78話 花火

 ――冬矢の怪我から四ヶ月が経過し、七月になった。


 現在は松葉杖もなく普通に歩けていた。

 ただリハビリは継続しており、サッカーに復帰するまではあと少しかかるらしい。


 そんな冬矢から、花火大会がある夏祭りに行こうという誘いがあった。

 サッカーができなくても、ユースの試合に足を運んで見に行ったりはしていたが、そもそも動ける練習がないので、空き時間が増えたようだった。


 会場近くで待ち合わせするというので、俺はそこに向かった。


「おー、きたきた!」


 俺は人生初の浴衣を着ていた。

 せっかくだからと冬矢と一緒に買いに行ったのだ。


 願わくばルーシーと一緒に来たかったけど、いつかの時のためにエスコートできるようにしておくのもいいかもしれないと思っていた。


「少し遅れた? ごめんね」


 既に全員が集まっていた。


「あんた何分待たせるのよ」


 深月だった。

 彼女も浴衣を着ている。ツンツンしているが、その浴衣姿はとても似合っていた。

 髪も上げてまとめていた。


「光流、全然待ってないから大丈夫だよ。――浴衣似合ってるね」


 そして、しずは。

 初めて着た浴衣を褒められる。


 彼女も、もちろん浴衣。

 普段は下ろしている髪も今日はアップにしている。

 赤い花の髪飾りを頭につけていて、浴衣も青色で夏っぽい印象のもの。

 よく似合っていた。


 女の子のアップの髪型は、耳の横に触覚部分を作ることが多いような気がする。

 この触覚部分があるだけで妙な色気というか、可愛く見えてしまうのはなぜだろう。

 俺は触覚フェチなのかもしれない。


「ありがと。しずはも凄く似合ってる」

「ふふ、ありがとっ」


 少し恥ずかしそうに笑顔を見せるしずは。

 ただ、こうやって一言褒めるだけでも変に気を持たせてしまうのではないかとも思ってしまう。


 しずはと会って遊ぶのも久しぶりのことだ。


 クラスが別になったことでとことん交流が減った。

 しょうがない事だが、今回冬矢が機会を作ってくれたお陰で久しぶりに会うことができた。


 今回はこの四人で夏祭りを回る。

 千彩都と開渡は二人きりで回るらしい。やっぱりカップルは2人で回るものだよな。


「じゃあ行くかー!」


 冬矢の掛け声で俺たちは露店を回っていくことにした。




 ◇ ◇ ◇




「冬矢、足はもう大丈夫なの?」


 しずはが冬矢の心配をした。

 冬矢が入院している時は、皆それぞれにお見舞いに行ったらしい。


「歩く分には問題ないぞ」


 既に松葉杖なしでも歩けるまで回復していた。

 膝のサポーターはずっと付けていて、もう少しで外せるそうだ。

 つまりサッカーへの復帰時期が見えてくる。


「そっか。早く治るといいね」

「サンキューな」


 その後、ベタではあるが、しずはと深月がりんご飴を買った。

 浴衣女子にりんご飴。それだけで十分に映えた。


「混んできたな。早めに見える場所に移動するか」


 冬矢の掛け声で俺達は花火が見えるであろうスポットに向かうことにした。




 …………




 ――花火が始まるまで四十分。


「ここらへんで良いか」


 少しひらけた芝生が広がっている場所にレジャーシートを敷いた。

 深月が気を利かせて持ってきてくれたらしい。

 結構しっかり者のようだ。


 周囲には俺達と同じような人達がいた。家族連れやカップル、友達同士。

 どんどん人が集まってきていて、座る場所も埋まってきていた。


 買ってきた飲み物や焼きそばなどが入った袋を置いて、食べながら花火を見られるようにした。


「あ、私ちょっとトイレ行ってくるね!」


 しずはが一人でトイレに向かう。


「すぐ始まるぞー!」

「わかってる!」


 冬矢の声にしずはは、足早にトイレへと向かっていった。


 花火大会のトイレは激混みする。

 特に女子の場合は男子より酷いだろう。


 仮説トイレなのか近くにある施設のトイレなのか。

 どこに行ったのかわからないが、この人の多さだ。少し心配ではある。



 ――花火が打ち上がるまで残り十分が過ぎてもしずはは戻って来なかった。


 やっぱり混んでいるのだろうか。


「……冬矢」

「あぁ、行ってこいよ」

「悪い。深月と一緒に待ってて」

「そこに看板あるだろ。一番近いトイレから探してみな」

「わかった!」


 とりあえず走りながらしずはに電話をかけてみた。

 しかしこの人の多さで電波障害が起きているのか全く繋がらなかった。


 一人で大丈夫か……?

 クソ……最初からついていくべきだった。

 気が利かないな俺……。


 いや、多分俺は二人きりになるのを避けていたんだ。

 こんな人混みの中、あいつを一人にする方が良くないっていうのに……。


 一応個別メッセージを送っては見たが、そもそも送信すらされない。


「どんだけ繋がらないんだよ……」


 一番近くのトイレに辿り着いた。

 女子トイレには行列ができており、列にはしずははいないようだった。

 既に中にいる可能性がある。けど、スマホが繋がらない以上確認のしようがない。


 しずはは下駄を履いていた。

 なので、それほど遠くのトイレに行くとは考えられない。


「もう二つだけ見てみるか」


 俺はあと二つのトイレだけ探してみることにした。


 一分ほど歩くと、もう一つのトイレを発見。

 女子トイレの列を見る。


 しかししずはの姿はなかった。


 中にいるかもしれない可能性は消せない。

 けど、じっとしていることはできなかった。


「あと一つだけ……」


 さらに二分ほど探すと、三つ目のトイレを発見。

 女子トイレの列を見る。


 ――いない。


 どうしようか。

 スマホも繋がらないし、トイレの中にいるかもわからない。

 さすがにこれ以上遠くのトイレに行っているとは考えられないし。


 ――そう思っていた時だった。


「ねぇ、君すっごい可愛いね!」

「一人なんでしょ? じゃあ俺達と一緒に花火見よ?」

「一人じゃ寂しいって〜。友達に放っておかれたんだよね?」

「あっ……あっ……私、友達待ってるんで……っ!」


 赤い花の髪飾り、青い浴衣。長い髪は今日だけアップにしてまとめていて。

 俺達にはいくらでも喋るが、初対面の人に対してはまだ人見知りを発動してしまう。

 学校でもひと際周囲の目を集め、美人だと言われているそんな女の子。


 しずはが三人の男性に囲まれていた。


 考えればすぐにわかることだった。

 こんな大勢の人が集まる場所で一人にすれば、こうなるってわかってたはずじゃないか。

 なんで俺はこうもっ――。


 俺は履き慣れない下駄で地面を蹴って走った。


「しずはっ!! 待たせたね! ほら、もう花火だよ、行こう?」

「あっ……光流……」


 男たちの中に割り込み、しずはに声をかけた。

 しずはの目元を見ると涙目になっていた。

 それほど怖かったのだろう。


 しずはの手を取って連れ出そうとする。


 しかし――、


「なになに君、ちょっと待ってよ。俺達が今話しかけてたんだけど?」

「友達が待ってますので!」


 良く見れば、少しチャラついたような容姿。

 冬矢以上にそんな感じがする。

 見た目的に高校生ぽい。


「こんな美人の子を放ってたのは君のほうでしょ?」

「…………ッ」


 図星だ。けど、そんなの関係あるわけがない。


「警察呼びますよ? あと顔覚えましたから。学校の担任と親にも連絡してどこの学校か特定してもらいます!」

「こいつ……言わせておけば……っ」


 逃がしてくれないのかよ……。


 今まで俺は鍛えてきた。

 正直こんな細身の彼らには負ける気なんてしない。


 でも暴力を振るうという行為には躊躇いが出る。

 ボクシングでも習っておけばよかっただろうか。

 いや、それでも筋肉を暴力に使うなんて許されることじゃない。


 そんな時だった――、



『ヒュ〜〜〜〜〜〜ド〜〜ンッ!!』



 花火が打ち上がった。


 突然のことに、全員が空を見上げた。


「しずはっ! 走れっ!!」

「えっ!?」


 俺はしずはの手を引っ張って男たちの間を走り抜けた。


「おい! お前っ!!」


 必死に人混みをかき分ける。なんとかしずはもついて来ている。

 もうちょっと、もうちょっと先に行けば、俺達を見失うはず。


「しずは! あと少しだけ頑張って!」

「う、うんっ!!」


 次々と打ち上がる花火。

 下駄のカツカツとした音はもう聞こえず、花火の炸裂音だけが響いた。


 もう少しだけ走り、後方を確認した。



 ――誰も追いかけてこない。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 俺もしずはも息が切れていた。

 女の子を無理やり走らせたんだ。俺よりしずはの方が絶対に辛い思いをしている。


「しずは、大丈夫?」

「うん……ありがと……」


 まだ少しだけ目に涙を溜めていたしずは。

 握っていた手を外す。


「ほらっ」


 俺は持ってきていたハンカチをしずはに渡す。


「あっ…………ありがとう」


 しずははそれを使い、目を軽く拭いた。

 少しだけその場で休憩し、冬矢たちのところに戻ろうとした。


「しずは、動ける?」

「うん。動けはするんだけど……」


 どうしたんだろう。


「足が……」


 しずはの足を見た。

 右足の下駄の鼻緒が切れていて、さらに足からは少しだけ血が滲み出ていた。


「しずはっ!? 足大丈夫なの!?」


 俺が無理やり走らせたからだ。

 でも、あの時はあぁするしか……


「うん。鼻緒切れちゃったからすぐには動けないけど、少しずつなら頑張って移動できるかも」

「ほんとごめん……俺のせいだよね。無理に走らせちゃったから」


 歩くと言ってもどうするつもりだろう。

 鼻緒がないなら足から下駄が離れてしまうし。

 しかも血まで出ているし。


「ううん。私があの人達を振り切れなかったから……」

「違う、そんなのしずはのせいじゃないよ。そもそも一人にさせちゃった俺が良くなかった」


 何してんだよ俺……。

 しずはに怪我までさせて。


「ハンカチ貸して?」

「あ、うん……」


 俺は先ほど貸したハンカチを返してもらい、それでしずはの足の指の間から出ていた血を拭き取る。

 さらにハンカチを細く伸ばし無理矢理に鼻緒の前方の紐と結ぶ。

 結合したハンカチを左右から下駄を包むようにして固定する。


「少し大きいけど俺の使って? 俺はしずはの履くから」

「えっ!? 私が壊れた方履くんじゃなくて?」

「だって、そのままじゃ足つらいでしょ?」

「そうだけど……」


 これ以上しずはに負担をかけるわけにはいかない。

 少しでも歩きやすいように。


「ほら、冬矢たちも心配してる。行くよ」

「う、うん……」


 俺は自分の足より小さいしずはの壊れた下駄を履いて、ゆっくりと冬矢たちの場所まで戻った。





 ー☆ー☆ー☆ー


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