72話 十三歳の誕生日

 体育祭も終わり、秋も終盤。


 あの走りから陸上部に誘われたりもしたが、俺は断った。

 自分でしたい何かを見つけるまでは、どの部活にも入るつもりはなかった。


 俺の誕生日になった。

 十三歳だ。


 誕生日はいつも家で家族に祝ってもらっていた。

 今日も家でケーキを用意してくれるという話を聞いていた。


「あっ……」


 学校が終わり、俺は下駄箱で靴を履き替えようと外履きに手をかけると小さな紙袋が置いてあった。


「名前がわからないあの子かな……」


 二月ぶりだった。今は十一月。あれから結構時間が経過していたので、もう俺に興味がなくなっていたかと思ったが違ったらしい。


 紙袋を開けてみるとそこには一枚の手紙。

 そして、お菓子のようなものが入っていた。


「マカロン!?」


 さすがに驚いた。マカロンと言えばあんなに小さいのに一個数百円もする高級スイーツ。

 まさか作ったのか? マカロンって家で作れるものなんだ……。


 俺はカバンにそれを入れて、家に持って帰った。



 …………



 家に帰ると俺はテーブルの上に紙袋を置いて手紙を取り出す。

 折りたたまれていた手紙を広げて、その中身を読んだ。


『光流くん。体育祭の走りかっこよかったです。あなたを見る度に好きになっていきます。こんな勝手な気持ちの押し付けは本当に迷惑ですよね。ごめんなさい。でも来年には必ずあなたに私のことを伝えます。最後に十三歳のお誕生日おめでとうございます。誕生日なので少し頑張ってお菓子を作りました。食べてくれると嬉しいです』


「…………」


 手紙ってこんなに気持ちが伝わってくるものなんだな。

 半分ほど文字を書く余白が残っている。それでもこの手紙からは相手の気持ちがとても伝わってきていた。


 簡単にできるスマホを使ったメッセージ。

 それとは全く違って、この一文字一文字に相手の気持ちがこもっている。

 俺とは違って綺麗な文字。でも女の子っぽくて丸い文字。その形がスマホのメッセージよりも感情が伝わる。


「手紙か……」


 手紙ならルーシーにも俺の気持ちが伝わるのかな。

 もし、俺のことを忘れていたとしても、手紙なら思い出してくれるかな。


「そういや、ルーシーも甘い物好きだったよね」


 俺はマカロンが入っている袋に手を伸ばす。

 マカロンは六つほど入っていて、どれも色が違った。

 とてもカラフルでお店で売っていても遜色ないくらい綺麗に作られたマカロンだった。


「すごいなぁ……」


 お菓子作りだけでも努力が伝わってくる。

 二月はクッキーだったのに今回はマカロン。明らかに努力が伺えた。


 この子のこんなにも健気な気持ちを俺は……。


「おいしい、なぁ……」

 

 緑っぽいマカロンを一つ取って口に含む。

 コクがありほんのりとした甘さを感じるピスタチオの味がした。


 嬉しいのに、美味しいのに、ちょっとつらい。


 この子の気持ちに俺は答えられない。

 いつか対面した時、俺はなんて答えるのだろうか。


 口に出したくない。

 でも、言わなくてはいけない。


 口に広がるマカロンの甘さ。でもどこかほろ苦くも感じた。




 ◇ ◇ ◇




 夜、俺の誕生日会が行われた。

 大きなホールケーキが目の前にある。


 母、父、姉、そして鞠也まりやちゃんと希咲きさきさんも一緒にいた。


 ハッピーバースデーの歌を皆で歌い、俺は火が灯っているロウソクに息を吹きかける。


「誕生日おめでとー!!」


 皆からそう声をかけられて拍手と共に祝われた。


 鞠也ちゃんも小学六年生。十二歳になって身長も伸びてきた。

 たまに遊んでいるので変化はわかりにくかったけど、確実に大人に近づいてきているのを感じていた。


「ひかる、おめでとっ!」


 満面の笑みで祝いの言葉をくれる。従姉妹なので成長してくるとやっぱり姉に顔の雰囲気が似てきているのを感じる。

 ただ、精神的にはそこまで成長していないように思う。男子より女子の方が精神的成長が早いと聞くけど、鞠也ちゃんはちょっと違っているようだった。まだ子供っぽい感じがする。


 一方、姉は高校一年生の十六歳。

 ちょうど俺が入学した頃には卒業する歳の差なので同じ学校だったが被らなかった。


 姉も年齢を重ねるごとにお洒落になっていき、鞠也ちゃんに可愛い髪型の作り方とかそういうのも教えている。

 ただ、彼氏はいない。顔のタイプは可愛い系らしい。俺という弟がいるからか年下っぽい子が好きなのかもしれない。


 まだギリギリ俺は姉の身長に届いていない。

 あと一年後には背を越しそうな勢いではある。


 姉の気持ちはよくわからないが、年々俺に甘くなっている気がする。

 バイトを始めたからかお金に余裕がでてきて『光流ほしいものない?』とよく聞いてくる。


 最近は欲しいものが全然ないので『ない』と言うしかなかった。

 あ、でもランニングシューズが擦り切れてきたから新しいのが欲しいかもしれない。


「光流、最近どうなのよ? 彼女できた?」


 姉から突然吹き出しそうな質問がきた。しかも親の前で。


「いや……わかってるくせに」


 ずっと俺がルーシーを想っていることを知ってるのにわざわざ聞いてくるあたり性格が悪い。


「知ってるんだぞ〜。最近光流、学校でモテてるでしょ?」

「えっ……なんで? 別に告白とかされてないけど」


 なんだなんだ。中学での俺を知っているのか?


「ふふーん。光流と同じ一年生のある子の姉が私の同級生なのだ!」

「まじ……?」

「そうそう。だから光流のことは筒抜けなんだぞ〜」

「それ誰なの?」

「教えるわけないじゃーん! 口止めされても面白くないし」

「まさかあの謎ダンスガールズの誰か!?」

「ヒントはなし〜」


 謎ダンスガールズは名前しか知らない。

 今でもたまにうちに遊びに来るが、名字は誰一人知らない。


「……ルーシーちゃん。元気してるのかね?」

「どうだろうね……」


 ここ最近は親経由でも様子を伺っていない。

 だからどうしているかもほとんどわからない状態だった。


「ねぇ、ルーシーって誰?」


 そういや鞠也ちゃんにはこのこと全然話していなかったな。


「光流が結婚したい人だよ」

「な、何言ってんだよ!」


 飛躍し過ぎだろ。結婚はまだ考えたことがなかった。

 付き合ってるイメージくらいは妄想したりしたけど。


「え! ひかるは私と結婚するんじゃないの!?」

「ブッ!?」


 飲み物を吹き出した。


「ま、鞠也ちゃん? そんなこと言ってたっけ?」

「言った!」


 いや絶対言ってない。


「そ、そうなんだ。俺は記憶にないけど」


 最近の政治家の言い訳のようなことを言ってしまった。


「ふーん。ひかる結婚したい人いるんだ……じゃあ私がそいつのこと見定めてやる!」

「鞠也ちゃん!? でも……遠くにいるし、すぐには会えないから……」

「そーなの?」

「うん」

「なんで会いに行かないの?」

「っ!?」


 鞠也ちゃんは純粋だ。率直に聞いてくる。

 会えないなら、会いに行かないの? か……。


「色々あってね……」

「なんかひかるらしくないね」


 厳しい。


「どういうところがそう思う?」

「昔のひかるなら、関係なく突っ走ってた!」


 そういえばそうかも知れない。

 あの、ルーシーと出会った十歳の時。俺はルーシーの気持ちも関係なく積極的に近づいた。

 あの時は多分、雑念とかなくてただただ純粋に自分の気持ちに正直だったんだ。


「鞠也ちゃんは凄いなぁ」

「でしょ!」


 もしあの頃の気持ちを取り戻すことができれば、何か別の行動をとれるのだろうか。

 でも、ルーシーの気持ちは……。

 やっぱりまだどうしたらいいかわからない。"待つ"のが正解だと思ってしまっている。


「鞠也ちゃん。来年まだ俺が今みたいだったら同じこと言ってもらえる?」

「うん! もちろん! ひかるの為なら何でもするよ!」

「何でもは言い過ぎでしょ」

「結婚できないなら別のことで支える〜」


 というかそこまで結婚に固執してないのか。

 鞠也ちゃん結構さっぱりした性格なんだよな。


 さっきまで鞠也ちゃんのことを子供っぽいと考えていた自分を責めたい。

 色々な気持ちを割り切れない俺には、鞠也ちゃんの方が大人に見えた。


「そういや、ひかるの中学行くから!」

「えええええっ!?」


 爆弾発言。


「これで学校でも一緒にいられるね!」


 まさか従姉妹と一緒の学校に通うことになるとは。




 ◇ ◇ ◇




『もしかしてさ。手紙の差出人気づいてる?』


 誕生日の翌日。

 就寝前に俺はベッドの上で冬矢とメッセージをしていた。


『まぁ。あれから時間経ったしな。検討はついてる』


 冬矢は俺よりも察しがいいからわかっていると思っていた。

 もしかすると最初からわかっていたのかもしれないけど。


『そっか……』

『聞かないのか?』

『教えてくれないでしょ。聞く気はないけど』

『そりゃな。名前を書いてないってことは今は言いたくないってことだ。外部の人間が教えていいわけがねぇ』


 意外としっかりしてるんだよな、こういうところは。


『そうだね。俺も同じ』

『じゃあなんで聞いたんだよ』

『誰かに話したかったんだろうね』

『あぁ、お前の状況を考えればな』


 俺の中にはルーシーへの気持ちが残っている。

 それは三年経過しても変わっていなかった。


 クラスメイトの男子に彼女作らないの?と聞かれることもあったが、適当に言葉を濁してどっちつかずの回答をしている。

 それを聞いた他のクラスメイトに変な誤解をされるのは嫌だったからだ。

 そもそも彼女作らないの?と言われてすぐに作れるやつなんているのか?

 冬矢ならありえるか……。


『冬矢は今彼女いるの?』

『今はいない。C組の唯ちゃんはちょっと前に別れたし』

『そうなんだ……』

『可愛いけどサッカーやるにはちょっとな』

『集中できないってこと?』

『あぁ。いつ会えるのかってそんなのばっかで』


 今、サッカー中心の生活をしている冬矢にとって女性関係は不必要なのかもしれない。

 それでもちらっと学校で見かける冬矢の周りにはいつも女子生徒がいる。

 付き合わないだけで女友達は多いんだよな。


『それ、冬矢から振ったってこと?』

『そうだ』

『躊躇ったりとかなかった?』

『俺はなかったな。何が大事か優先順位決めてるからさ』

『そっか。強いね』


 この感じだと、スパッと別れを切り出したんだろうな。

 相手の女子はどんな反応だったんだろ。


『まさか自分の現状と比べたりしてないよな?』

『少しは参考になるかなと……』

『はは、アホか。お前は俺とは違うんだよ。俺みたいに色んな女に手を出して付き合っては別れるみたいなのをする人間じゃないだろ』

『そうだけど……』


 てかそんなに付き合っては別れてたの? 今までに何人と付き合ってきたんだよ。


『お前にはお前の恋愛があるだろ。俺なんか参考にするな』


 冬矢のこういう所は本当に凄いな。本当に友達で良かったって思わせる。

 色んな友達がいるはずなのにこうやって俺と会わなくても、深い話をやり取りしてくれるのは冬矢くらいだ。

 開渡にはなぜかあまり突っ込んだ話はできない。


『冬矢みたいにきっぱり割り切れればいいんだけどね。そうもいかなくて』

『ならたくさん悩むしかねーじゃねーか』

『そうなんだけど……』

『あー、ったく。なら初詣に時間とれ』

『初詣?』

『あぁ。赤峰小メンバーも誘うから久々に皆で初詣行こう。その時に少し二人で話そうぜ』


 俺がメッセージで話してもスッキリしないからと提案してくれた。

 冬矢には頭が上がらないな。本当にいい奴だ。

 

『冬矢……ありがとう。俺も久々に皆と集まりたいな』

『深月ちゃんも誘おうと思ってるけどいいよな?』

『もちろん!』


 俺達六人が集まるのは夏に冬矢のサッカーの試合を観に行った時以来だ。

 あの時にも深月がいたし、深月はもう俺達の輪に入っているイメージでもあった。


『じゃー連絡しとくなー!』

『ありがと!』


 一ヶ月後の年越し、俺達は久々に六人揃って集まることになった。



 


 ー☆ー☆ー☆ー


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