは先に手出しはしないと決めていた。


 これでどうなるか。



 俺の強めの言葉で、その場は一瞬の緊張と静寂が支配した。



 すると――、



「――――ク……クソっ! もういい。お、お前ら行くぞっ!」



 すると、金髪の男はさすがにこれ以上は無理だと思ったのか、二人を連れて小走りでどこかへ去って行った。

 俺は三人の背中が見えなくなるまで目で追った。




「…………」




『わあああああっ!!!』




 すると突然、周囲にいたお客さんたちから、拍手と共に歓声が湧き上がった。



『いいぞ少年!』

『よくやったーっ!』

『かっこよかったよー!』



 そんな言葉がちらほらと聞こえてきた。


「あははは……」


 ここまで注目されてしまっていたとは。

 少し恥ずかしくて顔が熱くなる。

 俺は苦笑いをしてしまっていた。


 普段は絶対に言わない強めの言葉。

 結構無理をして、あのようなセリフを言ってしまった。



「ふぅ〜〜〜」



 俺は深く息を吐いた。

 さすがに言い慣れないセリフを言うとドッと疲れが出た。

 握っていた両手の手のひらは気温の高さとは関係なく汗が滲んでおり、ついでに小刻みに震えていた。


 ただ、俺は思った。


 筋肉って凄い。


 前にしずはがナンパされた時には、こんなに強い言葉を相手に言える精神状態ではなかった。

 しかし今回は年上相手に敬語も使わずタメ語。


 常識的には良くないとは思ったが、しずはたちを守るためには、あの方が良いと思った。

 緊張でかなりドキドキはしていたけど、相手の威圧に負けることはなかったと思う。


 それは俺が体格的にも成長し、さらに筋肉も増えたことで、自分の体に自信を持てるようになったということかもしれない。


 つまりは――、



 ――筋肉は全てを解決する!



 ……なんてことはないとは思うが、今回はそれに助けられたような気がしていた。



「――しずはちゃん!?」

「大丈夫!?」


 すると後ろから神代さんと沼尻さんの声がした。


 振り返ってみると、恐怖からの解放で体の力が抜けたのかしずはが後ろに倒れ込んでしまい、神代さんと沼尻さんに支えられていた。


「――こ、こ……こわかったぁぁぁ……」


 気が抜けたようなしずはの呟き。

 少しだけ目に涙が溜まっていた。


 あの、夏祭りの時と同じだった。


「しずはちゃんありがとう。私達だけだったら、無理やり連れて行かれてたかも……」

「怖かったね。でも、しずはちゃんが頑張って拒否してくれたから」


 二人がしずはを励ましていた。

 確かにしずはは必死に抵抗していた様子が伺えた。

 俺同様に二人を守ろうとして、恐怖に耐えながら無理をしていたのかもしれない。



「――光流、ありがと……」



 地べたに座りながら、しずはが俺に感謝の言葉を述べる。


「ううん。このくらいは……全然」

「また、助けられちゃったね――あの時みたいに」


 しずはも夏祭りの出来事がフラッシュバックしていたようだった。


「そうだね。でも……気づけてよかった」

「ほんとにありがと。……でも、なんで私、強引な連中にナンパされちゃうんだろ……」


 強引なナンパと強引じゃないナンパ。

 ナンパにも色々あると思うが、良くも悪くも大人にも目をつけられるほど、しずはは注目を浴びてしまったということだろう。まだ中学生なのにな。


 声をかけてくる相手なんて選べない。


 もしこれが美人の宿命だとしたら、それはどうなんだろうとは思う。

 ただ、解決策は今すぐには見つけられそうにない。


「九藤くん、ありがとう。とっても助かった」

「九藤くんが近くにいてくれて良かったよ〜」


 しずはに寄り添っている神代さんと沼尻さんに感謝を告げられた。


「俺も皆をなんとか助けられてよかった。――じゃあ、改めてご飯買おっか。三人は先に皆のところに戻ってて。俺が皆の分買って持って行くからさ」


 三人とも怖い思いをしただろう。

 とりあえずは休憩スペースで待っている冬矢たちの傍にいたほうが良いと思った。


「いいの?」


 三人は顔を見合わせた。


「それなら……お願いして、いいかな?」

「光流……ありがとねっ」


 それから俺は買ってほしいものを聞いた。

 冬矢たちとジャンケンをして、他の皆の分もまとめて買ってくることになっていたようだった。


 正直全部持ち運ぶのは無理だと思った。

 なので、とりあえず理沙たちに手伝ってもらい、往復して持っていくことにした。


 しずはたち三人はなんとか立ち上がり、ゆっくりと休憩スペースへ戻っていった。




 ◇ ◇ ◇




「――ね、ねぇ! 見た!?」

「…………見た見た!!」

「……光流くん、すごかった……」


 元々光流がいた売店。そのあたりにいた理沙と朱利と理帆。

 三人は遠目に光流たちのトラブルの現場を目撃していた。


「やばい……あれは惚れちゃうかもしれん……」

「はは。あんなところ見ちゃったらね、女子はキュンとしちゃうかも」

「周りのお客さんたちも、拍手してた……」


 そんな驚きと共に胸が高鳴る三人。


 理帆にとって光流は、同じクラスだった二年生の時、教室の中でたまに会話するようなクラスメイトの一人。バンドの話で少しは興味が出たが、それ以上でも以下でもない。


 理沙と朱利に至っては、光流のことを成績は良いがその他はそれほど気にもならない平凡な人物だと思っていた。


 そんな中、学校でも美少女として有名な藤間しずはが直接チョコを渡したという理由だけで、なんとなく義理チョコくらいは渡してあげようと思い、渡しただけの存在だった。


 しかし、光流がお返しに手作りクッキーを渡してくれた時から、少しだけ見る目が変わった。



 ――なんだか普通の男子とは違う、と。



 この時点で平凡な人物から、少し気になる存在へと昇華していた。


 そして、冬矢の誘いで参加することになったプール。


 当たり前のように恋愛には興味があった二人。しかし中々学校ではそんな相手に巡り会えず、せっかくだからとプールで男漁りをしようとしていた。


 声はかけたりはしたが、実際話すとロクでもなさそうな男ばかりで成果はなかった。

 どうせならと彼女がいない冬矢と光流を見比べ、チャラい噂がある冬矢ではなく、手作りクッキーから気になっていた光流にターゲットを定めた。


 藤間しずはがアプローチしているということで、尻込みをしていたが途中からはそんなこと知ったことっちゃないと、強引に光流を売店に連れていった。


 結局のところ、手作りクッキーで気になる存在に昇華はしていたが、今現在近くにいる男子の中で、消去法で光流を選んだだけだった。


 

 ――しかし、今はもう違っていた。



 今まで生きてきて感じてこなかったドキドキ。

 心臓が締め付けられるような感覚と鼓動の速さ。


 朱利と理沙。ついでに理帆までもが初めて恋のような気持ちを身を持って感じていた。




「あれは藤間さんも射抜かれるわけだ……」

「はは……だね」

「ただ――」



 三人は思う。

 恋をする上で避けては通れない障害。


 それは――、



「「「ライバル強すぎぃぃぃぃ!!!」」」



 "藤間しずは"という強力なライバルがいること。


 おそらく今、光流の彼女という立場に一番近いのが、藤間しずはだった。


 今や学校一の美少女と言われても遜色ない評価。

 その相手に立ち向かっていかなければいけないのだ。


 しかも、側から見ても二人は付き合っていてもおかしくない関係性に見え、藤間しずはが九藤光流と話している時の顔は、恋してる相手にだけ見せる表情になっていた。


 少し前までは、物静かでそれほど人と交流を持たない人物だと聞いていた。

 しかしある時を境に、人が変わったように明るくなり、積極的に人とも話すようになったと噂になった。


 その証拠にあれほど長かった綺麗な髪を短くしていた。


 何かあったのだろうと誰もが内心は思ってはいたが、高嶺の花である彼女にその理由を聞ける人はいなかった。


 そんな藤間しずはが、今までほとんど異性に対して積極的な行動を見せてこなかったのに、わざわざ教室まできて九藤光流を呼び出し、チョコを渡した。

 衝撃的な出来事に、様々な生徒がそのことを話題にした。




 ――恋は戦争。




 モテる相手であればあるほど、ライバルは多い。


 少し前まで光流は、校内でしずは一人にしか恋愛対象として見られてはいなかった。

 確かに運動会での足の速さや水泳の授業での筋肉披露で、多少なり光流のことを知る人物は増えてきてはいたが、それだけで"好き"になるということはなかった。


 しかし、バレンタインの手作りクッキーのお返しをはじめ、藤間しずはに直接チョコを渡されたという事実。そして、今回のプールでのトラブル解決。


 少しずつではあるが、光流の律儀な優しさや凄さを知る人物が増えてきていた。


 さらには強い男の象徴とも言えるあのバキバキの筋肉。

 中学三年生になったばかりだというのに、大人の男たちにも負けないような屈強な肉体。

 しかも勉強の成績もトップクラス。


 知れば知るほど、非の打ち所がない人物だと見られるようになっていった。



 つまるところ、光流はしずは以外の女子にもモテ始めてきていたのだ。




 ――ただ、彼女たちは知らない。




 その一番のライバルと思われている藤間しずはより、さらに強い。

 光流が四年間もずっと想い続けてきた相手。


 ほとんどの人が知らない、ごく身近な人にしか知らされていない人物。




 "ルーシー"という絶対的な存在が、光流の心のほぼ全てを埋め尽くしているということを。







 ー☆ー☆ー☆ー


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