76話 向き合う
「あー、やっちまったわ」
三月。もうすぐ中学二年生になろうとしていた時だった。
俺は懐かしい病室にいた。
ただ、あの時と違うのはベッドで横になっている人物が俺ではなかったということ。
「どうして……」
ベッドの上で左足を包帯でぐるぐる巻きにして横たわっていたのは冬矢だった。
初詣でナショナルトレセンにも選ばれたと話をしていた、あのたった三ヶ月後だ。
「左膝前十字靭帯断裂ってやつ。簡単に言えば膝の故障だな」
そう話す冬矢は思った以上に元気だった。
「……それって治るの? サッカー復帰できるの?」
その怪我について知識がなかった俺は、どんな状態なのか知りたかった。
「手術して一ヶ月くらいは松葉杖かな。その後はリハビリするから復帰は無理して早めても半年後だな」
「そんなに長いのか……」
冬矢の話では、この怪我はサッカー選手に多いとか。プロでもなる怪我らしい。
「でも一度なったら癖になる人も多くてな。何度もなったら……わかるだろ?」
「そんなことって……」
冬矢は俺にサッカーが全てじゃないと言っていた。
でも今は彼の生活のほぼ全てがサッカーだったはず。
こんなにも早く崩れてしまうのか?
「まぁとりあえず、復帰してからまた足掻いてみるよ」
「何でも言って。手伝う」
「サンキューな」
中学高校と恐らくサッカー選手になるためには一番重要な時期だ。
その大切な時期を半年もリハビリに費やすなんて、あまりにも辛い。
俺が冬矢だったら、どんな気持ちになっていただろう。
どんな声をかけてほしいだろうか。
◇ ◇ ◇
俺達は中学二年生に進級した。
俺と冬矢は同じクラスになった。
代わりにしずはと深月とは別クラスになってしまった。
正直、少しだけ安堵していた自分がいた。
ずっと心の整理がついていなかった。
初詣に冬矢と会話して心が晴れた気がしたのにその相手を知ってしまうと結局動揺している自分がいた。
最終的には悲しい思いをさせてしまうと考えると、どうしても思い詰めてしまう。
冬矢の手術が終わり、新学期が始まると俺は冬矢の家族に言って歩く補助を買って出た。
だから最近は毎日冬矢と一緒に学校に通っている。
「いつも悪いな」
「あぁ、俺がしたいことだから」
と言っても別に手を貸すわけではない。
松葉杖があるので歩くことには問題ない。
ただ、もし転んだりした時に知らない人が手助けするよりは、最初から誰かが助けた方が良いだろう。
だから俺が近くにいることにした。
「冬矢……俺、気づいちゃったんだ」
「あ……あぁ、あのことか」
冬矢は言葉少ない俺の言葉をすぐに理解した。
「せっかく初詣に色々言ってもらったのに、また悩んでる俺がいるんだよね」
「まぁ、知っちまったらしょうがないよな」
最近は、俺は心から元気にはなれない。
ずっとそれが引っかかってしまっているからだ。
「冬矢はいつから知ってたの?」
「小学生の時から」
「じゃあ、気づいてなかった俺がバカみたいだなぁ……」
「鈍感主人公」
「言い返せないね」
となれば、千彩都や開渡も同じ頃にはしずはの気持ちに気づいていたということか。
「俺、勘違いさせちゃうこと、たくさんしてた気がする」
「すっげぇしてたぞ」
「だよね」
でもしょうがないよね。
気づいていなかったんだから。
「でもな、初詣の時も言ったけど俺はお前が最善の選択をとれると思うよ」
「そうだと良いんだけどね」
「それは相手もだ」
「相手……」
"しずは"とは名前には出さない。
あくまで相手はまだ名乗っていない。
だから先に言うわけにはいかない。冬矢の気遣いだ。
「その相手も成長してるよ。大人になってるのはお前だけじゃない」
「そっか……そっか……」
ある程度しずはの性格はわかっているはず。
俺が嫌がるようなことはしないと思うし、俺の気持ちも尊重してくれる。
だからこそ、申し訳なくて、辛くて、苦しい。
「お前らがどんな選択をしても、その後ちゃんと吹っ切れて元気になるのを楽しみにしてる」
「そうなったら良いな……」
もし、俺が今決めている決断を話しても、今までのような関係でいられるだろうか。
今までのように仲良く会話できるだろうか。距離を置かれないだろうか。
俺はそんなの嫌だ。
だって、彼女は俺の数少ない特に仲の良い友達だ。
一緒にいることが辛いってなるかもしれない。
その時は彼女の気持ちを尊重するしかないけど、俺はそうはならない結末を望んでる。
どんなに時間がかかったって良い。
ちゃんと会話して、気持ちを伝えたい。
◇ ◇ ◇
学校終わり、俺は冬矢をリハビリする施設に送り届け、一旦家に帰る。
運動服に着替えてからジョギングしに出て、帰りにルーシーとの思い出の公園に寄った。
ドーム型遊具。
その中でいつも架空のルーシーと会話している。
架空であっても、ルーシーはいつも正しい答えをくれるような気がするから。
目を瞑り体育座りになって頭の中で呟く。
「ルーシー……俺、迷ってるんだ」
『どうしたの? 光流らしくないね』
イマジナリールーシーは鞠也ちゃんみたいなことを言う。
「俺のこと好きになってくれた子がいて……」
『だろうねっ! 光流絶対モテると思ってた』
「一部の人にだけどね」
『だって、あんな私に声をかけてくれたんだよ? 人を変えちゃう才能あるんだよ』
これは冬矢に言われたことだ。
俺が今まで会話してきた人の言葉を借りたように、イマジナリールーシーは答えてくれる。
「俺、ルーシーが好きなんだ。今はまだ伝えられないけど」
『本物のルーシーは羨ましいなぁ。でもつまりそういうことだよね』
「うん。だから彼女の気持ちには答えられないんだ……」
ふわふわと天使のように宙を飛び回るイマジナリールーシー。
そのルーシーが優しい声で囁く。
『光流のこと本当に好きになる子って、多分心の底から好きなんだと思う』
イマジナリーなのに、俺の心に響く言葉を喋る。
『光流もその子の気持ちを蔑ろにできないんだよね』
「そうなんだよね。それで辛くて……」
どんな伝え方をしても、辛い結果になる。
ウジウジしてるのは俺らしくないと鞠也ちゃんも言った。
けど、今回ばかりは自制が効かない。
『大丈夫。光流って優しいんだよ?』
「それは言われたことあるけど……」
『ううん、わかってない。光流の優しさって、心からの優しさなの』
でもそれは、俺がそうしたいと思う相手だけで。
ルーシーもその一人だ。ルーシーのためなら何でも頑張れるくらいに。
『そんな優しい光流だよ? その子だってわかってくれる』
「そういうものかな……」
『だってその子も光流の優しさにたくさん触れたはずだから』
しずはもそう思ってくれているのかな。
『……だから、どんな結果になっても受け入れてくれるはずだよ』
「うん……言うしかないんだよな」
『私が考える光流は自然とそれができる人。大丈夫、自分を信じて……』
冬矢には悪いが、イマジナリールーシーの言葉が一番響いたかもしれない。
あくまで俺の記憶の中のもので創られたルーシーなのに。
でも逆に言えば、このルーシーは冬矢の要素も取り入れいてるルーシーなのかもしれない。
ルーシーの体に鞠也ちゃんや冬矢や千彩都や開渡、さらにしずはや深月、家族の顔までくっついて――、
「うわあああああっ!?」
いつの間にかキメラ化していたルーシーに驚いて、俺は目覚めた。
たまにある。
目を瞑ってここで考えていると、そのまま眠ってしまうこと。
「俺の優しさか……」
ルーシーに言われた言葉。
「しずは……俺、お前の気持ちに真剣に向き合うからな」
今度こそ、俺は覚悟ができたかもしれない。
いつでもいい。その時を待ってる。
――しずはが勇気を出して気持ちを伝えてくれるその時を。
俺はドーム型遊具の外に出た。
スマホの時計を見ると、もう夕食の時間に近づいていた。
俺は急いで家へと帰宅した。
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