79話 私はズルい
「――お待たせ!」
冬矢と深月と合流した。
もう花火は終盤になっていた。
「よう、見つかって良かった」
「こいつと二人きりで見るハメになったじゃない」
「皆ごめん……」
しずはが謝る。
「なんかあったのか?」
「ちょっとナンパされてたみたいで」
「あぁ〜、そっか。光流が助けたんだろ?」
皆で来たのは初めてだったからか、こういうことになるとは冬矢も思わなかったのかもしれない。
「うん。三人に囲まれてたからさ、なんとか」
「三人!? マジかよ。花火大会エゲツねぇな」
確かにそうだ。女の子一人に対して三人など、怖がるに決まってる。
「しずは、俺達が一人にしたのが悪かった。謝らなくていいよ」
「そうそう、俺等が悪い」
「そうだけど、花火が……」
しずはは皆で花火を見れなかったことが申し訳ないらしい。
「あんたね! まだ少し花火残ってるじゃない! 早く座りなさいよ」
こういう時の深月は心強い。
深月にしか言えない。
「わかった」
「せっかく来たんだから、楽しまないでどうすんのよ!」
「そうそう、深月ちゃんなんて花火上がった時、『わっ、しゅごい……っ!』なんて言ってたんだぜ?」
「しゅごいなんて言ってないわよ! 嘘つくな! すごいって言ったの!」
「すごいって感動したのは確かじゃねーか」
「うるさい!!」
「ふふっ、じゃあ少しでも一緒に見ないとね」
二人のやりとりが面白かったのか、しずはは少し笑ってレジャーシートに座った。
◇ ◇ ◇
「わわわわわっ!!! しゅごっ……」
最後の連続の大花火。
深月がそれを見て勝手に口が動いていた。
こういう純粋に感動できるところは可愛いんだよな。
花火も確かにすごいのだが、今日だけはしずはの方が気になっていた。
一人にしてしまったこと、怪我をさせてしまったこと。
少し罪悪感があった。
…………
そうして花火大会が終わり、周囲の人達も続々と帰り支度をしていた。
「じゃあ、俺達も帰るか!」
冬矢の声で、レジャーシートを片付け、忘れ物の確認をした。
「しずは、歩ける?」
「ちょっと歩いてみる」
しずはは俺の下駄を履いて、少しだけ歩く。
「……んっ」
しずはは少し足を庇うようにして、その痛みから声を漏らした。
「……冬矢、深月と先に帰ってもらっていい?」
「光流……?」
このままだと帰るのがゆっくりになる。
それに冬矢と深月を付き合わせるのはよくない。時間も遅くなる。
「良いのか?」
「うん。頼む」
「…………しょうがないわね」
冬矢も深月も了承してくれた。
そうして、冬矢と深月が人混みに紛れ先に帰っていった。
「ちょっとあっちで腰下ろせる所に座ろっか」
ベンチはまだ塞がっていたので、すぐ目の前にあった神社の階段に座ることにした。
「――これしかないけど、上に座って?」
「ありがとう……」
ハンカチは鼻緒に使ってしまっているし、手元に残っていたのは出店で購入した食べ物と一緒にもらったビニール袋。
ゴミは一つのビニール袋にまとめてゴミ箱に捨てたので、一つだけ余っていた。
白いビニール袋を階段の上に敷いて、そこにしずはを座らせた。
俺は敷物もなしにそのまま地面に座った。
「……なんか、今日はごめんね」
しずはが謝る。別に彼女が悪いことなんて一つもない。
「最後に皆で花火見れたし満足でしょ。深月の顔見た?」
「ふふ。最後のやつ、すっごい驚いた顔してたね」
「そうそう」
学校の連中も深月のあんな顔を見たら好きになる人が続出するかもしれない、そんな感じのキラキラした表情だった。
「光流、花火楽しかった……?」
「……楽しかったよ?」
「…………嘘つき」
顔に出てしまっていたか。
結局最後までしずはの事を心配して笑顔になれていなかったかもしれない。
「やっぱり私のせいだよね」
「違う! 俺がしずはを一人にしたせい……」
「それこそ違うよ。そんなの光流が悪いわけない。それだったら私も悪いもん」
「しずは……」
どちらも自分のせいだと思っている。
これでは責任の被り合いになってしまう。
「じゃあ……お互い悪かったということで……」
「うん……」
正直どちらも悪いとかはないと想う。
でも心では、自分が悪い……そう思ってしまっている。
「…………」
少し静寂が流れる。
心臓の音がうるさい。
夏のせいか、額から汗が流れる。
今、周囲には誰もおらず俺達二人だけ。
妙な雰囲気。
「――私ね、今日来れて良かった」
「……ッ!」
こ、告白されるかと思った……。
俺は今、最大限に心臓の鼓動が早まっていた。
「こうやって光流と冬矢と会うの久しぶりだもん」
「そうだね、本当に久しぶりだ」
俺はできるだけ平静を装い返事をする。
そういうことだったか。
「やっぱりクラスが離れると交流減っちゃうね」
「そうだね、俺達も少しずつ友達増えたもんね」
一年の時にも多少なり友達は増えたが、二年になってクラス替えをしてさらに友達が増えた。
逆に離れて疎遠になった友達もいるけど、増えたことには変わりない。
「でもやっぱり、どこか一線引いちゃってる自分がいるんだよね」
「それは俺も。やっぱ赤峰小メンバー以上にはなれないかも」
正確に言えば赤峰小メンバー+深月だけど。
「なんでなんだろうね?」
「ほんとになんでだろう。気が合うのかな」
冬矢以外……しずは達なら小学四年の後半から中学に上がるまでで二年ほどの付き合い。
それなら中学に入ってから二年になる今、同じくらい仲良くなれる友達ができても良いのに。
「それはあるかもね……あと……」
「あと……?」
しずはは少しだけ言葉を溜めた。
「私の場合、コンクールに呼んだ友達は四人だけだから」
「あぁ……そっか。それはあるかもね」
確かにあんな人の本気を見て、心を震わされて、涙まで流してしまったような体験。
しずはも俺達も、そして深月だって他の人より濃厚な時間を過ごしたと思っているはず。
あれほどの体験は中学に上がってからは体験できていない。
「私も深月も未だにピアノ教室通ってるくらいしか言ってないもん」
「そうなんだ。でも少しは教えても良いなって友達できたんじゃない?」
友達が増えることは良いことだが、俺達みたいな友達が増えることに嫉妬してしまうかもしれない。
俺だって皆以上の友達は出来ていないのに。
「そうだね、二人だけ。舞香ちゃんと菜摘ちゃんって言うんだけどね」
「そっか……それならいつかちゃんと話せる時がくると良いね」
「……うん」
しずはが立ち上がる。
「遅くなってきたし、そろそろ帰ろっか」
「うん、わかった」
しずはと一緒に階段を降りる。
まだ足を気遣ってかゆっくりだ。手を差し出して安全に降りられるようにした。
――今日のことは全部俺のせいだ。
まだそんなことを思っていた。
「俺の下駄いい?」
「あっ……これ、ずっとありがとう」
俺はしずはから自分の下駄を返してもらった。
そして――、
「しずは、ほら」
「えっ……えっ?」
しずははその場に固まって動揺した。
それもそうだ。
今、俺はしゃがんで背中を差し出している。
つまり、しずはをおぶって移動しようということをアピールしている。
「ほら、足痛いだろ? だから……駅まででも」
「い、いいの……?」
後ろを見ると、しずはが躊躇っているのがわかる。
「ほら、遠慮しないで」
「わかった……」
すると、しずはがゆっくりと俺の背中に乗ってくる。
両手で太ももを掴んで支え、俺は持ち上げた。
とても軽かった。
もしかすると俺が日頃から鍛えてるせいでそう思えているのかもしれない。
それでも、思ったよりも小さくて華奢な彼女は軽く思えた。
そして、しずはの上半身の柔らかなモノが背中に触れる。
顔のすぐ横にはしずはの顔があった。肩にしずはの頭が乗ってある。
男ではあり得ない女性の良い匂いが俺の顔近くで香ってくる。
しずはの家でくっつかれた時には感じられなかった良い匂いだった。
匂いですら気遣っている。しずはが女性として大人になっていると感じた瞬間でもあった。
「じゃあ行くよ」
「うん……お願い……します……」
しずはとここまで密着したのは初めて。
同じようなことをしずはも思っているのではないだろうか。
俺は駅へと向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇
――私はズルい。
光流と遊べる久しぶりの日。
しかも花火大会。
とっても頑張ってお洒落をした。
髪型、髪飾り、浴衣。お母さんに手伝ってもらった。
浴衣は新しいものをお母さんと選びに行き、一時間以上も試着を繰り返して悩んで買ったもの。
似合うと言ってもらって、とても嬉しかった。
だから浮かれてたんだ。
まさか男の人たちに囲まれるだなんて思ってもいなかった。
とても怖かった。だからうまく声が出せなくて、振り切れなくて……。
でも、光流が助けてくれた。
力強い手。男の子の手だった。
その行為が嬉しくて嬉しくて、手を繋いで一緒に走った時は光流の背中がとてもカッコよく見えた。
ただ、少し怪我をしてしまった。
まさか走っただけで鼻緒が切れて、足からも血が出るなんて思わなかった。
お母さんから借りた下駄だったから少し古くて鼻緒が劣化していたのかもしれない。
ナンパが恐くて少し涙が出ていた。気を遣って光流がハンカチを貸してくれた。
さらにそれで血も拭いてくれて、鼻緒まで縛ってくれた。
自分の下駄まで貸してくれるなんて思わなかった。
その気持ちだけでもこれ以上ないくらい嬉しかった。
――私はズルい。
血は出ていたけど、正直そこまで痛くはなかった。
でも、光流がこんなにも心配してくれたことが嬉しくて……。
だから、わざと痛くて歩きにくいふりをしてしまった。
そんなことするはずじゃなかったのに、体が勝手に動いていた。
大根役者なはずなのに、光流はそれを信じてくれて。
責任を感じたのか冬矢と深月を先に家に返して、私に付き添ってくれた。
二人きりになれた。
誰もいない。二人だけの空間だった。
今しかないと思った。
告白してしまおうかと思った。
でも違う。こんなの違う。
今、光流は私のことを心配してくれているのに、そんな心に漬け込むようなタイミング。
私がしたいのはそんなことじゃない。
だから最後に、もう一つだけ演技をして願った。
――私はズルい。
ゆっくりと足を庇うように神社の階段から降りた。
思惑通り、光流は私を心配してくれた。
そして、背中を見せてくれた。
おぶってくれると、背中でそう言ってくれた。
衝撃的だった。
ずっと想っている相手がいるはずなのに、本当ならその子だけしてあげたいはずなのに。
私じゃなく、その子のために色んなことをしてあげたいはずなのに。
それなのに、私をおぶってくれると言う。
なんて優しい人なんだ。
私はこんなに人に優しくできる光流が好きになったんだなと、そう思った。
でも、これで最後……最後だから。
最後に少しだけ、光流に触れたい。
私はゆっくりと光流の背中に乗った。
とても大きな背中だった。
硬くて、男の子で、筋肉があって。
もう小さい頃の光流じゃなかった。
男らしくなって、さっき私を守ってくれたようなかっこ良い男の子になっていた。
私は体全てを光流の背中に預け、わざと自分の胸を押し付けるように首に手を回しがっちりと掴んだ。
光流の大切なルーシーちゃん……許してください。
多分ルーシーちゃんも大切に想っている光流……許してください。
今だけ、今だけ……これで最後だから。
もうしない……できない。
ちゃんとケジメつけるから。
だから……だからこんなズルい私に――、
――少しだけ幸せな時間をください。
ー☆ー☆ー☆ー
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