116話 動き出す時間

 ――夏休みが明けて九月。


 あと一ヶ月と少しで文化祭。

 俺たちはほぼ完璧に演奏できるようになっていた。


 そして九月二〇日。この日は冬矢の誕生日だった。


 クリスマス会をやった時以来、冬矢の家に遊びに行った。

 冬矢の家で誕生日会をすることになったのだが、クリスマス会では俺としずはと深月の三人だったのに、今回は大勢になっていた。


 プールに一緒に行ったことで、より仲良くなった俺たち。

 朱里や理沙、理帆。そして鞠也ちゃんと奏ちゃんまでもが参加した。


 半分は俺が行くからという謎の理由だったけど。

 それは理由としてアリなのかとも思った。


「しずは……まだ焼けてるね」

「光流だってそうじゃん」


 夏休みにプールで遊んだりしたため、全員体が日焼けしていた。

 それは九月に入ってもまだ少し残っていて――。


 女子たちは日焼け止めを塗っていたという話だったが、長時間外にいたために塗り直す暇はなく、焼けてしまったようだ。


 たまに首元からチラチラと見える肩の日焼け跡が、健全な男子としては少しドキっとしてしまうのだが、声に出しては言えない。



 そうして、俺たちは皆で冬矢の誕生日を祝った。




 …………




 冬矢の誕生日会を祝う中、トイレを借りようと廊下に出た時だった。 


 トイレ帰りの冬矢と出くわした。


 そこで衝撃的な事を言われた。

 この言葉で、俺は動かざるを得ない状況になった。


「――光流、今日は祝ってくれてありがとな」


 すれ違いざまに冬矢がそう言ってくれた。


「ううん。当たり前だよ」


 と言いつつも、ちゃんと祝ったのがこれが初めてだった。

 俺だって、一昨年までは家族親戚だけの誕生日会だったから。


「それでさ、ずっと気になってたんだけどな」

「なに……?」


 なんだろう。予想ができなかった。

 気になっていたとは、何のことだろう。


「俺にしずはに深月。誕生日祝ってくれただろ?」

「そうだね」


 冬矢の表情は真面目だ。

 少しだけ言いづらそうな雰囲気を出していた。




「――お前、ルーシーちゃんの誕生日って、祝ってたりするのか?」




 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


 そして、全身からおびただしいほどの謎の汗が噴出した。




「ぁ…………あれ?」




 頭が混乱した。

 声にならない声。空気が吸えない。




「わりぃ……余計なこと言ったかもしれねぇ。ただ、お前が連絡をずっととってないってのは知ってるからさ。でも俺たちを祝ってくれてるから、誕生日くらいはどうなのかなって、気になっちまって……」


「はは、はははは……」



 今の今まで、気づかなかった。



 俺は、廊下の壁を背にして座り込んだ。



「光流っ!?」


 その様子に冬矢が心配して、しゃがみながら俺の肩に手を置いた。



「俺は……バカだ……。なんでそんな、大事なこと……今の今まで……」



 一番大切に想ってる人のはずなのに。


 毎日毎日、考えて、想って。会いたいって気持ちだけずっと心の中にあって。


 ルーシーのためにって、勉強、筋トレ、ギター。色々な事を頑張ってきたつもりなのに。



 なんで……なんで――、




「――俺、ルーシーの……誕生日すら……知らない…………」




 目に手を当てて、真実を受け入れる。


 ルーシーのためって、ルーシーのためにって。

 そう言いながら、結局ルーシーのこと知ろうともしていなかった。


 結局はルーシーのためだと言いながら、俺は自分のことしか考えていなかったのかもしれない。


 いくら連絡をとっていなくたって、親経由でルーシーの誕生日を聞いて、プレゼントを送ったりできたはずだろ。


「そう、だったか。予想はできてたけどな……。お前からルーシーちゃんの誕生日の話とか、全然聞かなかったから……」


 冬矢は気づいていたらしい。

 さすがだ。

 俺の親友なだけある。


 そして、その事実に気付かされ、もし冬矢にずっとこのことを言われていなかったと思うと――、



「あぁ……ぁぁ…………」


 

 悔しさで涙が出てきてしまった。


 今の今まで、なんで気づかなかったんだろう。

 親に聞けばすぐにわかるはずなのに。


 今まで何をしてたんだよ……俺。



 最近だって、海に行きたい話をしてからプールに行って、楽しむだけ楽しんで。

 少しチヤホヤされたからって、モテたと勘違いして。


 今まで経験したことのない皆からのアプローチで、有頂天になっていたんだろう。



 四年間。四年間もだ。

 そして、もうすぐでルーシーと出会ってから五年になる。


 その間、ルーシーのことを知ろうともせず、毎日過ごしてきた。

 つまり、誕生日プレゼントを四回も贈る機会を逃していたということになる。


 俺は頑張る方向性を間違っていたのだろうか。


 連絡がないルーシーに、こちらから手紙か何かでアプローチすることで、返事がなかったり拒否されることを怖がって。

 そんな選択をした俺は、自分の手の届く範囲で努力はしてきたけど、ルーシーのことに関しては全く知ろうともしていなかった。


 良いか悪いかわからないが、親からルーシーの家の場所を聞いて、そこを訪れて家族や親戚の誰かにルーシーのことを聞くことだってできたはずだ。



「なにやってたんだ……おれ……」



 力なく、うなだれるように呟く。


「光流……前向きに考えろ。お前のその気持ちは本物だろ。見てればわかる」


 冬矢が真面目な声で俺を励ましてくれる。


「今気づけたことを幸運に思え。なら、やることは決まってるだろ」

「やる……こと……?」


 今の俺は思考が停止している。

 だから、冬矢の話をただ聞くことしかできなかった。


「あぁ。ルーシーちゃんの誕生日を誰かに聞いて教えてもらえ。それでプレゼントを贈るんだ。誕生日が過ぎていても構わねぇ。そいつが生まれてきたことに感謝するのが誕生日だろうが」

「ぁ……ぁぁ…………」 



 出会ったばかりの頃のルーシーは、その話から自分が生まれてきたことを不幸に思っていたと思う。

 毎日、苦痛な学校に通って。でも負けずに勉強だけは頑張って。


 確かに辛くて、悔しくて、なんで自分がこんな目に遭わなければいけないんだろうって思っていたはず。

 だから俺がルーシーを元気にしてやりたかったんだろ。


 俺に会いたくて、学校終わってすぐに公園に来てるって言ってたじゃないか。

 最近は毎日が楽しくなったって言ってたじゃないか。



 ――友達。



 お前はルーシーの最初の友達になったんだろ。

 初めての友達ができて、ルーシーはあれほど嬉しがってたじゃないか。


 ルーシーを笑顔にしたくて、ルーシーの声が聞きたくて、綺麗なルーシーを見たくて、いつの間にかルーシーのことが好きになってたから、一週間毎日会いに行ってたんじゃないのかよ。



 なら……なら――、



 ――誕生日を祝ってあげることは、当たり前だったろうが……。



 初めての友達の俺が祝わなくて、誰が祝うんだよ。家族じゃない友達が祝ってあげるからこそ、経験したことのない別の嬉しさがあるはずなのに。



「クソ……クソ……っ」



 悔しすぎる悔しさで、溢れ出す感情が止められない。

 これじゃあ、ルーシーの友達失格じゃないか……。



「――いつまでもグズグズしてんじゃねえよ!!」

「――――!?」


 冬矢が、少し大きめの声で俺を叱咤した。



「お前……いい加減にしろよ。悔しがるのはいいけどな、もうやることは決まっただろ! ならすぐに前を向けよ! お前はな……俺だって、しずはにだって……他のやつらにだって良い影響を与えられる人間なんだよ!」



 冬矢の、俺の肩を掴む指の力が強くなる。


 サッカーを辞めてから運動をしなくなったはずなのに、なぜか力が強い。 

 ……あぁ、ベースやってるんだったな。


 その手と指の力の通り、冬矢から痛いほどの想いが伝わってきた。



「お前の後ろめたいその気持ちだけで終わらせるんじゃねえ! すぐに親に言ってルーシーちゃんの誕生日を教えてもらえ。そして誕生日プレゼントを探しにいけ。もし、プレゼントに迷ったら……いくらでも付き合ってやるからよ」

「あぁ……あぁ……」



 声が震える。

 冬矢が俺にぶつけてくる気持ちが嬉しい。

 ここまで、強く言ってくれるやつは他にはいないだろう。



「俺をもっと頼れよ。もっと言いたいこと言えよ。だって――」



 俯いていた顔を上げる。

 先程まで真面目な顔で強めな言葉をくれていた冬矢だったが、今は穏やかで優しい微笑みになっていて――、




「――――俺たち、友達だろ?」




 ニカっと笑い、そう言ってくれた。



「――――ッ」



 その言葉があまりにも嬉しくて、嬉しくて。

 再び、涙が溢れはじめてしまった。



「お前はそうは思ってないだろうが、俺はお前に与えられてばっかだ。だから、少しくらいは恩返しさせろ。なっ?」

「はは……はは……。男相手に泣いちゃったよ……」



 俺は冬矢の優しい言葉に、泣きながらも笑ってしまっていた。



「俺だったら良いだろ。お前はもっとワガママになれ。多分、親にも言われてるんだろうけどな。まだまだワガママが足りないんだよ。良い子ちゃん過ぎてる」

「そんなの言われても……すぐに性格は変えられないよ」


 もっとワガママ言ってもいい。それは両親にも言われてきたこと。

 したいこと自由にさせてもらっている。ギターだってそうだ。

 十分にワガママさせてもらっているのに。


 冬矢はそれでも足りないっていうのだろうか。


「あー、性格を変えろって話じゃない。もっと言いたいこと言って、やりたいことをやれってことだ。それは自分や俺たちについてだけじゃなくて……ルーシーちゃんにもってことだ」

「ルーシー、にも……」


 そっか。俺は自分のやりたいことはしていたけど、ルーシーに対してだけは、何もできていない。

 なら――、



「――俺……もう我慢しなくて、いいのかな……?」



 ルーシーが今俺のことをどう思っているかわからなくて、躊躇していたけど。

 余計なこと考えず、我慢しないで、アプローチしていいのかな。


「あぁ、俺が許す。我慢すんな。返事がこないかもとか、そうやって怖がってるところ、一番お前らしくねぇ。お前は体が先に動くタイプだろうが! そうやってルーシーちゃんを見つけて、元気にしてやったんだろ? なら怖がるな。お前の気持ちをぶつけろよ。今思ってること、伝えられるだけ伝えろ!」


 そうだった。

 最初にルーシーを見つけた時、ルーシーが泣いてても気にせずに包帯の下の顔を見たいなんてデリケートなこと、普通に言っていた。

 少しだけ大人になった今、あの頃みたいな強引な積極的さは一切なくなっていた。


「もし、その想いが届いても、届かなくても。俺はずっとお前の味方だ」


 なんでこいつはここまで俺を……。

 いくら仲良くしていたって、言い過ぎだろ。


「しずはがお前のことを好きでも、理沙や朱利、その他大勢がお前のことを好きでもな。――俺はお前の味方をする」

「女の敵……」

「うるせぇ。ルパンも言ってるだろ『女の裏切りはアクセサリーみたいなもの』だってな。逆にお前ほど男として信頼してるやつは簡単には裏切らねぇ。理由はそれだけじゃないが、お前が俺のことを嫌いになるまでは、味方してやる」

「そんなこと言われたら……裏切れないじゃん……」

「だから言ってるんだよ。このやろうっ」


 冬矢が横並びになり右腕を俺の肩に回して、グッと力をいれる。


「痛いって……」

「痛いって感じるなら、俺がお前に対してモヤモヤしてる部分だ。何度も言うけどな……正直になれ、怖がるな。お前に告白したしずはだって、どれだけ勇気を出したかわかるか? 俺はお前が知らないあいつの努力も知ってる。だからあいつを振ったなら、それ以上の気持ちをルーシーちゃんにぶつけてやれ。じゃないとしずはも納得できないだろ」

「そう、だな……。そうじゃないと、しずはにも申し訳ないよな……」


 しずはに告白された時、泣いてしまうほど俺への想いが伝わってきた。

 あいつの見えない努力はわからない。でも、それすら伝わってきていた。


 俺は既にしずはを振ってしまっている。

 あれだけ俺を想ってくれていたのに。


 なら、俺だって誠意を見せるしかない。



「――よし! なら今日はもう帰れ。リビングの荷物は俺が持ってきてやる。だからすぐに行動しろ。行動しなかったら、何度でも俺がケツ叩いてやる。俺はスパルタだぞ」

「はは……冬矢はすごいや」

「お前だから言ってるんだろうが。他のやつにここまでできねぇよ」

「そっか……」

「じゃあ、靴履いてろ。荷物とってくるから」


 そう言うと冬矢は立ち上がり、リビングへと向かった。


 数十秒後、他の人に気づかれることなく、荷物を玄関まで持ってきてくれた。


「何か行動したら連絡しろ。連絡なかったらこっちから連絡するからな」

「お前は束縛激しい彼女かよ……」

「うるせー」


 冬矢が荷物を渡しながら、少しだけ恥ずかしそうにしていた。


「はは。ありがとう。冬矢が友達で、本当に良かった」

「そう言うなら、ちゃんと行動しろ。友達だと思ってくれてるならな」

「うん。わかった……じゃあ、行くよ」

「あぁ……連絡待ってるからな!」

「うん!」


 俺は一人では何もできない。

 何もということはないが、一番大切な行動はとれていなかった。


 冬矢みたいな友達がいるから、今動ける。


 その大切な友達の気持ちを蔑ろにしないためにも、俺は動く必要がある。


「――ごめん、皆。先帰るね」


 冬矢の家を出た俺は、皆がまだいる家に向かって聞こえない謝罪をする。


 そうして、小走りで自宅へと向かった。




 ◇ ◇ ◇




「…………ふぅ」



 リビングに戻った冬矢は、ため息をついた。


「あれ、光流は? まだ戻ってきてないの?」


 冬矢の妹たちと遊んでいた理沙が不思議に思ったのか質問する。


「あぁ、うんこが長いみたいでな。かなり踏ん張ってたぞ」

「ちょっ、きたなーい!」

「それ光流に言ってるのか?」

「お前だよ!!」


 冬矢の汚いジョーク。

 これを本当だと捉える人とそうは思ってはいない人がいた。


「…………もしかして、やっと動く気になったの?」


 その一人がしずはだった。


「…………あぁ」

「そっか……」


 しずはがテーブルの上でジュースと氷が入っているコップをカランと揺らす。

 冬矢の返事で何かを悟ったのか、穏やかな表情でそう言った。


「ついに、かぁ……」

「俺は永遠にあいつの味方だからな」

「もしかして、一番のライバルは冬矢なのかもね」


 光流は冬矢がいなければ動けなかった。

 冬矢がいたからこそ、努力をしてこれた。


「先に冬矢を消しておけばよかったかな……」

「物騒なこと言うんじゃねえよ」


 冗談ながらもしずはは、一番の障害は冬矢だと感じていたのは本当だ。

 ただ、心が弱っている光流を奪い去っても、絶対に心が晴れない。

 正面から愛を伝えることをしなければ、自分が納得できないことをしずは自身もわかっていた。


「ふーん。冬矢先輩なんだ……その役目は私だと思ってたけど」


 その会話を横で聞いていた鞠也。

 鞠也もしずはと同じく、多くは語らずとも察している一人だった。


 鞠也も一昨年の光流の誕生日会で、光流が足踏みしていることを知り、光流へアドバイスした。

 だから、光流が何かまだモヤモヤしているなら、自分が何かしようとは思っていたのだ。


「悪いな。従姉妹であっても、これは俺の役目だ」

「ふーん、やるじゃん」


 メスガキにふさわしいニヤっとした笑みで、冬矢を見上げる鞠也。

 ただ、鞠也も冬矢と光流の仲の良さは知っている。だから納得はしていた。


「ねぇねぇ、さっきから何の話してるの?」

「てか、光流帰ったんでしょ!」

「ええ、そうなの!?」


 理沙、朱利、そして理帆が話の内容がわからず、しかし、ついに光流が帰ったことに気づいた。


「あぁ帰ったよ。今の話は、お前らにはまだちょっと早い」

「なにそれ〜!」


 冬矢は語るつもりはなかった。

 当たり前だ。光流と仲の良い、ごく一部の人しか知らない話なんだから。

 最近光流と仲良くなったばかりの相手に話せるわけもないし、他人の口から語るべきものでもない。


「いずれわかるかもな……同じ高校に行けたらの話だけど」

「え? 高校? 全然話が読めないんだけど」


 含みを持たせた言い方で話す冬矢。

 当然理解されるわけもない。


「もしかして光流は行く高校決めてるの?」

「あぁ、秋皇だよ」

「ええ! あそこ偏差値高いじゃん!」

「私らの成績だとあそこは……」


 理帆はまだしも、理沙や朱利の成績は良くて中の下。

 受験までの時間も少ない。


「本当に光流と同じ高校に行きたいなら、今からでも努力すればいい。あいつは"努力"って言葉が大好きだからな。いや……自分自身の努力は、努力だと思ってない人間だけどな」

「……いいなぁ。冬矢が言う光流って、私が全然知らない人間だ」


 理沙が唇を尖らせながら言う。

 光流のことをもっと知りたい、そんな言い方だった。


「何年あいつと友達やってると思ってんだよ。小学校低学年からだぞ」

「私らは一年くらいだね……」


 あまりにも少ない。

 ただ、ルーシーなんて光流と起きている状態で会っていたのはたった一週間。

 なのに、光流の心を掴んだ相手。


 だから人を好きになることに時間は関係ない。

 それを知っている冬矢だったが、理沙たちにそれを言うつもりはなかった。


「見た目は平凡だけどな、あいつはすげーぞ。お前らが軽く手を出すとマジで火傷するからな」

「な、なによその言い方っ。私らだって、少しは光流の良いところ知ってるんだからっ」


 手作りクッキーとナンパ撃退。

 そして勉強に筋肉と多少の足の速さ。ある程度の人が知っている事実だけだが……。


「そう言うならな、勉強でも何でも頑張ってみろ。そうしたら一ミリくらいは振り向いてくれるかもな」

「可能性すくなっ……」

「そういうやつなんだよ。なんて言ったって、俺の一番の友達――親友だからな!」

「いや、あんたが親友なのが、一番わけわかんないんだけど……」


 理沙の言う事は最もだ。

 傍から見ればそうだろう。


 冬矢は顔はイケメンで、女子の友達も多い。チャラいともっぱらの噂で彼女だってこれまでに複数人できた経験がある。サッカーをしていた時にはファンだってついていた。 

 ほぼ全てにおいて、光流が持っていないものを持っていたし、真逆とも言えるような人物。


 そんな正反対とも思える二人なのに、ずっと友達だった。


「俺だってよくわからねえよ。タイプは全然違うけどな、あいつは俺のことだって――」

「冬矢とも昔何かあったの? それともやっぱりサッカーが関係してる?」

「お前らには教えてやんねー」

「そこまで話しておいて!! もう、なんなの〜〜〜〜っ!!」


 冬矢の誕生日なのに、光流のことについてばかり話題になっていた。

 それは冬矢にとって、全く嫌なことではない。


 むしろ、光流が褒められる要素のある会話なら、自分からしたいくらいだった。

 なぜなら、自信を持って言える、自慢の友達だからだ。


 冬矢が中途半端に光流のことを話すものだから、理沙たちも余計に光流のことが気になっていた。


 今までほとんど勉強することもなく、テスト勉強も一夜漬けでやるだけだった。

 秋皇学園は、彼女たちの成績ではまず受からない。


 しかし、光流の存在でそれが変わろうとしていた。



 ――勉強を頑張ってみようかな、と。



 今から間に合うかわからない。


 でも、流れに身を任せるだけでちゃらんぽらんに生きてきた理沙と朱利。

 そんな二人の心の奥で、何かが燃え上がってきていた。


「私……本当に頑張ってみようかな」

「冬矢の言ってること、正しいよ。なら、私も……」

「理沙ちゃん……朱利ちゃん……」


 光流が知らないところで、また、大きく人に影響を与えていた。


「頑張るなら応援するぜ。勉強くらいなら、俺も光流も自分に迷惑かからないくらいには教えられるだろ」

「ほんと!? 嬉しい!」

「私も教えるよ」

「理帆っ! 持つべきものは友達だーっ!!!」


 理沙も朱利も大きく喜んだ。




 ◇ ◇ ◇




「はぁっ、はぁっ……はぁっ……」


 光流は家に近づく頃には、小走りから完全にダッシュになっていた。


「――ルーシーっ! ルーシーっ!!」


 いつの間にか恋い焦がれる相手の名前を口ずさんでいた。


 光流が家に到着すると、鍵を取り出し玄関を開けようとする。

 しかし、焦る気持ちが先行し、なかなか鍵穴に鍵が入らない。


「もうっ!!」


 光流は諦めて、インターホンを連打した。


『ピンポン! ピンポン! ピンポン!』


 完全に迷惑すぎる行為だった。



「――うるさーいっ!!!」



 玄関をバタンと開けて、姉――灯莉が出てきた。


「ご、ごめん! とりあえず中に入れて!!」

「は、はぁ!? もう、どういうことよ……」


 呆れ顔で灯莉が玄関の中に招き入れる。


 普段なら靴を整えてから上がるのだが、この時だけは靴を適当に脱ぎ、そのままリビングへと向かった。

 そして、リビングのソファでくつろいでいる父と母の顔を見て――。



 ――四年前、ルーシーがアメリカに行ってしまってから、どこか心の奥底で停滞していた時間。


 親友に気付かされ、激励され……。

 その親友を裏切らないためにも。しずはに誠意を見せるためにも。


 四年分――もうすぐ五年分になる気持ちを解き放つ時がきた。




 だから、だから――、




「――父さん! 母さん! ルーシーの誕生日、聞いてほしいっ!!」



 

 もう、我慢しない。もう、止まらない。




 光流の物語は、ここから急速に動き出していく――。










 ー☆ー☆ー☆ー


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