89話 変化

 ――音楽室をあとにして自分の教室に戻り、カバンを取ったあとに帰宅した。


 家に帰ったあと、俺は二人の人物にメッセージを送った。



 一人は冬矢。

 しずはとのことを簡潔に伝えた。


 冬矢は、こういうことは直接話を聞いた方が良いかと思ったのか、お疲れ様とだけ返事をくれた。



 そしてもう一人は透柳さん――しずはの父親だ。


 俺は数カ月ぶりに誘いの答えを送った。


『こんにちは透柳さん。九藤光流です。返事遅れてすみません。決めました、ギターやります』


 そう送ると、透柳さんからすぐ返事がきた。


『そうか。嬉しいよ。じゃあいつから家にこれる? 水曜日以降なら助かる』


 わかってはいたことだが、練習場所はしずはの家ということになるのだろうか。

 透柳さんに教わるとなれば、そうなるとは思っていたけど、良いのだろうか。


『わかりました。水曜日の学校終わりなら行けます』

『オッケー。なら水曜によろしくな』


 淡々と話が進んでしまった。


 そういえば、ギターとか買わなければいけないだろうか。

 そこら辺の話も当日聞こう。


 今日はちょっと泣きすぎて、感情を出しすぎてかなり疲れた。

 俺はいつもより早めに就寝した。




 ◇ ◇ ◇




 振替休日が明けて、水曜日。


 俺はいつものように学校へと向かった。


 松葉杖がいらなくなっていた冬矢だったが、クラスも一緒だし家が近いのもあり、結局一緒に登校していた。


 そう二人で歩いている時だった。


「――光流っ!」


 後ろから声が聞こえた。


 冬矢と一緒に振り返ると、そこにいたのはしずはと思われる人物だった。


 しずはと思われる……というのは、その言葉の通りで。


「しずは……その髪……」


 そう、しずはだとはわかっていたが、彼女の髪がいつもと違った。


「どうかなっ?」


 そして、彼女は今まで以上に元気で、とても明るい感じで振る舞っていて。


「似合う……凄く似合ってる」


 俺は見た印象のまま答えた。


「ありがとっ」


 小学生のある時からずっと伸ばしてきた髪。

 しかし、今はそれがバッサリと切られていて、ショートカットになっていた。


「さっぱりしたな〜っ」


 冬矢がコメントする。

 さっぱりどころの話ではない。胸より下の長さまであった髪だ。

 一メートルくらい切ったんじゃないかというくらいバッサリだった。


 短めの髪といっても顎くらいの長さまではある。

 ショートだとしても女の子っぽい髪型で、とてもよく似合っていた。


「私も一緒に行っていい?」

「あぁ、もちろん」


 俺達は三人で学校へ向かうこととなった。




 …………




「なぁ……しずは、変わった?」


 しずはは歩いていてもずっとニコニコしていて、日曜のあの時のしずはと同一人物とは思えなかった。


「さぁ? 女の子が髪をバッサリ切る時って、厄落としとか、振られた時とかが多いんだって」

「!?」


 ちょっと待ってくれ。

 まぁ、薄々そうではないかとも考えていたけど、そんな真正面から言われるとは……。


「なんか……遠慮がなくなったというか」

「これは絶対誰かさんのせいだよね〜。あ〜ほんっと泣きすぎておかしくされちゃったっていうのに」

「ちょっ……」


 いずれ冬矢には話すつもりではあったけど、人前でここまで言うとは。


「苦しかったなぁ。つらかったなぁ」

「……どうなってんだよこれ」


 俺はしずはの変化についていけていなかった。


「あっはっはっは!」

「おい」


 冬矢が大声で笑いだした。


「しずはっ……お前最高だわっ! もっと言ってやれ!!」

「冬矢!?」


 腹を抱えながらしずはの味方をする冬矢。

 どういうことなんだよ。


「自分も涙でボロボロだったくせにピアノは下手くそって言われたり、ほんと酷い人〜」

「ええ!? しずはっ!? あれは、だって……」


 冬矢はずっと笑い続けていた。


 本気で泣いて、本気で涙が出て。その選択がつらすぎた。

 しずはは俺が感じていた以上につらかったはずなのに。

 たった二日間の休みで、こうも変わるのか?


 一つ考えられるとしたら、あのあと深月が何か言ったかくらい……。


「しずは……それ笑い話にしていいのかよ」

「――もちろん笑い話なんかじゃないよ?」


 突然真顔になり、真剣な口調で話し始めるしずは。


「でもね、つらい出来事だったって記憶にしたくないの。だから前向きに捉えられるように話してるんだっ」


 無理して明るくしてるわけじゃないのだろうか?

 もしそうなら、俺は嫌だ。


 でも、そうじゃなくてちゃんと吹っ切れているなら、今の新しいしずはを尊重したい。


「わかった。しずはがそう言うなら、俺も受け入れるよ」

「ふふ。ありがとっ」


 真顔だったしずはが、再び笑みを見せてくれた。

 その足取りは軽く。誰よりも前を向いていた。



 三人で歩いていくうちに、校門へと差し掛かる。


 すると声が聞こえてきた。


『あれっ!? 藤間じゃね? 髪切ってる……めっちゃ可愛い』

『ほんとだ! えぐっ……似合いすぎだろ』

『藤間先輩!? 長い髪もったいなーい……でもショート似合ってるしいっか』

『というか、あんな男友達いたっけ? 誰なんだろう……』


 同級生と後輩らしき生徒から、ヒソヒソと声が聞こえてきた。

 こう、一緒にいると感じる。しずははモテていると。


「お前すげーなぁ。噂されてるぞ」

「いつものこと。もう慣れちゃった」

「慣れるもんなのか……」


 一年生の頃から言われ続けていたら、さすがに慣れるか。

 自分が可愛いと理解した女子というのは、どのような性格になっていくんだろう。


「まぁ……今は他の誰かに何言われても、しばらくは誰かさんのことしか考えられませんけどねっ!!」

「いやっ……それは……」

「あーっ! なんか変な勘違いしてる人いるー! 誰かとしか言ってないのにー!」

「はぁ!? お前なぁ!?」

「ちょっ、なに!? 止めてよ! こわーい、この人危険です!」


 今までこんなこと言うようなことはなかったのに、俺を挑発したような態度。

 俺はさすがにピキッときて、しずはに迫ると冬矢の背中に隠れて逃げる。


「おいおい……俺を挟んでイチャイチャすんなよ……」


 冬矢がやれやれという表情でつぶやく。


「してないっ!」

「もっとしたい!」


 俺としずはが同時に言葉を発したが、同じことを言うはずだと思っていたのに全然違っていた。


「……へ?」


 どういうことだ?


「イチャイチャしたいに決まってるじゃんっ。もうできないっていうのにね〜」

「……俺、どういう態度とっていいのかわかんないんだけど……」


 俺はその言動に戸惑う。

 しかしさらにしずははそれ以上に想像もしていないことを話す。


「あんたが大切な人、私みたいなやつに誘惑されても心がブレないのか見定めてやる!」

「あ、あんたっ!?」


 今まで一度たりとも俺のことを"あんた"なんて言わなかったしずは。

 その俺をあんたと呼び、さらにはルーシーも持ち出して俺を試そうと言っていた。


「もう遠慮なんかしないんだからっ」

「あーっ! はっはっは! お前らほんとさいこー!!」

「もう……どうなってんだよ……」


 本当かどうかわからないけど、今のしずはは、明らかに吹っ切れているように見えた。

 まじで深月のやつ、何言ったんだよ……。




 ◇ ◇ ◇




 校門での俺らの様子を複数人に見られていたようで、そのことから俺達の関係が色々と噂されるようになった。


 聞く話によれば、クラスでもしずはの髪型から性格まで明るく変わったことで、より人に注目を浴びていたようだった。


 俺はクラスメイトに色々と聞かれたが、告白のことを言うわけにもいかないし、『なにもない』というしかなかった。

 冬矢に視線を向けても笑って助けてはくれず、こういうことは助けてくれないのかよと心の中で恨んだ。




 …………


 …………



 ――放課後。


 予定通り、俺はしずはの自宅へと向かった。


 特にしずはにはこの事は伝えていなかった。

 なので、しずはと一緒に帰るということもなく、一人で向かった。


 十六時頃。しずはの家へと到着し、チャイムを鳴らすと透柳さんが出迎えてくれた。

 俺がくることがわかっていたからなのかもしれない。


「よお。来たね。入って入って」

「お邪魔します」


 家の中に入り、まずはリビングに通された。

 するとそこには花理さんもいた。


「光流くん、また来てくれて嬉しいわ。どうあれしずはとは仲良くしてあげてね」

「……もちろんです!」


 この花理さんの感じ、話は伝わっていると考えていいだろう。

 ただ、前々から言っていた通り、俺との関わり方は変わらないようだ。


 俺はテーブルまで案内され、椅子に座った。

 すると花理さんがお茶を出してくれて、向かいには透柳さんが座った。

 花理さんが気を利かせてか、離れたソファに一人座った。


 しずははまだ家に帰ってきていないようだった。


 すると透柳さんから会話が始まる。


「――光流くん、やる気になったみたいだね?」

「……はい。ぜひやらせてください」

「はは。ギターはやらせてくださいとかじゃなく、やりたいやつがやるもんだ」

「そう、ですよね……」


 俺は小さい声でいただきますと言いながらお茶を飲んだ。


「せっかくやるんだからうまくなろう。どのくらい時間空けられる? 勉強もあるだろうし」


 確かにそうだ。テスト前はもちろんできないと思う。

 夜くらいまでギターをして、そのあとの残った時間で勉強するとかだろうか。


「そうですね。とりあえずは六時か七時くらいまででしょうか。土日は結構できると思います」

「オーケーオーケー。全然良いぞ。でも勉強は優先していいからな。別に急ぐ話でもないんだから」


 今はとりあえずやるというイメージしかないから、目標もない。

 だから急ぐ必要もないわけだ。ただ、いつかこれがルーシーとの何かに繋がれば良いとは思う。


「最初は基礎だからほとんど自分で練習することになる。そこを越えたらたくさん教えていこう」

「……はい!」


 こういうのって最初は凄く地味なイメージだ。

 派手なものであればあるほど、練習も地味になる。


「じゃあ一旦ギターの部屋行くか」


 そうして、俺達は椅子から立ち上がり、透柳さんのギター部屋に向かった。





 ー☆ー☆ー☆ー


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