113話 水着

 ――男子側の更衣室。


「まさかこの人数で来ることになるとはな〜」


 水着に着替えながら冬矢が呟く。

 ほとんどお前が声かけたんだろ。何かあったら責任とってくれよ。


「彼女持ちが二人に彼女なしが二人か〜」

「冬矢は二年の時にはいたじゃん」


 そういえば、開渡と陸は交流がなかったはずだ。

 共通点と言えば彼女持ちなこと。


「冬矢も光流も作ろうと思えば作れるやつだろ?」

「そんな感じするよな」


 ただ、初対面でも二人は気兼ねなく普通に話していた。

 これがコミュ力か。


「誰でも良いってわけじゃないでしょ。二人だってそういう相手でしょ?」


 陸は昔からの友達だった山崎さんと中学で離れ離れになることをきっかけに告白した。

 開渡は幼馴染の千彩都と付き合った。


 どちらも付き合いは長い相手だ。


「まぁ……たまたまそうだな」

「たまたまね」


 作ろうと思えば作れるの説得力がない。


「――それにしても……」


 三人とも水着に着替えた俺の体を見てくる。


「光流……またでっかくなった?」


 主に俺の上半身を見た三人。

 ギターの練習が中心にはなっているが、勉強も筋トレも欠かしていなかった。


「どうだろ。自分ではあんまりわからないけど」

「着痩せするタイプだよな〜」

「服着てるとわからないもんだよな」


 別に見せびらかすタイプではないので、体育の時間の着替えもささっと終わらせる。

 水泳の授業だけはしょうがないけど、皆に上半身を見せたのも去年の夏。

 確かに一年も経過すれば筋肉も増えている。


「背も少しずつ高くなってきたし、光流に勝てるやつはなかなかいねーだろうな」

「何かで見たけど筋肉あっても武道をやってきた人間には勝てないらしいよ」


 開渡の言葉に反論する。

 今までそういった場面に遭遇したのは、しずはとの夏祭り以来ない。

 肉体だけで威圧できるならそれに越したことはないが。


「陸、開渡。浮気すんなよ〜っ」

「はは。ないない」

「そうそう。ないよ」

「こんなに美女たちがいるのになぁ〜。もったいねぇ」


 冬矢が陸と開渡をおちょくる。

 正直に言えば今日来ている子は全員可愛い。

 なぜこうなっているのかわからないが、これは現実だ。


「ほら、着替えたなら皆行こう」

「うい〜」


 俺の掛け声で全員プールへと向かった。




 ◇ ◇ ◇




 今日来ているプール施設は、ドームのように囲まれていてその中に屋外プールが設置されている。太陽の光もちゃんと入ってくる。


 複数のアトラクションがあり、家族連れからカップル。子ども同士や大人同士まで年齢問わずに多くのお客さんに人気だ。場所自体広いので、はぐれたら大変なことになりそうだ。




 俺たちが屋外プールに到着すると、まだ女子たちは来ていなかった。


 ひとまず近くにあったビーチチェアに横になることにした。


「人すげーいるな」

「夏休みだからね」


 目の前には人、人、人。


 ここにさらに十五人もの人が投入される。

 誰か一人は迷子になりそうな気がしてきた。


 そうして、くつろいでいると――、


「へいへい、そこの男さんたち〜。何してるん〜?」


 下手くそなナンパで声をかけてきた誰か。

 千彩都だった。


「おっ。皆きたみたいだね」


 十一人揃って出てきた。

 何人か後ろに隠れて、水着姿を見られるのを恥ずかしがっているようだった。


「はは〜絶景だなこりゃ」


 ビーチチェアから起き上がりながら冬矢が言った。


 確かに絶景だ。水着、水着、水着。水着姿の女子が十一人目の前にいた。

 こんなにも多くの美少女たちと一緒にプールにこられる男子は世の中にどれくらいいるだろう。

 俺たちは運が良いのだろう。


 ここにあと、ルーシーがいたら……。



「――ひかるっ! 私の水着、どう!?」


 バンっと前に出てきた鞠也ちゃん。

 ツインテールの髪型で上半身の膨らみはまだ小さいのだが、上下セパレートの水着をなんなく着こなしていた。


 ただ、少し疲れているように見えた。

 更衣室で何かあったのだろうか。


「すごく似合ってるよ。新しい水着?」

「ありがとっ。さすがひかる〜。そう、新品だよ! ほら、奏ちゃんもっ」


 今日のためなのか新しい水着を買ってきたようだ。


 そして、鞠也ちゃんの後ろに隠れていた奏ちゃんが無理やりに前に出される。


「あっ……あんまり見ないで……くだ、さいっ」

「奏ちゃんも似合ってるよ」

「あわわ……」


 顔を赤くしながら出てきた奏ちゃんは、上下が繋がっているタイプの水着。

 背も低いのも相まって、小学生に見えなくもないのだが、水着自体は似合っていた。


「君たち〜。どうよ私らの水着は〜?」


 すると折木さんと石井さんが声をかけてきた。松崎さんは少しだけ恥ずかしそうだ。


 ギャルっぽいと思ってはいたが、その印象通り二人の水着の面積がかなり少ない。三角ビキニというか……中学生でこれはアリなのか?

 一方の松崎さんもセパレートの水着ではあるが、上下にフリルがついており、可愛らしい水着だった。


「いやいやお前ら面積いかれてるだろ!?」

「ははーん? 冬矢。私らのスタイルに見惚れたな?」

「確かにスタイルは良いけど……お前らが良いなら良いか」


 水着の面積を心配したのかよくわからない発言だった。


「ほらほら〜しずは見せてあげなよ」

「ちょっ、言われなくても見せるって」


 しずはが神代さんと沼尻さんに両腕を掴まれながら前に出てきた。


「ど、どうよっ!」


 吹っ切れているしずはも、こればっかりは少し恥ずかしそうにしていた。


 しずはの水着はシンプル。

 上下黒のセパレートタイプの水着。

 サイドに紐のようなものが見えるが、よく見ると飾りの紐だ。


 シンプルが故に素材の良さが際立つ。

 美人はTシャツにジーンズだけで映えるって言うしな。

 まさにそれを水着で体現していた。


「すごい似合ってるよ」

「で、でしょうねっ!!」


 褒めると腕を組みながらそっぽを向いたしずは。


「九藤くん他にも言うことないー?」


 すると、沼尻さんがしずはの胸を下から持ち上げると、タプタプと揺らし始めた。


「ちょっとお!?!?」


 成長途中だが、既に結構な大きさになっているそれは、さすがに目に毒だった。

 一瞬で目を逸らした。


「見っ、見た!?」

「見てない!」


 しずはの顔がどうなっているかわからないが、おおよそ想像できた。


「お前らもう良いだろ。どうせ水着は見えちゃうんだから。早くプール入ろうぜ」

「そうだよ! 変なことしてないで早くはいろっ!」


 冬矢の発言にしずはが同意する。


「しょうがないなぁ」


 沼尻さんがしずはの胸から手を離す。


「て、てかさぁ……」


 ふと、折木さんが含みをもたせた言い方で呟く。


「――九藤の体どうなってんの?」


 一斉に女子たちが俺の体に目線を向けた。


「ゴリラじゃん!」

「キングコングだ!」

「すげ〜。ちょっと引くわぁ」


 なんだか、よくない言葉ばかりが飛んできた。


「いやいやゴリラではないだろ!」


 俺は反論した。

 確かに筋肉はあるが、ゴリマッチョと言われるくらいではない。


 ただ、同級生にはこれくらい鍛えている人がいないというだけ。


「プロレスラー」

「総合格闘技」

「ボディビルダー」

「肩にでっかい重機乗せてんのかい!」

「どこ目指してんの?」


 俺をおちょくってくるのはしずは、千彩都、鞠也ちゃん、折木、石井。

 もう面白おかしく言っているだけだ。 


「別にどこも目指してないんだけど、継続してるだけだし」


 ないよりはあったほういいだろ。……たぶん。


「ほ、ほら! プールに行くよ!」


 俺の掛け声でやっとプールに向かった。




 ◇ ◇ ◇




「――ひゃっほーい!!」

「きゃああああああ!?」


 ボート型の二人一組のウォータースライダーで、冬矢と深月が滑っていった。


 冬矢は楽しそうに声を上げていたが、深月は恐怖で叫び声になっていた。


 そうして、それぞれがペアになって滑っていくのだが……。


「光流、行くぞーっ!」

「はは」


 元気よくそう言ってきたのはしずはだ。

 しずはとペアになってしまった。


 これは仕組まれたものではない。

 恋人同士の二組以外はジャンケンで順番を決めた。


 その結果、奇跡的にしずはとペアになってしまった。

 俺は気まずかったが、しずはは元気だった。


「ほら、光流が前」

「はぁ!? 前って……だって」

「早く! 後ろ待ってるんだから」


 背中を押されて、空気が入ったボートに寝っ転がる。

 次にしずはが後ろに乗ってくるのだが、位置がマズイ。

 非常にマズイ。


 俺の後頭部にはしずはのお腹と股間があり、頭の上はもう少しで胸が触れるかどうかという位置になっていた。さらにしずはの両足が俺の両脇の下に通され、彼女の太ももが背中と腕に触れている。

 そして安全上、俺はしずはの足を掴まなければいけなかった。 


 簡単に言えば、肩車のまま寝そべっている状態だ。


 痩せてはいるが、ふにっとした柔かく白い肌。それと同時に密着部位からしずはの体温が伝わってくる。

 服越しではなく素肌。ちょっとマズイ気がしている。


 冬矢と深月は俺たちとは位置が逆だったのでそういったことにはならなかったが……。


「行きますよー!」


 係員がボートを押すと、一気に流れる水の上を滑っていく。


「わーーーーーーっ!!」

「うおおおおおおっ!?」


 密着しているしずはの肌の柔らかさを感じる間もなく、とんでもないスピードで俺たちは流れていく。


「これっ……はやいっ!!」

「きゃあ〜〜〜〜〜っ!!」


 しずはの叫びは深月とは違って楽しんでいるような叫びだった。


 そうして出口が見えてくると、待ち受けていたプールに着水。

 一気に水しぶきが上がって、俺たちに降り掛かってきた。


「あ〜〜〜楽しかった」

「やばかった……」


 しずはは満足そうにボートを降りた。

 一方の俺は、色々な意味でどっと疲れた。


 浅いプールの上を二人で歩いていき、プールサイドの陸へと上がる。


「――私の体、どうだった?」

「うわぁ!?」


 急にしずはに耳元で囁かれた。


 振り返るとしずはがニヤケ顔でこちらを見ていた。


「柔らかっ……じゃなくて! そういうこと言わない!」

「光流にしか言わないもーん」


 プールは俺が言い出したことだったが、今日は心臓に悪いことが多そうだ。




 …………




「ねぇ……何度も言うけど、あの二人本当に付き合ってないんだよね?」

「ほんとにねぇ……」

「見た感じ、九藤くんに何か理由がありそうだけどね。デリケートな問題かもしれない」


 折木、石井、松崎が光流としずはの様子を見て、そう話していた。


「……まぁ、あっちの方もなんかいい雰囲気だけど」


 三人は視線を別の場所に移す。

 そこには冬矢に連続パンチしている深月。


 ウォータースライダーで怖い思いをさせられた腹いせだろうか。


「確かにね」

「でも池橋くんって、チャラいイメージあるけど。若林さんって真逆のイメージだし」

「どう転ぶのがわからないのが恋愛でしょ」

「確かに〜」


 恋愛話に花が咲く三人。


「で、私らは?」

「見つけるしかないっしょ」

「は?」


 折木と石井の発言に、松崎の目が点になる。


「男漁りじゃー!!」

「行くぞー!!」

「はぁぁぁぁ!?」


 松崎は強制的に二人に連れられて、どこかに歩いていった。




 ◇ ◇ ◇




「あ〜、休憩休憩」


 ビーチバレーや施設に用意されてあった水鉄砲での撃ち合い、その他の多数のアトラクションを楽しんだ。

 そうして現在。俺達は昼休憩をしていた。


 複数のテープルが設置されている休憩スペースに十人ほどが座っている。


「あ〜シケてるわぁ」

「ロクな男いないな!」


 折木さんと石井さんが、まさにシケた面で松崎さんも一緒に連れて休憩スペースまで歩いてきた。


「おうおう、お前らどーした?」


 冬矢が三人の様子に気づいて声をかけた。


「ナンパ! クソみたいな男しかいなかった!」


 折木さんがツリ目になった状態で毒を吐く。


「お前らがナンパしたのかよ……」


 冬矢も呆れ顔で嘆息した。


「ん〜〜〜」


 折木さんと石井さんが、俺と冬矢の顔を交互に見る。


「冬矢は論外だとして、九藤は……いや、無理か。……なんで今日は男四人しかいないんだよ!!」


 こちらにまで聞こえる独り言をつぶやきながら、今度は俺としずはの顔を交互に見る。


「わりぃわりぃ。光流発案だし、知らん男連れて来るわけにはいかないだろ」


 一応今日来ている人は全員が顔見知りだ。

 多少なり学校で会話する同級生もいるが、学校の外で遊ぶような友達はそれほどいるわけではなかった。


「あーん……。じゃあやっぱ九藤が構ってよ!」

「おれぇ!?」


 すると折木さんが詰め寄ってくる。


「とりあえず昼飯一緒に買いに行こうよっ」

「がるるるるるっ!!」


 そうして折木さんが俺の腕をとって売店に向かおうとした所、後方から犬の唸り声のような声が聞こえてきた。


 後ろに振り返ってみた。

 するとしずはが攻撃性の高い犬として知られるピットブルのような形相でこちらを睨みつけていた。


「藤間さんこわーい!! 逃げろーっ!! ほら朱利と理帆もっ!」

「任せろいっ!」

「えええええ!?」


 俺は折木さんと石井さんに両サイドを固められ、強引に連れて行かれた。




 …………




「――しずはちゃん、良いの?」


 光流達の背中を見送りながら、舞香がしずはにそう聞いた。


「私だけの光流ってわけじゃないからなぁ……」


 しずはの言う通り、光流とはとても仲の良い友人。

 ただ、それ以上にはなり得なかった。


 だから他の女子がどう行動しようが、それを止める権利は彼女にはなかったのだ。


 唯一それを止める権利がある人がいるとすれば、それは多分――、 


「別にいいじゃんっ。気にせずしずはちゃんだって思ったこと言えばいいんだよ」

「菜摘ちゃん……ありがとね。私達もご飯買いに行こっか」

「そうだね!」


 三人は立ち上がり、売店へと向かおうとした。


「――俺達の分も頼むー!」


 するとまだ休憩スペースのテーブルにいた冬矢がしずはたちに声をかけた。


「ジャンケンで勝ったらいいよ。でも負けたら行ってきてね」

「いいぜ」


 そうしてその場にいた全員がジャンケンをすることになった。


「最初はグー! ジャンケンポン!!」



 …………



「結局私たちが行くことになったね……」

「元々行く予定ではあったけど……」

「皆の分まで買ってくるのムカつくーっ!」


 菜摘、舞香、しずはの三人で光流たち以外の昼食を買ってくることになった。


「三人で全部持っていけるかなぁ?」

「九藤くんたち以外だから……十一人分だよね」

「てか無理でしょ。持っていけなかったら光流たちに手伝ってもらおっ」 


 一人あたり、四食分を運ばなければいけないという結構な鬼畜ジャンケンだった。


「女の子だけに買ってこさせるなんて……あいつったら……」


 しずはが冬矢への恨み言を呟きながら、売店へと向かう。



 ただ、この時はまだ知る由もなかった。



 この後、三人が売店前でトラブルに巻き込まれることになろうとは――。








 ー☆ー☆ー☆ー


色々な話を盛り込んでいて、ルーシーとの話になるまで長すぎると思う人も増えてきていると思いますが、後に繋がるように今の話を入れているつもりです。

なので、毎話こんな話があったなとふんわりでも覚えておいていただけたら嬉しいです。


この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!

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