77話 後輩

「九藤先輩いますかー?」


 五月の昼休み。教室の扉越しにそんな声が聞こえてきた。


 先輩……いい響きだ。


「あれ一年生じゃん」

「九藤〜! 女子が呼んでるぞー!」

「なになに、九藤くん後輩にモテてるの?」


 色々な声が聞こえてきた。


 俺は扉の方に目を向ける。


鞠也まりやちゃんじゃん」


 横にいた冬矢のつぶやき。

 結構前に会ったはずなのによく一瞬でわかったな。


 俺の誕生日の時に言っていた通り、鞠也ちゃんは俺と同じ中学に進学した。

 今まで俺の教室に顔を出すことはなかったが、こうやって初めて顔を出しにきた。


「従姉妹だよ」


 俺は周囲に聞こえるように呟いて扉へと向かった。


 すると鞠也ちゃんの他にもう一人、女の子がいた。

 どこかで見たような……。


「ひかる! 会いに来たよ!」

「鞠也ちゃん制服とっても似合ってるね」

「でしょー、ふふ」


 鞠也ちゃんの頭を撫でてあげた。

 なんとなく鞠也ちゃんにはこういうことをしてあげたくなる。


 制服姿は入学前に俺の家に見せに来たが、学校の中で近くで見るのは初めてだった。


「あっ、こっちは秋森奏あきもりかなでちゃん! 同じクラスで仲良くなったの!」

「こ、こんにちはっ……お久しぶりですね……」


 お人形さんみたいに可愛くて小さい子が少しモジモジした様子で俺に挨拶をしてくれる。

 しかも俺のことを知っているような口調だった。


 やっぱり俺見たことあるのか?

 結構印象深い子だとは思うんだけど。


「あれ? 奏ちゃんひかるのこと知ってるの?」

「うん……コンクールで一度見かけたことがあって」

「あっ!!!」


 思い出した。

 しずはのコンクールを観に行った時にしずはと深月と一緒にいた子か!


「あの時の子か! 久しぶりだね」

「はい……お久しぶりです」

「わー! そうだったんだ! 奇遇だね!」


 鞠也ちゃんが俺と秋森さんが知り合いで嬉しいらしい。


「お昼一緒に食べよー? お弁当だよね?」

「うん。良いよ」



 俺はカバンの中にあるお弁当を取りに机まで行く。


「冬矢、俺鞠也ちゃんたちと食べてくるね」

「おう、行ってこい。てか隣の子も見たことあるな」

「しずはのコンクール観に行った時に一緒にいた子だよ」

「あー! だからか!」


 冬矢も思い出したようだった。


「光流さ、可愛い子の知り合い多すぎない?」


 そこにいたもう一人の男子が言った。


「陸、従姉妹だって言ったでしょ? もう一人の子も元々知り合いだし」

「それでもすごいよ」

「陸には山崎さんいるからいいじゃん」


 そう、この男子は東元陸ひがしもとりく

 小学六年生の時に、俺のクラスメイトだった山崎さんに告白した人物であり、俺はその告白シーンを目撃していた。

 冬矢とは元々友達でもあり、俺と同じ中学に進学していた。

 さらに今回クラス替えが行われたことでクラスが一緒になった。


 冬矢と友達だったこともあり、俺も次第に喋る仲になった。


「やっぱ学校が離れてると少し寂しくなるよ」

「そういうものなのかな? 俺にはわからないけど」

「そういうもん。光流も彼女が出来たらわかる日が来るよ」

「ケンカ売ってる?」

「はは。早く作りなよ」


 彼女持ちの男子は強い。

 恋愛話になるといつの間にか立場が上になっているんだから。


「じゃあ俺行ってくるから」


 そうして、俺は弁当を持って教室を出た。




 ◇ ◇ ◇




「ここに座ろー!」


 俺達は鞠也ちゃんが指定した広い中庭にあるベンチの一つに並んで座った。


「秋森さんここの中学だったんだね? しずはには会った?」

「あっ……いえ、まだです……。あと私のことは奏で良いですよ」


 秋森さん――奏ちゃんはまだ小さな声でしか喋らないが下の名前では呼んで良いらしい。


「わかった。奏ちゃんね。しずはも多分会いたがってると思うよ」

「そ、そうでしょうか?」

「うん、良かったら会いに行ってあげて」

「で、でも……先輩のクラスに顔を出すというのはちょっと緊張して……」


 それもそうか。知らない人、しかも上級生のクラスに顔を出すなんて、ある程度度胸がないとできない。

 見た感じ引っ込み思案の奏ちゃんなら簡単にはそういうことは出来ないかもしれない。


「そっか、なら今度俺が呼ぶから一緒に会いに行こう」

「いいんですかっ!? ありがとうございます!」


 声が大きくなった。それほどしずはに会いたいのかもしれない。

 この子もしかしてしずはを追ってこの学校に来たんじゃないよな?


「そのしずはって先輩、奏ちゃんがいっつも話すんだけど私会ったことある?」

「うん、一度は会ったことあると思うよ。俺が熱出した時に何人か一緒に遊んでくれたはず」

「ん〜〜、いつのことだろ。思い出せない」


 結構前だし、一度しか会ってないし名前を明かしてないかもしれない。

 ならわからないのも無理もないな。


 奏ちゃんに会わせてあげると言ったが、手紙の人物がしずはとわかってから正直顔を合わせづらかった。

 クラス替えしてからこの二ヶ月間、一度も顔を合わせていない。

 でも、イマジナリールーシーと話したことで今の俺は前よりも前向きになっていた。


「そういや言ってなかったけど私吹奏楽部に入ったんだー!」

「そうなの?」

「うん! トランペットしてる!」

「まじで!? カッコよすぎるじゃん!」

「だよね! ひかるわかってるぅ!!」


 そうか。鞠也ちゃんも音楽か。

 しずはに深月に奏ちゃん。さらに鞠也ちゃんまで。


 まぁ鞠也ちゃんの場合はプロになるとかそういうのではないとは思うけど。

 そもそもトランペットにプロがあるのかは知らないけど。


「良い感じに吹けるようになったら聞かせてね」

「もちろん!!」


 楽しそうで何よりだ。


「二人はどうやって友達になったの?」


 正直性格は正反対に見える。

 部活動も一緒ではない。


「だって奏ちゃん可愛いじゃん!」

「何その理由……」

「お人形さんみたいに可愛い顔だし髪もサラサラだし背も小さいし……とにかく可愛いっ!」

「まっ、鞠也ちゃん……」


 奏ちゃんが恥ずかしがる。

 身長がこれから伸びたらどうするんだよ。


「友達は大切にしなよ」

「当たり前!」

「ケンカしても仲直りしなよ」

「ケンカしないし!」


 鞠也ちゃんは意見をはっきり言う深月に近いタイプだ。

 なので、こういうタイプはケンカも起きやすいと思う。


「まぁまぁ……友達は良いもんだよ」

「何いきなり」

「何でも話し合える友達がもしできたら、絶対に大切にするんだぞ」

「はーい」


 軽く流された。

 鞠也ちゃんはまだ深い悩み事ができたことはないのかもしれない。

 そういう時、話せる友達がいれば心が解放される。


「それで、ひかるは最近どうなの?」

「――どうなのって?」

「ほら、誕生日の時の」


 あぁ、俺を心配してくれてるのか。

 優しいな鞠也ちゃん。


 確かルーシーのことだったよね。


「うん。あの時から変わったかと言われれば変わってないかもしれない」

「そうなんだ」


 でも代わりにしずはのことについては、前向きな考えに変われたと思う。


「今は何もしない。自分にできることをするだけ」

「そう。鞠也のこと必要になったらいつでも言ってね」

「いつの間にか年上っぽいこと言うようになって〜」


 俺は鞠也ちゃんの頭を撫でた。


「へへ〜。でもひかるはずっとお兄ちゃんだよ。結婚しないならねっ」

「奏ちゃんに変に思われるからそれはやめて」

「け、けっこん……?」


 ほら。


「昔私とひかるは結婚を誓いあった仲だったんだよ?」

「わぁっ……!」


 奏ちゃんが目をキラキラ輝かせ始めた。


「でもひかるには大切な人がいるみたい」

「そ、それって……大変な恋なんじゃ……」

「そうなの! だから私がそいつのこと見極めてやるの!」

「鞠也ちゃんに判断してもらえるなら安心だね!」


 どこからその信頼感は来てるんだよ。


「そう! そいつがやばいやつだったら、私がひかるを奪いとる!」

「鞠也ちゃんカッコいい」

「奏ちゃん。鞠也ちゃんの話全部信じなくていいからね?」


 疑うことも覚えておいた方が良い。

 鞠也ちゃんはいくらでも付け上がりそうだ。


 俺は人に恵まれているようだ。


 悩み事を相談できる相手は一人だけではない。

 ちゃんと真剣に話を聞いてくれる。


 俺も誰かに悩みを相談された時には真剣に向き合いたい。






 ー☆ー☆ー☆ー


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